『元』魔王の俺がヤンデレ女勇者と付き合っている件について 作:『向日葵』
とりあえず最新話、お楽しみいただければ幸いです!
「んっーーぷぁ」
熱の篭った吐息と共に、俺の唇から離れ、体を起き上がらせるヤンデレ女勇者ーーヤシロ・レイカ。
あれから毎日の事とはいえ、キスという行為に一向に慣れることが出来ない。っていうかする度にどんどんレイカのことを意識しているような気がする。
「んーっ……魔王様ぁ」
「ーーっ!は、離れろって!」
そのまま頬を俺の胸に擦り寄せてくるレイカを押しのけようと肩に両手を置いて突っぱねるが、しかし力が出ない。
「くっ、こ、この脳筋勇者が!」
「ふふ、脳筋なんかじゃないです。ひとえに、愛の力ですよ、魔王様」
「嫌な内容の力だな!?」
どこの世界に愛の力という名の力技でゴリ押しさせる恋人がいるよ!ーーあぁ、いたよここに。主に本人だったわ。
とにかく、このままレイカの好きにさせては、俺の中の理性が危ういのだ。俺だって男、そういうことに縁がなかっただけで、興味がないわけではない。
毎日毎日熱いキスを何度もされて抱きつかれて、こいつの意外とある胸の感触に妙にはだけた寝巻き姿。これを素でやってるんだとしたら、この女は魔性の女だ。
ーー要約、さっさと離れろ!!
「ぐっ……!はな、せぇっ……!」
「あ、魔王様!?幾ら何でもそんなに暴れられたらーー」
ふにゅっ。
……そんな擬音を想像すると同時、何やらものすごく柔らかい、それでいて手触りの良い感触が手のひらに伝わってくる。
恐る恐る、視線を上にあげてみる。そこには予想通りと言うべきか何と言うべきか……俺の手のひらに、若干収まりきれてないレイカの胸が。
「……」
「……」
暫し無言で見つめ合う俺とレイカ。
気不味い空気が流れる中……レイカは何が起こったのかわからないのか、目をパチパチとさせて、俺の顔と手の先を交互に見合わせていた。
ーーそして、俺の指がピクリと動く。いいや、動いてしまった。無意識の内に、だ。
ふにゃっ、と。当然、指が動いたことにより更に柔らかい感触が俺の手のひらに伝わり、それと同時にレイカは顔を真っ赤に染めた。
「そういうのはまだ心の準備がぁぁぁぁぁーーーーーー!!」
若干涙目になりながら、熟したリンゴのように顔を赤くしたレイカは、俺の頬に向かってーー最大にまで身体強化をした状態の拳をお見舞いして……そこで、俺の意識は途絶えた。
ーーー
ーー
ー
「……痛い」
未だに痛む頬を擦りながら、人が賑わう街中でそう愚痴を零す。
ーーいや、確かにあれは傍から見れば俺が悪いのだろうが、如何せん先に事を立ててくるのはあちらの方なのだ。俺は被害者であり、加害者は紛れもなくレイカなのだ。
大体、普段からキスだの服をはだけさせるだの色々と誘ってくる癖に、いざ行動にされた時のあの反応は如何なものかと思う。……いや、柔らかかったけどさ。ご馳走様だったけどさ。
あいつが真っ赤になってる顔なんて珍しくて可愛いと思ったけどさ!それとこれとは話が別!
「……はぁ」
本当に、レイカと暮らし始めてから静かな朝を過ごした記憶がない。飽きないという点では良いことなのかもしれないが、しかし朝くらいはゆっくりさせてほしい……。
まぁそもそも、俺の一日なんてたかが知れてる。
朝起きてレイカに襲われて、ご飯食べてレイカの勇者としての仕事に行くのを見送って。その間家の中の掃除、そしてこうやって街中に出てレイカに言われた材料の買い出し。
そして帰ってきたレイカがご飯を作り、食べた後は風呂に入って、一緒に寝ましょうと毎日言ってくるレイカを押しのけて朝が来て襲われて。
……ここで一番意外だったのが、外出を許してくれたことだろうか。
「あいつの事だから絶対、監禁!とか言いそうだと思ったのに」
人は見かけによらないのだろうか。あのヤンデレ女勇者、実はそこまでヤンデレではない……?と思うが、そんなことはもちろんなく。
レイカは理解してるのだ。ほかの女と仲良くすれば、その後どうなるか、俺が嫌でも知っているということを。
そもそも、レイカは頭が良く回る。故に理解しているのだ、俺から全ての自由を奪えばいずれ飽きが来ることを。そうなればどうなるかなどは知っての通り……基本的にバッドエンド。それを、あいつはよくわかっている。
だからこそこうして俺にある程度の自由を与えているがーーだからと言って、レイカを正常とは思えない。最初の頃に女の子と不意に話したせいで行われた、その日初めてのお仕置きは今でもトラウマものだ。あんなことする女が、正常なわけがない。
まぁそもそも、俺の想いとは関係なく、無理やり呪いの契約書で恋人関係にまでさせるくらいなのだから、その時点で正常ではないな。
……悪いやつじゃないんだけどなぁ。何か、焦っているようにも、必死になっているようにも見える。時々、その姿を痛ましいと思ってしまうことさえある。
だからだろうか……何故か俺はあいつを嫌いになれない。本気で離れようと思えない。なんやかんや言いながら、結局最後にはレイカの所へと戻って来るんだろうなと、確信めいたものまで感じている。
「……って俺もだいぶ調教されてるなぁ」
そう感じるあたり、特に。
まぁそもそも、契約書云々の前に、レイカに負けたあの時点で、俺に拒否権などなかったのだ。調教とか何とか文句を言える立場でもあるまい。
「ーーと、もうここに着いたのか」
物思いに耽っていたせいか、目的地である八百屋のすぐ目の前にまで来ていたようだ。
この八百屋は毎回レイカからお使いを頼まれてる場所であり、ここに半年通ってたせいか、最早常連になってしまったのである。
と思っていたのだが……今日はいつものおっちゃんがおらず、代わりに若い女性従業員の人が居た。
「あの、いつものおっちゃんは?」
「あ、いらっしゃいませ!それがですね、今日は具合が悪くて病院に……一日だけ店番やってくれって言われちゃって」
ふむ、なるほど。おっちゃんは具合が悪く、代わりにと言ってはなんだが、おっちゃんの娘さんっぽいこの人が店番をしてると。
まぁ、店番の人が変わってようが俺のするべきことは変わらない。とりあえず頼まれていた野菜と肉を手に取って、お金と一緒に店番の女の子に渡す。
いつもこの店を利用していただいてるらしくて、ありがとうございますと店番の女の子に握手されながら感謝された以外特に何事もなく、買い物が終わった俺は街中をブラブラ歩きながら暇を潰し、そのまま家へと帰っていった。
ーーー
ーー
ー
「あぁ、あぁ、あぁ魔王様……あなたはまだ私のものだという自覚がないようですね。その証拠に、汚らわしいあの雌豚に触られたのはこの手ですね?この手なんですね?ーー今すぐ切り落としてあげますから、早くこちらへ来てください」
「ま、待て待て待て!!誤解だ!!やましい事は何一つなかったぞ!?浮気でもなんでもないぞ!?」
帰ってきて早々、付き合ってる女ーー無理やりだがーーに手を切り落とされそうになるとは、思ってもいなかった。
色彩のない、虚ろな目で腰に付けてある剣を引き抜いたレイカは、その切っ先を問答無用でこちらへと突きつけてくる。
勇者としての仕事から帰った後なので、万全の装備の状態だ。正直言って勝ち目がない。
「やましい事?浮気……?手を握っておいて、口を聞いておいて、何言ってるんですか?魔王様の外出は許してるけれど、雌豚と話す、もとい触れることなんて許した覚えはアリマセンヨ……?」
「こ、このヤンデレがぁっ……!」
ーーダメだ、こいつ話が通じねぇ!早く何とかしないと!
ユラユラと、相も変わらず虚ろな瞳で体を揺らすその様は、本当に狂気しか感じない。改めて思う、こいつはヤンデレだ。愛が重すぎる。
「魔王様に触れていいのは私だけのはずなんですよなんで雌豚が触るんですかあの雌豚も後でそれ相応の報いを受けさせてあげましょうでも今はあなたへのお仕置きの方が先決ですよねふふふふふ……」
「く、来るな!近寄るな!!」
あまりの姿に腰を抜かしてしまい、ズルズルと力なく後ろに下がる。『元』魔王がなんて情けないと思うだろうが、当事者からすればそんなことすらどうでもいいと思えるほど怖いのだ。仕方ない。
とにかく、このままでは冗談抜きで手を持ってかれる!
目の前に迫り来る鬼を何とかするため、俺はポケットに入っていたバナナの皮ーー家に帰る途中によった店で買って食べたものだーーをレイカが進むべき足の方向へと投げた。
ーーよし、どんぴしゃ!!
心の中でガッツポーズを決める。あの時道端に捨てずに家で捨てようと真面目になってよかったぜ、と自分の行動を褒める……が、しかし。現実とは、時として非情である。
「ーーきゃっ!?」
予想通り、一歩前へと進むために出した足の先にバナナの皮を急に置かれてしまい、レイカと言えど反応が遅れたらしく、そのままバナナの皮を踏んづけてバランスを崩した。
ーー前のめりに、であるが。
まぁ当然そんなことになれば、目の前にいる俺の方へとレイカは倒れてくるわけで、
「いたたっ……ーーふぇ?」
「ーーーーーっ!?」
前のめりに倒れてきたはずなのになんで体の向きが俺と真逆になるんだよ普通に下着見えてんぞとか、思っても言えなくて。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?」
「ふ、不可抗力ーーぐべらっ!?」
結果、朝のように顔を真っ赤にしたレイカが俺の顔に膝蹴りを入れてきたため、俺の意識は闇の中へと沈んでいった。
はい、今回はゆっくり調教されていく魔王に、実は押しに耐性のない勇者ちゃんでした!楽しめましたか?
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