序章 寡黙な少年が魔術学園の学生になったワケ
「できた」
とある屋敷で、少年はコーヒーを淹れていた。
家主である女性の分と、義兄の分、そして自分の分。
三つのコーヒーをお盆にのせ、朝食を摂っている二人のもとに行く。
少年の名はアルト=レーダス。
後ろで縛ってある長めの赤髪と年の割には低い身長、中世的な顔立ちが特徴的だ。
「セリカ、グレン。コーヒーができたよ」
「養ってください!」
部屋に入ると、そこには土下座をしながら最低な事を言う自身の義兄〝グレン=レーダス”と、土下座をするグレンに呆れている家主のセリカがいた。
「グレン……何してるの?」
「アルト!お前からも言ってくれ!俺は働きたくないんだ!」
「アルト、この馬鹿兄に言ってやってくれ。いい加減働けと」
働きたくないグレンと働かせたいセリカ。
平行線の話し合いだった。
「とりあえず、コーヒー飲もうよ。冷めるし」
「「いただきます」」
アルトが入れたコーヒーが冷めてしまうのは、グレンもセリカも嫌だったので、二人は素直にコーヒーを受け取る。
三人同時にカップに口をつけ、コーヒーを一口飲む。
そして、一息つく。
「アルトの淹れるコーヒーはうまいな。商品として売り出しても文句ないぐらいだ」
「流石は俺の自慢の弟だ。これなら店を開いて俺を一生養っていく金を稼ぐには、十分な味だ」
「お前………義理とは言え弟に養ってもらうとか恥ずかしくないのか?人としてのプライドを捨てるにしろ、せめて兄としてのプライドぐらい残したらどうだ?」
「プライドで飯が食えるかよ」
真顔でそういうグレンに、セリカは頭を抱えたくなった。
「グレンがそう望むなら、俺はいいよ」
「本当か!?流石アルト!」
「アルト!そのロクでなしをあまやかすな!甘やかしたら、グレンは一生ダメダメなままだぞ!」
「それってグレンにとって困ること?」
「いや、全然困らな「大いに困るな」おい!?セリフを遮るなよ!?」
「そっか。分かった、グレンが困るならやらないよ」
アルトは頷きながら言い、コーヒーを飲む。
「セリカ、テメー……純粋なアルトを騙しやがって」
「それはこっちのセリフだ。これ以上、アルトの教育に悪いことをするな」
セリカは足を組みなおし、グレンに尋ねる。
「とにかく働け!アルザーノ帝国魔術学園の非常勤講師を一ヶ月だ!給与も特別に正式な教師並みに出してもらえる様に計っておいた。それに、お前の働き次第では正式な講師として格上することも考えてもらってる。悪くない話だろ?」
「ふん……無理だ。俺は誰かに物を教える資格なんてないし、俺は魔術が大っ嫌いなんだ!それはお前も知ってるだろ!?とにかく、俺はもう!絶対!金輪際!二度と!魔術とは!関わらないからな!魔術講師なんかするぐらいだったら、道端で物乞いしてる方が何万倍もマシ――――――」
「《其は摂理の円環へ帰還せよ・五素は五素に・像と理を紡ぐ縁は乖離せよ》」
セリカが早口で呪文を紡いだ瞬間、グレンの横を光の波動が駆け抜け、横の壁が綺麗な大穴を開け、消滅していた。
「狙いが甘かったか。だが……次は外さん」
「ま、ママぁあああああああああああ!?」
情けない悲鳴を上げ、グレンは非常勤講師の話を引き受けた。
項垂れながら部屋を出ていくグレンをアルトが見送っていると、セリカは今度はアルトに話し掛けた。
「アルト、お前はどうだ?」
「どうって……何が?」
「学校……行ってみたいと思うか?」
そう言って話し掛けるセリカは母親のような慈愛に満ちた瞳で、アルトを見ていた。
「うん、グレンが行くなら俺も行きたい」
「そうじゃなくてな」
立ち上がりアルトに近づくと、セリカはアルトの頭を優しく撫でる。
「お前自身が学校に行きたいか、聞いてるんだ」
「俺自身?」
「お前はずっとグレンが言うなら、グレンがそうするなら、グレンがそうしろって言うならってグレンの言うことを信じて疑わないでいる。それが別に悪いわけじゃない。無条件で信じれる相手がいるっていうことはいいことだからな。でも、少しは自分で考えることも覚えろ(それに、もしグレンが居なくなったりしたら………)」
セリカの言葉を聞き、アルトは暫し考える。
そして、口を開いた。
「学校って楽しいのかな?」
「……ああ。とってもな。アルトの知らないことも沢山あるぞ」
「そっか。……だったら、俺行きたいな、学校に」
そう言ってアルトは微笑んだ。
こうして、グレンの非常勤講師の仕事が見つかると同時に、アルトはアルザーノ帝国魔術学園に入学することになった。