魔法少女リリカルなのは~チートな主人公が頑張っている物語~ 作:てりー
前回のあらすじ
ミュラーとの戦闘が始まりました
クイントは、高笑いをするミュラーをモニタ越しに驚愕の目で見つめていた。
彼女にとって、ゼスト・グランガイツは逆立ちをしても敵わない偉大な隊長だ。
そんな彼が地に付している姿など想像だにしていなかった。
「こういうことなんですよ」
にっこりと微笑みながら、トールはクイントに語り掛けた。
彼にとってこの結果は至極当然であると余裕の笑みが語っている。
「あの方は我々の常識では計り知れないんです。 故に、負けることなどありえない」
確信をもって言い切るトールの声色にはに油断も驕りもない。
心底それを信じているものの言葉だった。
「なので、勝利は我々のものなんで……」
「待ちなさい」
勝利宣言をしようとしたトールの言葉を遮ったのはクイントだった。
「たしかに驚いたわ。でもね、あの人は……ゼスト隊長は絶対に諦めないわ。どんな状況だって覆して見せる――ストライカーなのよ」
「なるほど、それは素晴らしい信頼です」
クイントの声色も、先ほどのトールと同様に確信を持っていた。
トールは普段同様のニコニコした顔に戻って感想を口にした。
しかしそのすぐ後、彼は珍しく目を見張った。
「……! ほら……ね」
ゼスト、アリア、剣介の三人が立ち上がったからである。
「なる……ほど。これは驚きました」
トールはそう呟くと、卓上のパソコンをいじり始めた。
「なにをするの!」
「いえ、私はこれで失礼しようかと。次の準備もあるのでね」
「逃がすか――!」
叫ぶクイントに、ごきげんよう。と手を振り、トールは消えていくのだった……。
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「みんな……動けるか」
脳が揺らされた気持ち悪い感覚に耐えていた時、小さなゼストさんの声が耳に届いた。俺とアリアはお互い身体のどこかを動かすことで肯定の意をしめした。
「そうか、ならばいい。やつを動けなくするにはなにか強烈な一撃が必要だな……」
ミュラーは万能だ。攻撃は上手く、破壊力がある。守備も巧みで、タフネスまで兼ね備えている。付け入る隙がないとは彼のことを言うのだろう。
「わたしには無理。あいつのバリアジャケットを抜いて致命傷をいれるのはできないわ」
こういう場では自分の出来る事と出来ない事をはっきりさせるべき、それがわかっているアリアは潔く、されど悔しそうに言った。
アリアの優れている部分は魔力量にあかせた一発ではなく、効率の良さに重きを置いた魔力弾の制御と正確性だ。なのはみたいに一発の砲撃で敵を沈黙させるようなことは出来ないだろう。
「剣介、おまえはどうだ?」
ゼストさんに振られる前から考えてはいた。普段の俺であれば即答していた部分だし、そもそもエクスカリバーやゲイボルクを使えればここまで長引いてはいないだろう。
だが今の俺に大規模な破壊をもたらすもの、及び、確実に人を殺す武器は使用不可能だ。それを考えると強い武器は限られてくる。それに――
「ないことないですが、先ほどの攻撃を受け止められた事を考えると……」
カラドボルグは俺の宝具のなかでも最強の一つだった。だがミュラーに止められてしまった事から、奴に致命傷を与える武器は無いだろう。
「相手に防がれなければ……どうだ?」
ゼストさんの問いはシンプルだった。道は俺たちが切り開く、それに見合うだけの力のある武器はあるのか、そう問いていた。
「それならば……いけます」
もしも防御できない状態に持ち込めるというのであれば、あのミュラーと言えど耐えられないだろう攻撃はいくつかある。そのなかで最も物理的な攻撃力に秀でているモノを選べばいい。
確信を持って答えると、二つの影が立ち上がるのが見えた。やることははっきりとした、あとは終幕をおろすだけだ。強い意志が身体を巡るのを感じながら立ち上がった。
「ほぉ……」
立ち上がった俺らを見つめるミュラーは興味深そうな顔をしていた。叩いても叩いても立ち上がる、あれだけの実力差を見せつけられながらもまだ立ち上がる。久しぶりに現れた活きの良い獲物に舌なめずりをしているのだろう。
「ミュラー、お前に聞きたいことが一つある」
ゼストさんの声かけにミュラーは無言の眼差しで質問の許可をだした。それを見たゼストさんはこの事件の根本の質問をしたのだった。
「なぜおまえは管理局を敵に回るような真似をした。いや、敵に回した」
それは至極今さらだった。そもそもこの戦いが始まる切っ掛けとなった動機、たしかに俺たちはそれを探ってきた、そして見つからなかったのだ。
世界最大の犯罪組織アヴァタラム、こんな賭けをしなければいけないほど切羽詰まっている組織ではないはずだ。
ミュラーは手を額にあて、やれやれというように首を横に振った。小声でわかってねぇな。という声が聞こえてくる。
そしてこちらを見たミュラーは、いかにもどうでも良いという顔で、
「知るか」
と答えた。
「そういう小難しい事はいちいち考えてねぇし、考える役割のやつが他にいる。聞いていたのは骨のある連中と戦えるってことだけだ」
続けられたミュラーの言葉は組織のトップとは思えないほど適当であり、俺たちを納得させるものでは到底なかった。
しかしこの言葉に嘘は感じられないし、こんな馬鹿みたいな事を当然のように言えるからこそのアヴァタラムなのだろう。
だがしかし、それに付き合わされるこちらとしては身勝手すぎる理由だ。元より納得できるわけはないが、より苛立ちを募らせる結果となった。
よくわかった。そう呟いたゼストさんは剣を構えた。これを最後の攻撃にする、その意志が溢れ出さんばかりに伝わってくる。ミュラーはこれまで通りの自然体、アリアは地面に片手をついて気を練っている。俺に出来ることはただ一つ、全身全霊をこめてミュラーを戦闘不能にすることだけだ。
一拍置いて、ゼストさんが飛び出した。
「さっきと変わりねぇじゃねぇかよ!」
ミュラーはゼストさんの左斜め上からの袈裟切りを、左腕に持つ斧で逸らすようにして防ぎ、同時に右の斧でゼストさんの身体を真っ二つにするべく横切りを放った。
「これまで通りと思うなよ!」
その横切りが身体に当たる瞬間、ゼストさんは足元の魔力を強く放出させて空中で回転するかのようにミュラーの背後に回り込んだ。そして空中で姿勢を制御し、完全にがら空きになった背中向けて斬撃するが、それはミュラーの左の斧によって防がれた。
更にゼストさんは側頭部を目掛けて蹴りを放つが、今度は戻ってきた右腕によって防がれた。ミュラーの常識外れすぎる反射神経の勝ちと言ったところだろうか。
「なかなか面白かったが残念だったな」
「そう思うか? アリア!」
ゼストさんが叫ぶと、アリアの身体の下に巨大な魔法陣が出現した。これだけ大きな魔法陣ということは、かなり大威力の魔法であり、その予想通りミュラーとゼストさんの周りを魔力弾を打ち出すスフィアで大きく囲った檻が出来上がった。
「ほぅ……こりゃ壮観だな」
右を見るとスフィアの壁、左を見てもスフィアの壁が出来上がっている状況にミュラーは感嘆の声をあげていた。
俺がこれを最後に見たのはいつだったか……たしか、クロノと模擬戦をやったときだ。さすがは師弟、弟子の技を更に広範囲でやってのけた。
「ファランクスシフト……私の切り札よ」
ファランクス、それは古代ギリシャに端を発する攻防一体の密集陣形戦法の事だ。ミッドの魔法としては、敵の周りを大量のスフィアで囲み、大量の魔力弾を数秒の間に何発も打ち込むことで敵を殲滅する魔法の事を言う。大量の魔力を必要として制御も難しい、最難関の技の一つなのだが……。
「だが、このままだとお仲間も巻き込まれるぞ?」
挑発的なミュラーの言動だが、たしかにその通りだった。スフィアによって四方八方を囲まれた檻はミュラーの退路を完全に塞いでいるが、それはゼストさんにとっても同じだった。
このままではゼストさんもこの檻から放たれる大量の魔力弾の犠牲になる。
「いけアリア、俺は構うな」
ゼストさんは覚悟を決めているようだが、さしものゼストさんでもただではすまないだろう。だが、このチャンスを潰すわけにもいかないのだが……。
どうするのかとアリアを見ると、アリアはニヤリと笑いながら――。
「あんまり私を舐めないでくれる?」
魔力弾を打ち出した。
スフィアから光の矢が次々と飛び出した。それはモノにぶつかると共にはじけ、閃光を撒き散らして見る者の視界を一色に染め上げる。
「まだ……まだぁっ!」
アリアが叫ぶと下に広がる魔法陣は更に大きくなり、スフィアから放たれる光弾の勢いは更に増した。
そして一層眩しい輝きを放ち光のシャワーが終わった。フェイトと同量の38基のスフィアから放たれた光弾は毎秒4発、5秒間に渡る攻撃の合計は実に760発。空間内の敵を圧倒、殲滅するのには十分すぎる技だった。
「大丈夫か、アリア」
アリアの顔は疲労が濃く現れており、汗により髪が身体にへばりついていた。
「えぇ…ありが…!」
「っ…!」
そんなアリアに手を差し伸べようとしたが、その手はそのまま剣を持ち、迫り来る驚異を受け止めていた。
一瞬の衝撃の後に地面を見ると、ガラガラと音をたてて無骨な鉄の塊が転がった。俺が弾いていなければ確実にアリアの首をはねていたであろうそれは斧だった。
とっさに前をみると、右手は投擲後、左手はゼストさんの剣を受け止められている奴がいた。血にまみれながら、汚れながらも口を歪め、小気味好い笑い声をあげる姿は正に『
「ふはっ! あっはっはっはっは! すげえな! すげぇよ! やりゃできんじゃねぇかっ!」
化け物めっ……! ミュラーはゼストさんと片斧一本で打ち合いながら、呟くアリアを見据え下卑た笑い声をあげていた。
「さすがはリーゼアリア! 数十個展開するだけでAAAレベルのファランクスを大量に展開させ、更に全ての攻撃を俺だけにあてやがる! これだよ! こういうのを求めてたんだよ!」
思わずゼストさんを見る。たしかにゼストさんのバリアジャケットには先ほどまでとなんら変化がなかった。
あれだけの量のスフィアを全て制御し敵にぶつける。魔法に疎い俺にその凄さの全容は理解できないが、確実にこれだけは言える。
業としての遠距離魔法、技術としての遠距離魔法でアリアの右に出る者はいないだろう。
だがしかし、化け物は未だ倒れていなかった。それどころか、より意気揚々と、より気勢をあげてゼストさんと打ち合っている。
「で、おまえにゃ何も無いのか? 『ストライカー』ゼスト・グランガイツ、んなわきゃないよなぁ!」
片斧一本で打ち合っているミュラーだが、確実にゼストさんを押していた。一本の斧が無くなった影響は無いようで、逆に両手持ちによりパワーがあがり、ゼストさんを圧倒し始めている。
だが、こんな苦しい状況でありながらゼストさんの動きに焦りはなかった。むしろ覚悟の決まった穏やかな目をしている。
そしてゼストさんは禁断の言葉を呟いた。
「カートリッジ・ロード……フルアクセル!」
その瞬間、柄の刃に一番近いところから六発の薬莢が打ち出され、ゼストさんの髪が金色に変化した。
カートリッジシステムの新モデルにして既に廃止されたもの、それがフルアクセルだ。
従来のカートリッジシステムは使用者の魔力量を底上げするものだったが、フルアクセルは使用者の魔力量だけでなく身体能力も底上げする、即ち身体に直接影響を与えるものだった。
実験段階に魔導師の一人が倒れ、リンカーコアに致命的な障害が発生したため開発は中止となった。ここまではカートリッジシステムの基本的な歴史のはずだが、ゼストさんはそれを実際に使用した。それがどういう意味なのかはわからなければいけない。
「なんの魔法か分からんがさっきまでと威力が段違いだ! 面白れぇ!」
明らかに動きがよくなったゼストさんはミュラーを押していた。だが、押しているはずのゼストさんの顔は苦しげに歪み、押されているはずのミュラーの顔は楽しげににやついている。
「どうしたぁ! 動きが鈍ついてきてんぞ!」
20合ほど打ち合ったところで少しずつだがゼストさんの動きが落ちてきた。そしてそれとともにミュラーがわずかずつだが確実に移動を始めた。
その行き先は先ほど投げた右手が持っているはずの斧だった。
それに気がついた俺は先に斧を奪おうと移動しようとするが――。
「ちょっと待ちなさい」
左手を地面につけたままのアリアにとめられた。
「いま行かなければゼストさんが――!」
「いいから待ちなさい、それがあなたの仕事よ」
俺の口答えはアリアの一言に封殺された。ここまで止めるということは何か手があるだろうと考え口を噤む。
少しずつ動くミュラーに気勢をあげて押しかかるゼストさん、その勢いはすさまじく、それこそ悪魔に身を売り渡したのではないかという猛攻だった。
その猛攻を正確に受け流しながら後ろに下がり、ついにミュラーは自分の斧が転がる地点まで到着した。
ミュラーを斜めに斬ろうと、ゼストさんは相手の右わき腹から上に斬り上げた。それを真正面から受け止めたミュラーの左手の斧は弾き上げられるが、ミュラーが見ていたのは足元に転がる斧だった。
斧を弾かれることを計算にいれ、その遠心力を利用してゼストさんの首をはねようとしたミュラー。どんな状況でも敵を殺すことを考える鬼に畏怖を抱きながら、罠だっ! と叫ぼうとしたが、それよりも前にそれは起こった。
「な……にぃ!?」
「わたしはただ這いつくばるためだけに地面に手をおいていたわけじゃないのよ」
初めて聞くミュラーの驚いた声。初めて見たミュラーの見開いた目、その視線の先には地面の先から生えた何かに向けられており、それは斧を持ち、ゼストさんの命を刈り取るはずであったミュラーの腕と脚に巻き付いていたのであった。
「チェーンバインドよ。発動地点を建物の中に設定することで建物そのものが重石となり、更にわたしの魔力を練りに練ったもの。もうあなたは動かさない!」
アリアが先ほどまで手をついていた理由、それは疲れていたからでもミュラーの力に絶望したわけでもなかった。チェーンバインドの起点を建物の基礎部分に巻きつけることで重石とし、更に地面をそのバインドで貫いたのだ。
大胆かつ繊細、これを体現するアリアの絶技だった。
「っは! 建物全体程度が重石になると考えてんじゃねぇよ!」
アリアの叫び声を馬鹿にするようにミュラーが叫び右腕に力を込めようとした。だがその瞬間――。
「動かさないと言った! リングバインド!」
右腕と右脚に数個のリング状のバインドが巻きついた。これにより力を込める隙がなくなる。
「剣介! いまだ!」
「今までのすべてをぶちこみなさい!」
ゼストさんとアリアの叫び声に突き動かされるように、体勢が崩れてだらしなく身体をさらけ出したミュラーの元に走った。
バビロンから取り出すのは無骨な石で出来た斧。でかい石を削っただけの大きな斧。破壊力が高いだけで、他に何もないただただ大きい斧だ。だがこれが今回の戦いを終わらせる切り札となる。
「ミュラァァァァッッッ!」
ミュラーまで後数歩のところで、上段に思い切り振りかぶりながら体重を全て乗せるためにジャンプする。
目の前に入るのはミュラーだけ、世界の時間が遅くなったかのような幻想にとらわれながら、最後の言葉を紡ぐ。
「『
何が変わったわけでもない、干将・莫耶のように大きくなるわけでもなければ、エクスカリバーのように剣の先からビームのようなものが出るわけでもない。
これはこの斧剣に宿った業のようなものだ。やることはただ一つ、斬撃を『同時』に放つだけで、佐々木小次郎の燕返しのようなものだ。しかし、それが三回の多次元連続攻撃ならば、この宝具はその三倍。九回の斬撃を『同時』に放つ攻撃だ。
目の前のミュラーはこの状況でなお薄笑いを浮かべていた。
「くらい……やがれぇぇっ!」
―― 一回。
―― 二回。
―― 三回。
―― 四回。
―― 五回。
―― 六回。
―― 七回。
―― 八回。
―― 九回。
斧剣による重い斬撃、それは九回同時にミュラーの身体を切り裂いた。バリアジャケットを抜く感覚とともに、身体を斬る生々しい感覚が腕を支配する。久々すぎる感覚だが、これに慣れることはないだろう。
攻撃の威力はすさまじく、アリアが練りに練ったバインドをたやすく引きちぎり、ミュラーを壁に叩きつけた。壁は破壊され崩落し、ミュラーの身体の上に降りかかった。
すべての残骸が降り終わった後、残ったのは静寂だけだった。
「終わった……?」
呟いたのはアリアだったかゼストさんだったか、もしかしたら俺だったかもしれない。とにかくその言葉を聞いた瞬間、俺達はその場にへたりこんだのだった。
「勝った……ははっ、やった……やった!」
思わず口をついて出てきた言葉は喜びだった。気持ちとしては安堵が9割をしめていたのだけれど。
「ふふっ、よく頑張ったわね」
優しげな声はアリアのほうだった。そちらを見ると柔らかなほ微笑みを浮かべている。そちらに向けてサムズアップをすると、同じようにサムズアップを返してきた。
「見事な一撃だ、剣介」
アリアのすぐ近くにいたゼストさんの髪は黒に戻っており、フルアクセルモードを解除していた。ゼストさんもいつもの苦虫を10個ほど噛み潰したかのような渋い表情ではなく、いくらか緊張感のとけた柔らかい表情だった。
こんな表情できるのかと驚いたのは俺だけではないようで、アリアもすぐさま。
「あなたそっちのほうが人が寄りつきやすいわよ、いつも若手たちに怖い怖いって言われてるんだから」
と突っ込んでいた。
ゼストさんは困ったような表情を浮かべて、考えておくと素っ気なく言った。それを見た俺とアリアが吹き出すと、ムスッとした顔に変わり本部に連絡をとると言いながらデバイスを操作した。
その瞬間、いきなり血を吐いた。
「ゼストさん!?」
「大丈夫!?」
近くにいたアリアが起きて歩みより背中をさすると、大丈夫、ありがとう。と言っていた。明らかにフルアクセルの影響であり、出来る限り早く医者に見せるべきだろう。
代わりに報告と救護班を要請しようとしたとき――。
瓦礫が崩れる音がした。
「え……?」
聞こえるはずがない、聞こえてはいけない。あれだけ有利な状況をつくりだしたのだ。あれだけの攻撃を無防備な奴にあてたのだ。
あれが人間なら立ってはいけないはずなのだ。
ガラリッ。もう一度崩れる音がする。何度も何度も崩れる音がする。フラフラとよろけながらも壁を支えにしながらも立ち上がる人影が見える。
「なんでよ……なんで立ち上がれるのよ!」
全身から血をながしながら、ほこりで薄汚れながら、服を真っ赤にそめながら立ち上がったのは
「あぁ……。楽しい。こんな楽しいのは初めてだ」
アヴァタラム総帥、ゲルト・ミュラーだった。
ゆっくりと、ゆっくりと『死』が近づいてくる。武器もないのに、ボロボロなのに、足取り不確かに歩いてくるその男に勝てる気がしなかった。
「もっとだ……もっとだ」
ゾンビのように歩いてくるその姿に俺は思わず叫んでいた。
「なぜだ! なぜそんな姿で立ち上がれる! なぜ動ける! わき腹なんて抉れてる! 腕だってあらぬ方向に曲がってる! なんで動けるんだ!」
ミュラーはまだ無事な腕で斧を拾い上げた。
「まだわき腹が抉れて片腕が使えないだけじゃねぇか。腕は二本ある、脚だって無事だ。なにより俺の心臓は動いている。それだけで十分だ。十分なんだよ」
俺を見つめながら前進をはじめた。
わけがわからない。化け物すぎる。こんなの殺すしかない……殺すしか!
俺がバビロンに手を伸ばそうとしたその時、ミュラーの身体から剣が突き出された。
口から血を吐いたミュラーが気怠そうに振り向くと、そこには全身を白装束で包み、ミュラーの返り血を浴びた部分だけが赤く染まっている人間がいた。そいつは顔も白い布で覆っており、男か女かもわからなかった。
「……なんだおまえ? いますごく楽しいんだ。すごくすごく楽しいんだ。邪魔すんじゃねぇよっ!」
ミュラーはそう叫ぶと思いきり身体を振り、白装束の人の首をはねようと斧を振り回した。だが、その斧が白装束の人に届くことはなかった。
更に多くの剣がミュラーの身体に突き刺さったからである。
ミュラーが叫んだ時、俺の後ろから何かが高速で迫り、そして追い抜いていった。
白い残像が残った視界には、五人の白装束を着た人間がミュラーの身体を貫いている姿が映っていた。
「そろそろ死ね、ゲルト・ミュラー」
その内の一人が呟いて、空気を入れるように剣を捻るとミュラーは更に大きく血を吐いた。そして俺のほうを見ると最後の力を振り絞り口を開いた。
「締まらねぇ終わり方だがそれも仕方ないんだろうな……あぁでも……久々に楽しい殺し合いだった」
満足そうに呟くとミュラーは目を閉じた。
地獄の化身、『
ついに戦闘終了です。
目的も不明のままで消化不良な終わり方ですが、これにてアヴァタラムとの戦闘は終了です。
長かった新人育成課編も次回でラスト、なんとか皆さんにお届けできそうです。
それでは、また次回もよろしくお願いいたします。
次回
エピローグ
この小説を読んでくださる全ての方にありったけの感謝を