魔法少女リリカルなのは~チートな主人公が頑張っている物語~ 作:てりー
前回のあらすじ
トールと共闘関係になりました。
去るトールは、もうこちらを振り返ることはなかった。気配も、足音も、すぐに砂嵐が覆い隠していく。
残されたのは、俺と、この集落だけだった。
「……」
手の中にある紙コップを見る。中の紅茶は、まだ半分ほど残っていた。
氷は溶けかけていて、水滴が指に伝う。
しばらくそれを見ていたが、やがて中身をそのまま地面に捨てた。砂がそれをすぐに吸い込み、跡形もなく消えていく。
ゼスト隊の壊滅。魔法が消えたという現象。なのはの怪我との共通点。
点と点が繋がりかけている。薄ぼんやりとした影が輪郭を持ち始めている。
「やるしかない……か」
小さく呟く。
ここで立ち止まる理由はない。むしろ、進む理由は増えた。
なら、やることは一つだ。
集落の方へと視線を向けると、先ほどまで見ていた光景が、そこにはあった。
崩れかけた建物。生気のない老人たち。そして――無邪気に走り回る子供たち。
さっきと、何も変わっていない。変わったのは、俺の方だ。
「……」
なぜか足が動かない……分かっている、これは任務だ、掃討対象に例外はない。ここを見逃したところで、別の誰かが同じことをするだけだ。理屈はいくらでも並べられる。
だが、視界の端で子供が転んだ。他の子供が、笑いながら手を引いて起こす。二人は何事もなかったかのように、また走り出す。
その光景を見て、思考が止まった。
胸の奥で、何かが軋む。
「……っ」
息が詰まる。視界がわずかに歪み、膝がガクガク震え始める。
「……まずいな」
思わずその場にしゃがみ込む。呼吸が浅く、鼓動が早い。手は震え、膝が笑う。
「くそ……」
強く歯を食いしばる。
こんなことで躊躇ってどうする、俺は何のためにここに来た。何をするために、あの場所を出た。
脳裏に思い浮かべるのはなのはの顔。いつもの笑顔じゃない。傷つき、悲しみ、それでも浮かべる自嘲気味の顔だ。
あのとき俺には何もできなかった。そう、何も、だ。
だから――
「……」
震える手で、バビロンを開く。中から取り出したのは、小さな瓶だった。透明なガラスの中に、白い錠剤がいくつか入っている。
これは、最高評議会から必要な時に使えと渡されたものだ。
使うべきではない類のものだと、直感で分かる。
だけど、
「……今が、その時か」
自嘲気味に呟く。
瓶を開け、錠剤を一つ取り出す。口に放り込み、水もなしに飲み込んだ。
喉に引っかかる感覚が一瞬あったが、無理やり押し込んだ。
「あなた、体調が悪そうですが大丈夫ですか」
振り向くと、先ほど見かけた老人が立っていた。
近くで見ると、さらに痩せているのが分かる。皮膚は乾ききっており、骨ばった手が目についた。
「あぁいえ、おかまいなく。すぐに収まりますので」
「それならば良いのですが。せめてこれを飲んでください」
老人は少しだけ安心したように息を吐くと、手に持っていたペットボトルを差し出してきた。
中には薄茶色の液体が入っている、おそらく水なのだろう。
「ありがとうございます」
老人は穏やかに笑った。
「なに、旅人さんを見るのは久しぶりでしてな。じじいのお節介です」
そう言って、軽く手を振る。
そのまま、ゆっくりとした足取りで去っていった。
入れ替わるように、子供たちがこちらに寄ってきた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「顔、ちょっと怖いよ?」
口々に話しかけてくる子どもたちは距離が近く、警戒心は特にないようだ。
ただの好奇心と、少しの心配。子どもたちらしい純真さがあった。
「あぁ、もう大丈夫。ありがとう」
子どもたちは笑みを浮かべたあと、先ほどの老人の後を追って去っていった。
「薬が効いてきたかな」
胸のつかえはいつのまにか解消されていた。呼吸は整い、鼓動も静か、震えていた手も止まったようだ。
狭まっていた視界も良好だし、思考も澄んでいた。
だが、先ほどまでたしかに感じていた何かが綺麗に消えていた。
違和感はある。が、問題とは感じなかった。
ペットボトルの中身を一口飲む。
ぬるい。味もほとんどない。
それでも、液体が喉を通る感覚だけははっきりとしていた。
もう一度、彼らの姿を目に焼き付ける。これから始めるのはただの蹂躙だ、彼らには何の罪もない。
これは俺の罪だ。俺が背負うべき業だ。
ごめんなさい。ごめんなさい。心のなかで繰り返しつぶやく。
ごめんなさい。ごめんなさい。忘れないから。この街で懸命に生きる人々、芽吹いている命、全部忘れない。
街を出て、灼熱の砂漠で白装束を着なおし思考を切り替える。
『仕事』の時間だ。
端末を操作し、所定のキーワードを入力する、すぐに回線がつながり、男の声が聞こえてきた。
「集落を発見した、これから作業に入る。あぁ、作戦通りだ、何も変更はない」
通信を切る。端末を握ったまましばらく動けなかった。
視線の先には先ほどの集落から、微かに声が聞こえてきた。先ほどの子どもたちの笑い声だろう――まだ遊んでいるのか。
胸の奥が軋み、顔が歪む。それでも、端末を操作した。
少しの沈黙の後、遠くで何かが弾けるような音がした。
それを合図にしたかのように、声は一つ、また一つと途切れていく。
最後に残ったのは、風の音だけだった。
そして、名もなき星から、名もない集落が人知れず消え去った。
短いですが第三十二話の後編です。
次回は今週末頃に更新予定です。
もし良ければ感想をいただけると嬉しいです。
嬉しいお言葉も批判も全て執筆意欲につながりますので、よろしくお願いいたします。
それでは、また次回もよろしくお願いいたします。
次回
不退転の決意