瞬間最大風速   作:ROUTE

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御幸、寝坊する

適性テスト当日。

 

「あの……」

 

「うん?」

 

いつも通りの時間に起きて、ランニングから帰ってきた智巳に、今起きて用意を整えたところの東条が遠慮がちに質問した。

 

「御幸先輩を、起こさなくていいんですか?」

 

「いいよ、あれは。結局あの後寝てる俺を叩き起こして思いついた配球を検討してたからな。疲れてるんだろ」

 

明日適性テストだと言う東条を気遣って、智巳も御幸も割りと早めに就寝した―――と、思われたが、結局あの後色々検討していたらしい。

 

ぐっすりと眠っている東条は、そのことに気づかなかった。

 

「後輩の面倒を見るのは当然だけど、二年からは自己管理。監督もそう言っている」

 

「じゃあ、一年生が遅れたら……」

 

「ランニングとか、そこらへんの罰が連帯で課されるだろうと思われる。御幸はまあ、遅れてもこいつが走るだけだから全く問題はない」

 

寝ている御幸を他所に、二人はさっさと部屋を出た。

グラウンドに早く行って、損はない。顔は売れるし、勤勉さはアピールできるし、何よりも長く練習できる。

 

「東条!」

 

後ろから、聞き覚えのある声がした。

金丸信二。同じリトル・シニア出身の親友。そして多分、御幸ー斉藤智バッテリーと同室だということを何となく察していたであろう人間。

 

「……信二、気づいてたでしょ」

 

「ま、まあ、それはいいじゃんか。うまくやってるっぽいし」

 

そういう金丸は、見たところクリスとうまくやれているようには見えない。

と言うよりも、クリスの目に光が無い。何かを諦めたかのような目をしている。

 

「クリスさん、おはようございます」

 

「……おはよう」

 

快活に挨拶をした智巳に比べて、格段に声が小さい。

ボソボソとしていると言うのか、掠れているというのか。

シニアで対戦したことは一度しかないが、その時はこんな声では無かった。

 

それは、金丸・東条が共通して気づいたことだった。

 

「……御幸が肩を心配していたぞ。投げ込みを控えたらしいな」

 

「それはまあ、御幸が過保護過ぎると言ういつものことですよ。打撃に興味を持ち始めただけで、肩自体は大丈夫です」

 

「……いや、今日の午後から俺に付いてこい。軽い検査を行う。監督にも了承は得てある」

 

少し困ったような顔をしているクリスが何かを囁き、それに『それを言われてはまあ、何も言えませんので付いて行かせていただきます』と言っている。

 

何を言ったのか一年生の二人には声が小さ過ぎてわからなかったが、何らかの予定が入ったらしい。

 

「すまんな、東条。少し先に行ってくる。やることができたのでな」

 

「あ、はい」

 

「新入生は特に別れて並ぶことはない。上級生と同じ場所、グラウンドに集合だ。並ぶ場所は違うから、間違えるな。あと、間違っても遅れるんじゃないぞ」

 

そう言って、少し駆け足になって去っていく。

クリスもいつの間にやら何処かへ去り、金丸と東条は顔を見合わせてグラウンドに向かった。

 

少し身体を動かしておく。これはやるに越したことはない。

 

そして、グラウンドに着いた智巳は本日の先発投手である丹波に検査を受けに行くことを伝えていた。

 

「丹波さん、と言うことでリリーフに俺はいませんのでよろしくお願いします」

 

「わかった。任せろ」

 

相変わらずの、強面。この顔でピンチに弱くてプレッシャーに弱いと言うのだから、世の中は不思議な物だ。

顔だけ見れば、すごく頼りになりそうでピンチに強そうなのだ。

 

「オイオイ、またどっか悪いのか?」

 

「いや、心配性のバカが過剰に反応したんですよ。バット振ってただけなのに」

 

御幸と書いてバカと読む。

バカと書いて御幸と読む。

 

二種類ほどあるが、どちらも意味は大して変わらない。

ガサツそうに見えて案外周りを見ている伊佐敷の心配を、智巳は軽く流した。

 

『エラーした男が言うことではないが、無理はするなよ』

 

増子透はそう紙面に書いて、目の前に付き出した。

喋れないというわけではない。ただ、前回の智巳が先発した試合でタイムリーエラーをやらかした為、自主的に黙っているのである。

 

守備は九人でやるものなのに、自分の打撃の不振にばかり目をやって気を散らしていた。

その事実を監督に指摘された増子はなんの反論もできず、罰として今二軍に居る。

 

単純なミスなら許すが、他のことに気を散らしてのミスならばスタメン降格も辞さない。

そんな片岡監督の気性が現れた人事だった。

 

「無理しなきゃ勝てないって思わなかったら、無理はしませんよ」

 

「おっ、いい切り返し。どうとでも取れる言い方だし、こっちに発破をかけてもいるわけだ」

 

ニコニコと、どこか腹の黒さを感じさせる笑みを浮かべながら小湊亮介がその裏を読む。

 

個人的に、智巳は御幸と青道高校の双璧だなと思っていた。何がとは言わないが。

 

「まあ、そうですね。息詰まる投手戦も好きですけど、楽にさせてください」

 

「援護は任せろ」

 

グッ、と拳を付き出して、キャプテンの結城哲也が笑う。

頼もしい笑みである。

 

「まあでも、今回の試合頼みますね。何と言うか、自分のいない所で敗けられると、モヤっとするんで」

 

「お前が居ない時の先発は任せろ」

 

「光一郎は七回3失点くらいにに抑えてから言うべきじゃないの?」

 

ほのかに香る畜生のかほり。

御幸が先輩だからと言わないことを、小湊亮介は平気で言う。

 

まあ、それほど気心しれた仲なのだろう。自分は御幸にそんなこと言われたことないが。

 

「まあ、丹波さんはかなり頼りになりますよ。七回まではかなり安定して投げてくれてますし」

 

「お前はほんと、七回から踏ん張れればなーって言われてるもんなぁ、おい」

 

「……走り込んでくる」

 

ああ、行ってしまわれた。

スタミナ不足、メンタルが弱い。そう言われてはや二年くらい経つわけで、体格はいいだけに『もう一つ』と言われて続けていた。

 

だがまあ実際、丹波は毎回失点したりすることは少ない。打たれだすと止まらないだけで。

 

「と言うことでまあ、勝ってきてあげるよ。次に進めば、市大三校か稲実と当たるわけだしね」

 

小湊亮介の暗い笑みに見られるように、どちらにも、最後に対戦した時敗戦で終わっている。

 

今度は勝つ、と言う心構えが全員にあった。

特に、小湊亮介は稲実に因縁がある。あのサヨナラの場面で送球を逸らさなければ、延長に行けたかもしれない。その悔いがある。

 

記録に残らなかったが、あれはエラーだった。自分に厳しいこの男は、常にそう思って守備に磨きをかけてきた。

 

「誰であろうが、必ず打ち崩してやる。次の次の試合を安心して待っていろ」

 

「雪辱果たすぜ。ガンガン打ってやるからよ」

 

『同じく』

 

「エラーはしないから、安心して打たれていいよ」

 

増子の肩が、ピクリと動く。

そういう意図ではないとはいえ、そういう意図に聴こえなくもない。

 

その後ストレッチしながらの他愛もない雑談が続き、暫く経った辺りでキャプテンが時計を見て声をかけた。

 

「そろそろだ。行こう」

 

おう、と皆が応える。

途中で走り込みに行っていた丹波と新入生のチェックに行っていた倉持・白洲・坂井も合流し、青道高校のベストメンバーが全員揃った。

 

一番ショート、二年生、倉持洋一。

二番セカンド、三年生、小湊亮介。

三番センター、三年生、伊佐敷純。

四番ファースト、三年生、結城哲也。

六番サード、現在二軍の三年生、増子透。

七番ピッチャー、二年生、斉藤智巳。

八番ライト、二年生、白洲健二郎。

九番レフト、三年生、坂井一郎。

 

「あれ、御幸は寝坊?」

 

「たぶんそろそろ起きてるんじゃないかな、と。まあ、自己責任なんでいいですけど」

 

「走らされるだろうねー」

 

いつもニコニコ、地味に畜生、小湊亮介。どこか嬉しそうである。

かく言う智巳も、少し楽しみではある。どうやってあいつは誤魔化すのかな、と言う方向で。

 

そして、どこかウキウキしてるのがもう一人。

 

「倉持、何でそんなに楽しそうなんだ?」

 

「同室の一年を夜ふかしさせてみたのよ」

 

そう言って、ニヤニヤしている。

こいつも中々の畜生である。畜生双璧の小湊亮介と二遊間を組んでいるだけあって、こいつも畜生。

畜生は伝染するらしい。

 

「じゃあ、遅刻か」

 

「ヒャハハハ、そういうこと。俺もやられたし、洗礼ってやつよ」

 

「……まあ、人それぞれだけどな」

 

御幸をほっぽり出している以上は、大きなことは言えない。

 

最前列にベストメンバー全員で並びながらブツブツと話していると、いやでも後ろから並びはじめた後輩たちの声が聴こえてくる。

 

『春大会でもう六盗塁決めた倉持さんだ』とか、『小湊先輩、秋季大会から今まで深く追ってるのに失策ゼロらしいぜ』とか。

 

「やっぱり常日頃から見ている人が多いみたいですね」

 

「そりゃあそうだろ。俺も青道高校の試合って聴けば、毎回見に行ってたぜ」

 

流石副キャプテン、と失礼ながら評価し直す。言動と見た目に見合わず、堅実なバッティングが持ち味の、伊佐敷純。

どうやら志望動機も堅実に決めたものであったらしい。

 

「そう言えば、お前は何でここに来たんだ?」

 

「学費と遠征費と部費と寮費が無料の条件を出された学校の中で、家から一番近かったからです。うち、御幸と同じであんまり余裕ないんですよ」

 

御幸の家はスチール工場で、父子家庭。智巳の家はなんの変哲も無い母子家庭。因みにご近所さんである。

 

「……あんま訊かれたくなかったか?」

 

「いえ、別にいいですよ」

 

本当に見た目によらずいい人だな、と思いつつ、そう言えば御幸はどこに居るんだろうか、と思案を巡らす。

そろそろ、起きていてもおかしくはない。

 

あの男、意外と家事スキルが高い。早起きできないが、それでも寝続けることはなかろうと思われる。

 

「あ、監督来たぜ」

 

「御幸終わったな」

 

目敏い倉持の報告に耳を傾け、それだけをポツリと口に出して黙り込んだ。

 

「沢村もな」

 

「ん?沢村?」

 

「おう、沢村栄―――と、後でな」

 

なんか聴いたことがある。記憶に残る名前と言えばそうだが、近々に聴いた覚えがあるのだ。

 

(沢村、ね)

 

伝説の投手、沢村栄治。

巨人の先発、澤村拓一。

記憶にある沢村はこれだけで、他にはない。

 

誰だったかなーと記憶を掘り返せど掘り返せど、浮き上がる物は無し。

 

「おはようございます!」

 

キャプテン結城哲也の後に続き、部員たちが口を揃えて唱和する。

 

まだ、御幸はやってこない。


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