瞬間最大風速   作:ROUTE

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三振宣告

帝東高校監督は、全国制覇を二度成し遂げた名将・岡本一八。

彼は野球を炎と例える。別に中継ぎが燃えるのが野球の醍醐味、と言っているわけではない。

 

監督の選手の魂がぶつかり合い、飛び散る火の粉。それこそが始まりの火。

野球の技術が向上し、設備が整っても、グラウンドで戦う人間がからっぽであれば勝負には勝てない。

技と身体を動かすのは、心。故に、監督たる自分がするべきことは、選手たちに火をつけること。

 

だが、極稀に火をつける前からメラメラと燃えている選手がいる。全国制覇をした二回とも、そんな選手が居た。

そして今、新たに二人見つけた。

 

敵のエースと、味方のエース。

 

「兼剛、太陽、聴いたか、あの声援をよ!?」

 

マウンドに上っただけで、これほどの声援が上がる。何かをしてくれると思わせる。まごうことなき、絶対的エース。

 

 

あの存在感は、ベンチから見てもそれとわかる。

岡本一八は、これからは点がそう簡単には入らなくなると確信して、主軸二人に声をかけた。

 

「あの怪物の立ち上がりは、先発した時は基本的に安定してることが多い。が、中継ぎ登板と先発は違う。少しの乱れも見逃さず、ガブッと咬みつけ」

 

ガブッと、ガブッと!

ジェスチャーを交えて、岡本一八は檄を飛ばす。

 

「いいかテメェら、今主導権は俺らが握ってる。リードなんか考えず、ガンガン攻めて、攻め抜いて勝てぃ!」

 

―――先頭バッター、三番内藤豊。

 

彼は一礼し、打席に立った。これまでの成績はツーベース一本。

通算打率は3割4分。通算本塁打二十本の、名門の三番に相応しい成績。

 

彼は、斉藤智巳との対戦経験がない。高校に入って花開いたタイプ。

しかし、同級生からその活躍は聴いていた。

 

佐野修造、斉藤智巳、本郷正宗、御幸一也。

 

こうしてシニアの有名人と言うのは、口伝いに広まっていくものらしい。

 

(……初球様子見、三球目で叩く)

 

敵をなめてはいない。だからこそ一球目は見逃す。

その判断を、御幸一也は見て取った。

 

(初球様子見、三球目からとか思ってるな。まあ、定石だけど)

 

ど真ん中、ストレート。

最近、本当にストレートのキレが素晴らしい。国際大会の時に測った時、回転数は秒速38回転。

 

(40超えてんじゃないの、今のこいつ)

 

ミットに吸い込まれる、指にかかったストレート。

初球捨ててきているなら、最も威力のある球を最も効果的に入れてやればいい。

 

それだけで、『手を出さなかった』が、『手が出なかった』に変わる。

手を出そうと思えば出せたのに、出なかった。この微妙さを、打者は好まない。だから、思考が早まる。

 

(さっさと終わらせよう、智)

 

(どうするつもりだ)

 

(ここ。球数使わずに打ち取っていこう)

 

その打ち取る為に組み立てた配球、智巳は珍しく首を振った。

 

(力で潰す。こちらの反撃が終わるまでは)

 

(……うーん、まあそれもありだろうけどな)

 

この奪三振マシーンにとって三振は『結構取れるもの』でしかないが、実際三振は取るのが難しい。

文字通り、バットに当たらなかった。手も足も出なかったということなのだから、それも当然なのだが。

 

(どうすんだ。関東大会)

 

(一瞬一球に命を懸けるのが俺だ。先のことなど知らん)

 

少し、気が抜けてしまう。

命を懸けるなら、下位打線に連打を浴びるなよ。

そう突っ込みたいが、結果的に点取られて敗けなきゃ、智巳的には手を抜いていることにはならないらしい。

 

(まあ、いいけどな。らしいし)

 

三振を取るための配球に組み立て直し、御幸はミットを構えた。

 

「三球勝負で仕留めさせてもらいますよ」

 

「何?」

 

「奪三振宣告ってやつです。ここから三人、九球で終わらせますので、ご協力お願いします」

 

二球目は、内角低めのストレート。

 

(低過ぎる、ボールだ)

 

ボールだと内藤は思った。わざとあんな三味線を引いて手を出させる為なのだと。

 

だが、そのストレートは手元で吸い込まれるように上に伸びた。

 

「ツーストライク!」

 

わざわざ、御幸が言って投げ返す。

あと一球だぞと、内藤には聴こえた。

 

次は何か。フォークか、スライダーか、カーブか。

カーブを決め球にすることは、少ない。三球目もストレートはないから、恐らくは遅い球。

 

チェンジアップか、スローカーブ。それでバットを回すつもりだろう。

 

「ストレートですよ」

 

「……」

 

この男は、無視する。三球続けてストレートでは、リスクが大きい。対応されないと、考えていてもおかしくはない。

 

遅い球を待つ姿勢に入った内藤の横を、豪速球が射抜いていった。

 

裏をかかれた。

或いは、かかれてすらいないのかもしれない。あの忌々しい捕手は、真実しか述べていない。

 

悔しさを滲ませる内藤がバットを持って去っていく際に、御幸の声が背中に刺さった。

 

「宣言通り、あと六球で二人斬れよー」

 

帝東側の、ベンチがざわつく。

それを見て、御幸はニヤリと片頬を上げて微笑んだ。

「一人目には、ご協力いただいたんだからよ」

 

悪い笑みである。

その言葉に青道高校サイドも、帝東高校サイドも沸いた。

 

次のバッターは、四番で正捕手、乾憲剛。

 

(この人にささやきはいらねぇ)

 

力で打者を捻じ伏せろ。

 

内角の球を見逃し、ボール気味のストレートをカットして、ツーストライク。

外角高め、ストレート。

絶好球の僅か下を、乾憲剛のバットは空振った。

 

再び、雷が落ちるような衝撃。

 

(手元で急激に伸びている。映像ではわかりきれないところに、このストレートのキレの良さはある!)

 

いいえ、映像を撮ったのが秋で、今が春先だからです。

正解を教える者はいないし、御幸は教えない。

 

春先から夏の終わりまでの絶好調男。その事実は正直なところ、あまり知られたくない。

 

「ツーアウト、あと三球!」

 

乾憲剛の打席中黙り続けていた御幸がまたカウントを進め、次の打者を迎える。

 

次の打者は、五番サード、板垣。

正直なところ、大した打者ではない。

 

「ストレート三球で締めるので、よろしくお願いします」

 

何をよろしくしろというのか。空振りにご協力ください、とでも言うのか。

献血すら協力することに少し戸惑うこの世の中。そんなに気を良くして空振りに協力してくれる者はいない。

 

一球目、予告通りのストレート。空振り。

二球目、同じくストレート。外から内へ、距離感が全く違うことに怯み、見逃し。

 

「あと一つ」

 

「お前の予告通りの三振はしねえ。カットして、前に飛ばしてやる」

 

「いや、ちょっと勘違いしてません?」

 

外角低め、ギリギリいっぱい。

カットしようとしたバットすらすり抜けて、ボールはミットに収まった。

 

エースが、グラブを前に突き出して吼える。

 

「これはエースの宣告であって、予告じゃない」

 

―――ストライク!バッターアウトォ!スリーアウト、チェンジ!

 

審判がそう宣告した。攻撃の時間は終わったのだと。

 

「三振しないんじゃない。するんです。三振させないんじゃない。やるんです。そこが少し違いますね」

 

あくまで、生殺与奪の権利は我等にあり。そう宣告した御幸は、マスクを外す。

完全にしてやったバッテリーは、打撃陣の手荒い祝福を受けながらベンチへ帰った。

 

『なんと、宣言通りの九球勝負の三奪三振!ボールがミットを叩く音しか聴こえません!』

 

『これはちょっと、見たことがない勝負でしたね……末恐ろしい二人です』

 

観客も、実況も、解説も。

全ての注目は二人へ向く。

 

となれば、風はどちらに吹くのかは言うまでもない。

 

「ナイスリード」

 

「ナイスピッチ」

 

隣に座った二人は、それだけ言って監督へと目を向けた。

 

諦めていないのは、監督も同じ。帝東高校のエース、片桐が来ると思った思考の裏をかく奇襲先発だが、さりとて最早攻撃は三回目。

 

対策は既に、出来ている。

 

「相手の先発は制球力に自信がある。だが、既に球数は打者八人で38球。この意味がわかるか」

 

「……ボール球が多い、ということですか」

 

「そうだ。相手はボール球を振らせ、三振、ないしは凡退でアウトをとっている」

 

―――低めでギリギリの球は、全て見逃せ。球数を稼ぎ、ベルトの上に来た球を叩け。

 

「相手の先発は一年だ。入ってきたばかりでスタミナは斉藤に比べれば格段に劣る。粘って粘って、脚で掻き回し、入ってくる球に痛打をくれてやれ」

 

野手陣が、応と答える。

最初のバッターは、坂井。現在打撃不振なレフトである。

 

(低めは見逃す、入れば叩く―――)

 

そう考えて打席立った坂井だが、彼とは関係のないところで帝東高校のバッテリーは苦境に立たされていた。

 

―――ボール

 

それは、ジャッジである。

斉藤智巳と御幸一也は、ガンガン入れて攻め抜いた。その時の残影がまだ目にある。

要は、ギリギリの投球から荒い投球にいきなり変えられた為、荒い投球の判定が残っている。

 

わかりやすく入ってくる、或いは思いっ切り空振りする球と違い、四隅と奥行きを使うピッチングは審判の判断に影響されるところが大きい。

 

(おいおい、前はそこストライクだったじゃん)

 

(気を散らすなよ、太陽)

 

御幸一也、性格が悪い。

正反対のピッチングを演出し、彼は完全に帝東側をアウェーにした。

 

―――フォアボール!

 

坂井がワンストライクスリーボールから選んで歩く。

だが、四球を出してすぐに崩れるほど浅い経験値ではない。

坂井を歩かせたのは、謂わば実験。変化したストライクゾーンへの対応の為。

 

(塁上で何かを仕掛けるタイプじゃない。どちらかと言えばそれは一、二番。こいつらを仕留めるために、歩かせる)

 

腹を括って投げた五球は、無駄では無かった。

再び、変わったストライクゾーンのコーナーへ球が集まりはじめている。

 

「あー、適応されちゃったか」

 

「またお前、なんかやったのか」

 

「まあ、寝技に近いことを」

 

敢えて追求しないが、またろくでもないことだろうなと思う。

そしてそれはあっている。

 

だが、それで先頭バッターが出塁したことも事実。

 

「倉持か。ゲッツーはない。でも、出塁してくれても走れない。案外、歩かせても正解だったのかもな」

 

「うーん、どうなんだろうな」

 

五番と六番は、完全に敵のピッチングを観察する観戦モードに入っていた。

 

打つ為に。

そして、新たに技術を得る為に。

 

結果、倉持は七球投げさせるも、低めのスクリューに手を出して三振。

 

フルカウントからのボール球。度胸がなければできはしない。

 

「コントロール、磨いてみようかな」

 

「また、内と外の投げ分けとここぞという時の精密さがあればいいけど、磨くに越したことはないんじゃないか。球威で圧すのもらしいけど」

 

そうこうしている内に、二番小湊が四球で一、二塁。

次の打者は、伊佐敷純。悪球打ちのスペシャリスト。

 

彼が明らかにボール球のスライダーを捉え、ライト前に落として坂井が生還。小湊が快速を飛ばしてホームでキャッチャーのブロックを掻い潜る。

 

伊佐敷は二塁でストップ。走者一掃のタイムリーツーベースで、8対4。4点差。

 

打席には、結城哲也。


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