瞬間最大風速 作:ROUTE
『18球6K!宣言通りの三球勝負!』
『88球17K!敗勢から勝利を手繰り寄せたエースの熱投!』
『新世代の魔球使い!?遂に出た、最高速152kmながら、150kmスプリット!』
『青道高校、《東都の怪物》斉藤智巳、圧巻の投球!』
マネージャーたちが朝早く起きて買ってきた新聞を読みながら味噌汁を飲み、智巳は御幸に空いた器を突き出した。
「はいっと」
「サンキュー」
少し飲んで、器を置く。
一息ついて、智巳は言った。
「聴いた通り、哲さんと、俺とお前か」
地元スポーツ紙の、一面。
結城哲也が逆転弾を放った時の残心、最後の三振を取って吼える智巳、盗塁を刺し殺した時の御幸の残心。
バッ、と。左から順にこの三人の写真があった。
「いや、見出しで俺を使ったんだし、ここは哲也さんセンターだろ」
「俺は外野は守れないぞ、智巳」
「あ、そういうことではないです」
若干天然が入っている不動の四番のボケをいなし、智巳は隣に座っている御幸に見せるように広げた。
「あー、でもまあ、昨日の主役はお前だしな」
8対0の圧倒的敗けムードから登板。一人で空気を変え、7回を投げて、88球。奪った三振は、17。無四球、被安打4。打席に立てば6打数4安打2本塁打。ただし2併殺。
本日の主役、のプラカードがなくてもそれとわかる活躍だった。
結城、6打数5安打2本塁打、6打点。
斉藤智、被安打4、17奪三振、無四球、6打数4安打2本塁打、3打点。
御幸、6打数2安打3打点。
どちらが一番凄いかというと、言葉に困る。投げる人の斉藤智巳も素晴らしいピッチングだし、結城の固め打ちも光る。
ただ、当人たちはお互い、自分が一番凄いとは思っていなかった。
活躍はできた。だが、それはキャプテンの援護あってこそ。
活躍はできた。だが、それはエースの投球あってこそ。
お互いを認めているし尊敬している。だからこその感想だった。
「哲さん、昨日はありがとうございました。純さんも、亮さんも、ここに居ない三人も。あとはまあ、倉持と御幸。
何か俺だけこんな扱いですけど、俺一人じゃ逆転できませんでしたし、しようとも思えなかったと思います。皆さんを信じてるからこそ、あんな出来過ぎた投球ができました」
ここには、昨日帰ってきて疲れ果てて寝たスタメンの殆どがいる。
結城哲也、伊佐敷純、小湊亮介、倉持洋一、御幸。
その全員に、智巳は頭を下げた。
「勝つ為の援護、ありがとうございました」
エースにそう言われて、奮起しない打撃陣は居ない。
もっと打ってやりたいと思わせる。
「こちらとしても、あの投球には幾度となく助けられた。もう半年もないが、改めてこれからよろしく頼む」
全員を代表してキャプテンが応え、打撃陣がさっさと食べ終わっていそいそと練習に向かう。
御幸と、智巳だけが食堂に残った。
「で、御幸。注文は?」
「エースの鑑としか言えないピッチングだったし、割りかし文句ないだろ」
間に合わなかったが、それを含めてもあそこで敗けるよりは勝った方が何かと良かった。
この雰囲気もあるし、OB会のこともあるし。
関東大会はほぼ一ヶ月後。智巳は一回投げると完全回復して若干連投(中一日で7回ずつ)が聞くようになるまでの間に一週間から10日ほど必要となるから、このモラトリアムは素直に嬉しい。
問題は、これまでベスト4決定から関東大会一回戦までの長い期間て少しずつ調整し、完璧に絶好調な状態で登板しようと思っていた監督のプランが崩れたこと。
「食って少し休んだら投げるから、受けてくれ」
「いいけど、あんまり量は投げるなよ」
御幸としても、昨日の神がかったピッチングの感触を確かめたいという智巳の気持ちがわからなくもない。
自分も二塁送球がいつになく完璧になった時は、一塁走者に走ってくれと思うことだし、アレに似た何かなのだろうと思う。
その後、少し休んだ後に肩を作り、何球か投げて御幸を座らせる。
その後ろには、スピードガンを持った倉持。
「出ないな」
「うん」
作って本気で投げてみても、フォークで150の壁は超えられなかった。
「神宮球場ってのは、球速が出やすいらしいけど」
青道高校にも、スピードガンはある。
ピッチャーにとって、150に限らず10キロごとは壁に見える。智巳の場合は140後半をウロウロしていて、超えることができなかったのがある日突然超えられた。
それが、昨日のことである。
素直に嬉しいが、継続的に出したいし、そうとまでいかずとも意識して出したい。
「148だな。今までの最高は」
わざわざ付き合ってくれている倉持が、手に持ったスピードガンの数字を読み上げる。
「お前さ、あの時どうやって投げたとか、そういうのないの?」
「……どうやって投げたとか、か」
150キロ、フォーク。
最高のコースに、最高の球だった。自分が捕球できないかもしれないと思った程の落差とキレ。そして地味に要求通りのコースに来ていた。
縦変化の何がいいかというと、人の目がついていけないと言うこと。
アレが連発できるとように、とは言わない。
狙って投げられるようになれれば、それは素晴らしいことだ。
「でも、案外心理的なもんじゃねぇの?」
「え?」
かなり理論派な御幸と智巳にとって、倉持の意見は意外だった。
心がピッチングを左右する。
それはわかる。ピンチの時の心構え、連打を受けた時の心構え。その出来次第で、打たれるか打たれないかが決まるのだと。
「智巳って正直、頼られるの好きだろ。あの時だって哲さんに言われて、終盤の圧巻のピッチングが出たわけだし、案外そこらへんが鍵になる気がすんだけどな」
「あー、確かに」
他人をよく見ている倉持だからこそ、なのだろうか。
もっとエースを頼れ。エースに任せろ。エースだから問題ない。
そんなことを思ってそうで、その為なら平気で何でもしそうではある。
根性があると言うのか、頼られるのに弱い。多少無理してでも期待に応えたいと思う質。それがこの男。
「実際、練習試合でめちゃめちゃ連打浴びてたことあったろ」
「あー……」
倉持の言葉で時は遡り、去年の冬。
11月頃のことだったか。二軍から昇格者を決めるということで、1軍対2軍の練習試合をしたことがあった。
投手は智巳、捕手は御幸。メンバーも普通の試合と変わらず、監督もまあ1軍が楽に勝つであろうと考えていた。
しかし、この男が燃えた。ずるずると五回までに被安打12、7個の四球。三振はゼロ。
お前どうしたの、と言いたくなる炎上っぷりで、五回6失点ノックアウト。疲れが残っているとかそういうことはなく、単純に負けた。
まあ、五回までに17点取っていた(御幸5点、結城7点、増子3点、伊佐敷2点)為敗け星は付かなかったが、それにしてもすごい燃え方をしていた。
一回二回はパーフェクトなだけに、それはかなり意外だった覚えがある。
フォークは平常運転だったが、満塁時の粘りがない、スリーボールから粘れない、ピンチに弱い、上位打線に打たれる、下位打線には打たれないと、反転したかの様な有り様は、少し御幸も気になっていた。
「……あの時、確か打たせてやれよ、みたいな空気だったけど、良くも悪くも期待に応えんのかな」
「いや、そんなつもりはない」
「つもりはねぇからヤバイんだろ」
応援されていると、強い。
期待されていると、強い。
だが、味方に打たれていいよ、とか思われていると弱い。
全く弱点とは言い難いが、『そういう空気』ではないと本気を出せないピッチャーも居ることには居る。
「アウェーに弱いのかもな」
「それは誰でも同じだろ」
そんなことないんだけどなぁ、と硬式球を弄くる本人を他所に、倉持と御幸が条件付けを考えていた。
打てるチームとはいえ、エースが突如燃え出しては勝つのは難しい。
この二人からしても、そこらへんの条件付けを考えて解明していきたいという気持ちが強い。
何を置いても、勝つ為に。
「まあ、冬だったからってのもあるな。多分」
「気温が上がるほど調子が上がる変な男だもんな、智は」
秋→冬→春→夏と、調子が上がる。
確かにそれはあっている。でも、割りと酷いことを言われている気がしなくもない。
ブツクサ言いながら、智巳はグラウンドを周回し出した。
何よりも、完投できるスタミナを付けるためである。
「まあ、あの時の智にピッチングの神が舞い降りてたのは間違いない。受けててわかったけど、いつになく良かった」
「ストレートで三振取れてたしなぁ……」
その時にピッチングの神が依代にしていた男は、ブツクサ言いながらランニングをしている。
「あの時のピッチングに拘るのが、俺は心配だよ。いつもストレートで空振り取れるわけじゃないし、いつも力で捩じ伏せられるわけでもない。そこのところはどう考えてんのかってのがなぁ」
「一人相撲になりかねないってことかよ」
「かも、ってこと」
その一人相撲になりかねない男は、ランニングをしている。
因みに智巳の次の先発は、関東大会一回戦。案の定完全回復と調整が間に合わない為、二回戦では誰かが代わりに先発するだろうと予想されていた。
因みに今日は自主練の日。明日に迫った紅白戦に向けて各々英気を養え、とのことである。
片岡鉄心は、監督として大会の優勝を経験したことがなかった。
その為、お祝いと激励を兼ねてということで、休日と言うこともあってOB会に呼ばれてしまっている。
智巳は、肩を休めるように、とのことであった。
「お前ら練習しろよ。三振2個の脚だけリードオフマンと、ミスター自動アウトだろ」
「何も言えねぇけど、併殺ロボに言われたくはねぇよ」
「……俺も併殺一回叩いたからそこらへんは何も言えないわ。でも智、お前外野の守備がアレだよ」
因みに智巳は二個である。
脚が遅いわけではないが、打球が強いから併殺になる。
礒部式併殺ではなく、坂口式併殺と言うべきだった。
倉持は打撃が巧くない、バントもそこまででもない、三振が多い。
でも盗塁がうまい、走塁がうまい、出塁すれば得点に絡むことが多い。
智巳は安定感がない、守備が下手、併殺多い、怪我しやすい、疲れが貯まりやすい、回復が遅い、下位打線に弱い。
でも三振を結構取る、決め球がエグい、絶好調だとストレートでも三振を取れるようになる、四球が少ない、打撃がそこそこ、広角に打てる。
御幸は守備がうまい、リードがうまい、チャンスに強い、満塁お化け、広角に打てる。
でも打撃にムラがあり、走塁もうまくない、チャンス以外だと打たない、チャンスでもランナーためてないと確実さがない。
二年生スタメン軍団四人の内三人は、一芸に秀でている。だからこそ、白洲を除いて欠点が多い。
だから、その欠点を埋めようとしていた。
「倉持は亮さんに粘るコツとかを教われよ。守備は正直、もういいだろ」
「智は守備を頑張れよ。純さんが介護に入ってるから白洲にも負担が掛かってんだぞ。あと、一年生の投手陣に色々手ほどきしてやれ」
「御幸。俺もだけど、お前は打撃の確実性を上げろよ。たぶん俺らの世代では四番打つんだし、哲さんに教わってこい」
智巳は倉持に、倉持は御幸に、御幸は智巳に注文をつけ、各々がその課題を克服する為に動く。
何だかんだ内ゲバを起こしながら、この三人は仲が良かった。