瞬間最大風速   作:ROUTE

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ダイヤのエース

智巳は伊佐敷純を捕まえてノックをしてもらい、二時間程で終えた。

 

倉持は何だかんだ言って面倒見がいい小湊亮介の元でティーバッティングに勤しみ、御幸は結城哲也と特打。

斉藤智巳、暇になる。と言うよりも、休むことが仕事なのでやることがないと言うべきか。

 

片岡監督も、割りと過保護なところがある。先発してないのに、投球禁止とは。

いや、それでも少しは投げたのだが、あれくらいでは物足りない。

 

打撃マシンが打ち出した速球を流し方向に飛ばしながら、智巳は比較的集中力を欠いていた。

智巳が入ったネットに区切られたフリー打撃のケージには、人が見物しに集まっている。

 

記者も居るし、スカウトも居る。本人はスカウトだと気づいていないが。

彼が今、少なくとも東西東京地区では三年生を差し置いてスカウトや記者が最も注目する投手であることは間違いない。

 

雑誌の記事の為に、写真を撮っているものも居る。関東大会に向けての特集や、夏に向けての特集。その目玉になりうるスターだと、勘付いているものもいる。

 

まあ何よりも、智巳はシニア時代から知名度が高かった。そこらへんも関係しているのだと思われる。

 

一通り打ち終えてケージを後にする智巳に、ある一人の記者が声をかけた。

 

「今日は投げないのかい?」

 

「はい。肩を休めるのも仕事なので、今日は打撃と守備を磨いて、早々に休ませていただきます。遠方より来られた方々には申し訳ありませんが、関東大会ではご満足いただけるピッチングをお見せしますので、ご容赦いただければ」

 

割りと取材とかに慣れているだけに、丁寧に対応してついでに宣伝し、斉藤智巳はバットをケースに仕舞った。

 

明日は紅白戦。自分には直接関係ないが、関東大会のベンチ入りメンバーと増子透のスタメン復帰がかかっている。

 

サードの樋笠は守備ボロで打てない為、正直鈍足っぽい見た目ではあるがそこそこ俊足で守備が上手い増子に復帰して欲しい。

あと、何よりも打てる。

 

被安打4にしても、『ああ、この打球を当たり前のようにアウトにしてた増子さんは凄かったんだな』と思うことが少しあった。

 

「智さん、今よろしいですか?」

 

「暇だよ、俺は」

 

左肩に担いだバットケースが、肩をすくめるのと同時にユサリと動く。

身長192センチの男がやったにしては、らしさがないコミカルな動きだった。

 

今の話し合い手であるところの東条は『意外と話しやすい人だ』と知っているから驚かないが、他の一年生が見たら必ず驚く。

それくらい、マウンドの智巳には気迫と威圧感があったのだ。

 

特に昨日、それを間近で見せられただけに思い出す者は多い。

だから、東条が一人でここに来ていた。

 

「明日の紅白戦って、2軍対一年生なんですよね」

 

無言で頷く。

わざわざ監督が一日開けたのは―――そりゃまあOB会に呼ばれたと言う物理的理由はあるだろうが―――一年生たちの動きを見ているのだろう。

 

2軍と言っても、弱小から中堅校にかけてのスタメンくらいの実力がある。

環境に適応できなかったり、更に選抜された世界についていけなかったりしているだけで、普通に中学時代は四番だったとか、エースだったとかいう輝かしい経歴の持ち主が多い。

 

しかも、もう後が無い者が居る。そこに欠ける執念は尋常なものではないだろうと思われる。

 

「俺としては、やるからには勝ちたいと思っています。でも、勝てないでしょう」

 

冷静に、東条は実力を測っている。

一年、ないしは二年。共に過ごしてきた仲間と組むのと、会って一ヶ月の仲間と組むのでは天と地程の差がある。

 

信頼が違う、連携が違う。そして何より、理解が足りない。

 

「勝たなくても、ただで敗けるのはごめんです。監督が一日開けてくれたのも、情報を集める為だろうと考えています」

 

「ふむ、それで?」

 

正しく意図を読み取っているな、と少し驚く。

監督はかなり善人だが、顔が怖い。何もこの試合は2軍相手にタコ殴りにされて厳しさを知れというものではなく、勝ち目があるもの。

 

一年生も構わず抜擢するという意思表示でもある。でもまあ、そんなことは外見から見れば考えていると思われないわけで。

 

「智さんは、一年前の紅白戦で投げられたようですね。無四球無安打の完全試合ペースで」

 

「敗けたけどな」

 

「いつものパターンですよね。でも正直それはどうでもいいんです」

 

いつものパターンとは先発が好投、からの後続が燃えるのパターンを意味する。

 

もう説明の必要もないことだろうが、一応の補足である。

 

「……まあ、そうだな。で、何が知りたい」

 

「2軍の打者の情報を。どうやって、智さんたちは戦ったのかを。新入生の中でも勝つ気がある奴等が、諦めてない奴らが集まっています。図々しいお願いですが、教えていただければと」

 

「そうだな……ま、いいよ。御幸を呼んでくるから待ってな」

 

そう言って東条を日陰に押し込み、頼れる四番の元へ向かいながら、考える。

かなり少ないとは言え一年生の投手候補生を全員見ると言う都合上、東条だけが投げることは不可能。

 

勝てないでしょうと、東条は言った。冷静な分析である。当たり前だ。だから、最小限にとどめて一矢報いようとしている。

 

東条たちは勝てない。そもそも東条自身も実力が足りないし、何よりも高校レベルの捕手が居ない。

 

(まあ、居たとしてもよっぽどな好投を見せない限りは、7回は保たないけどな)

 

自分は完全に2軍を圧倒していたから、スタミナを測ることも兼ねてそこまで投げられた。

あと、まともな投手が川上くらいであったのも大きい。

だがそれは、絶対的エースが居なかったから。今足りないのはリリーフであってエースではない。

 

そして、誰であろうとエースの座は譲る気はない。

だから、平等に見られるであろうと思われる。

 

「哲さん、お疲れ様です」

 

「ああ、おつかれ」

 

頬に滴る汗を拭って、結城哲也はバットを置いた。

隣は御幸が居る。相当疲れているが、まだまだ元気はありそうだった。

 

「少し、こいつ借りていってもいいですか?」

 

「投げないのであればいいぞ」

 

「投げませんよ。一年生たちが色々頑張ってるんで、ちょっと手助けしてやろうと思いまして」

 

フッと笑って、結城哲也は再びバットを手に持った。

 

「わかった。俺からは皆に言わないでおこう」

 

フェアではないからな、と。

元々かなり不利な一年生側を慮って、主将は言った。

目の前のエースが一年生の時にやったことを、結城哲也は知っている。

 

ふと思い返すと、少し懐かしい。あの頃から既に一年が経ったのだ。

 

無敗のエースは敗けを経験し、自分はまさかのキャプテンになった。

たった一年で、こんなにも変わる。

 

「お前にとって、ここでの初めての後輩だ。力になってやれ」

 

「勿論です、哲さん」

 

ぐっ、とお互い拳を突き出し合う。

この二人、なかなか馬が合うらしい。

 

「ほら御幸、行くぞ」

 

「はいよ」

 

キャッチャーの時のスポーツサングラスではなく、平常時の黒縁メガネに、ユニフォーム。

そんな御幸を連れて、智巳は東条の元へと帰った。

 

「おまたせ」

 

「同上。で、一矢報いたいんだって?」

 

さっそく本題に入った御幸は少し前のことを考え、配球を思い出し、気づく。

自分はあんまり二軍のことを、知らない。と言うか、如何に既存のメンバーで勝つかを考えていたから下に目を向けていない。

 

倉持ならば知っていることもあるだろうが、そういえば隣のエースはどうだろう。

 

(知ってる?)

 

(野球をやっていて、お前にリトルで捕手奪われたのと怪我以外で控えに落ちたことがないんでな)

 

(だよな。俺もない)

 

斉藤智巳は、突き指と捻挫と骨折、あと御幸。

御幸一也は、あまり怪我をしない。クリスとのレギュラー争いに関してもどちらが基本的なスタメンマスクをかぶるかという争いであっても智巳が投げるときはマスクをかぶっていた。

怪我しないのも得難い才能。マスクを被り続けることも得難い才能だろう。

 

目を合わせないアイコンタクトでそれとなく互いの意図を汲み取り、二人は考えた。

青道高校の二軍は、一般的な中堅校レベル。監督としては二軍の中で傑出した打者や投手を二軍から漁るとともに、新入生の中で『一般的な中堅校』相手に満足行くピッチングができるのかを見るつもりに違いない。

 

(どうする?)

 

(二軍だろ。普通に投げれば大丈夫じゃないのか?)

 

(まあ、注意すべきは増子さんの一発くらいだしそれはそれでいいんだけど)

 

増子透はまだ二軍に居る。自分を見つめ直し、打撃を鍛え、守備を磨いて一軍に合流する日を待っている。

 

精々強豪校レベルなのは、その増子だけ。後は似たりよったり、どんぐりが背を比べている光景に似ている。

 

どうするかなー、と互いに考えつつ、二人は東条に案内されてBグラウンドに来た。

ここでは主に2軍の選手たちが練習している―――のだが、今日は一軍がAグラウンドをあまり広域にわたって使っていない為、2軍の選手にもAグラウンドの使用が許可されている。

 

意識を高く持つ為にも、設備の面でも、2軍の二・三年生はAグラウンドに押し掛けてきていた。

Bグラウンドに居るのは一年生くらいだが、この場合はそれで良い。

 

話(ただし目も合わせていないし言葉も発していない)が纏まらずにどうするかな、と考えているエースと正捕手を連れて、東条はBグラウンドにやってきた。

 

「やあ、一年生諸君。試行錯誤お疲れ様」

 

軽く入った智巳の一言に、お疲れ様ですっ!、の大合唱。

 

昨日の鬼神が憑いたかのようなピッチングを見ただけに、その緊張は固い。

 

彼等一年生は、全員が昨日の試合応援席に居た。強制参加であることもあったから練習をやめざるを得ずに来た者も居たし、純粋にスタメンの活躍を見たくて来た者も居た。

 

彼等は、二回が終わった時点で敗けたと思った。

取られた点は、8点。そうそう返せる点差では無いし、突き放される恐れすらある。

 

だが、目の前に居る青道のエースと、大活躍の打者陣の中にあってひときわ輝く活躍をした四番がそれを変えた。

 

エースが18球で六者連続三振を為した時、点を取られる予感はなくなった。

四番が逆転打を打った時、敗ける気配が無くなった。

 

このチームは最強だと、素直に思えた。

 

端的に言えば尊敬すべき先輩から、尊敬する先輩に変わったわけで、これは御幸にとってのクリス、智巳にとっての哲さんに相当する。

 

因みに前者はエースの差で試合には勝ったものの捕手としての技量で敗けを感じたから、後者は初めてフォークを打ち返してきたからという『敗北の経験』に起因する。

 

閑話休題。

 

「まあ、そこまで畏まらなくてもいいよ。先輩後輩の間柄だけど、その前に迷惑を掛け合うチームメイト同士なんだから、仲良くやっていこう」

 

智巳がそう言うが、緊張は取れない。

緊張が取れているのは少し慣れた―――と言ってもマウンドの智巳にはまだ慣れていない―――東条と、後一人。

 

「お前、名前は?」

 

「……降谷暁」

 

御幸が問う。

一年生が答える。

 

マウンド度胸の有りそうな奴だ、と思う。正直言って青道高校の投手陣でマウンド度胸のある奴はエースくらいなので、磨けばモノになるのではないか。

 

少し考えて、御幸はAグラウンドに予備としておいてある自分のキャッチャー装備一式を持ってきて付けて、投手適性を認められた人間の球を受けていく。

 

東条、降谷。今回行われた片岡鉄心・クリスによるかなり厳しめの試験に合格した者はこの二人だけ。

沢村は投手適性試験の第一関門、遠投でカーブを投げると言う快挙を成し遂げた為、躓き、適当に外野手に振り分けられている。

 

そして、練習にも参加させてもらえていない。タイヤを引いてグラウンドを走る見習い部員扱いである。

 

推薦で来たのに。

 

「打撃陣は投手の特徴がこのノートに書かれてるから頭に入れること。捕手と投手二人は俺のとこに来い。

智、打撃陣はヨロシク」

 

智巳が高校通算17号、御幸が18号。

高校通算打率は前者が3割5分。後者が3割2厘。打点は30と45。

打撃能力に関しては片岡監督の起用法から見るようにあまり違いはない。

 

チャンスに強いか、並か。両者にあるのはその差である。

 

「で、お集まりの皆さん方。ポジションと得意コース、苦手コース、得意な球種、苦手な球種。これを言ってもらいましょうか」

 

智巳、謎の敬語。

どうやら先輩としてではなく、教える立場に立つとこうなるらしい。

単純に緊張しているのかもしれないから、真相はまあわからない。

 

皆が逡巡する中、沢村栄純が一歩踏み出して猫目になりながらも口火を切った。

 

「チーフ!」

 

「あ、沢村栄なんとかか。お前、投手なのに何で野手に紛れてるの?」


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