瞬間最大風速   作:ROUTE

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エースをねらえ!

沢村栄純、外野手になる。

 

そしてその前に、チーフって何だ。

そう言う前に、その疑問が先に出た。

この男、確か投手だった筈である。御幸がそう言っていた。

 

ぐぬぬ、と言う顔をしている沢村をチラリと見て、金丸信二が補足する。

 

「こいつ、遠投でカーブ投げて外野手に振り分けられてるんですよ。と言うか、遅刻してきて謝んなかったおかげで部員ですら無いですし」

 

「まあそれは御幸が全部悪いからいいとして、そうか……」

 

御幸が悪いとはいえ、走った後に謝らなかったのはいただけないのだが、可哀想と思わなくもない。

しかし、そのような厳しい環境に―――例えばシニアとか―――に身を置いていなかったのならば、習慣としてなかったのだろう。

 

「沢村、お前シニアとか、リトルとかに入った経験は?」

 

「一度も無いッス」

 

「ふーん、まあ、ならいい。投手としてのイロハは後で俺が教えようか?」

 

えっ、と言うような空気が流れる。

シニアでは全国一、現在は関東ナンバーワン右腕なエース直々の申し出である。

断るのもアレだし、受けても付いていけるかどうかが不明。

 

「中継ぎとしての教えなら、いらないッス。俺はエースになる為にここに来てるので」

 

いっそ金丸の言葉に対して開き直ったのか、沢村栄純は少し不貞腐れたように言い切った。

 

「ほう」

 

沢村のバカ、と言いたげな空気が周囲に満ちる。

相手はエース。しかも周囲の信頼を勝ち得た、一人で試合の流れを変えた名門に相応しいスーパーエース。

 

その人に対して『エースを奪う』と言っているのだから、肝が太い。

 

一方、智巳はここまで堂々とエースの座を奪うと宣言されたのはかなり久しぶりになる。一年の時の丹波さん以来だから、1年ぶり。

だが、丹波さんも最近伸び代のあまりが見えはじめた。

 

少なくとも、あと半年で自分を超えるエースにはなれない。

だが、この向こう見ずな馬鹿の才能を自分は知らない。

 

「わかった。エースとしての経験を、君に教えてあげよう。奪えるなら奪ってみるといい」

 

「有り難うございます、チーフ!」

 

清々しい程に明るく、沢村栄純は笑った。

とは言ったものの、智巳はここに居る皆に打撃を指導しなければならない。

 

「では、俺が打撃を教えている最中にやることを与えよう」

 

「はい」

 

ごくりと、唾を飲む。

なんだかんだで緊張はしているらしい。

 

「エースとは何か、考えてこい」

 

「はい?」

 

「答えは、一時間後な。それまで何をするのも勝手、どこに行くのも勝手、一時間後に答えを用意して戻ってこい。はい、はじめ」

 

結構な無茶振りである。

どんな投手を目指すのか、それが決まっていないのにどんなエースになりたいのかなど出せようもない―――とまでは言い切れないが、明確なイメージを抱く為には少々経験の浅さは否めない。

 

だがらこそ、『エースとは』を問うた。

 

因みに智巳は、参考としてもこれに答える気はない。

 

「さて、打撃陣の諸君。我が青道高校の投手陣の説明をしよう」

 

どうすりゃいいんだ、と言うような沢村をおいて、説明に入る。

 

まず、二軍落ちした丹波。

 

大きく縦に割れるカーブと140キロ程度のストレートを持つ本格派。メンタルに問題を抱えている。

変化球に多彩さはないもののカーブがコースに決まればそうそう点を取れる投手ではない。

 

しかし、時折ストレートが甘く入る。そもそも論として球威のある方ではないので捉えられた場合、高確率でスタンドまで運ばれる。

 

「所謂一発病と言うものだ。そこで、攻略法。カーブは全て見逃せ。球数を投げさせて甘い球を待ち、痛打する。制球力もある方ではないから、『待つ』。このことが攻略の鍵になる。ただし、決め球は基本的にカーブだから、最初の三回はいい様にやられるだろうけど、そこらへんはいい。兎に角、カーブには振らないこと」

 

「決め球がカーブなら、三振取られるんじゃないんですか?」

 

「野球というスポーツはコースに決まらなければストライクはコールされないので」

 

つまり、大きく縦に割れる見た目に騙されて振らなければ案外ボールになる、ということ。

一先ず、一年生たちはここで少し安心した。

 

前の試合で見たとおり、化け物ではない。攻略法を知っていれば攻略自体は可能な投手だと思える。

 

「ただし、決まれば当然―――つまり、甘く入ってもストライクがコールされるのでアウトになります。その場合はまあ、臨機応変に。二巡目からは振っていっていいよ」

 

「空振りはダメなんですか?」

 

「そしたらあの人調子に乗るから。俺の場合は見逃し三振の方が征服感があって好きだけど、丹波さんは空振り派なんだよ。見逃したというより、見切った風な雰囲気も漂わせるとなお、良し」

 

ここで言う調子に乗るというのは、悪い意味ではない。尻上がりに良くなっていくということである。

 

要は、嗜好の問題だといえる。

智巳は反応もさせず殺すことを好み、丹波は反応させた上で裏を掻き、殺すことを好む。

 

御幸はどちらも好きで、向井太陽は後者。智巳も勿論、後者も嫌いではない。

 

「次、川上」

 

川上憲史、通称ノリ。メンタルに問題を抱えている。

変化球は智巳が高速スライダーを覚えたのと同時期に習得したシンカーが駄目だった為、スライダーのみ。丹波ほど必殺のキレはないが、制球力は智巳並に高い。

低めの制球では智巳よりよく、スタミナもそこそこ。しかしメンタルの関係上球が散らばることがあり、必然的に四球とストライクを取りに行った甘い球を痛打されることが多い。

 

「ノリの強みは何と言っても低めの制球。だけどそれ以外は微妙。決め球もないし、攻め過ぎた結果の四球もある。ストレートの球威もないから、当たれば飛ぶ。軽いってほどじゃないけど、重くはないからな。あと、九回とか、勝敗が決する寸前に弱い。プレッシャーに弱いんだろうけど、大逆転劇もできなくもないよ。打力あればの話だけど」

 

智巳は、自分にも他人にも評価は厳しい。面と向かって言わない優しさは持ち合わせているが、認識はする。

 

マウンドでの振る舞い、礼儀、活躍、いつでも登板する男気。

それらを兼ね備えた稲尾和久こそエースの理想、と思っている彼にとって、怪我しやすい・安定感がない・回復力がない・疲労が溜まりやすいの四拍子が揃った自分は評価に値しない。理想のエースにはなれない。

 

自分はエースの理想を追い求める者として理想と比べ、他の投手は一投手として見る。

御幸もそうだが、自分に求めるハードルが高いのだ。

 

無論、妥協を知らないわけではない。現に智巳が理想のエースになれないのは体質的な問題なのでどうしようもない為、彼は『ならば』と新たなエース像を見つけている。

 

「斎藤・桑田・槙原の先輩リリーフ三人衆と俺と同学年の川島については容易に攻略が可能なので、説明を省きます。

はい、質問」

 

「先輩は、先発は誰でくると思いますか?」

 

「それは自分で考えましょう。後、これから俺に出来るのはそれぞれの決め球や球速に合わせてピッチングマシンを設定して、打撃に注文をつけることくらい。情報は与えたけど、実地での攻略は自分でやりなさい」

 

一年の代表役なのか、金丸の投げた問いをそのまま投げ返した。

智巳としては丹波であろうと思われる。あの敗戦から色々と悩んでいるようだし、それまでは好投していた。

 

片岡監督としても、その悩みの内容を鑑定したい、そして好投していた実績を買って二番手にしたいだろう。

エースには絶対的な存在が君臨しているが、あとはガバガバの廃墟状態なのが現在の青道高校。だからこそ、一年生の付け入る隙が生まれていると見れば総合的に見るとまあ悪くはない、のかも知れない。

 

各々が投手のデータを頭に入れて設定されたピッチングマシンが吐き出す球を相手に打撃練習をする。

やってもあまり意味はないが、やらないよりは格段にマシ。

 

「もう少し待ってから素直に立って打ってみたらどうだ」

 

「素直に、ですか?」

 

「そう。脚で待つんじゃなくて、身体全体で待って、スイングだけを直球のスピードで開く感じで。自然体で待って、脚を拗じらずに前に出す」

 

金丸の打撃フォームに少し注文をつけていると、投手二人と捕手二人を連れて、御幸が帰ってきた。

 

「智、説明終わった?」

 

「終わった。打撃に関してはお前が面倒みろよ」

 

智巳は典型的なピッチャーを押し付けられたタイプで、全体的に身体能力が高い。

その打撃理論と言えば、ストレートを待って、来た変化球にフルスイングを合わせると言う大雑把なもの。

 

恵まれた身体能力と天才的な反射神経で何とかやっているようなものだから、参考にはなるべくもない。

御幸も上記2つに加えて得点圏での異様な集中力を持っているが、何とか率を残す為に当てる打撃も習得しようとしている為、理論には詳しい。

 

一方、結城哲也は高校で開いた天才と言うべきであろう。

智巳のように生まれながらに体格に恵まれたりはしていないが、鍛えられた身体と研ぎ澄まされた反射神経と集中力で青道高校歴代四番の中でも最高峰のスペックを誇る。

 

打撃に関してまとめるならば、身体が天才だが投手故に努力が足りなく、守備が下手な投げる人。

 

努力をリードと守備に全振りしているが故に打撃に関しては才能だけで打っているチャンスお化け。

 

守備が巧く、努力と才能を打撃に傾けたガチビルドの四番。

 

投げる人が、体。性能に耐久力がついていかない、諸刃の剣の身体能力。

守備の人が、技。敵を撹乱し、味方を信頼させる技術力。

打撃の人が、心。敵を圧倒し、味方を引っ張る精神力。

 

それぞれ特徴のある三人が青道高校才能ランキング一位を争っている形になっている。

 

で、技術力の人はと言えば。

 

「いや、それなんだけどさ」

 

球を受けていたのだろう、キャッチャー装備を付けたまま、御幸は智巳に向かって手を合わせた。

 

「降谷と東条、あと沢村。この三人とお前で一打席勝負してくんない?」

 

その方が多分、一軍のレベルを知れる。打撃陣も、投手陣も。

紅白戦を惰性ではなく、二軍入りのためでもなく、一軍入りの為に行おうとしている一年生たちにして見れば、レギュラーの実力を知る好機。

 

御幸の言わんとすることを察し、智巳はわかった、と頷いた。

 

「お前ら、これから一軍の七番バッターと投手陣の一打席勝負をする。智が用意し終えるまでにデモンストレーションで投げさせるから球種を頭に入れとけ。投手陣はどの球をどう投げたら打たれるか、身を持って知れよ」

 

ニヤニヤと、悪そうな笑みである。

どうやら無用な自信を粉砕しようとしているのは間違いない。

 

智巳は肘のなどにつける防具を取りにAグラウンドに向かう。

その、途中。

 

「チーフ!不肖沢村栄純、参りましたぁ!」

 

「……お前、タイミングいいな」

 

悪いとも言う。

どこに行ったかは定かではなかった沢村が、Aグラウンドからやってきた。

 

「エースとは何か、ですよね」

 

「そうだ。言ってみろ」

 

全く歩く速さを緩めない智巳の歩幅は、背丈の関係上沢村より大きい。

やや小走りになりながら、沢村は智巳の若干前を歩き、言った。

 

「わかりません!」

 

前を遮り、頭を下げる。

流石に智巳も空気を読み、止まった。

 

その答えは悪くはない。下手に適当に、おためごかしにエースとは何かを語られるよりは遥かに。

だが、これで終われば二流である。

 

「それで?」

 

「俺は、前の試合で同学年のエースを見ました。エースが登板した時に、チームのみんなが勝てると感じてた。だけど、それを吹き飛ばした人が居た」

 

その人がエースだということはわかるが、エースとは何かということはわからない。

だが、少し悩んでわかるほど軽いものではないということは、わかる。

 

「でも、なりたいエースは居ます。チームから絶対的な信頼を受けて、勝利に導くエース。そんなエースに、俺はなりたいです」

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