瞬間最大風速   作:ROUTE

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天賦の才

「最初は誰が来る?」

 

「……僕が」

 

降谷暁。情報はない。

自分ほどではないが、身長が高かった。

 

「よろしく」

 

打席に入る時にそう声をかけると、ペコリと頭を下げる。

よろしく、と言うことらしい。

 

(沢村を見た後だと、あれだな。まあ、あいつがフレンドリー過ぎるといえばそうなんだが)

 

めちゃくちゃうるさい奴を見たあとに少し物静かな人間を見ると不安になる法則、或いは、いけすかない奴が頬にしもやけを作っていた時に、ひょっとしたら良い奴なのかもと思う感覚。

そんなものに囚われた智巳は、バットを掲げて自然体で立つ。

 

降谷の投球モーションがはじまる。

スリークォーター気味のオーバーか、オーバー気味のスリークォーターか。

そんな中庸のフォームから、第一球が放たれた。

 

球が大きく見えると錯覚するほど、浮き上がっている。

見るからに重そうで、ノビも素晴らしい。

 

(……なるほど、逸材だ)

 

悠々と見逃した智巳を、狩場航は信じられないように見た。

確かに高めに外れていたが、それを補ってあまりある威力がある。

 

高めの球に手を出してしまう。

手元でノビ、角度があるが故に思いっ切りボールの下を空振りしてしまう打席に立つエースの持つストレートとはまた違った強さのある直球。それを、一球目から見逃す打者が居たとは。

 

「金丸、ボールだよな?」

 

「はい」

 

防具をつけて後ろで球審をしている金丸が下した判断は、ボール。明らかに高めに外れている。

 

「これ、四球あり?」

 

「なしです。御幸先輩が、あいつならさっさと選べるだろうから、無しだと」

 

「あー、そう。ホームランかヒットまでってことね」

 

打者の癖にささやき戦術をかけていくこの男は、身体能力お化けである。

コントロール重視のめんどくさい駆け引きにはゲッツー叩いたりと安定感が無いが、速球派には滅法強い。

 

なぜなら、身体能力と身体能力の殴り合いだから。どちらの身体の反射神経が優れているかを競うのが、速球派。

筋肉と筋肉、神経と神経の真っ向勝負。そこに理屈はあんまり介在しない。

 

構え直して、第二球目。

またも高め外れて、ボール。

 

「金丸さん」

 

「……ボールです。何か、すいません」

 

謎のさん付けに妙な威圧感を感じ、何も悪くない金丸信二は神妙に謝った。

 

「いや、いいんだけどさ」

 

これ、待球作戦に弱いのではないか。選球眼がいい、哲さんとか亮さんとかならば簡単に歩けそうに思える。

 

あとの話になるが、この智巳の思いは的中することになった。

 

振りかぶって、三球目。

 

「ストライク!」

 

思ったよりいいコースに来て面食らって、手を出せなかった。

低めギリギリ。制球力があるのか、ないのか。つまりは単に荒れ球なのか。

 

その判別が難しい。と言うか、この荒れ球を捕球する狩場航も中々大した奴だろう。

 

「ワンストライクです」

 

「うん」

 

頷いて、構える。

やっと入ったか、と言う気持ちが強い。

 

(戦力になるのはコントロールをつけてから、だな)

 

このままコントロールが悪いと、好投していても四球連発からの乱調、スタミナが切れて被弾が容易に想像がつく。

巨大な武器を持っているが、振り回すだけしかしていない。振り回すにしても、体力がない。

 

降谷暁を、斉藤智巳はそう見極めた。

 

(ただし―――)

 

ストレートだけを見るならば、屈指の物がある。

 

ただのストレートに、空振りする。

思ったより速い。自分のストレートを打ったことがないからわからないが、手元で伸びるとはこういうことを指すのだろう。

 

だが、ここで打たなければ一軍とは呼べない。

 

自然体で立ち、降谷の投球モーションがはじまると同時に脚を上げた。

 

(狩場は緊張している。それまでのストレートを受ける時のそれではない。つまり、本気を出していなかったか、変化球か)

 

だが、前者はないだろう。一球目に手を出さなかったことに対して驚いていたのだから、ストレートは全力のものであるの見るべきだ。

 

ならば、変化球。御幸が携わって会得したものならば、下方向。

 

このストレートそのものを活かして変化球にするならば、十中八九―――

 

「―――縦スラだろうよ」

 

木製バットのスイングに、下へ逃げようとしていた硬式球が潰された。

アッパー気味のフルスイングでまともに叩かれた打球は、グラウンドの外へと消えていった。

 

(あー、よかった。これで縦スラじゃなかったら不覚ってレベルじゃなかったぞ……)

 

下方向の伝道師・御幸さんありがとう。

ここは身体能力お化けの面目躍如。恵まれた体格、圧倒的なパワー、反射神経の三つを駆使し、コツコツと使い始めていた木製バットでホームランが確定される程のアーチをセンターに飛ばす。

ぐんぐん天に伸びて落下し始めた打球は遠投用のフェンスに当たりは、あっさりとグラウンドに落ちてきた。

 

ここで暇している(と、無事是名馬主義の智巳は思っている)八人程のスカウトと、おなじみの記者が感嘆の声を漏らす。

 

(暇なのだろうか)

 

それか、新入生に金の卵がいるかどうか見に来たのだろうか。

 

だが、見てくれたのは嬉しいことである。社会人野球に対するいいアピールになるかもしれない。

大学に進学した後も野球をやって、社会人野球にでも入れたら最高だな、と思っている智巳の野望は案外ちんまい。

 

「……もう一回」

 

よほど悔しかったのだろう。

目に見えるようなオーラを漂わせながら降谷暁は再戦を求めた。

 

次は一番自信があるストレートで、降谷は勝負するつもりだった。決め球で再戦を、と言う投手の意地。

 

「ダメだ。高校野球に次はない。一瞬に妥協した己を悔やめ」

 

その意地を理解しつつも、智巳は敢えて首を横に振った。

 

次のない試合でサヨナラ負けを喫した男が言うと説得力がある。

降谷もこれに納得したのか、オーラは納めずとも引き下がった。

 

「次は」

 

「俺が行きます」

 

東条秀明。シニア全国大会準優勝投手。しかし、高校野球とシニアには大きな壁があると言う。

 

その壁を何の苦もなく粉砕した天才が壁として、今や彼の前に立ちはだかっていた。

 

「よろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

挨拶を交わし、打席に入る。

あくまでも、自然体。

 

(……ふぅ)

 

何を投げるか。

もう決めていることを改めて復習して、腕を振りかぶる。

第一球目。

 

「チェンジアップか」

 

姿勢を崩されて空振りをした智巳の眼には、まだ降谷の剛速球の影が残っている。

うまく利用したな、と言う思いが強い。

 

「勝つことが第一ですから」

 

「その通り。野球は思考のスポーツだ」

 

自分では投げられない降谷の剛速球を利用して、エグいほどに緩急をつける。

二番手を志願した理由はそこにある。

 

それほどまでに、最初のストライクを空振りで奪えたのは大きい。

 

(次の球は見てくる筈だ)

 

早打ちが失敗すれば球を見る。

選球眼に自信があるからこその打撃方法だが、ワンストライクを取れさえすればツーストライクに追い込むのは簡単。

 

低めいっぱい、スライダー。

横に進みながら斜めに落ちていき、キャッチャーミットに収まった。

 

「ストライク!」

 

手を出しても良かったが、詰まっているだろう。木製ならば尚更。

得意とする力に対して、技で来る。流石は準優勝投手といったところか。

 

次に投げられたのは、縦のカーブ。

覚えが早いのか、それなりに使える球になっている。

 

「ボール!」

 

だが、制球は定まっていない。低めに外れてワンボール。

 

次で決めると、東条秀明は決めていた。

 

投げられた球が、カーブ特有の浮かび上がる軌道を描く。

 

(カーブか)

 

安直だな、思わないでもない。

縦のカーブから、大きく曲がるカーブ。

下方向がない東条からしてみれば縦のカーブが下方向の代用品なのだからそれもありかと思う。

 

(が、外れる)

 

カーブの軌道ならば、間違いなく外れる球だった。

だが、その球はまるでスライダーのように激しく斜めに落ちる。

 

「ストライク!」

 

ストライクカウントが三個。バッターアウト。

見逃し三振である。

 

「してやられたよ」

 

「二度は通じませんよ、こんなのは」

 

スラーブが頭に無かったから、三振を取れた。知っていれば―――つまり、二巡目以降はそうはいかない。

 

打者は三回に一回ヒットを打てば勝ちと言われる。

まだまだ一軍の先発で使えるレベルではない。絶対に打てない球か、打たせない投球術がないと、一巡してきた敵打線を抑えるのは難しいのだ。

 

「それでも、俺の敗けだ。次、沢―――」

 

「はい!」

 

喰い気味に、沢村栄純が立ち上がって返事をした。

投げたくて投げたくてウズウズしている。そう言いたげな態度である。

 

「……一打席勝負だ。投げてみろ」

 

「はい!」

 

現在、読み打ちで勝って読み打ちで敗けて、打率五割。

三打席目のお相手は、沢村栄純。

 

自称ストレートだけしか投げられない男である。

 

「よろしくお願いします、チーフ!」

 

「よろしく」

 

元気だけなら一番なんだがなぁ、と頭の片隅で思いつつ、智巳はさり気なく一球目は見送ることをきめた。

御幸の面白いは、打者にとってのめんどくさい。

 

面白い球を投げるイコール、めんどくさい球を投げる、と言うことだろう。

 

「行きますよー!」

 

「言わんでいい」

 

脚を高々と上げたフォームから、第一球。

思ったよりも伸びて、沢村の球はミットに収まった。

 

だが、若干違和感がある。

手元でブレた、或いは動いた。

本人曰くストレートであるらしいが、これは厳密に言えばストレートではない。

 

手首と肩関節が柔らかいからこそできるフォームから繰り出される、天然のムービングボール。

まともな指導を受けていないからこその、原石だった。

 

(当世流行りの動くボールと言う奴か)

 

世は加藤良三ボール全盛期。いやに今シーズンは防御率が低いが、これが統一球、世界水準なのだろう。

 

まあ、今年の末はWBCがあるらしいから、三連覇を狙う日本からしてみれば必要な処置だったのだろうが。

 

それにしても、今年のシーズンは巨人が強い。スタートダッシュこそ失敗したものの、5・6月で貯金17である。

首位の中日も含めて、少なくとも五年間は黄金期が続くんだろうなぁ、と思わせる無敵っぷりと言っていい。

 

あと、WBC。統一球にまでして備えたのだから、三連覇でV3確定だろう。楽しみである。

 

閑話休題。

 

「ど真ん中か」

 

「男と男の真っ向勝負ですよ、チーフ!」

 

じゃあストレートを投げろよ。

そう思うが、投げられない可能性まである。

木製バットをミートしやすい金属バットに持ち替えた斉藤智巳は打席に立った。

 

投じられたのは、自称ストレートのムービングボール。

 

金属バットが、芯をずらしながら硬球を捉えた。


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