瞬間最大風速   作:ROUTE

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壁を越えて

次の日、紅白戦。スターティングメンバーは以下の通り。

 

二軍。

一番は中田(二年/遊撃手)

二番は木島(二年/二塁手)

三番は田中(三年/外野手)

四番増子(三年/三塁手)

五番遠藤(三年/一塁手)

六番門田(三年/外野手)

七番坂井(三年/外野手)

八番小野(二年/捕手)

九番丹波(三年/投手)

 

一年生。

一番小湊(二塁手)

二番高津(遊撃手)

三番金丸(三塁手)

四番東条(投手)

五番岡(外野手)

六番狩場(捕手)

七番金田(外野手)

八番西川(一塁手)

九番蒲原(外野手)

 

事前に東条が交渉した結果、選手交代は現場に一任されている。

片岡鉄心は球審を務め、二軍の選手交代は総代として楠木文哉が。

そして、一年生軍団の選手交代の係りはと言うと。

 

「監督代行の東条だ。よろしく」

 

「コーチ代行の金丸だ。よろしく」

 

一年生軍団に手を貸してやっていたことが監督に案の定バレていたバッテリー二人は観戦役兼ブルペン支配人に回され、松方シニアコンビが務めることになった。

 

各塁のコーチャーなどは事前に割り振りを決めておいた為に、混乱はない。

全員が出れるわけではない。あくまで見込みがあるものを試す。

 

あくまでも、戦力を求めている姿勢が示されていた。

 

「やるからには勝つつもりでいきましょう。全員を使えるわけではないので、アピールを怠らないように」

 

そう言って、一軍の正捕手兼スコアラーの黒縁メガネを怪しく光らせながら決めたのがこのスタメン。

この時エース兼ブルペンコーチはおとなしくしているが、同じようなことを考えていることは想像に難くなかった。

 

「チーフ!先発は是非、この沢村に―――」

 

「ホームランを打たれておいて何を言ってるんだ、お前は」

 

降谷、センター方向へホームラン。

東条、三振。

沢村、無理矢理引っ張ってホームラン。

 

誰が優れているかは言うまでもなく、先発は東条秀明になった。

 

スタメンは全員が、事前に勝とうと思って集まってきた者たちである。

 

ベンチ外、と言うかブルペンに追いやられた先輩二人が居なくとも、東条がある程度の統率を計れていた。

 

ブルペンには今、沢村と降谷。東条はベンチに居る。

現在、一回の表。一年生軍団の攻撃。

 

マウンドには、丹波光一郎。

 

打席には、小湊春市。木製バットの使い手である。

 

「チーフと同じですね」

 

「俺は全然慣れてないけどな」

 

その言葉に、隣に居る降谷の闘気が更に増す。

変化球を投げ慣れていなかったとはいえ、特大ホームランはどう取り繕っても特大ホームラン。それが使い慣れていなかったバットによるものならば、尚更悔しさは増すのは当然だった。

 

立ち上がりに定評がない丹波は、三球目のファールで小湊春市を追い込んだ。

 

が、兄もそうなように、これからが彼の本領発揮である。

 

(兎に角、リードオフマンは塁に出ることが仕事)

 

クサイ球を三球続けてカットし、ボールを三球見逃して、計九球粘って四球。

 

クイックがあまりうまくないのか、或いは初回から盗塁はないと踏んでいたのか。

ランナーに対する警戒が甘いバッテリーの隙を付いて、小湊は二塁を盗む。

 

現在の打者、高津広臣。ワンストライクノーボール。ランナー二塁。

 

ここで東条が指示をしたのは、バント。

二番打者の本来の役目を果たし、小湊は三塁へ。ワンアウト三塁のチャンスを作る。

 

次の打者は、金丸信二。ストレートに強く、変化球に弱い。

案の定カーブを打てずツーストライク、ワンボール。

 

「気負わずにランナー返していこう!」

 

「投手はブルペンでおとなしくしてろ!」

 

仲が良いのか、悪いのか。

沢村の声出しに対して、少しムキになった金丸が返し、次の球の甘く入ったストレートをセンター前へ。

 

三塁ランナー小湊は生還。ランナーは一塁でストップし、四番で先発で監督な東条を迎える。

 

(甘い球待ち、カーブは捨てて、来た球を打つ)

 

四番の本来の役割はランナーを返すこと。それは金丸がやってくれた。

ならば、繋ぐ。

 

が、ここは丹波に軍配が上がった。

長身から繰り出させる縦のカーブがコースにピシャリと決まり、四番五番と連続三振。

初回の攻撃は1点のみに終わった。

 

「あの二人もコースに決められたら打てないって言ってた。切り替えていくぞ!」

 

金丸の檄に守備陣が応じ、守りに散っていく。

先発は、東条秀明。

 

(ファーストストライクを大事に、初回先頭打者をキッチリと切る)

 

一番中田は脚がある。打力はそこそこだが、処理に困れば内野安打もある。

打たせて取るならば、ファーストかサードかセカンド方向。ショートは少し危ない。各方向へのフライも可。

 

深呼吸して、甘めにスライダーを投げる。

二軍の選手たちは前を見ている。しかし、一軍の選手たちと違って、後ろは見えていない。

 

打ち気に逸っていることだろう。だから、敢えて甘めの球を投げる。

 

三振を取るのは、二巡目以降。

 

甘めに入ってきたと思ったスライダーが逃げ、当ててしまった形になった打球はセカンドゴロ。

小湊がボテボテの打球を見事に処理し、ワンアウト。

 

「ナイスセカン!」

 

小湊春市は無言のガッツポーズでその言葉に答えた。

兄と違ってまだ青い。目元まで髪に隠された顔が赤くなっている。

 

二番木島には一発はない。どちらかと言えば守備がうまく、打撃に粘りがある。典型的なローボールヒッター。

 

投じた球は、ストレート。

 

あっさりセンター前に運ばれて、ワンアウト一塁。

 

(三番の田中先輩に長打力はあるけど打撃が荒い。際どいコースを攻めれば、実績が欲しい以上手を出してくる)

 

ボール気味の球を三球続けて、カーブを打たせる。

 

「サード!」

 

「任せろ!」

 

俊足木島を金丸が二塁で刺し、セカンド小湊がファーストに投げて併殺。

 

二回はこうも巧くはいかないかな、と思いつつ、東条はベンチに帰った。

 

「ナイスピッチ」

 

「そっちこそ、いい守備だったよ」

 

まだ顔を赤らめている春市の背中をポンポンと叩く。

実際、守備がうまいセカンドが居るのと居ないのでは打たせて取れるか取れないかに大きく関わってくる。

 

そう言う意味では、打てて守れて走れる一番打者・小湊春市の存在は大きい。

 

だが、このいい流れを丹波が断つ。

それがどうしたとばかりに三者連続三振を決め、あっさりと二回表は終わった。

 

二回の裏、二軍チームは四番からの好打順。

四番は、増子透。かなりのパワーと恵まれた長打力を持つ長距離打者。

 

脚が速く、若干アベレージヒッター気味な斉藤智巳の脚を若干遅くし、選球眼の良さを削ってパワーとミート力を入れ替えた感じと言ったところか。

勿論、技術でやっている増子と身体能力で何とかしている斉藤の守備力は比較にならない。

 

サード方向に飛ばしては、活路がない。

 

「……怖いな」

 

逃げ気味でもいい。1点を守り切る場面で、必ず勝負をしなければならないわけではない。

 

自分には、降谷のような剛速球はない。沢村のような癖玉もない。

 

最低三回。それがノルマ。

迷わず東条は、四番の増子を敬遠した。

 

五番遠藤をファーストゴロ、六番門田をセカンドライナー、七番坂井をピッチャーフライに抑え、東条はこの回を九球で逃げ切る。

 

「東条、かなりクレバーだよ」

 

「ああ」

 

強い打者から逃げれば勝てるものではない。しかし、二巡目以降を耐えきる為に隠しているから、一巡目で本気で抑えにかかることもできない。

その結果の、敬遠だろう。

 

「チーフは敬遠ってどうなんですか?」

 

「時と場合によっては使う。勝つことが第一だからな」

 

そう言う沢村は、あまり好きではなさそうである。

だが、斉藤智巳はかなり敬遠が好きである。敵を調子に乗らさない為にあまりしないが、打たれる3割を如何に散らすかの確率のスポーツをやっている以上、あたりが来ると見れば容赦なく逃げる。

 

「俺はシニアで五回ほど満塁で敬遠されたことあるけど、実際押し出しの一点しか入んなかったからな。有効だよ」

 

ブルペンがそうこうしている内に、一年生軍団の攻撃が終わる。

九番蒲原ファーストゴロ、一番小湊ライト前ヒット、二番で送り、三番でチェンジ。

二軍の選手は、守備が良い。当たりのいいヒット性の打球が、ことごとく好捕されていた。

 

「ようやく、目を覚ましたな」

 

「ああ、チームとしての本気を出してきた」

 

個人個人のアピールの場ではなく、チームとして敗けを防ぎに来た。

 

そのことは、マウンドに居る東条にも伝わってきている。

 

(まあ、下位打線だからギアはこのままで。上位に回ったらギアを入れ替えていこう)

 

八番小野に長打はない。

外野前進で、内野後退。

 

歯噛みする、小野が見えた。

 

(その悔しさは、大振りに変わる)

 

八番小野、レフトフライ。

九番丹波は、投げる方では厄介だが打撃の面では穴でしか無い。

 

これで、ツーアウト。

 

次の打者は、二巡目中田。

 

(できれば、この回までこのギアで行きたい)

 

ここで切り替えれば、こちらの攻撃の時間で次のギアに対して思考の時間を与えてしまう。

 

シフトを戻し、外角低めのスライダー。

ギリギリボール球になる球を、中田は綺麗に右打ちした。

 

一二塁間を抜けて、ライトの前。

反撃の号砲となるべきそれを、外野よりに後退していたセカンド小湊が掴み取る。

 

ライト前セカンドライナー。スリーアウト、チェンジ。

 

「ありがとう、小湊!」

 

「い、一応下がっておいて良かったよ」

 

またもファインプレーが飛び出し、二軍の攻撃は終わった。

 

しかし、次の二軍の攻撃は二番から。

東条がどこまで通用するかは、二巡目となる次の回にかかっている。


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