瞬間最大風速 作:ROUTE
絶好調斎藤は現状一回三失点の好リリーフで一年生軍団を救った。
ブルペン支配人二人とお客さん(外野手)が話していたように、青道高校の中継ぎ不足は深刻過ぎる。
絶対的エース・斉藤。
二番手先発・丹波。
抑え・連日劇場型の幕張の土嚢、川上。
中継ぎは液だだ漏れのガソリンタンクが転がっているだけ。
勝てないわけである。
「……俺、制球練習頑張ります」
「制球のコツは、繰り返しだ。フォームを確かめ、ズレを直し、投げる。地道だが、繰り返せば繰り返すほどモノになる。頑張れよ」
「はい、チーフ!」
そう言うチーフは、ストレートはともかくフォークの制球が抜群に良い。狙ったところに落とせるし、だからこそ御幸は巧く捕れるわけである。
沢村はコントロールが良い方である。あくまでも青道高校で見れば、だが。
まず、元投手の伊佐敷純。ノーコンで外野手転向。
次、丹波。メンタルが弱い所為で乱れる時は乱れる。良くもないし悪くもない。3位。
斎藤桑田槙原は論ずるに値しない。コントロールは伊佐敷よりはマシ、と言ったところ。投手としての最低水準をギリギリで満たすくらい。
智巳。これは実は結構良い。安定感が季節によって違う為一概には言えないが、彼は豪腕っぽさを出しながらも、この手の細かいことが巧かった。2位。
川上。メンタルが弱い所為で乱れる時は乱れる。低めの制球に優れる。1位。
沢村。メンタルが強いから安定感がある。クソみたいな鷲掴み素人握りから、恵まれすぎた潜在能力。ストライクゾーンに入り過ぎるタイプのノーコン。
ノーコンとは言ってもボールに外れるタイプのノーコンではない為、打たれても芯をずらせるナチュラルなムービングボーラーとしてはかなりステータスがまとまっている。
降谷。これはかなりマズイ。ガソリンタンク三人衆に匹敵するレベルで悪い時と、沢村より下を行ったり来たり。でもストレートがいいのでマシ。外れるタイプのノーコン。
総合的に見れば智巳がお話にならないレベルでぶっちぎり、次に縦カーブの恩恵を得た丹波。次に謎のビルドミスの無さを発揮した沢村、降谷、川上と続く。
一位智巳。球速同率一位、球威同率一位、制球二位、スタミナでぶっちぎり一位、変化球はお話にならないレベルで一位、メンタルでダントツ。
二位丹波。縦カーブが決まればかなり強い。メンタルさえ克服すれば更に強い。あと、ノーコンと言うほどノーコンではない。
東条は欠点がないが長所も投球術くらいで華がない。しかし堅実である。三位。
四位沢村、何よりも持ち球にあったストライクゾーンに集まるコントロールと、癖球。謎の度胸とメンタルの強さ。しかし一発病になりかねないので表裏一体か。
降谷は長所が短所を超えていたことだろう。だから五位。
川上の六位と言う順位の低さは、これと言った武器がなく制球力頼みなのに、メンタルの所為で乱れる時は乱れること。あと、クローザーなのに勝負どころに弱い。
何もかもが噛み合っていないのだ。
沢村と違う、正反対なビルドミスと言うべきだろう。単体で見ると悪くないが、絶望的に噛み合わない。
そうこうしている内に攻撃が終わり、6対3。
一年生軍団が下馬評を覆し、勝っている。
「降谷」
「……はい」
「悔いのない一球を、一つずつ投げ込め」
少し収まり気味だったオーラが、再び燃え上がる。
一球の重み。体験はしていないが、実感はある。
「誰にも打たせない」
「その意気だ」
「打たせなかったら、もう一打席」
「四球三つ以下なら更に一打席勝負してやるよ」
「……」
かなり難しいインセンティブ契約に迷わず頷き、青道の豪腕はマウンドに上がった。
投手らしく、負けん気が強い。
「球の威力で押していくぞ。どちらかと言えば打たせて取る形に近くなるけど―――」
「わかった」
狩場航は、はじめて降谷のボールをまともに受け止めた。
捕球と言う技術までに達していないが、認めてはいる。
「できるだけ構えたところに投げる」
「いや、でも腕は振り切れよ?」
「うん」
中途半端な威力では打ち返される。コントロールが甘くても、威力のある球を。
狩場航としては受けるのが怖くはあるが、勝つ為である。
勝つ為には、やらなければならない。だからやる。それだけだった。
「遠慮すんなよ。思いっきり投げ込んでこい」
「うん。遠慮しない」
捕れる相手に遠慮などすれば、かえって失礼になる。
その事実を、投手の本能が告げている。
まあ、捕手からすればそのおかげでひどい目に合うことも多々ある。
だが、捕れないだろうと加減されるよりはマシだった。
東条がライトに入り、ライトの蒲原がピッチャーに、そして蒲原が降谷と変わる。
―――見せてやれ、降谷。お前の剛速球を
唸りを上げて迫る剛球。
それまで相手にしていた柔の投法とは正反対の、素質に物を言わせたゴリ押し。
それが、二軍の打者へさらなる絶望を与えた。
―――一年の内から140キロオーバーで、なおかつ手元で加速するようなストレート。
―――ストレートと等速で同等のノビを保って落ちる、高速フォーク。
違いこそあれ圧倒的な才能の壁。
それを、去年も味わっている。
『お前に俺が打ち崩せるものなら、崩してみろ』
完全に自分たちを見下ろし、その投手は投げていた。絶対的な自信と、確かな実績と、唯一無二の才能を携えて。
(また繰り返すだけなのかよ、俺達はっ!)
今年来たのは、無名のルーキー。実績はないが、才能がある。
六番門田は、バットを振った。せめて当たれと祈りを込めて。
しかし、当たらない。まぐれで当たっても、ヒットになるようなことはない。
それほど生易しい球を、降谷暁は投げはしない。
高めのストレートを思いっきり空振りし、六番門田は三振に切って取られた。
(よかった)
その圧倒的な剛速球とは裏腹に、降谷は少し不安だった。
今投げた三球は、紛れもなく自分の最高のストレート。
だが、変化球とは言え、芯で捉えないと飛ばない木製バットで自分の球をセンター方向にホームランとして、しかも初見で打ち返した奴がブルペンに居るのだ。
その経験が、降谷を慎重にさせている。
はじめて触れた変化球。自分でもかなり曲がっていると、投げて思ったその球を運ばれ、残ったのは口惜しさ。
そして、指から離れた球は一度投げれば取り返しがつかないということ。
一球一球に、全力を注ぐ。
(もう、二度と後悔がないように)
148キロ、150キロ、149キロで二人目を打ち取り、その後ボール球を投げてしまうものの5球で見逃し三振を奪う。
(でも、結構疲れる)
壁投げとは違う。
それが、降谷暁が投手として満足に過ごした最初のイニングで思った感想。
打席に、人が居る。打ち取りたいと思う。制球にも気を使う。
まだまだ、学ぶことは多い。
そして、その先に倒したい打者が居る。
ぐっ、と。三振を奪った降谷は、ブルペンに向かって拳を付き出す。
青道の豪腕は、平均球速148キロで三者連続三振と言う鮮烈過ぎるデビューを果たした。
一方、ブルペン。
「グギギギギギ……」
東条投手、六回3失点。
降谷投手、一回3奪三振。
ブルペンに居る沢村外野手、未だ出番なし。
「チーフ!俺は次の回からでもいけますよ!」
「御幸。思ったより降谷、安定してないか?」
「これはいい意味で予想外だな。四球の一つや二つは勘定に入れてたんだけど」
沢村外野手を無視して、ブルペン支配人の二人は完全に品定めの会話をしていた。
エースと正捕手。この二人は、監督に次いでピッチャーの質を気にするポジションにある。
東条秀明は使える。
降谷暁も使える。
それがわかっただけでも、この試合は終わりで良かった。
正直なところ、一分の時間も惜しいのだ。
「御幸一也ぁ!」
「なんだよ、沢村」
と言うか呼び捨てかよ、と言う独り言を聴いて、智巳は思う。
お前、そいつに結構な酷いことしてるから当然じゃないのか、と。
まあ、あの置き去りは沢村にも責任があるが、それにしても呼び捨てにされるくらいは許容すべきだろう。
「この未来のエース・沢村栄純の出番は!?」
「外野手だろ、お前。よくて代打……ってとこかな」
「ウガー!」
なんの捻りもない発言に激昂した沢村を躱しながら、御幸は思った。
やっぱりこいつ、からかうと楽しい。
「沢村」
「はい、チーフ!」
御幸とじゃれていた沢村を呼ぶと、犬か何かのようにピシリと背筋を正して智巳の方を向く。
これが尊敬度の差である。どちらか高く、どちらが低いかは言うまでもない。
「何故お前をここに残したか、わかっていないようだな」
「……と、言いますと」
神妙に姿勢をただし、椅子に座っている智巳の前で正座する沢村。
ブルペンであることを忘れそうになる光景に、御幸は取り敢えず自分用の椅子に座り直した。
「いいか、沢村。東条は今のところお前ら三人の中で一番試合を作れる。そのことは、わかっているだろう」
「まあ、それはそうですけど」
降谷には負けたくない、と言う気持ちがある。なぜなら、同じホームランを打たれた者同士だから。
実力はそこまで離れていない。互角。勝っているまであるのではないか。ポジティブ沢村シンキングの厳正な思考の結果、そのような結論に達していた。
いやまあ、そこまで間違っているわけではない。
色々長所とか短所とかを差し引くと、この二人は互角なのだ。見栄えがいいのは降谷だし、エースらしいのも降谷だが。
「それを認められるならば、客観視はできているのだろう。では、二番目は誰か」
「俺!」
間髪入れない回答に、思わず御幸は笑ってしまう。
面倒くさい性格をしている。如何にも自分の負けを認めない、認めたとしても最後、勝つまで諦めない投手らしい性格。
正直、こういった面倒くささは御幸としては嫌いじゃない。
「そう、お前。沢村栄純外野手。君が現状、一年生投手の中でナンバー2だ」
「え?」
「え?、じゃない。ナンバー2だよ。だからここに残した」
あれだけ自信満々に言っておいて、実のところ頷かれる自信はない。
面白い奴だと思いつつ、智巳は更に言葉を選んで話を続けた。
「ナチュラルに変化するムービングボール。太い神経。それに何より、ある程度の制球。突然乱れる降谷には、務まらないんだ―――クローザーってのはな」
クローザー。
響きがなんかカッコイイ。
エース一筋沢村栄純、その語感と智巳の話術に釣られる。
「クローザーとはなんですか、チーフ?」
「チームの勝ちを守る、大事な役割だ。決して駄目な投手だから最後に回されたわけじゃない。中継ぎ陣の中で一番優秀な、一番安定した投手にしか名乗ることが許されない、チームの守護神。
エースが序盤中盤の肝ならば、クローザーは終盤の要。エースが打たれればチームは負ける。それと同じく、クローザーが打たれればチームは負けるんだ」
「おお……」
「いいか、沢村」
目を煌めかせながら目の前に座っている後輩の左肩に手をやり、智巳は目を見て静かに言った。
「この左腕にこの試合が、東条の好投が報われるかどうかがかかっている。降谷の好投も、打線の奮起も、守備も。全てが『勝ち』という形で報われるか、『敗け』となって水泡に帰すか……それは、お前にかかっているんだ。
それでも、その役目を知ってもなお、お前が一番使えない投手だから、俺がここに残したと思うか」
それは、実感がこもった言葉だった。本音と、投手が持つ役割に対する理解。
知識と経験。双方に裏打ちされた言葉を、沢村はしっかりと受け止めた。
「すいません、チーフ。俺が、浅はかでしたっ……」
「わかってくれたならいいさ。降谷が投げ終わったあと、キッチリしめてお前の手で勝ちをもぎ取ってこい」
「はい!」
勇躍して捕手の代わりにおいたネット相手に投げ込む沢村を横目で見て、御幸は椅子を竹馬のようにして智巳に近づき、問う。
「で、本音は?」
「余計なことを一切度外視して、メンタルと実力だけで決めた。
あいつが正直なところ一番打ちにくいからクローザーに据えた。誰が一巡目に捉えられにくいかの確率論に頼った。それだけ」
「だよな。かなり美化した言い方うまいけど、お前は合理主義者なところあるし……」
沢村は、球質を知らなければまず二軍レベルならば初見で攻略が不可能な癖球を持つ。だから逃げ切り専門の抑え。
東条には一巡目で捉えられない特徴はないが、躱す術を心得ている。だから何巡もする先発においた。
降谷は、東条と正反対の投げ方をする。だから東条の次か前に配置したい。この場合、沢村が抑えで固定なので必然的に穴埋めセットアッパーとなる。
「降谷は長引かせるより、短い中で全力を出して欲しい」
「まあ、長引かせても長引かないもんな」
「それに、あいつは心が強い。もしも重く感じても、それを力に変えられると思う」
降谷暁にはスタミナが無い。
それは昨日、ちょこちょこテストしてみた結果わかったことだった。
一年生軍団の攻撃は、斎藤が作った満塁のピンチを引き継いだ川上がランナーを三人返しながらも自責点ゼロに抑え、更に点差が広がる。
対する降谷も敗けじと先頭バッターをフルカウントから歩かせるが、ゲッツーで処理。後一人を三振でしめた。
その後の攻撃を終えた一年生軍団は、ここでクローザーを投入する。
「沢村。被安打3で満塁までならいつものことだから気にしないで行け」
「イエッサー!」
降谷の熱い自援護ムランなどでリードは広がって、5点。青道の投手陣は研究されれば新入生にすら打たれるというレベルの低さを露呈させた紅白戦を、終わらせにかかるは沢村栄純。外野手扱いの三番手。
予め理由を説明してあるからこれまで完璧なピッチングを見せていた降谷を変えることに異存はない。
九番ピッチャー降谷に変わり、沢村。
守備シフトは、内野前進の外野後退。
打ちにくいが球質の軽い沢村の球は結構芯を外しても遠くまで飛ぶ。
一方、ゴロになることもある。
なので、その間の子というべきシフトを、狩場航は敷いた。
「全球ストライクに入れて勝負に行きますので、バックの皆さんよろしくお願いいたします!」
高校野球、初めてのマウンド。
その土の感触を踏みしめて、沢村栄純は高らかに言った。
「打たせて取るのはいいけど、俺みたいにただ打たれないようにね!」
ライトに入っている東条の言葉を受け、沢村はニカッと笑って任せろとジェスチャーする。
あと、アウト三つで、勝ち。
みんなで繋いだ下剋上が、自分の手によって紡がれる。
自分の手で投げ抜いて、勝つ。エースとは違った責任感。
他人の努力を背負うという、確かな重み。
(でも、チーフはそれを知ってて任せてくれたんだ)
―――ここで、応えたい。その信頼に。
投じた一球目は、内側に決まる。
高低もコースも甘い。まだまだ原石の球を見て、増子透はバットを短く持ち替えた。
まだ、諦めてはいない。
油断はあったが、本気で向き合って、その結果今のスコアになっているとしても。
自分が出ることによって、まだ逆転の芽は守れるのだから。
(増子先輩―――)
自分より上の東条からホームラン。その打撃能力はやはり一つ頭抜けている。
東条は勝利を優先して逃げた。しかし、沢村は逃げなかった。
まだ勝負したいという青さがあり、抑えられるという根拠のない自信がある。
いや、根拠をあげるのならば『青道のエースが、抑えられると判断して自分を送り出したのだから』ということになるのだろうか。
カウント、ワンストライクノーボール。投じた二球目は、カーブ方向に僅かに動いてミットに収まる。
一球目はカットボール気味に動いていた。
(となると、沢村ちゃんはナチュラルなムービングボールを投げるということ)
攻略は容易ではない。ミートポイントが広い金属バットを利用して、なるべく当て、力で押し切る。
見たところ、それほどの球だった。
沢村は、ストライクゾーンに入れてくる。動く方向にアテをつけて、バットを振り抜く。
神がどちらに微笑むか。誰もがどう変化するかわからない沢村の球は、下にブレた。
高々と、フライが打ち上がる。
沢村は、後ろを向かない。増子も、打球の行方を追わなかった。
落ちた先は、ライト東条の真上。捕って、アウト。ワンアウト。
「おーし!」
一人目を抑えた。それも、最も強い打者を。
闘志を剥き出しに、沢村が吼える。
あと、二人。
五番遠藤、六番門田。この二人を打ち取れば、勝ちが決まる。
ひとつ深呼吸して、投げ込む。
割りとめちゃくちゃなワインドアップモーションから、ど真ん中へ。
舐めるな、と打ち返した球は芯を外されても大きく伸び、センターフライ。
四球でツーアウトを取り、沢村は目を瞑ってもう一度心を整え直す。
あと、ひとつ。
投げた球は、外角低めのムービング。
甘めの球がバットの芯から逃げ、門田の打球はセカンドへと転がる。
「セカンド!」
「任せて!」
沢村が鋭く叫び、小湊から答えが返ってきた。
門田が一塁に到達する前。小湊春市の送球は、一塁手のグローブの中へ。
「おーし、おしおし!」
沢村が叫んで、試合終了。8対3。
一年生軍団の勝利で、紅白戦の決着はついた。