瞬間最大風速   作:ROUTE

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余暇

紅白戦の結果を経て、関東大会の暫定メンバーが発表された。

 

スタメンは、以下の通り。

 

一番ショート、塁にさえ出てれば二塁打確定の男・倉持洋一。

 

二番セカンド、粘りの打撃と抜群のカット技術と高い守備の名手・小湊亮介。

 

三番センター、長打も狙える繋ぎの打撃巧者・伊佐敷純。

 

四番ファースト、勝負勘冴える不動の四番にしてチームの精神的主柱・結城哲也。

 

五番キャッチャー、ランナーがホームに近づけば近づくほど、貯まれば貯まるほど打率の上がる男・御幸一也。

 

六番サード、引っ張り方向へ強い打球を打てばほぼホームランなパワーヒッター・増子透。

 

七番ピッチャー、絶対的エースで投手陣のリーダー兼恐怖の守備下手七番打者・斉藤智巳。

 

八番レフト、どうせ微妙な守備ならば下手ではあるが一発のある打者をという智巳方式で採用された男・降谷暁。

 

九番ライト、走攻守全て揃ったオールラウンダー・白洲健二郎。

 

全体的に見ると走攻守、全て揃ったかなり攻撃的なオーダー。打者の育成に定評のある片岡鉄心が歴代で最高と思える打撃陣。

レフト候補の二人の調子が上がらない為、打撃力のある(ただし守備が荒い)智巳と降谷を入れ替えでレフトに。守備に関しては伊佐敷が介護に入る。

 

一番が走り、二番が粘り、三番で進み、四番で還す。五番がランナーを掃除して、六番七番八番で一発狙い。

白洲が九番なのは、一番に繋ぐためである。決して評価されていないわけではない。斬新な采配と言えばそうだが、説明を見る限り悪くはなかった。

打順の二巡目からは、実質白洲がリードオフマンを務めるわけである。

 

そして、投手陣。こちらは相変わらず薄さが見られる。

 

エースは勿論、斉藤智巳。

二番手は、丹波光一郎。

三番手は、川上憲史。

 

斉藤智巳の起用法は、完投。

丹波光一郎の起用法は、7回まで。

川上憲史の起用法は、7回まで。

 

横、斜めでカウントを取り、下方向の必殺球で三振を荒稼ぎする完成度の高い身長192センチの大型右腕。

 

鋭く縦に落ちるカーブが武器の185センチの右腕。

 

低めの制球力に優れた、スライダーが武器の右腕。

 

これら三人が、暫定として先発する。

 

ロングリリーフに、東条秀明。

リリーフエースは、降谷暁。

クローザーは、沢村栄純。

 

東条秀明は投球術で二軍は抑えられたものの、一軍レベルの増子に打たれた為、失点覚悟のロングリリーフ。

沢村栄純は、智巳が出ざるを得ない僅差の場合は東条と同じくロングリリーフもこなす。

降谷暁のセットアッパーは動かない。

 

一点差の時の抑えは先発斉藤を抑えに使い、それ以外ならば沢村に任せる。

 

降谷が8回、智巳か沢村が9回。

相手と流れによっては沢村をセットアッパーにもするから、起用法はあくまでも目安。中継ぎに関しては固定された起用法はないと思ってもらってもいい。

 

代打の切り札には、小湊春市と楠木文哉。

守備固めには、門田将明と坂井一郎。

川上と丹波用の控え捕手として、宮内啓介。

 

以上、十八人。

内、三年生九人。二年生五人。一年生四人。

 

このメンバーで、関東大会に挑む。

 

初戦の相手は、横浜港北学園。

投打揃った神奈川の強豪。

 

先発するのは、もちろんエースの斉藤智巳。

 

とまあ、決まったわけだが。関東大会までには一ヶ月ほどあるわけで。

必然的に、一年生が多い投手陣の力の底上げが求められる。

 

青道高校にはこれと言ったコーチがいない為、基本的に片岡監督は打撃陣と守備の面倒を見なければならない。そこで、捕手の出番となる。

 

「宮内は丹波と川上を見ろ。御幸は斉藤とリードとプランの確認。降谷と東条は小野に、沢村はクリスにリード面・マウンドでの心構えを教えてもらえ」

 

一年生捕手の狩場航は二軍に居る。小野の方がパンチ力があり、守備面もリード面も優れているからである。

これと言って、上げる理由を持たなかった。二軍でじっくり育てていきたい。

 

控え捕手の宮内はメンタルの弱い二人と組み、新たな武器を開発して投球の幅を増やすことに勤しむ。

 

期待の星・降谷は、伸ばすべき点は御幸が既にある程度の土台を作っていた。

コントロールと、縦のスライダー。この2つを伸ばしていくことは、小野にもできる。

新たに長所を作ることはできないが、堅実さはある。基礎を教えるには、小野はもってこいの男だった。

 

智巳に関してはそもそも高速フォークを後逸しないのが御幸しか居ない。

20回フォークを投げた時の後逸数をカウントすると、御幸0回、宮内9回、小野17回。いずれも暴投ではなく、構えたところに落ちている。単純に速さと、縦の変化に対応できないのだ。

その上、抜群の―――性格的にも、リード的にも―――相性を誇る為、ほぼこのペアは固定。

 

何も知らない沢村には、知識と経験豊富なクリスを付けた。

 

名采配、と言っていいだろう。いや、この場合は名人事か。

 

「そう言えばお前さ」

 

制球力に主眼をおいた投球練習を終え、打撃に開眼しつつある智巳と素振りをしながら、御幸は言った。

 

「ノリがシンカー覚えたって言った時、何か言いたそうにしてたけど、何だったの?」

 

「いや、その前にノリのシンカーはどうなった?」

 

何か言いたそうにしてたけど、と言うよりは『あー、別に今言わなくてもいいや。ノリと俺だったらエースと言う関係上俺が優先されるだろうし、ここは縁がなかったということで』と諦めたのだが、御幸はそれを知らない。

 

そして智巳は心配性の御幸に病院に叩き込まれていた為、試合の結果は知っていても経過を知らない。

 

ナイナイ尽くしの認識である。

 

「1イニング四死球で駄目だったけど?」

 

「あっ、そうですか」

 

時々敬語が混ざる男、智巳。どうやら軽く失望した時、或いはがっかりした時、驚いた時になるらしい。

 

この場合は、がっかりしたのだろう。

この高校には一球種特化の人間が多い。使える球が二球種あるのは智巳だけという体たらくで、三球種も勿論智巳だけ。

彼はカットボール、スライダー、高速スライダー、縦カーブ、遅いカーブ、ただのカーブ、高速フォーク、ただのフォーク、チェンジアップと豊富な球種を投げられる。

 

主戦球はスライダー、縦カーブ、遅いカーブ、高速フォークだが、他の球もそれなりに投げられるので意表をつくことができる。これが案外御幸としてはデカイのだ。

特にチェンジアップとカットボールは。

 

話は飛んだが、まあ丹波のように縦カーブだけなら全国クラス、というのならわかるが、川上のスライダーは別にそれほど褒められたものではない。他に投げられる変化球と比べればマシ、と言うだけで。

 

丹波の縦カーブは智巳の縦カーブを遥かに超えるが、川上は智巳のスライダーに劣る。

だから、新たな可能性に結構期待して身を退いたのたが。

 

「駄目だったか」

 

「駄目だったよ」

 

200回目の素振りを終え、二人は土手の端っこに腰掛けて黄昏れている。

空には、夕陽が沈みかけていた。

 

「かなしいな」

 

「ホントにな」

 

川上、このままじゃ一年生に超えられっぱなしだぞ。

二人の心にその嘆きが過る。

 

散々『アカン』と思ってきたし、その防御率詐欺と炎上ぶりとメンタルの弱さには悩まされてきたが、この二人にとっては同級生。人並みの情はある。

 

でもまあ、戦力になる一年生の加入のほうが嬉しい。

彼等は勝つ為に今まで努力をしてきた。尊敬する先輩と一日でも長い夏を過ごす為に、努力をしてきた。

 

友情とチームワークを履き違え、皆で失態を拭い合うために努力をしてきたわけではない。

 

すべては、勝つ為に。

全員が、スタメンという席を勝ち取る努力をしてきたのだろう。だが、最後に見られるのは結果。

 

その点、この二人はとても合理に傾いている。プレイヤーとして、割り切ってしまえるところがある。

 

「降谷。あいつ制球難を克服すれば最高のセットアッパーになれるよ。投げてる内にスタミナもつくし、一年生の時はセットアッパー、二年から先発の柱にしていきたいよな」

 

「沢村に関してもそうだろう。制球もアレだし変化球もアレだが、度胸があってムービングボールもある。暫定抑え起用は仕方ないけど、二年から先発転向させたいな。

と言うか、それにしても監督も大胆な手を打ったもんだ」

 

川上、先発転向。抑えを一年に任せる。

大胆な采配である。

 

「でもまあ、今までも抑えなんか居るか居ないかわかんない感じだったし、最悪でも現状維持だろ」

 

御幸が息をするかのごとく正論を吐き、智巳も頷く。

抑えが燃える→勝ち星が消える→打線が奮起、サヨナラ。

この世代の青道高校には、秋から春にかけて結構このパターンが多かったりする。

 

春の甲子園予選で負けたのも川上さんが燃えた(2失点)のが決勝点。

配置転換もやむなしだった。

 

「燃えるなら速い内に燃えていただいた方が逆転しやすいし、先発転向、ありだな」

 

智巳も自分なりの意見を出すが、御幸としてはもう一つ片岡監督の目論見が見える。

 

このチームは、投の柱は智巳なのだ。絶対的エースと言えば聞こえがいいが、先発では連投できないし、体質を承知している監督はさせないから投の柱が抜けた状態でトーナメントの殆どを戦わなくてはならない。

 

だから、小出しにする。

 

先発させて、次の試合は極力休ませる。どうしても僅差になった場合は抑えとして使って相手をシャットアウトしてもらい、勝つ。

大差が付けばリリーフを投入。勝ち逃げして次の試合に智巳を先発させる。

 

この作戦を実行するには、まず監督が智巳が抑えとしてまともに投げられることを信じなければならないが、そこは信頼しているのでまるで問題がない。

後は、イニングを稼ぐ先発の枚数とそれなりの質を持ったリリーフが必要となる。

つまり、投手陣全員でエースが居ない時の穴埋めにまわり、足りないところをエースに介護してもらっているわけだ。

 

高校野球とは思えない程にクリーンな采配だが、それが片岡鉄心の限界とも言える。

選手を酷使してナンボの高校野球。彼が甲子園に行けないのは、厳しさと言うより、酷さが足りないから。

 

他の投手はいいからエースを連投させろよ、と言う言葉を無視しての起用で、結果が出ていない。

 

(そろそろ勝ちたいよな、ここまでしてくれてんだから)

 

御幸としては、それは本当にありがたい。だからこそ、勝たせたくもある。

片岡監督を甲子園に。その気持ちは強い。

 

「春季東京都大会を優勝したから監督を疑う声も最近は収まりつつあるけど、やっぱり本番は夏の甲子園だ。がんばろうぜ」

 

「もとからそのつもりだ。手を抜くなんて選択肢はない」

 

なお、力配分はする。

しかし、それはもうどうしようもなかった。


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