瞬間最大風速   作:ROUTE

27 / 69
新人たちの焦燥

スタメン発表を終え、練習をこなし、自主練も終えて風呂に入った二人は、無言でテレビをつけてゲームをはじめた。

実況パワフルプロ野球。モードは、二人で対戦。

 

「場所どこにするよ」

 

「甲子園」

 

「まあ、だろうと思ったけど」

 

先攻、智巳。後攻、御幸。

使うチームは青道高校。査定は、次の打順を打ってる打者に聴いたものである。

 

「先発俺かよ」

 

「他の人はまともに使えないんだから当たり前だろ」

 

「お前……言うてはならんことを」

 

「ゲームなんだからいいじゃん」

 

プレイボール。

智巳の一番は勿論倉持。御幸の先発は斉藤智。

 

「うわ、落ち方がエグいなこのピッチャー」

 

「自画自賛ってレベルじゃねーぞ、智」

 

「俺は初球フォークなんか投げねぇよ」

 

「あー、そうだな。でもこれパワプロだし」

 

パワプロと野球は違う。結構よく言われていることである。

 

そうこうしている内に、倉持がバントの構えを取った。

 

「何!?」

 

少し虚を突かれた御幸とは違い、智巳はLRを連打していた。

こうすると、脚が早くなるらしい。オカルトである。

 

サードの増子が投げるも、間一髪セーフ。

 

「増子さん、もうちょっと肩強いよな」

 

「再現してみないとわかんないからな、こればかりは」

 

「倉持も本物はこんなにバントうまくないし、増子さんはチャージ速いし……」

 

それを言っちゃあおしまいよ、という言葉を隠して、智巳は二番の小湊亮介を使って二、三回素振りをした。

相手の投球を待っている暇なときによくやる動作である。

 

「うわ、選球眼がいやらしい」

 

「それが亮さんだろ。ある意味原作再現―――ってか、現実再現か」

 

だが、キャッチャーフライでアウト。ワンアウト。

 

ここで智巳、併殺持ちの三番伊佐敷の前でランナーが一塁に居るのが怖い為、盗塁を指示。

 

「知ってた」

 

「俺も知ってた」

 

LR連打も及ばず、ウエストからの御幸バズーカで倉持は名誉の戦死。

肩A(智巳査定)は伊達ではない。ギリギリのタイミングだったことは、倉持の足を褒めるべきだろうなのか、智巳のクイックの下手さを責めるべきなのか。

 

「このキャッチャー守備もうまいし肩も強い。完璧に近いと思うけど、どうよ」

 

「打点乞食だけどな」

 

熱い自画自賛タイムを終え、伊佐敷はあっさりヒット。

次は、四番の哲さん。登録名は哲さん、音声がユウキである。

 

「哲さん、頼みます!」

 

「敬遠しても俺だしなぁ」

 

「改めて見ると、うちの打線強いよ。何で勝てないんだろうな」

 

「ああ、何で勝てないんだろうな」

 

ゲームだからといって、迸る言葉は怒涛の如く。

しかし、哲さんには誰も文句を言っていない辺り流石哲さんだと言えた。

 

「あ、やば」

 

高速フォーク(オリジナル変化球)の落ち先は、外角低めギリギリ。

リリースした後に、ヤマを張られていることに気づいた御幸がそう漏らし、画面は確定ホームラン演出が起こる。

 

「雑魚ピッチャーが……」

 

「いや、それ自分……」

 

それは言わない約束。

哲さんが観客に手を振りながらダイヤモンドを一周して、ホームへ生還。伊佐敷とタッチして、2対0。智巳青道が今のところは勝っている。

 

「おっ、これは見るからにいいバッター」

 

五番、顔パーツは割りと適当だがスポーツサングラスでそれとわかるキャッチャー、御幸。

熱い自画自賛はまだまだ続く。ゲームならではの熱い辛口トークも続く。

 

「ミートカーソルこんなにでかくないだろ、お前」

 

「いや、それくらいある。たぶん」

 

初球、スローカーブがすっぽ抜ける。

遅い球は魔球と言われるパワプロ、しかも失投。打てるはずもなく、御幸はど真ん中にくる球を空振りした。

 

「まさかの原作再現か」

 

「いや、流石にど真ん中打てるよ。たぶん」

 

でもちょっと自信はない。

ランナーが居ない時の御幸は、それほどまでに打たないのだ。

 

結果、ど真ん中失投を逃したのが痛く、三振。

 

「使えねーなぁ」

 

「得点圏だと打つから……」

 

チェンジで、智巳の守り。

先発は、丹波さん。

 

「カーブ一択はズルい」

 

「カーブ打てない腕が悪い」

 

ふんわりと曲がってくるカーブは、ロックオン無しでは打つのは結構難しい。

結局、丹波は御幸青道を三者凡退に抑えた。

 

「……丹波さんなのに、逆球あんま無かったな」

 

「……お前、それを言うなよ」

 

「いや、受けてる身としては言いたくもなるよ。マジで」

 

とか言っている間に、下位打線が三者凡退。再び智巳の守り。

丹波さん、好投を続ける。

 

「この丹波って投手欲しいな。リードしがいがありそうだ」

 

「おじいちゃん、もうウチに居るでしょ」

 

「見たことねぇなぁ」

 

「お前、重ね重ね言うてはならんことを……」

 

「たまにはいいだろ。ここに来てから、俺の捕手防御率が悲惨なことになってるんだからさ」

 

具体的に言えば5くらい上昇した。無論全く嬉しくない。

地味に1点台をキープしていたのが嘘のようである。

 

と、そのとき。

丹波の頭の上に、黒いエクスクラメーション・マークが灯る。

 

黒いエクスクラメーション・マーク。それは、失投のサイン。

 

「あ」

 

「貫禄の原作再現」

 

一発病、発動。スリーランを被弾して、2対3。そのまま終戦。

一瞬の隙を見逃さなかった御幸の勝ちである。

 

「いやぁ、あそこで失投こなかったらなぁ……」

 

「でもそれも丹波さんらしくなくね?」

 

「それもそうだな」

 

テレビの電源を切り、PSPを取り出す。

新たな戦力が加わった今、追加選手を加えなければならない。

 

御幸が降谷、智巳が沢村を作ろうと電源を入れた、その時。

ドンドンと、ドアを叩く音がした。

 

東条が風呂から帰ってきたのかなと思って開けてやると、そこに居たのは―――

 

「変化球を覚えたいのですが!」

 

「おお……いきなり来たな」

 

午後9時47分。汗と泥にまみれた沢村栄純、現る。

呆気にとられて本音が出た御幸に代わり、智巳が改めて問いを投げた。

 

「いきなりどうした、沢村」

 

「チーフ。東条にあって俺にないもの、降谷にあって俺にないもの―――それはなんだと思いますか?」

 

「そうだな。球速、コントロール、スタミナ、投球術、フォーム、守備力、球の重さ、経験、変化球、綺麗なストレート。御幸、あと思いつくことはあるか?」

 

「頭の良さと野球知識」

 

結構めたくそに言われているが、事実である。

沢村の球速は130キロに満たないし、コントロールは悪い。スタミナもあまりないし、投球術なんてものは存在すらしない。フォームは適当で、守備力はザル。球は軽いし試合経験が少ないし、変化球なんて気の利いたものは持っていない。所謂ストレートも投げられない。馬鹿だし、知識もない。

 

しかし素質がある。それが今の沢村栄純だった。

 

「で、言ったけど、何?」

 

「……最近、クリス先輩と組んでるんですけど」

 

暫定的にだが、沢村は例のアレのおかげで一軍に昇格した。

もちろん夏の甲子園でのスタメンが確定したわけではない。だが、その所為で練習メニューが先倒しになっている。

 

クリスはそのことを憂いて、徹底的に身体を作る基礎練習をやらせている。

そのことが、上昇思考の強い沢村には辛かった。

 

基礎をやらされているというよりは、延々と同じことをやらされている気持ちが強い。

挙句の果てにクリスは先にどこかに姿を消すし、終わらせても投球練習には付き合ってくれないしと、不満づくしのここ一週間。

 

あと二週間足らずで試合がある。そのことに、沢村は一種の焦燥を感じていた。

 

「降谷みたいな速球と変化球、東条のような投球術。俺はこっちを学びたいんです」

 

その焦燥感が、使える物への渇望に繋がる。

降谷を降谷足らしめている重くて速い剛速球、東条を支える投球術。

 

焦ってるんだな、と思い、御幸は智巳を横目でちらりと見た。

沢村に今一番必要なのは基礎力。土台となる身体。土台となる技術。

 

クリスはそれをわかっている。だから淡々と練習メニューを渡して実行させている。

 

「沢村」

 

「はい、チーフ」

 

「例えば、砂漠に苗を埋めたとする。そのまま木は育つと思うか?」

 

「思いません」

 

「何で?」

 

「育つような環境じゃないからッス」

 

「そうだよな」

 

沢村栄純は素質の塊であるということは間違いない。その素質を活かす為の努力を怠らないと言うことも、間違いない。

 

「クリスさんは、お前に基礎力を付けようとしてくれている。基礎力は大事だ。怪我を少なくし、身体の土台を作る。身体の土台がしっかりしてから初めて、制球とか変化球とかに取り組める」

 

「でも、降谷は変化球覚えたじゃないですか」

 

「沢村さん」

 

謎の威圧感が漂う。

どこからか不吉なBGMが聴こえそうな雰囲気に、沢村は思わずビシッと背筋を正した。

 

因みに、別に智巳は怒っていない。御幸もそれがわかっているから、何も言わずにただ見ている。

 

「はいっ」

 

「君の今までやってきたことを悪く言うつもりはないけど、君は素人だ。正直なところ、降谷と東条と比べるにはレベルが違う。経験に関しては降谷とどっこいどっこいだけど、土台で天と地ほどの差がある」

 

あの球速が出るということは、しっかりとした土台ができているということを示す。

勿論それは球の速さに特化したものであって、全体的なものだとは言い難いが。

 

「でも、俺は二軍の打者を抑えられました。実力自体は―――実力は、負けてないと思います」

 

沢村は、勇気を出して言い切った。負けん気が強く、クソ度胸の持ち主。それが沢村栄純。

御幸は智巳に臆さず意見を言う沢村を見て、内心ニヤリとしてしまう。

 

こう言う負けん気の強い投手は、本当にいい球を投げるようになる。

キャッチャーとして、楽しみで仕方がない。

 

智巳は、その言葉を聴いて微笑んだ。御幸とは違い、顔に出した。

この気質は、本当に先が楽しみになる。だからこそ、今は基礎を固めさせたい。

 

「そう。負けてないんだよ、お前は」

 

「はぃ?」

 

「いや、負けてないの。不思議なことにね。降谷はある程度土台を作って剛速球を投げられるようになった。だから抑えた。東条もしかり。経験を積んで、投球術を磨いて、抑えた。お前はどうやった?」

 

渾身の球を、思いっ切り投げ込んだ。狩場航のミットに目掛けて。

 

勝ちたいという思いとともに、期待を裏切りたくないという、思いとともに。

投球術も何もない。そこには意地と誇りがあった。

 

沢村がそう考えたのを見越したように、智巳は言う。

 

「お前だけが、素質だけで抑えた。メンタルの強さ、投げる球の特異さ。その持ち前の物だけで、お前は二軍の打者を抑えたんだ。ここに基礎が固まれば………どうなるんだろうな」

 

「…………大エース沢村、爆誕!!」

 

「二年後のな」

 

「いーや、一年で追い抜きますね!では!」

 

「いや、それは無―――」

 

ガン無視して飛び出していく沢村を見て、智巳はサンダルを履いて追いかける。

 

「オーバーワークをするな。風呂に入って、俺の部屋に改めて来い。ほっとくと何するかわからんから、基礎的な投球術の前、心構えくらいは教えてやる」

 

「おおっ、チーフ!あなたが神か!?」

 

「エースだ」

 

あまりの直進ぶりに少し前途を不安視しつつ、智巳は沢村を休ませる為に掌を返した。

投球術の前の心構えくらいならばまあいいや、という判断である。実際この判断は間違っていなかった。

 

クローザー沢村のデビューが、近づいている。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。