瞬間最大風速 作:ROUTE
スタメン発表を終え、練習をこなし、自主練も終えて風呂に入った二人は、無言でテレビをつけてゲームをはじめた。
実況パワフルプロ野球。モードは、二人で対戦。
「場所どこにするよ」
「甲子園」
「まあ、だろうと思ったけど」
先攻、智巳。後攻、御幸。
使うチームは青道高校。査定は、次の打順を打ってる打者に聴いたものである。
「先発俺かよ」
「他の人はまともに使えないんだから当たり前だろ」
「お前……言うてはならんことを」
「ゲームなんだからいいじゃん」
プレイボール。
智巳の一番は勿論倉持。御幸の先発は斉藤智。
「うわ、落ち方がエグいなこのピッチャー」
「自画自賛ってレベルじゃねーぞ、智」
「俺は初球フォークなんか投げねぇよ」
「あー、そうだな。でもこれパワプロだし」
パワプロと野球は違う。結構よく言われていることである。
そうこうしている内に、倉持がバントの構えを取った。
「何!?」
少し虚を突かれた御幸とは違い、智巳はLRを連打していた。
こうすると、脚が早くなるらしい。オカルトである。
サードの増子が投げるも、間一髪セーフ。
「増子さん、もうちょっと肩強いよな」
「再現してみないとわかんないからな、こればかりは」
「倉持も本物はこんなにバントうまくないし、増子さんはチャージ速いし……」
それを言っちゃあおしまいよ、という言葉を隠して、智巳は二番の小湊亮介を使って二、三回素振りをした。
相手の投球を待っている暇なときによくやる動作である。
「うわ、選球眼がいやらしい」
「それが亮さんだろ。ある意味原作再現―――ってか、現実再現か」
だが、キャッチャーフライでアウト。ワンアウト。
ここで智巳、併殺持ちの三番伊佐敷の前でランナーが一塁に居るのが怖い為、盗塁を指示。
「知ってた」
「俺も知ってた」
LR連打も及ばず、ウエストからの御幸バズーカで倉持は名誉の戦死。
肩A(智巳査定)は伊達ではない。ギリギリのタイミングだったことは、倉持の足を褒めるべきだろうなのか、智巳のクイックの下手さを責めるべきなのか。
「このキャッチャー守備もうまいし肩も強い。完璧に近いと思うけど、どうよ」
「打点乞食だけどな」
熱い自画自賛タイムを終え、伊佐敷はあっさりヒット。
次は、四番の哲さん。登録名は哲さん、音声がユウキである。
「哲さん、頼みます!」
「敬遠しても俺だしなぁ」
「改めて見ると、うちの打線強いよ。何で勝てないんだろうな」
「ああ、何で勝てないんだろうな」
ゲームだからといって、迸る言葉は怒涛の如く。
しかし、哲さんには誰も文句を言っていない辺り流石哲さんだと言えた。
「あ、やば」
高速フォーク(オリジナル変化球)の落ち先は、外角低めギリギリ。
リリースした後に、ヤマを張られていることに気づいた御幸がそう漏らし、画面は確定ホームラン演出が起こる。
「雑魚ピッチャーが……」
「いや、それ自分……」
それは言わない約束。
哲さんが観客に手を振りながらダイヤモンドを一周して、ホームへ生還。伊佐敷とタッチして、2対0。智巳青道が今のところは勝っている。
「おっ、これは見るからにいいバッター」
五番、顔パーツは割りと適当だがスポーツサングラスでそれとわかるキャッチャー、御幸。
熱い自画自賛はまだまだ続く。ゲームならではの熱い辛口トークも続く。
「ミートカーソルこんなにでかくないだろ、お前」
「いや、それくらいある。たぶん」
初球、スローカーブがすっぽ抜ける。
遅い球は魔球と言われるパワプロ、しかも失投。打てるはずもなく、御幸はど真ん中にくる球を空振りした。
「まさかの原作再現か」
「いや、流石にど真ん中打てるよ。たぶん」
でもちょっと自信はない。
ランナーが居ない時の御幸は、それほどまでに打たないのだ。
結果、ど真ん中失投を逃したのが痛く、三振。
「使えねーなぁ」
「得点圏だと打つから……」
チェンジで、智巳の守り。
先発は、丹波さん。
「カーブ一択はズルい」
「カーブ打てない腕が悪い」
ふんわりと曲がってくるカーブは、ロックオン無しでは打つのは結構難しい。
結局、丹波は御幸青道を三者凡退に抑えた。
「……丹波さんなのに、逆球あんま無かったな」
「……お前、それを言うなよ」
「いや、受けてる身としては言いたくもなるよ。マジで」
とか言っている間に、下位打線が三者凡退。再び智巳の守り。
丹波さん、好投を続ける。
「この丹波って投手欲しいな。リードしがいがありそうだ」
「おじいちゃん、もうウチに居るでしょ」
「見たことねぇなぁ」
「お前、重ね重ね言うてはならんことを……」
「たまにはいいだろ。ここに来てから、俺の捕手防御率が悲惨なことになってるんだからさ」
具体的に言えば5くらい上昇した。無論全く嬉しくない。
地味に1点台をキープしていたのが嘘のようである。
と、そのとき。
丹波の頭の上に、黒いエクスクラメーション・マークが灯る。
黒いエクスクラメーション・マーク。それは、失投のサイン。
「あ」
「貫禄の原作再現」
一発病、発動。スリーランを被弾して、2対3。そのまま終戦。
一瞬の隙を見逃さなかった御幸の勝ちである。
「いやぁ、あそこで失投こなかったらなぁ……」
「でもそれも丹波さんらしくなくね?」
「それもそうだな」
テレビの電源を切り、PSPを取り出す。
新たな戦力が加わった今、追加選手を加えなければならない。
御幸が降谷、智巳が沢村を作ろうと電源を入れた、その時。
ドンドンと、ドアを叩く音がした。
東条が風呂から帰ってきたのかなと思って開けてやると、そこに居たのは―――
「変化球を覚えたいのですが!」
「おお……いきなり来たな」
午後9時47分。汗と泥にまみれた沢村栄純、現る。
呆気にとられて本音が出た御幸に代わり、智巳が改めて問いを投げた。
「いきなりどうした、沢村」
「チーフ。東条にあって俺にないもの、降谷にあって俺にないもの―――それはなんだと思いますか?」
「そうだな。球速、コントロール、スタミナ、投球術、フォーム、守備力、球の重さ、経験、変化球、綺麗なストレート。御幸、あと思いつくことはあるか?」
「頭の良さと野球知識」
結構めたくそに言われているが、事実である。
沢村の球速は130キロに満たないし、コントロールは悪い。スタミナもあまりないし、投球術なんてものは存在すらしない。フォームは適当で、守備力はザル。球は軽いし試合経験が少ないし、変化球なんて気の利いたものは持っていない。所謂ストレートも投げられない。馬鹿だし、知識もない。
しかし素質がある。それが今の沢村栄純だった。
「で、言ったけど、何?」
「……最近、クリス先輩と組んでるんですけど」
暫定的にだが、沢村は例のアレのおかげで一軍に昇格した。
もちろん夏の甲子園でのスタメンが確定したわけではない。だが、その所為で練習メニューが先倒しになっている。
クリスはそのことを憂いて、徹底的に身体を作る基礎練習をやらせている。
そのことが、上昇思考の強い沢村には辛かった。
基礎をやらされているというよりは、延々と同じことをやらされている気持ちが強い。
挙句の果てにクリスは先にどこかに姿を消すし、終わらせても投球練習には付き合ってくれないしと、不満づくしのここ一週間。
あと二週間足らずで試合がある。そのことに、沢村は一種の焦燥を感じていた。
「降谷みたいな速球と変化球、東条のような投球術。俺はこっちを学びたいんです」
その焦燥感が、使える物への渇望に繋がる。
降谷を降谷足らしめている重くて速い剛速球、東条を支える投球術。
焦ってるんだな、と思い、御幸は智巳を横目でちらりと見た。
沢村に今一番必要なのは基礎力。土台となる身体。土台となる技術。
クリスはそれをわかっている。だから淡々と練習メニューを渡して実行させている。
「沢村」
「はい、チーフ」
「例えば、砂漠に苗を埋めたとする。そのまま木は育つと思うか?」
「思いません」
「何で?」
「育つような環境じゃないからッス」
「そうだよな」
沢村栄純は素質の塊であるということは間違いない。その素質を活かす為の努力を怠らないと言うことも、間違いない。
「クリスさんは、お前に基礎力を付けようとしてくれている。基礎力は大事だ。怪我を少なくし、身体の土台を作る。身体の土台がしっかりしてから初めて、制球とか変化球とかに取り組める」
「でも、降谷は変化球覚えたじゃないですか」
「沢村さん」
謎の威圧感が漂う。
どこからか不吉なBGMが聴こえそうな雰囲気に、沢村は思わずビシッと背筋を正した。
因みに、別に智巳は怒っていない。御幸もそれがわかっているから、何も言わずにただ見ている。
「はいっ」
「君の今までやってきたことを悪く言うつもりはないけど、君は素人だ。正直なところ、降谷と東条と比べるにはレベルが違う。経験に関しては降谷とどっこいどっこいだけど、土台で天と地ほどの差がある」
あの球速が出るということは、しっかりとした土台ができているということを示す。
勿論それは球の速さに特化したものであって、全体的なものだとは言い難いが。
「でも、俺は二軍の打者を抑えられました。実力自体は―――実力は、負けてないと思います」
沢村は、勇気を出して言い切った。負けん気が強く、クソ度胸の持ち主。それが沢村栄純。
御幸は智巳に臆さず意見を言う沢村を見て、内心ニヤリとしてしまう。
こう言う負けん気の強い投手は、本当にいい球を投げるようになる。
キャッチャーとして、楽しみで仕方がない。
智巳は、その言葉を聴いて微笑んだ。御幸とは違い、顔に出した。
この気質は、本当に先が楽しみになる。だからこそ、今は基礎を固めさせたい。
「そう。負けてないんだよ、お前は」
「はぃ?」
「いや、負けてないの。不思議なことにね。降谷はある程度土台を作って剛速球を投げられるようになった。だから抑えた。東条もしかり。経験を積んで、投球術を磨いて、抑えた。お前はどうやった?」
渾身の球を、思いっ切り投げ込んだ。狩場航のミットに目掛けて。
勝ちたいという思いとともに、期待を裏切りたくないという、思いとともに。
投球術も何もない。そこには意地と誇りがあった。
沢村がそう考えたのを見越したように、智巳は言う。
「お前だけが、素質だけで抑えた。メンタルの強さ、投げる球の特異さ。その持ち前の物だけで、お前は二軍の打者を抑えたんだ。ここに基礎が固まれば………どうなるんだろうな」
「…………大エース沢村、爆誕!!」
「二年後のな」
「いーや、一年で追い抜きますね!では!」
「いや、それは無―――」
ガン無視して飛び出していく沢村を見て、智巳はサンダルを履いて追いかける。
「オーバーワークをするな。風呂に入って、俺の部屋に改めて来い。ほっとくと何するかわからんから、基礎的な投球術の前、心構えくらいは教えてやる」
「おおっ、チーフ!あなたが神か!?」
「エースだ」
あまりの直進ぶりに少し前途を不安視しつつ、智巳は沢村を休ませる為に掌を返した。
投球術の前の心構えくらいならばまあいいや、という判断である。実際この判断は間違っていなかった。
クローザー沢村のデビューが、近づいている。