瞬間最大風速 作:ROUTE
関東大会第二回戦。対戦高校は千葉の名門専大松田。
青道高校の先発は丹波。
スターティングメンバーは一回戦から降谷がベンチに戻り、代わって智巳がレフトへ。
前回では出番がなかった中継ぎも準備をさせている。
「丹波。7回までだが、9回まで抑える気持ちで投げろ。本来、お前ならばそれくらいはできるはずだ」
別にこれは贔屓とかではなく、縦のカーブが決まり、ピンチで動じたり連打にビビったりしなければ普通に四失点完投はできる。
いや、これは本当に。
丹波も監督の言葉に答えようとしたが、現在守備には大穴が空いている。
(レフトには打たせたくねぇなぁ)
御幸としては、レフトにフライを打たせることすら怖い。
とんでもないファインプレー(オール身体能力製)があるが、何でもないフライを(技術が足りないので)GGするのことがかなりあるので、怖いことこの上なかった。
この日の丹波は、取り敢えずエースを目指すことをやめ、目の前の打者だけを見ていた。
飛躍は望まず、一歩ずつ進む。そちらに切り替えてから、ピンチでも少し周りが見えるようになった。
そして何よりも、三年の丹波には後がない。
一番を三振に切って取り、順調な滑り出し。
(よしよし、良いですよ丹波さん)
求めたコースに来る喜び。
縦のカーブもキレているし、あとは貫禄の一発病から崩れることがなければ何とかなる。
二番が打ち上げたフライは、センターへ。
ほんの少し左にズレたらと思うと御幸はゾッとせざるを得ないが、レフト寄りに守っている伊佐敷ならば全く問題なし。
あらかじめ智巳はレフトの狭い範囲に固定しているからセンターがいけると判断したら少ししか追わない。
続く三番、三振。
素晴らしい立ち上がりである。
「丹波さん、ナイスピッチ!」
「やればできるじゃん。でも、いつもやろうね」
「落ち着いていれば、できると思っていたぞ」
御幸が珍しく本音を口に出し、小湊亮介がたしなめ、結城が褒める。
もはや三凡でないことの方が珍しい智巳が投げている時にはない一体感である。
「さあ、点取っていきましょう!」
一年なのに謎の盛り上げ役と化した沢村が言う通り、まず点を取らなければはじまらない。
一番は倉持。塁に出れば二塁打確定のスピードスターは、塁に出れず三振。
二番小湊亮介、安定の四球を選ぶが伊佐敷ゲッツーでチェンジ。
「投手戦になりそうですよ、丹波さん」
さり気なく『あなたも点は取られないでしょう?』とやる気の炎を煽りながら、御幸は付けっぱなしだった防具のままでホームベースに向かう。
マウンドには、丹波光一郎。
(あと一つ変化球があればだいぶ楽になるんだけど、制球が安定してる今の方がリード自体はしやすい)
なにせ、縦のカーブが若干の誤差はあれどバンバン決まるのだ。やりやすい以外の言葉が出てこない。
御幸のリード、ここで初めて活かされる。まごうことなき朗報である。
丹波、三回を終えて未だ被安打ゼロ。背負ったピンチも勿論ゼロ。
言うまでもなく、今までの中でのベストピッチ。
「俺は、こんなピッチングもできたんだな」
ポツリと呟いた言葉を、片岡監督は少し胸が塞がるような思いで聴いていた。
長身に、縦に大きくキレるカーブ。素質はあった。しかし、開花しないでいた。
ここに来て、後が無いという切羽詰まった感情がその素質を開かせつつある。
その後も、丹波は頑張った。
二回飛翔したものの、ピンチを背負ってもなかなか崩れないピッチングで連打を許さず、強豪相手に6回を3失点。
一方相手は七回に降板したエースに代わって出たリリーフが試合をぶち壊すという何処かで見た展開。
その後は初登板の東条が五、六、七、八、九番から1失点するも何とか逃げ切り、その後は降谷が一番を歩かせるも、二、三、四番を連続三振で仕留め、この男の出番がやってくる。
「バックの皆さん、ガンガン打たせていくのでよろしくお願いします!」
一年生クローザー、沢村栄純。
7対4。最終回裏、3点差でマウンドに上がる。
因みにこの試合は、結城哲也が敬遠もあって打点を挙げられず、御幸スリーラン、増子二打点、伊佐敷ツーランの二打点で計七打点。
伊佐敷は五打数二安打二打点
結城は3四球、二打数二安打。
智巳はフルカウントからの4四球で猛歩賞を達成、だが、残った一つは空振り三振。
御幸は五打数一安打三打点。
増子は五打数二安打二打点。
援護は十分だった。
沢村は初球でポテンヒットを一個許したものの落ち着いて次の打者を4ー6ー3に仕留めてツーアウトを取り、残る一人を三振させて全く問題ないデビューを果たした。
変則的な三凡である。青道高校OBの耳にはポテンヒットを許した時に謎ののれんが見えたとの証言が相次いだが、何とか次のゲッツーで胃を保つ。
青道高校、関東大会準決勝進出。
準決勝は川上が先発。
七回を五失点で抑え、降谷が暴投で一点取られるも、その後は沢村がパーフェクトリリーフで裏を抑えて10対6で勝利。
そして、決勝の相手は西東京の強豪・成孔。
レスラーのような体格をした奴が集まった強打のチームである。
圧倒的な打撃力を誇る青道高校と熾烈な打撃戦が期待されたのだが、青道高校の先発がコールされた時点で成孔ファンは帰り支度をはじめた者も居たという。
先発は、斉藤智巳。
試合展開はワンサイドゲームという言葉が一番似合う。
充分休んだ彼は一人のランナーも出さず、109球、被安打0、無四死球、25奪三振で九回を完封。
6対0の完全試合で鎧袖一触。関東大会優勝を決める。
表では決勝で完全試合と言うビッグニュースで新聞が賑わい、裏では鷹せんが破壊されるほどの盛り上がりを見せて、関東大会は閉幕した。
「盛り上がってますなぁ」
「また、青道高校野球部の新聞費がかさんでしまう」
自身三回目の完全試合だから、今更やっても特に感慨はない。
ノーノーも六回やったから、特に感慨はない。
でも、優勝できたのは嬉しい。この新聞費を心配するエースの心境はそんなとこである。
「優勝は当然嬉しいけど、監督を関東大会で優勝させられたのはかなり嬉しいよ。最近大型大会での優勝から遠のいてたし」
「エースらしい言い草だ、智」
「そりゃまあ、エースだからな」
ハハハこやつめ状態な二人は、実は寝坊組である。
理由は単純。マスコミに捕まっていたから。
『投手としてのあなたにNPBの十二球団やメジャーが興味を示しているようですが、どうですか?』に対して、『私が十二球団やメジャーに興味を示しているようですが、じゃないんですか?』と笑って答えたり、『完全試合をリードして演出した今のお気持ちは?』と訊かれて『智は調子が良ければ何処に何を投げろと指示しても簡単に抑えるので、特に達成感はありません』とか答えたりと、色々あって疲れている。
更には今日は練習がないから。
そして何より、二回目になるが疲れたから。
「にしても、これでシードは当確だろ。関東大会に出た時点で元々そんなもんだろうけど、やっぱり戦わずして勝てるのはいいよな」
智巳は、少し嬉しさを滲ませながら目の前の相棒にシード権について話す。
夏の甲子園予選、シード権が与えられると二回戦からの登場となる。
抽選がまだだから何とも言えないが、回復が遅い自分にとっては嬉しい。
「まあ、俺としてはそれはあんまり嬉しくないんだよね」
そう思って発した言葉だったが、御幸としてはあまり歓迎されことではないらしかった。
「なぜ?」
「一年生に場数踏ませたかったんだよ。正直、一・二回戦までならノリでも安定して試合作れるし、そうなりゃ格好の場面だった」
4日間かかった関東大会も終わり、いよいよ6月。あと一ヶ月と少しで予選がはじまる。
「じゃあ、失点してあげた方が良かったかな」
「いや、お前と敵を容赦なく踏み潰すのは好きだからいいし―――」
何よりも、沢村・降谷・丹波に炎が見えた。
格が違うピッチングを見せられての、負けん気の火が。
「―――面白くなりそうだからな」
「あっそ」
味噌汁を飲み干して、少し休んでからグラウンドに顔を出す。
そこには、増量されたスカウト陣と記者陣がズラリと並んでいた。
「お前、人気者だな。阿部さんとか里崎さんとかいるけど、今は捕手不足だもんな。普段顔の見えないイケ捕は辛いな」
「いやいや熱き血潮の敗けないエースよ、何を仰る。あなたがお目当てでございますよ。と言うかお前も敗けず劣らずのイケメンだろ」
「新聞のアオリをリピートすんのやめろ」
「変な略し方やめろ」
壮絶な押し付け合いの末に、取り敢えずグラウンドではなく寮の周りでやれることをやろうという結論に達し、二人はそさくさと帰った。
スライダーの制球と捕球は、まだうまく行っていない。
「制球はマシになったんだから、俺もそろそろ取れなくちゃならないんだけど」
「マシって……三球に一球しか狙ったところにいかないようじゃ投手じゃないだろ」
「…………うん、そうね」
いかなかった奴が居たんだよなぁ、と回顧しつつ、御幸は構えた。
投げられた球はスライダー。
捕りに行くというよりも、今は止めに行っている感が強い。
パン、とグラブが弾いて、白球があらぬ方向に転がった。
「当てられるようになったけど、まだまだだ」
「数日で当てられるようになるんなら進歩じゃないか?」
少なくとも最初に高速フォークを投げた時はこうもうまくはいかなかった。
突き指と後逸の嵐だった筈である。
「いや、捕りたいんだよ」
「と言うか、何で降谷のコントロールが乱れた暴投は捕れるのに俺のそこそこのコントロールの球は捕れないんだ?」
150キロ近い上に外れた方向の暴投を咄嗟に捕れる男、御幸。因みに智巳は捕れないし、青道高校で取れるのはクリスくらいだと思われる。
「そりゃ、球があらぬ方向に消えるからに決まってるだろ」
「あらぬって……横にスライドするだけじゃないか」
「斜めに慣れた眼からしたらどうしても追っちゃうんだよな」
「なら俺のスライダーに慣れろ」
「おうおう、無茶を仰る」
実際、今はカットボールの延長として手を伸ばしている感覚に近い。
スライダーとして認識できなければ、この球は捕れない。
「もう一球は、ミットに目掛けて投げてみてくれよ」
「実際にはお前のコントロールはそんなにうまくいかないから散らばせと言ったのは誰だったか……」
とか言いつつ投げた球が、智巳の許容範囲を超えて僅かに外れた。
暴れ馬はまだ騎手を得ず、青い虚空を駆けている。