瞬間最大風速   作:ROUTE

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信頼のカタチ

沢村がクリスと会っている頃。

智巳は、御幸に会っていた。

 

「厳しいな」

 

「あいつなら、あれくらいできるようにならなければ」

 

実力への信頼というより、才能への信頼。

どうでもいい奴に甘い、信用してる奴には普通、信頼している奴には厳しい。

 

後輩には全体的に優しく、上を敬い、同期に厳しい。

 

そんな男。

 

「で、俺に言うことは?」

 

「随分捕れるまで遅かったな」

 

「あ、そうですか……」

 

相変わらず容赦が無い。

まあ、それだけ信頼されているということなのだろうが。

 

「アイシングは?」

 

「今からする。あんなことを言う時に肩が盛り上がってたらかっこ悪いだろ」

 

「まあ、それはある」

 

中々に見栄えを気にする男であるから、この判断になるのだろう。

 

ええかっこしぃな奴なのだ。二回目になるが。

 

「と言うかお前、さっきの何あの暗さ。キモかったんだけど」

 

「おま……少しくらい凹むのは許してくれよ」

 

「凹む暇があったら練習すればいいだろ。全く」

 

ぐうの音も出ない正論を叩きつけられて口をへの字にする御幸だが、ふと気づいて声をかける。

 

「もしかして心配してたり?」

 

「しない。第一、あれしきの暗さで心配したらお前に失礼だろう。お前は乗り越えられる男だ」

 

不器用な奴、と思わないでもない。

 

この男、何だかんだで面倒見はいいのだ。沢村を見ていればわかるとおり、ちょっと要求が高めなだけで。

 

その試練を乗り越えられない者からは敬遠されるが、乗り越えられた者からは親しまれる。

 

「お前、そう言うことはこまめに口に出した方が良いぜ。ゾノとかノリとか、そこらへんに苦手にされてんのは間違いなくそれが原因だよ」

 

「別に好かれようと思って、これなら出来るだろと言ってるわけじゃない。勝つ為に、強くなって欲しいから言っているんだ」

 

同期で仲が良いのは、倉持と自分くらいで、後輩たちの中では沢村と小湊弟、東条がそれにあたる。

 

(頼られてはいるんだろうけどなー)

 

頼れるけど、近寄りがたい。

同学年の中ではそんなポジション。

 

どちらかと言えば弱い選手はプレーで引っ張り、素質のある選手は言葉で引っ張る。

 

「無理だった奴にはしつこく言ってないだろ」

 

「わかったわかった。それでいいよ」

 

それが沢村とかと比べて見ると見放されたって思われるんだよなーとは、言わない。

沢村は、異例中の異例。あれだけ絡んできて、地道な基礎からやれと言われて馬鹿みたいにそれをこなし、やっと教えてもらえたストレートを披露したら基礎の甘さを指摘される。

 

それでも文句は言わなかった。

 

(お前とは違うんだよ、とか言わないもんな、あいつは)

 

そう言われては『何を当たり前なことを言っているんだこいつ。俺ならとっくにそれ以上のことができとるわ』という目で見ていた智巳だが、沢村に関してはそう言う『無理ですコール』がない。

 

馬鹿だからかしら。

そう思わないでもない。

 

「沢村、あいつはいい投手になれる。コントロールとスタミナをつけて、球速を上げる。あとは癖球が死なないような変化球を探さなきゃな」

 

智巳はわざわざ沢村の癖球に合わせ、綺麗なストレートの投げ方を改造して教えている。

あのストレートは、所謂フォーシームではないのだ。沢村のオーソドックスに適当な握り方を少しずつ変えていって投げさせ、酷似したものを探してフォーシームめいたものにする。

 

だから、厳密に言えば変化球になるのだろうか。沢村のストレートは、独自のもので、他の投手にはない武器。

 

自分の睡眠時間を削って、智巳はその工夫をやっていた。

 

ハードルが高い分、親身にはなってくれるのだ。ハードルが高いけど。

 

ハードルが高いけど。かなり、高いけど。

 

「カーブ系はいらない。スライダー系―――カットボールと、チェンジアップとかどうだ?」

 

「左だし、サークルチェンジもいいかもな。シンカー気味に沈めば投げやすいだろうし」

 

「採用。流石捕手」

 

智巳の投球の幅を広げる為、そこらへんの知識はある。

沢村は正直見たこともないタイプの投手だから、分析は大変だがやり甲斐がある。

 

「あとはお前がフォーク教えてやれよ。まるっきり投げ方違うから、癖球は死なないと思う」

 

「いいよ。高速投げられるかな、あいつ」

 

「さあ。てか、お前って本当に握り方とかあっさり教えるよな。勿体なくないの?」

 

投手は、自分の決め球を教えたがらない。

それは、決め球とは生命線でもあるから。その決め球は自分にしか投げれない。そうなれば、当然打たれにくくなるし希少性も増す。

 

投手としての、価値になる。

 

「沢村の可能性を潰す方が勿体ない。それに、あくまでも教えられるのは贋作。オリジナルを超える為には、そこから努力しなければならない。その努力を経た球は、もう俺が教えたものではない」

 

―――努力する道を、エゴや欲で阻む気はない。

 

それが彼のエースとしてのスタンス。チームを勝たせるのがエースであり、それは登板時のみに勝てばいいというものではない。

 

更に言えば、その努力する道のレールを敷いてやっても、なお敗けはしないという自信。

 

これがエースの余裕。

傲慢と言え、慢心と言え。そうする余裕を持つ為の努力はしている。

 

自分が教えなかったから、素質を絶ったからエースになれた?

違う。教えた上で勝ちたいのだ。全力で育て、なお凌駕する。

お山の大将になりたくて、エースを張っているわけではない。

 

それが誇り。それが実力。

そう示してこそ、エース。

エースとはチームを勝たせ、チームを引っ張り、チームを育てる。そして、敵と味方に個人として勝つ。

 

「お前、プライド高いよな」

 

「エースだからな」

 

クイッと、鷹のように目を鋭く細めて顎を上げる。

僅かに漏れる威圧感。

 

今更基礎をやれと言われた沢村栄純の明日はどちらに向かうのか。

 

このプライドの塊のような男に教わり、どう育っていくのか。

 

これから番号発表が終わり、梅雨が開けて、初夏がはじまる。

 

 

三桁を越える部員の中から20人が選抜されて扱かれる、地獄の合宿の時間である。

 

一日目は沢村、降谷の素人組はAグラウンドでベースカバーなどの守備練習。

それが終わったら、外野のノックで捕球した球をホームに返すことを繰り返すことで、走らせながら遠投。

 

降谷は本格的に外野手での出場が視野に入ってきたので、それも兼ねている。

 

内外野のスタメンはBグラウンドでノック。

丹波は投げ込みと制球強化、智巳はスライダーを完全に捕球できているとは言い難い御幸に慣れさせることと、制球強化。

 

午前中動き続けて、マネージャーたちの飯を食って午後。

 

今度は、投手野手関係なく全体的に足腰の強化。

 

インターバル90秒で、ポール間ダッシュ20本。

ベースランニング100本。

グラウンドを20周。

 

沢村栄純、降谷暁、小湊春市、死亡確認。

入ったばかりの一年生には、かなりキツいメニューだが、スタメンに選ばれる程の三年生と二年生にとっては余裕がある。

 

「沢村、死んだか?」

 

「死んでなーい!」

 

御幸のからかい混じりの問いに、頑張って立って手脚をバタバタさせながら沢村は答える。左隣では降谷が、右隣では小湊春市が死んでいる。

 

「まあ、これは序の口だからな。今日は早めに寝ろよ?」

 

「じょ、序の口?」

 

「そう、序の口。明日はもっと、明後日は更にキツいから」

 

ハハハハッ、と快活に笑う御幸と、木製バットをケースから取り出す智巳。

二人はまだまだ元気そうである。

 

「御幸、この後バットを振りに行く。お前も来るか?」

 

「行く行く。俺も三年からは木製に切り替えようかなって思ってるんだよな。コツとかあんの?」

 

「ストレートを待って、速さに対応する。変化球が来たらタイミングを合わせる。ジャストのタイミングで振り抜く。これがコツだ」

 

「あ、そうですか」

 

合宿の一日目、終了。

 

なお、二人は300回バットを振って風呂に入って寝た。

豊富な体力の持ち主は、自然と練習を多くすることができる。

 

基礎体力を鍛えまくっていたお陰で、この二人には余力が大量にあった。

 

そして、二日目の朝。

 

トスバッティング200回、ノック、ランニング。

これらを難なくこなして、授業を受けて、午後4時から練習がはじまる。

 

降谷は外野ノック、沢村は的当て。丹波はクリスと新球種の練習。

内野はノック、智巳は外野組に入ってシートバッティング。これを二時間交代。

 

智巳、二時間で3エラー。

どうなってんのってレベルで守備があれな男であった。

投手の時にはそこそこやれるのを考えると、単純に外野の守備が下手なのだろう。

 

その後全体でランニング30周、ストレッチして二日目は終了した。

 

疲労の回復が速い御幸と、怪我防止にはやはり筋肉持久力と体力を、という方針の所為で最大体力が多い智巳。

メーターで表すなら、御幸は体力の底がつき始めているが、智巳はまだ五割くらい残っている。

 

御幸は一晩寝れば八割回復するが、智巳は一割しか回復しない。

 

これは体質的な問題だからもうどうしようもないとはいえ、投手に向いている身体と精神から、向いていない体質。それがこのエース。

 

そして、合宿は三日目を経て、四日までいって、五日目が終わった。

 

「体力が……」

 

「だろうね。お前回復力無いし」

 

残り体力三割くらい。

一日一割ペースのあるのかないのかわからない回復力でここまで残せる体力が逆に凄いと、御幸は思う。

 

三年、二年と、結構死んでいる。

余裕で生きているのは、結城と御幸、あとは智巳。

 

肘と肩はピンピンしているが、足腰が疲労の極みにある。

更に言えば、夜の素振りで腕も疲れている。

 

「智さん、明日は先発っすよ」

 

「リードで何とかしてくれ」

 

本当に死んでるんだな、と思わせる返す言葉のキレのなさ。

普段だったら『三下口調やめろ』とか言っているだろう。

 

明日は一戦目の大阪桐生相手に、足腰が赤疲労状態の智巳が投げる。

 

明後日はダブルヘッダーで一戦目丹波、二戦目川上が先発する。中継ぎの降谷と抑えの沢村はこの二戦にしぼって連投。

 

「あー……リードね。失投とコントロールミスしなければ三失点までに抑えられるけど?」

 

「荒れ球用のは?」

 

「お前疲れててもある程度ゾーンに来るから荒れないんだよ。風物詩の時のお前は荒れ球ってことでいけないこともない。けど、中途半端なお前が一番困る」

 

いけないこともないとは九回投げて六失点ということである。

 

中途半端な制球、中途半端なキレ、中途半端な変化量。

人はそれを雑魚と呼ぶ。

 

中学一年生レベルにまで落ちた智巳が投げて、大阪桐生に勝てるわけもない。

 

「酷い言い草だな……」

 

「智、現実を見よう。リードは頑張るけど、こうなったら潔く散ろうぜ」

 

「……いい加減、プランを」

 

死の淵から蘇った中継ぎ、乱入。

沢村は今回は制球強化を中心に、降谷は外野守備と球威とスタミナ重視に。

 

どちらもまだ、コントロールがあるとは言えないが、ないとも言えないレベル。

 

「縦スラ制球できるようになった?」

 

「……三球に一球は」

 

「駄目じゃん。プランっつーより、その場の丁半博打中心。無理な時は力で圧してく形になるから、全力でいけよ」


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