瞬間最大風速   作:ROUTE

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鷹をうちおとせ!

大阪桐生高校。去年の夏の甲子園準優勝校で、部員全員の背筋力が180キロを超える全国屈指のパワー野球が持ち味。

 

激戦区大阪の、甲子園出場筆頭候補。

 

「チーフ、いつも通りやればあなたは敗けません!頑張ってくださいよ!」

 

「お前、何か更に騒がしくなったね」

 

「気のせいです!」

 

クリスと組めたことでテンションが上がっているのは否めない。

そう思っても口に出さないこの男は、やはり疲労でキレがなかった。

 

「……夏に限らず高校野球は連戦になるから、どうしても全力は出せない時もある。これほど酷くはないだろうけど、それでもそこでどのようなピッチングをするか。それがお前に求められていることだ」

 

沢村の隣に座るクリスの言葉に頷き、智巳はマウンドに立った。

 

大阪桐生の打者たちは、関東ナンバーワン右腕がどのようなものかと、やや緊張して打席に入る。

 

『外角低め、ストレート』

 

球質とあいまって、難しい球。

要求された球を、投げる。

 

いつもならできることが、疲れている今は難しい。

彼は長身で、足と腕が長い。

その都合上、思いっ切り前に踏み込んで投げるので、結構足腰が重要なフォームなのだ。

 

足はガタガタ、腰はまあまあ。

疲労とは怖いもので、その球には速さがなかった。

 

(140出てないな……まあ、切れてはいるのが救いか)

 

残り四割の体力を27個のアウトを取るために配分する為、迂闊にギアチェンジもできない。

 

いつもならばストレート・フォーク・スライダーの平均球速は145から147。最大球速が153だと考えるとかなり速いが、体力が潤沢にないとこうなる。

 

「ナイスボール!」

 

(嘘をつけ)

 

御幸の言葉の前に含まれた『今の状態にしては』と言う前置詞を読み取り、内心でつぶやく。

 

でもこれが限界なのだから、そこでちょこちょことやっていく他ない。

 

二球目、またアウトローへストレート。

 

これに、桐生の打者は振り遅れた。

 

(振り遅れてるし、球はキレてるんだよな)

 

ただ、絶望的に球速と変化量がない。

伸び上がる様にホップする回転はそのままだが、おそらく変化球は死んでいる。

 

(内側、高速フォーク。全力で決めにいけ)

 

二球目を見た桐生の打者は、すぐさま自分がストレートの下を振っていることに気づいた。

ストレートは、ノビてくるしキレもある。

 

三球目を見た打者は、速いと感じた。実際、さきほどの137キロと比べても145キロだから速いのだろう。

ただ、打てないわけではない。コースも真ん中で、内側を攻められたとはいえ打ち頃。ノビもあまり無い。

 

(もらった!)

 

振って、空振り。

そりゃ当然だろう。フォークなんだから下に落ちる。

来た球の上を叩くつもりでバットを振ったら空振る。

誰にでもわかる理屈である。

 

「ナイスボールナイスボール。まだ力はセーブしていけよ!」

 

また盤外戦を仕掛けてやがる、と一個目の三振を奪った後、闘志剥き出しに吼えた智巳は思った。

セーブしてるんではなく、出せない。それが事実なのに、御幸は敢えて出していないような口ぶり。

 

そして、最初のバッターに全力の高速フォークを見せつけて敵の打者の目を惹かせる。

 

(こいつ、今回は打たせて取る気か)

 

決めに来たフォークより、ストレートの方が打てる。そう桐生の打者は思うだろう。

だが、あんなフォークはそう何回も投げられない。

 

セカンドフライとキャッチャーフライに打ち取って三者凡退で切り抜けると、御幸は智巳に囁いた。

 

「ツーストライクまで見切られたら要所要所でフォーク見せて、気を散らす。早打ちされた方が節約にもなるだろ。ボール球は釣り球にしかしないから、そのつもりで投げてくれよ」

 

「わかった」

 

相変わらず、疲労の色が濃い。

さっさと援護点をやりたいというのが、御幸の本音である。

 

公式戦ではないとは言え、エースが打ち込まれるのを見てしまっては野球は楽しめない。

 

「援護頼みます」

 

「任せろ」

 

相手先発は、舘。長身、重い球、キレのあるスライダーと、どこかで見たような本格派右腕。

 

普段はシャイボーイだが、調子がいい時に見せる笑顔が素敵なお方である。

 

「倉持さん、ホームランですか?」

 

「スコアの反映、相変わらず遅いっすね」

 

「そのネタもうやっただろ」

 

二年生コンビにイジられている倉持が内野ゴロでワンアウト。

二番は、小湊亮介。

 

(ウチのエースも疲れてるし、そのぶん疲れてもらおうかな)

 

制球された重い球をファールにし続け、十二球目に来た甘い球を痛打。ツーベースヒット。

 

倉持が四球で死んだのと比べれば、相変わらず頼りになる先輩である。

 

続くは、青道のスピッツ・伊佐敷純。粘れて長打力もある、繋ぐ三番。

 

「ボール、フォア!」

 

結局七球目で散歩し、一二塁。

 

バッター、結城哲也。

敬遠しても満塁男。

 

「相変わらず片岡はんは、怖い打線をつくりなさる」

 

舘の弱点は、立ち上がりの悪さ。

その弱点を容赦なく叩いてくる青道の打線は、全国屈指と言っていい。

なぜ今まで甲子園で優勝できていないか、なぜここ六年甲子園に出られていないか不思議でしょうがない程の打線なのだ。

 

大阪桐生の監督・松本が指示したのは、勝負。

だが、それは敬遠気味のもの。

 

歩かせるのと歩かせてしまったのでは、大きく異なる。

逃げたか、攻めたか。その結果が同じでも、ピッチャーの精神状況が変わってくるのだ。

 

結城も歩き、次は御幸。

 

「センターだな」

 

「は?」

 

ベンチでポツリと漏らした智巳の呟きと、御幸のスイングが完全にシンクロした。

 

捉えた初球はセンター方向へ。

大きな当たりが伸びていく。

 

―――うぉぉお!完璧に捉えやがった!

 

―――グラスラ何本目だよ!?あいつ満塁男過ぎるだろ!

 

観戦に来た、OBやスカウトが沸いた。

因みにシニア含めて通算12本目である。

 

「援護」

 

「天才」

 

疲労からか、若干省略気味ながらいつものが行われ、4対0。

 

そして、バッター増子。

 

カキーン、と。完全に捉えた音が鳴った。

 

「動揺してますなぁ」

 

「そうですなぁ」

 

グランドスラム、ヒット。

そしてこの回のトドメは、この男。

 

七番ピッチャー、斉藤智巳。

 

彼の木製バットが舘の重い球を捉え、6ー4ー3のサイゲ。これでスリーアウト。

 

初回から相手に熱い炎上を与えるファンサービス旺盛な高校・青道らしい攻撃であった。

 

「斉藤の馬鹿……」

 

「自己批判とはかなり重症っすね、智さん」

 

「三下口調やめろ」

 

敵の打順は四番ピッチャー・舘から。

登板時に浮かべていた笑いがグランドスラムを打たれて真顔に変わり、更に今ツーベースを打ってまた笑いに変わる。

 

かわいい。

 

そしてさらっと強打者に打たれた智巳。地味にピンチでもある。

 

(まあ、3失点覚悟でいくか……)

 

コントロールの定まらぬこと降谷の如し。

ピンチに弱いこと川上の如し。

スタミナのないこと丹波の如し。

その調子の悪いこと風物詩の如し。

 

控えめに言って酷い。控えめに言わないならヤバイ。

 

「ボール、フォア!」

 

ここで五番にフルカウントからのフォアボール。

迎えるは六番サード、村田。大阪桐生全体に言えることだが、当然ながら一発がある。

 

(ここで流れを切ろうぜ)

 

ゲッツーシフトを敷いて、投じた一球目は内角に切れ込むカットボール。

球威とキレに押されて、村田はゲッツーに倒れるが、二塁ランナー舘は進塁。

 

ツーアウト三塁。いつもならばここであっさり三振を取れるのが智巳だが、甘く入ったカーブを痛打されてあっさり失点。

バッターは八番キャッチャー谷野にヒットを打たれてー三塁。

 

これで4対1。なおもツーアウトでチャンス。

(仕切り直されたな)

 

流石は大阪桐生だと思う。いけいけムードをゲッツーで切っても、すぐさま切り替えるその速さ。

 

高校野球で三振が取れないピッチャーは先発に向かない。

投球術で誤魔化していくにしても、狙って取れる三振はどうしても必要となる。

 

(ここで三振を取ろう。フォークだ)

 

五番にフルカウントから歩かれたように、早打ちの意志が薄れてきている。

恐らくは向こうの指示なのだろう。フォークを捨ててかかれ、と言う。

 

(でもまあ、ちらつかせてもらう)

 

一球目二球目を厳しく攻めて、一球外れて四球目の甘い球を、軌道そのままに打ちに来た。

 

だが、それはフォーク。

この試合二つ目の三振である。

いつもならば四、五奪三振くらいはさせているから、やはり濃い疲労は怖い。

 

(中軸もこの配球で行こうっと)

 

頭に焼付けさせてやる。

 

監督が捨てろと言おうが、頭には残る。

頭に残った残像は、そうやすやすと消えはしない。

 

「智、ストレートのキレがいい。こうなったら速く投げようとしないで、指先に神経やってキレ重視でいこう」

 

「わかった」

 

頷き、マウンドに立つ。

舘はツーベースを打ったことと、監督に喝を入れられて気持ちを切り替えたことが功を奏したのか、この回は素晴らしいピッチング。

 

4対1。

舘は2四球、被安打3。智巳は1四球、被安打2。

 

三回の智巳は最初から、甘く入ったストレートを三連打されて満塁とする。

いずれも、抜けていてもおかしくない当たり。好捕した守備陣のおかけで、何とか無失点でノーアウト満塁となっている。

 

「タイムお願いします」

 

御幸がマウンドに駆け寄り、キャッチャーミットで口元を隠しながら話しかける。

 

「どうした?」

 

「言いたいことはわかる。だけど、この一打席だけ好きなようにさせてくれ」

 

珍しい。

基本的には、リードに従う男が珍しく好きなように投げさせろと言っている。

 

(鳴がこう言うなら間違いなくノーだけど……)

 

練習試合だし、あまりない我儘。聴いてやらなければ女房役とは言えない。

 

「わかった。スライダーは投げんなよ」

 

「全球ストレートだ」

 

「え?」

 

「この回はこれから全球ストレートでいく。わかったらホームに戻れ」

 

足腰の問題で、速さは無理。

変化球も、イマイチ。

 

なら、ストレート。指先の感覚と、切り方。

全てを一旦忘れて、ただ無心になる。

 

(リードに応えるほどの、余裕もない)

 

勝ちたい。

勝ちたい。

勝ちたい。

 

エースなのだから、無様を晒したくはない。

 

空振りが取れるストレートを。速さで取るのはなく、常に空振りが取れるストレートを。

 

投げた一球目は、大きく外れてボール。

 

(まだ切り方が拙い。切り時が遅い)

 

二球目も、大きく外に外れてボール。

 

「おいおい、四球で押し出しだけは勘弁してくれよ?」

 

舘広美が、笑顔のままに御幸に圧をかける。

自分がやられたことをそっくりそのまま返す、絶好の機会なのだ。

 

ここは、何が何でも打ちたい。

 

「さあ、俺にはちょっとわかりませんね」

 

「何?」

 

「あいつ、俺の制御下に無いんで。ブレーキの壊れたブルドーザー、首輪の外れたシベリアンハスキー、封印から解かれた怪物。それくらい挙動が予想できないんですよ」

 

「おいおい、そんなことじゃあ―――」

 

話しながらも、ボールは見ていた。

来たのは、インコース低めいっぱい。

唸る様に、伸びていた。

 

「そんなことじゃあ、なんです?」

 

「……いや、話してる余裕なんか無いみたいだな」

 

「それが賢明ですよ。あいつはまあ、本気なんで」

 

―――本気で、全球ストレートで切り抜けようとしてるんで。

 

そう御幸が言った瞬間に、インコースいっぱいにストレートが決まった。

 

快速球。そう形容するしかない速度を、舘広美は感じた。

 

(今、少し修正できたな)

 

そんな打者のことも、正捕手のことも知らず、智巳は親指の爪の甲で人差し指の腹を撫でていた。

 

(もう少し、あとコンマ何秒か速く切る)

 

スパッ、と。

イメージとしてはそんな感じ。

 

ツーストライク、ツーボール。

 

最後に投げられたのは、ど真ん中のストレート。

 

全く反応できずに、四番でエースの舘は見逃し三振を喫した。

ワンアウト。未だ満塁。

 

(今のは良かった)

 

137キロ。スピードガンはそう示しているが、体感としてはもっと速く見えた。

 

(あとは、連続して投げられるか)

 

キレを維持する。コンマの世界で一瞬も躊躇わずに、悩まずに指先の切る。

 

集中力がガリガリと消費される感覚が、エースを襲っていた。

 

(遅れた)

 

そう悟った瞬間、五番の金属バットが鳴る。

高々と上がって、センターへのフライ。

 

三塁ランナーがタッチアップ。二塁ランナーも悠々タッチアップできる飛距離。

 

だが、センターは伊佐敷。

 

「死ねや、オラァ!」

 

三塁手増子がストライク返球を捕球し、タッチアウト。

三塁ランナーが先にホームに生還したからいいものの、下手をすれば得点取り消しもあり得たタイミング。

 

「純さん、ありがとうございます」

 

「たまにはこうやって助けさせろや。てめぇ一人でアウトを取ることもいいけどよ」

 

「頼ってますよ。本当に……」

 

4対2。この回、1点返されて2点差。

まだ三回裏、青道の攻撃がはじまる。


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