瞬間最大風速   作:ROUTE

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才気の壁

先発は丹波。青道不動の二番手ピッチャー。

 

縦のカーブと、新たに習得したシンカー気味に落ちるフォーク。

そして長身から繰り出される角度のあるストレートが持ち味。

 

一番を三振、二番に四球を許すも三番をダブらせて、全く問題ない立ち上がりを見せる。

 

「ナイスピッチングです、丹波さん」

 

「お前の登板前に敗けるわけにはいかないからな」

 

相変わらずの強面をピクリとも動かさず、丹波は冷静に自分を見ていた。

 

斉藤は弱い打者から予想外の連打を喰らうことがある。

しかし、自分にはない。強打者に打たれるだけ。

 

こういう相手をするぶんには、全く問題がない。

 

「俺は俺の役目を果たす。お前はお前の役目を果たせ」

 

「稲実戦ですか」

 

「……その前の市大三校戦もだ。油断すると足元を掬われるぞ」

 

市大三校のエース、真中要は丹波光一郎の幼馴染で、小中学校が同じ。

当たり前と言うべきか、同じチームでやってきた。

 

真中がエース、丹波は二番手。

 

真中と甲子園を賭けて投げ合おうと思い、エースになる為に青道に来た丹波だが、今も二番手。

 

同学年の四投手の中で頭角を現し、順当に登り詰めたところにこの男がやってきた。

 

「真中さんからなら悪くても5点くらい取れますよ。で、俺は5点も取られません」

 

「あいつをあまり侮らない方がいい」

 

自分にとっての壁が、こいつにとっては踏み石でしかない。

その事実が、悔しい。

 

「侮ってはいません。ですが、普通に投げれば勝てる相手である以上、市大三校はあくまで通過点です」

 

自分の実力への自信と、エースの誇り。

この発言を責められない自分が、丹波は悔しかった。

 

普通に投げれば勝てる相手。そうだろう。この男にとっては。

 

だが、その相手は自分にとってのライバルで、超えられない壁。

 

やはり苦手だと、丹波は思うのだ。

自分や川上が見えない景色を、超えられない壁を、天才は軽々と翔んで超えていく。

 

「チーフ!少し良いですか!」

 

「おっ、なんだ?」

 

「実は不肖沢村、外角への投げわけを模索しておりまして。ブルペンで見ていただけないでしょうか!」

 

「いいぞ。内角へは投げられるようになったんだな?」

 

「勿論であります!」

 

この二人は、既に超えた。

いや、超えたと言う感覚すら無いかもしれない。

 

斉藤は比べるまでもなく自分を超え、チームメイトと監督の支持を得てエースとして君臨し、沢村は自分が望んでいても叶わなかったクリスと組める程の実力とポテンシャルを見せた。

 

「丹波さん、ということで失礼します。たしなめ、ありがとうございました」

 

「いや、いい」

 

―――お前、それにしても今言うか。この試合終わってから教わったら?

 

―――突然思いついたんですよ!できればピッチングの幅が広がり、チーフをも!

 

―――俺はとっくにできるけど?

 

―――遠いッ……遠いッ……でも諦めませんから!

 

―――頑張れ。なるべく付き合ってやるから

 

―――チーフ……

 

―――青道の、『守護神』だからな

 

―――俺はエースになりたいんですよぉ!

 

―――三年時にはなれてるよ

 

―――チィイーフ!

 

―――と言うかお前、内と外の投げわけはクリスさんに言われてたろ。突然思いついたっつーより、思い出したんだな

 

―――だ、だからクリス先輩の目がまた冷たく……!

 

―――やってしまいましたなぁ

 

―――チーフ、なんとか御知恵を!

 

―――謝れば許してくれるよ。優しい人だからな

 

 

エース争いをしているのに、遠ざかっていくのは、妙に明るいその会話。

少なくとも、自分は自分を脅かす相手に、こうも真摯に向き合えただろうか。

 

こうも明るく、向き合えただろうか。

 

(向き合えはしない。自分のことで必死だった。今もそうだ)

 

だが、だからこそできることもある。

天才ではできないこともある。

 

丹波光一郎はマウンドに立つ。

天才ではできない、なんでもないことをする為に。

 

「……わざわざすまないな」

 

外角への投球と言うより、コントロールの手解きをしている智巳に、ブルペンで沢村の球を受けているクリスが声を掛けた。

 

「いえ、馬鹿な後輩ほどかわいいっていうの、わかりますよ」

 

「……わかるか」

 

「ちょっとそこ二人、チーフと師匠!人を馬鹿扱いしない!」

 

明川のエース・楊舜臣は、ランナーが居なければ自動アウト製造機をあっさりピッチャーゴロに打ち取り、六番の増子透を外角の球を使って引っ掛けさせてツーアウト。

 

現在七番の丹波を迎えている。

 

「……投手戦になると思っているか?」

 

一旦ブルペンから外れて、クリスは沢村から少し離れて智巳に話しかけた。

 

「まあ、そうですね。向こうのエースも中々のもんですから」

 

「……俺はそうはならないと思う。どこかで、あの精密機械が捉えられる時が来る」

 

そうなった場合、沢村は僅差での登板ではなくなる。

 

「僅差で、公式戦での登板。このような場面での投球は、やはり経験でしか埋められない」

 

「……その通りだ。沢村は心は強いが、まだまだ未熟。ここぞという場面を超えてこそ成長もある」

 

打線が強いということは、厳しい場面を経験できないという事でもある。

 

強さとは、常に諸刃の剣。

 

インナーマッスルを鍛えて怪我をしにくい身体を作れと言われた時に、御幸に言われた言葉を思い出す。

 

「でも、油断して僅差にして敗けるわけにもいきません」

 

「その通りだ。だから、こまめに気遣ってやろう。俺も気をつけるが、お前も頼むぞ」

 

無言で、エースは頷く。

沢村はまだ一年生。そのことを、クリスはよくわかっていた。

 

「あ、守備行ってきます」

 

「ああ。引き止めて悪かった」

 

丹波三振で、スリーアウトチェンジ。

ブルペンからそのまま、智巳はレフトに入る。

 

監督からの指示はない。この回もしっかり守る。堅実にそれを続けていれば、勝てるのだ。

 

丹波は、差と違いを改めて見て更に堅実さを増している。

五番の楊にヒットを許すも、そこから崩れずに後続をピシャリ。

 

八番白洲がセンター前ヒット、九番倉持がセカンドフライ。

 

そして、一番の斉藤に回る。

 

結果は、いつものゲッツー。

精密機械は、狂う兆候を見せない。

 

だが丹波も崩れない。

 

「すいません」

 

「次打てばいいよ。次打てば」

 

「仕事はしてるから許ーす!」

 

「気にするな」

 

いつものこととはいえ、ゲッツーを打ちたくて打ってるわけではないし、すまなさがある。

後続の二・三・四番に謝って、智巳はまたレフトに行った。

 

三回表が終わって、1対0。

まだ、スコアに動きはない。

 

四回、五回と無失点。そして、六回の表。

 

バッターは、結城哲也。

 

六回までに二巡。現在三巡目。

ヒットは出ているが点には結びついてない、それが今の状況。

 

ここまで結城は併殺打と、四球。四番の仕事はできていない。

 

一番斉藤がヒット、二番小湊亮介がヒット、伊佐敷センターフライで回ってきた打席。

 

研ぎ澄まされた怪物スラッガーの気が、楊舜臣を圧していた。

 

「ボール、フォア!」

 

明らかに制球が乱れ、フォアボール。

ワンアウト、満塁。

バッターは、満塁男の御幸一也。

 

(こう言うピッチャー、実は結構好物なんだよな)

 

コントロールがいい投手は、配球が楽。つまり、配球がかなりの確率でまともに決まると言うこと。

 

御幸の応援歌は、狙い撃ち。

その応援歌通り、得意な打撃も狙い撃ち。

 

一球目は、インローギリギリ。

 

(ビシッと来たな……すぐに修正してきたってわけか)

 

二球目は、外から入るストライクゾーンギリギリのカーブ。

 

(次はインロー……ってのは、安直)

 

俺ならインハイに直球。

そこを、狙い撃つ。

 

予想通りに、球が来た。

 

「いただき」

 

金属バットが、音を鳴らす。

飛んだ球は遥か彼方、バックスクリーンへ一直線。

 

しかし、楊舜臣もやすやすと崩れない。

丹波を三振させ、更に白洲にツーベース、倉持にタイムリーが飛び出すも、智巳がサードフライ。

 

6対0。

 

六回裏に丹波から降谷にスイッチ。四球こそ出すも三者連続三振に切ってとり、七回表、コールドのチャンス。

 

打順は、二番からの好打順。

 

打者に傾いたストライクゾーン。初回で行ったこの行為が、ボディーブローのように効いてきている。

 

審判をその制球で味方に付けるという機能を制限された精密機械と、弱小校故に隙さえ与えなければ点を入れられない弱い打線。

渡辺久志の情報から御幸のリードが冴え、自力の差もあって完全に封殺。

 

点が取れない焦りが、守備の乱れを生んでいる。

 

「ふーん」

 

サードが狙いめかな、と。

小湊亮介はニコリと笑ったまま黒いことを考えた。

 

アウトコースを流し、サードへ痛烈なゴロを放つ。

 

「あっ!?」

 

エラーをしてはいけない。エラーをしてはいけない。

そう追い詰められていた相手のサードのグラブから、白球がこぼれる。

 

記録は内野安打だが、明らかにサードを中心に動揺が生まれていた。

 

伊佐敷も続き、トドメはやはりこの男。

 

結城哲也、息の根を止める流し方向へのスリーラン。

 

9点リードで、沢村栄純はこの夏初めてのマウンドへ向かう。

 

「……初球ストライク。先頭バッターは楊舜臣。このチームの投打の要だ。逃げずに攻めて、打ち取るぞ。こいつを打ち取れば、息の根は止まる」

 

「はいっ!」

 

野球の基礎を教えてくれた師匠と共に、マウンドに立つ。

それが嬉しくて、沢村は緊張と言うよりもワクワク感が先に立っていた。

 

「バックの皆さん、ガンガン打たせていくので、よろしくお願い致します!」

 

三振を多く取るピッチャーではない。だが、それでも守護神に据えられているのは、心の強さ。

 

ピンチでも動じない、精神の強固さ。

 

(インコース攻め中心。外との投げ分けは、これからの成長で身につけろ)

 

戦っていくうちに、一戦一戦ごとに強くなるチーム。

その中心になるのは、間違いなく一年生の三人。その中でも、沢村が核となる。

 

(身になった時、それは必ず武器になる。それも、インコース攻めを代名詞としたピッチャーならば、それは必ず意表を突ける鬼札になる)

 

インコース低めに、癖球が決まる。

関東大会で登板があったが、コントロールはそれ程良いと言う印象は懐かなかった。

 

だが、ここに来てコースに決めた。

 

(それに、このフォーム)

 

左腕が、リリースの寸前まで見えない。球の出どころがわからず、リリースが遅いから球持ちが良い。

 

(初見で攻略するのは―――)

 

またも、インコース。

金属バットを振り抜くも、ライトフライ。

 

初見で攻略するのは、厳しい。

 

そう思った楊舜臣は間違っていなかった。

癖球による徹底したインコース攻めに、丹波を三巡しても打ち崩せなかった打者が打てるわけもなく、あっさりと三者凡退。

 

綺麗なストレートを隠した状態で、沢村は夏初めての登板を終えた。

 

未だ、通算失点0。被安打は僅かに1。セーブには恵まれないが、絶対的な守護神となりつつある。


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