瞬間最大風速   作:ROUTE

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ダークホース

市大三校対薬師高校。

西東京ビッグスリーと呼ばれている名門と、無名の新鋭の対決。

 

初回の表に市大打線が6点を上げ、誰もがコールドで勝つだろうと思った予想を覆し、薬師高校がサヨナラ勝ちで試合を決めた。

 

轟雷市。四番に座った一年生の特大の一発が真中の心を打ち砕き、真中は三回7失点でレフトへ。

その後は二人の投手を使って四回五回を耐え、ここでエースに立ち直って欲しい市大三校は真中をレフトからマウンドへ。

 

しかし真中は登板直後の六回こそ無失点に抑えるも、七回に轟のピッチャーライナーが直撃して負傷退場。

 

真中の離脱(一回ぶり二度目)を予想しない継投策をとっていた市大三校、サヨナラ敗けで力尽きる。

試合が終わり、そのまま観戦していた青道ナイン。

 

彼らが見た最後の光景は、サヨナラを喰らった市大三校二年生・村上が両膝を付いて帽子を取って泣き崩れる場面。

 

7回にピッチャーライナーが直撃して退場した親友・真中要を案ずる丹波以外の全員が、一年前を思い出した。

 

1点も取れなかった打線、九回に遂に力尽きたエース。

一人で127球投げた男を、全く助けてやれなかった不甲斐なさ。

 

野手陣の顔は、勝ったはずなのに何処か重い。

快刀乱麻のピッチングを見せた丹波も暗く、明るいのはあの試合を見ていない沢村ら一年生ズのみ。

 

「どうでしたか、チーフ!」

 

三者凡退させ、コールド成立。

帰りのバスで、前の席から身を乗り出した沢村が後ろの智巳に話しかけた。

 

もちろん、どうでしたか、とはピッチングの内容。

結果は良くしなければ、話にすらならない。

 

求める壁が高いが故に、沢村の意識は高い。

 

「初球のコントロールが甘い。これからずっと守護神となって敵の意表を突くならばそれでもいいが、エースになるならば最低三巡は抑えなければならない。三巡すれば、目が慣れてくる者も居るだろう。今のような甘いところに投げれば、打たれるぞ」

 

「はいっ!」

 

「不規則な変化をするムービングだから、コマンドに決めろとは言わない。しかし、コースには決められるようになれ。コースに決められてこそ、お前のムービングボールは輝く」

 

因みにこの男も、全力で投げればコースが精々。ストレートやカーブをコマンドに決められるのは本当に調子がいい時だけ。

 

フォークとスライダーはピンポイントに決められる。

 

「帰ったらクリス先輩と反省会をやるので、ご出席いただけませんか?」

 

「……いいよ。やろう」

 

「あざっす!」

 

あの敗けを思い出して自分の弱さに不快感を感じていたこの男としては、気持ちを切り替えたい。

 

というか沢村は反省会に鬼を招いて平然としてお礼を言う辺り、と言うかあれだけこれまでの反省会でボロボロに言われてめげないこのメンタルは相変わらずすごい。

 

道路に立っている、オレンジと白が組み合わさったシマシマの円柱。

あれの復元力を思い起こさせる。

「……沢村。斉藤は二日後先発する。あまり迷惑はかけるなよ」

 

「無論、今日以外はクリス先輩だけに迷惑を集中させる所存であります!」

 

「…………」

 

「……あの、お疲れ様です」

 

「…………気にするな。それに、始まってすら居ないんだ。終わった時に言ってくれ」

 

迷惑をかけないという選択肢は無い。

そう高らかに宣言した沢村はおそらく無意識なのだろうが、この時も彼の隣に座っているクリスの疲労が懸念される。

 

でもまあ、沢村に会う前の黒い瞳からハイライトが消えている状態よりははるかに楽しそうだから、いいのかもしれない。

どちらが心身にいいのかは定かではないが。

 

「御幸、お前はこの後何すんの?」

 

「降谷とちょっとな。沢村に刺激を受けてるらしいから、ここでビシッと基礎叩き込んどくわ」

 

「四球出してたし、それが良い。あいつも原石なんだから、頼むぞ」

 

「あいよ」

 

御幸の隣、エース。

クリスの隣、守護神。

小湊亮介の隣、倉持。

 

このように職務上と言うか、ポジション上で話すことが多い二人を並べて、バスは静かに走っていく。

 

青道高校、ベスト8へ一番乗りを果たす。

だが、どこかその顔は暗かった。

 

次の対戦相手は、薬師高校。

一年生三人のクリーンナップと、二年生エースを雍したダークホース。

 

「初球。これ。低めに決まったけど、低過ぎる。これだとクリスさんと御幸とかじゃなかったらボールだぞ」

 

「ど、どういうことでございましょうか?」

 

「……キャッチングするタイミングで少し上にズラした。勿論その後完璧に静止させたが、こういう細かいことをしないとあの球はストライクではなかったということだ」

 

ほぉ……と関心顔な沢村に、次の問題点を見せる。

 

「五球目。これは明らかに高い。お前は球質は大したことないんだから、これが哲さんだったらバックスクリーンだぞ」

 

「むむむ」

 

「球質の軽い球は、振り抜いただけである程度は飛ぶ。ミートポイントが狭い木製ならばお前の球は振り抜いただけではそこまで飛ばないだろうが、金属バットはミートポイントが広い。少し外しても振り抜いただけで内野の頭を超えてしまう」

 

軽い球。無茶苦茶な握り方をしているから、キレはあるが重さがない。

 

片岡鉄心や御幸、智巳はそう思っている。

球を重くすれば、ムービングが死ぬ。

 

ムービングボールこそ、沢村の沢村たる所以。そこを殺してまで重くする必要はない。

 

「チーフの球は重いと言われてますよね!」

 

「ああ」

 

「教えていただけませんか!重い球!」

 

今まで制球のコツとか、キレのコツとか、闘志のコツとか、ストレートのコツとか、パワプロ風に言うならそんな感じに受け継いできた。

 

今度も教えて下さい、というわけである。

 

「無理。そもそも俺の球が何で重いかもはっきりわかってないし、球の重さ軽さの原因も解明されていない。背を伸ばせ、としか言えんな」

 

「お前の球が重いのはフォームが大振りだからと、オフアーム―――グラブをつけた手の動きがシャープだかららしいぞ」

 

これには、沢村だけではなく智巳も頭に疑問符を浮かべた。

 

沢村は頭の切り替えの為にグラブで壁を作っているが、智巳はオフアームと言うのも初耳だし、グラブをつけた手の動きなどあまり意識したことはない。

 

「そう。腕の引きが速く、鋭い。球質の重い投手は、そのようなフォームのことが多い。ジョシュ・ベケット、ティム・リンスカム。彼らはフォームは似通っているとは言い難いが、オフアームの引きが速い」

 

「チーフ、見せてください」

 

「いや、もう撮ってあるものがある」

 

今日の沢村から、練習試合の智巳へディスクを入れ替え、クリスはある程度まで飛ばして見せる。

 

「腕を上げる、脚を上げて、腿と足首から土踏まずを少し動かしながら若干間を取って、投げる。これが前から見た斉藤のフォーム。あいにくこの試合ではランナーが出ていないから、セットの場合は無いが、こちらの方が見やすいから良しとする」

 

「相変わらずかっこいいッス」

 

「おお。ありがと」

 

「でだ、これが後ろから見た場合」

 

肩が撓っているかのように鞭のように繰り出された右腕に連動して腰が回り、脚が回り、左肘が背後霊に肘鉄でも喰らわせるかのように攻撃的に動いているのが、はっきりわかった。

 

一連の全く無駄のない連動の中、唯一無駄っぽい、この肘鉄。

 

「これですか」

 

「これだ。ある意味、お前の身体で為しうる理想形のフォーム。完成度が極めて高いと絶賛されていたぞ」

 

ただし、負担は大きい。疲れやすいし、溜まりやすい。だから連投ができないし、関節を筋肉で鎧っている。

 

「え、誰にですか?」

 

「…………まあ、父の友人にと言っておく」

 

「へぇ……では、これを言ったのも?」

 

「父の友人だ。ヒューストンで宇宙飛行士をやっていた。もう現役引退したが、まあそれは置いておいて、斉藤。お前は肩甲骨はどのくらいまで開く?」

 

よく来てるあの人かな、と心当たりがある智巳はそれではいはいと納得した。

沢村は最初から気にも止めていない。

 

「右と左が背骨の辺りでくっつきますよ。関節が柔らかいらしくて」

 

「沢村は?」

 

「俺もくっつきます。柔らかいってのは知りませんでしたけど」

 

沢村は天然のムービングを投げられて、智巳は人間離れした変化球を投げられる。

 

似たような柔らかさをしていても同じ球を投げられる者など二人と居ない。

個性だとも言えるし、才能だとも言える。

 

「なら、少し参考にしてみるといい。脚の踏み込み、腰の入れ方、オフアームの使い方。利き手は違うが、今までそうしてきただろう?」

 

「はい、師匠!」

 

沢村の成長が著しいのは、智巳と言うエースの理想形が居ると言うのが大きい。

 

目標は遥か遠く、手を伸ばしても届かない。

それに諦めを抱くことなく一歩、また一歩と。

 

一年生二人は進んでいる。

 

「にしてもチーフ、市大三校は何で敗けたんですか?」

 

個人個人の力、連携。チーム力では勝っていた。

それがわかる程度には、沢村栄純は知識を深めている。

 

「エースが好き勝手やったからだ」

 

棘のある表情で、智巳は言った。

どうやら、含むところがあるらしい。

 

「好き勝手?」

 

「打たれて立ち直れずにマウンドを降り、ライナーが直撃して交代。この茶番が無ければ、継投策をとっていた市大三校は敗れることはなかっただろう」

 

「でも、仕方ないんじゃないですか。負傷退場ですし」

 

沢村には、割りと一般的な常識がある。

確かに燃えていたが、そこまで言われる謂れはないのではないか、と思っていた。

 

「沢村。ノリが三回で7失点したら、レフトに下げられると思うか?」

 

「ベンチ行きだと思います」

 

「じゃあ、俺は?」

 

「レフトに下げられると思います。エースってのは、チームの軸なんですからやられっぱなしだと―――」

 

ここで何かに気づいたのか、沢村は妙に神妙な顔をした。

 

「―――信頼の質の差ってことッスか」

 

「そうだ。エースってのは、チームを勝たせるのが役目なんだ。勝たせたら別にマウンドで死のうが、ぶっ壊れようが、役目を果たしたことになる。再登板させてもらえた時点で、真中さんは我慢して投げるべきだった」

 

鬼気、と言うのか。触れれば切れるようなオーラがある。

 

「かけられた信頼には、死んでも応えなければならない。それができなかった時点で、エースとしては常にマイナスからのスタートになるんだ。

お前がエースになった時に、これを強制する気はない。が、俺はそう思う」

 

信頼。

重い言葉の意味を、沢村は黙って考えている。

 

そしてクリスは少しの危うさを秘めたエースをちらりと、しかし鋭く見た。

 

「で、クリスさん。薬師高校ってどんなチームなんです?」

 

見たところ強打って感じですけど。

軽い形で、話題を変えて智巳は言った。

 

この夏初先発初登板なだけに、かなり相手が気になるらしい。

 

「……その認識で間違いはない。しかし、エースは居る」

 

「1番は大したことなかったですよね。見たところ」

 

「背番号18、真田俊平。市大三校戦でも、最後に出てきただろう。リリーフでしか姿を現さないが、薬師のエースはこの男だ」

 

「あー、なるほど。あいつは守護神じゃないんですか」

 

インコース主体の強気なピッチングに、右打者の胸元を抉るシュート。

三振を取るというより、打たせてとるタイプ。最後に出てきたこと、さらにはその投球内容が沢村に酷似していることも有り、智巳はクローザーであろうと思っていた。

 

「チーム盗塁数は現時点で大会一位。積極的に走る分、バントは全くしてこない」

 

「じゃあ問題ないですね」

 

「……なぜだ?」

 

「走っても御幸が刺すでしょう。ランナーが出ないって可能性も高いですし、バントバントが一番面倒くさい」

 

カバーとか、フィールディングとか、この男は割りと下手。守備クソと言うほどではないがうまくはない。

 

「……信頼しているんだな」

 

「ええ。それなりに」


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