瞬間最大風速   作:ROUTE

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エースは俺だ!

西東京都大会、準々決勝。

薬師高校対青道高校。

 

「先発は斉藤、お前に任せる。強打のチームだが、頼んだぞ」

 

「任されました」

 

青道高校は関東大会のものに打順を戻し、一番倉持のオーソドックスなものに。

 

先攻は、薬師高校。

 

「……相手のスターティングオーダーが変わっていますね」

 

渡されたオーダー表を見て、クリスが呟いた。

 

三番秋葉、四番轟、五番三島のクリーンナップで得点を荒稼ぎ。それが、薬師高校の攻撃の主軸。

 

だが、オーダーは以下の通り。

 

一番レフト・秋葉。

二番サード・轟。

三番ファースト・三島。

四番ピッチャー・真田。

五番ライト・山内。

六番キャッチャー・渡辺。

七番セカンド・福田。

八番ショート・小林。

九番センター・大田。

 

「出塁率の高い秋葉を一番に、轟を二番、三番には長打のある三島、四番はエースの真田……今大会初先発ですね」

 

「これまで先発してこなかったのはこの為か?」

 

結城哲也は、そう睨んだ。

自分たちのエースからは、そう点は取れない。1点を争うゲームになるから、敢えて温存してここにぶつけてきたのだろうと。

 

「二番轟は1点じゃ勝てないと思ってるからだろうね」

 

「2点ってことか」

 

小湊亮介と伊佐敷純が言った通り、彼らの狙いは轟で2点取ること。

智巳の被打率が一番高いのは、一塁にランナーがいて、一塁にしかランナーが居ない時。

要は、点を取られる可能性が少ない時。

 

「極めて斬新な打順変更、市大三校に合わせてのクリーンナップ変更、エースのリリーフでの温存。向こうの監督がこれを狙って行っているならば、かなりのやり手ということになります」

 

「でも、強打者を当てても点は取れないんじゃないか?」

 

「そんなこと言ったら弱い打者並べてもウチの守備じゃ長打は出ないんだから、こっちにとってピンチになる。

ピンチにして強打者ぶつけるより、ピンチじゃない時に強打者をぶつけた方が勝てるでしょ」

 

倉持の疑問に、小湊亮介が返す。

それもそうだと倉持は思ったが、納得していない男が一人。

 

「下位打線に対する俺への信頼度低くないですか?」

 

「するわけないじゃん。自分で勝手に下位打線相手にピンチ作って上位打線で切り抜けてってことを今までやってきたんだからさ。それに、稲実を見据えてるキミが、本気で抑えに行くわけもない」

 

ぐうの音も出ない正論と、極めて正しい分析。

小湊亮介、恐るべしである。

 

一方、薬師高校のベンチでは、轟監督が青道のオーダーを見て溜め息をついていた。

 

「来たな、怪物が」

 

苦々しく、しかし、どこか嬉しそうに笑うこの監督の胸中は複雑である。

 

愛する息子とあの怪物のぶつかり合いを見てみたい。

だが、勝つ為には来てくれない方が数段良かった。

 

「カハハハハ!楽しみ!」

 

「おめぇは気楽でいいよなぁ、雷市よぉ」

 

バットを振っている息子に向かって声をかけ、組んだ膝の上に肘をのせる。

不良中年、と言うべきか。この社会人野球で40歳まで現役だった男は、自分の息子がこの試合の鍵を握っていることを知っていた。

 

「マナカも、すごかった」

 

コースに決めてくるスライダー、自分たちが勝ち上がるのだという気迫。

それを全てぶつけられたラストボールは、虚を突かれたとはいえピッチャーライナー。

 

振り遅れた。

 

あれが、本物の投手。

あれが、本物の勝負。

 

轟雷市は、橋の下で素振りこそしていたが、野球をするのはこの高校野球がはじめてである。

 

一回戦、二回戦と大したことはない投手に当たり、その度にそのフルスイングで投手のプライドを打ち砕いた。

 

三回戦の真中は、いい投手だった。四回戦の投手がしょぼかっただけに、そう思う。

 

「次対戦する奴は比べ物にならないくらいすげぇぞ、雷市」

 

「サイトウトモ?」

 

「登録名だ、そりゃあ。だがまあ、大事なのはラベルじゃねぇ。中身さ。お前も見ただろ?」

 

成孔学園戦のピッチング。あれこそが斉藤智巳のベストピッチ。

 

三振が25個、被安打0、四死球0。

 

キレのあるフォークと、ノビのあるストレート。ストレートで奪った見逃し三振は11個、フォークで空振り三振を7個。後はチェンジアップなど。

 

「雷市、あいつは間違いなく右腕一本で大金を稼げる投手だ。お前もバット一振りで大金を稼ごうとするなら、いずれぶち当たる壁を粉砕してこい!」

 

轟雷市は笑って、獰猛に頷く。

すごいピッチャーとの勝負を楽しむ。それが、轟雷市の全てが活きるバッティング。

 

「真田、あいつからは何点も取れねぇ。んでもって、あの打線は三野じゃ抑えられねぇ。九回まで、頼むぜ」

 

「わかってますって」

 

薬師高校の、拾い物。

 

三島、秋葉、雷市。息子を含めたこの三人は轟監督が連れてきた人材だが、真田俊平は元から居た人材。

 

その男が、今や育てられてエースになっている。

 

「秋葉、お前が一塁に出るか出ないかでこの試合は決まるって言っても過言じゃねぇんだ。頼むぜ」

 

「雷市のホームランの確率を上げる為、ですよね。わかってます」

 

「ミッシーマ、秋葉と雷市が出たら、お前が返すんだ。ブンブン振って簡単にやられんじゃねぇぞ」

 

「雷市が出るまでもなく、俺が打ち砕いてやりますよ。シニアでの借りは、ここで返してやる」

 

頼むは、珠玉の四人と育てた五人。

 

『薬師高校、スターティングメンバーは―――』

 

先攻故、先に読み上げられるスターティングメンバー。

 

―――連日の下剋上を成し遂げた薬師、今度は青道も喰うか!?

 

―――エースが何か登板ねぇからな。このまま稲実ごと喰らっちまう可能性もあるぞ!

 

場は沸く。連日の下剋上と、ド派手な打撃戦で名門を喰ってきたその戦いぶり。

短期の活躍とはいえ、人気が生まれ、声援が浴びせられるに相応しい。

 

「智、あいつら元気だな」

 

「これから静かになるさ」

 

―――下剋上。

 

―――魔物。

 

そんな物は顔を出しすらしない。

 

『青道高校、スターティングメンバーは一番ショート、倉持くん』

 

この時点で、静まった。

 

一番が、レフトではない。

一番が、斉藤ではない。

 

連日の打撃戦、空に打ち上がった白球による花火。

そして、ドラマティックな下剋上。

 

そんな物を期待する人間は、この時点で口を噤んだ。

 

『七番ピッチャー、斉藤智くん』

 

ウグイス嬢にその名を呼ばれた怪物は、少し前に名前を呼ばれた相棒に話しかけた。

 

「随分静かになったな」

 

「現実を知ったんだろ」

 

至って静かに、青道ナインは守備につく。

 

マウンドには、斉藤智巳。

ホームベースには、御幸一也。

 

打席には、秋葉一真。

対戦経験は、シニアの時に一度だけ。

 

しかしその記憶は焼き付いてる。

歯牙にもかけられず、薙ぎ倒された。

 

(なんとしても、食いついく。俺の仕事は、塁に出ること)

 

プレイボールが告げられ、大きなフォームから一球目が投げ込まれる。

 

『一球目、アウトローに決まってストライク。140キロ、真っ直ぐでした』

 

構えたところにすぐ決まる。

140キロというが、今まで対策に打ってきたバッティングセンターの150キロのマシンよりも、断然に速い。

 

「三人、全球ストレート勝負で行くぞ!」

 

投げ返しながら、大胆不敵に御幸は告げる。

打線が軸のチームは、如何に精神を叩きのめすか。それが鍵だと思っている。

 

打線とは、水物。乗ってくればすぐさま爆発し、点差をひっくり返すことができる。

 

(一番秋葉、二番轟、三番三島。こいつらがこの試合の主軸。余裕を持ったようにして、圧倒的な格の差を見せつけたようにしろ。できるだろ?)

 

(できるとわかってるから言い出したんだろうが)

 

右手で帽子のつばを抑えながら左手で返球を受けて、智巳はまたモーションに入った。

 

(全球ストレート……?)

 

舐めている。

秋葉は思った。

 

予告されて打てない程、力の差はない。それに、球種がわかっているなら狙い打ちも可能なのだ。

 

(インハイに来い)

 

(ふーん)

 

狙い球を絞ったな、と御幸は思った。

アウトハイにギリギリを投げさせて反応を見て、御幸は予想する。

 

(インハイ狙いね)

 

精神を叩きのめすには、わかっていても打てないと思わせること。

 

(智、インローでカウント取って、インハイに最高のストレートを。大阪桐生相手に投げた奴でいいぜ)

 

(無茶を言うなよ)

 

要求通りインローに投げて、ストライク。

 

『ツーストライク、ワンボール。大胆不敵なストレート三番勝負、一幕目の結末が決まるか!?』

 

最後の球を投げるにあたって、智巳は体温が下がるのを感じた。

指先に熱が集まり、その感覚だけでコンマ一秒を削り出す。

 

秋葉は、待っている。

インハイに、最高の狙い球が来るのを、巣を張った蜘蛛のように待っている。

 

しかし、蜘蛛では鷹は捉えられない。

消えたと思う程の快速球が、インハイに突き刺さった。

 

『インハイッ、見逃し三振!最後は145キロストレートォ!』

 

『狙いが外れたのか、狙い通りだったのにバットが出なかったのか……とにかく、これ以上ないほどのストレートでしたね』

 

三振を奪い、エースが吼える。

 

秋葉は、項垂れるのも忘れて、半ば呆然とベンチに帰った。

 

「狙い球外されたか?」

 

「いいえ、狙い通りの球でした」

 

ただ、バットが出なかった。

当たったら死ぬのではないかと思うほど、凶器じみたノビだった。

 

金縛りにあったかのように、立ち尽くす。それが一回目の打席の結果。

 

少し右手の人差し指と中指を見つめている智巳は、返球を受け取って目の前の打席に視線をやる。

 

『二番はサード、轟くん。今までの打率7割を超え、本塁打は5本!』

 

今大会既に5ホーマー。真中を打ち砕いた怪物スラッガーが、これからはじまる勝負への期待に笑いながら打席に立っていた。




青道高校
一番倉持:DDACAA/パワー88
二番小湊:ADACAA/パワー92/AH
三番伊佐敷:CBCABB/パワー112
四番結城:AABDBB/パワー183/PH、AH、広角、威圧感
五番御幸:CBDAAA/パワー134/広角
六番増子:EACBCC/パワー163/PH、プルヒ
七番斉藤:CABADF/パワー165/PH、広角、威圧感
八番白洲:CCBCBB/パワー98/AH
九番降谷:FBDAEE/パワー123/PH


薬師高校
一番秋葉:CCBCBB/パワー97/AH
二番轟:AADBFF/パワー255/アーチスト、AH、広角、威圧感
三番三島:DBCBCC/パワー113
四番真田:BCCADC/パワー96
五番山内:DCCDEB/パワー94
六番渡辺:DECDEE/パワー45
七番福田:CEBCEF/パワー43
八番小林:FFEBBD/パワー29
九番大田:EFDCEF/パワー25


青道高校

斉藤(絶好調):153/189(A)/249(A)/Hスライダー6/カットボール3/スローカーブ4/ドロップカーブ3/高速フォーク7/チェンジアップ4

特殊能力:強心臓/打たれ強さ5/ノビ5/クイック2/安定度1/ケガしにくさ2/回復1/ドクターK/重い球/驚異の切れ味/対強打者○/球持ち○/勝ち運/闘志/投手威圧感/力配分/夏男


薬師高校

真田(好調):142/96(C)/118(B)/カットボール2/シュート5
特殊能力:ケガしにくさ2/打たれ強さ5/勝ち運/キレ4/闘志

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