瞬間最大風速 作:ROUTE
縦に割れるカーブ、遅いカーブ、ストレート。
三種で敵の打線を抑えようという配球は、見事に功を奏した。
縦カーブで強打者を詰まらせ、遅いカーブでタイミングを外し、ストレートで打ち取る。
口に出せばそれだけでしかない球だが、組み合わせで如何様にも打者を翻弄できるのが野球であり、キャッチャーだった。
―――キャッチャーは面白い。
そのことは、元キャッチャーである智巳も知っている。
今はピッチャーと言うポジションを担うことに誇りを持っているが、御幸にポジションを奪われて甚だ不本意ながらピッチャーをやりはじめた身として若干の未練があることも確か。
リード通りに投げながら、智巳は味方の熱い援護に感謝していた。
青道高校VS愛知西邦高校。現在八回で、10対3。
新三年生エースを打ち崩し、打線をそれなりに抑え、青道高校は圧倒的優位に立っていた。
「まあ、練習試合だからな」
ニヤリと笑った御幸の顔を少し呆れたように見ながら、智巳は少しため息をついた。
「わかってるから、気にしない。安心しろ」
敵打者、新三年生佐野修造。現在二回対戦し、タイムリーが二回。
つまり、上級生とは言え良いようにしてやられている。
―――と言う、形になるのだが。
「典型的なハイボールヒッターってことまでは、わかった。後は散らばしてどこが得意か見ていくから」
「ホームラン打たれるけど気にするな、だろう。わかっている」
出血を少なくする為にニ、三番は前とは違って仕留めた。
だが、そういう問題ではないのがエースのプライドというもので、斉藤智巳にはそれがある。
「だけどまあ、一応。一応な」
「いらん。さっさと帰れ」
ワインドアップモーションから、第一球目。
佐野のバットが、ぴくりと動いた。
高目僅かに外れ、内角の球はボール。
(やっぱ、内角の反応鈍いな)
まあ一番鈍いのはアウトローだけど、と事前に得て、更に実感することで修めた知識を反芻し、今度は真ん中低めを要求。
一球も見せていないものの、フォークの幻影がちらついたのか、佐野はバットを振らなかった。
(やっぱり、刻み込まれるものがあるんだろうな)
佐野とは初対面ではない。ホームランを打たれたり、三振にしたりした仲である。
この試合で見せてきていないからといっても、無い訳ではない。その脅威がバットを振らせなかった。
縦カーブでファールを打たせ、次の球。
(じゃあ、本命)
外角、高め。
2ストライク、1ボール。
(腹立てんなよ)
打たれんなよ、とかでは無く、臍を曲げられないようにと祈るような気持ちでミットを構える。
リード通りに、ストレートが投げ込まれた。
―――のは、良かったのだが。
(うわ)
重たい球である。恐らく、球威に全てをおいて投げ込まれたであろうその一球は、前に飛ばないかのような球威を持っていた。
だが、佐野修造も怪物と呼ばれた男。この狙い目で、好きなコースに来た球をフルスイングで迎え撃つ。
金属バットが、ボールを捉える。
タイミングは合ってある。バットも振り切った。
だが、打球は伸び切らなかった。
打者の力を示すかのように高々と上がったボールは、ある一点に到達するとゆっくりと落ち始める。
信じられないと言うような面持ちの佐野が呆然とボールを見つめるが、落ちていくボールに伸びは戻らない。
絶好球を打った佐野の打球はセンターの伊座敷のグラブの中に収まった。
「お前さ」
「要求通りに投げたろう」
平然とした顔をしてマウンドを降りる智巳に、御幸は若干呆れ気味に声をかける。
一試合にそう何球も投げられないだろうが、高校野球界でも屈指のスラッガーが金属バットを持っていると言うのに、詰まらせる球の重さは素晴らしい。
時々要求してみようと、思うほどに。
「いや、別に責めてはねぇんだけど」
木だったら折れててもおかしくない程の球だった。あれ程の球、打たせるには惜しい。そうも感じる球だった。
欲を言えば、捕球してみたかったのである。
「お前、やっぱエースだな」
今更何クソ当たり前のこと言ってんだ、と言わんばかりの顔に苦笑し、御幸は一番からの好打順ではじまる自軍の攻撃に目を向けた。
リリーフと先発の駒が足りないが、打線はつながっている。
それが夏の敗戦を乗り越えて新チームへと目を向けたOBが下した評価。
それは概ね正しい。このチームに居るのは燃える先発三人、怪我しがちなエース候補一人、怪我しやすいエースが一人。あとは業火絢爛なリリーフ陣。
「斉藤、この回で降板だ。代打には前園を出す」
「わかりました」
七回、セーブして三失点。調子が良くも悪くもないにして、マシな方。
だが、試合はしっかり作れていた。
第一戦目、先発は槙原。四回と三分の一、四死球7、奪三振2、自責点6。8対5で敗戦。
第二戦目、先発は斎藤。五回、四死球4、奪三振3、自責点7。11対9で勝利。
第三戦目、先発は斉藤智。七回、四死球1、奪三振15、自責点3。
一戦目より二戦目の方が、二戦目より三戦目の方が敵チームは強い。
「春大会、エースは任せたぞ」
となれば、こうなるのはわかりきっていた。
「まだ相応しいとは思えませんが、わかりました」
そう僅かに不満げに答えた智巳に、新三年生たちの頼もし気な視線が刺さった。
彼等からすれば、そのピッチングやマウンドでの振る舞いは充分にエースに相応しいと思える。
無論、故障で離脱した丹波のことを思うと『二年生エース』という言葉を聴くと、共に過ごしてきた仲間への僅かな感傷があった。
しかし、勝てるピッチャーがエースになるべきことは明白だし、どちらが勝てるのか、と言われれば迷いはない。
そうこうしている間にも試合は進み、代打前園が三振、一番倉持がヒットからの盗塁、二番小湊が四球、出塁、三番伊座敷で進塁。現在打席には四番でキャプテンの結城。
ネクストバッターズサークルには、五番の増子。
端っこのベンチには降板したエースと、六番の正捕手、次の回から登板する予定で、投球練習から帰ってきた川上の新二年生が、横並びに座っている。
夏大会ベンチが二人、スタメンが二人。中々の豊作と言われた年だが、上記四人とそれ以外とのコミュニケーションがあまりうまくいっていないのが、この世代の特徴だった。
世代の核となるべきは御幸か智巳だ、と言うのはOBやスタッフからもよく言われているが、この二人はもっぱら投手陣としか関わらない。
前者は正捕手として、後者はエースとして。仕方ないことではあるが、どうにも友好範囲が狭いのだ。
「ノリ、次のピッチャーお前だろ?」
「う、うん」
緊張しているということは、一目でわかる。
御幸としては―――と言うより、正捕手としてはこれは放っておけない。緊張はするにこしたことはないが、しすぎると毒。固くなって本来のピッチングができないというのが、一番お互いに悔いが残る。
(なんとかしろよ)
(同じピッチャーとしてなんかないの、お前?)
(あることにはある。効き目は定かでないけども)
と言うやり取りがなんとなく空気で行われ、役割が決まった。
切り込み隊長御幸、本命智巳の流れである。
「やっぱり、緊張するのか?」
「まあ、斉藤の後だしね」
どうしても、ノックアウトされて降板されてないだけに比較はされる。
一年生として入学したての時。新入生対控え選手組の練習試合があった。
新入生の先発は斉藤智、捕手は御幸。四番も御幸。
控え選手組の先発は丹波。捕手は宮内。四番は増子。
試合は七回まで動かなかった。
無駄に調整があたり、絶好調と化した智巳と割りと慎重に組み立てた御幸が七回裏まで無失点十八奪三振、被安打ゼロに抑え、丹波もランナーは出すが得点圏には送らせない粘りのピッチング。
しかし、八回表。疲れが見え始めた丹波から四球をもぎ取り、一番倉持がやっと出塁。
そのまま盗塁を決めると、ピンチに弱く、打たれ弱い丹波の脆さが露呈。あれよあれよの満塁で四番の御幸に周り、グランドスラムで一気に4点リード。その後も連打を浴び、7対0にまで差が広がる。
ここで智巳が降板、御幸・倉持を含めて活躍したスタメンが代わったわけだが、後続のリリーフ陣が二回で仲良く8失点。勝ち星が消えてサヨナラ敗け。その時の敗戦投手がノリこと、川上憲史。
青道OBは思った。ああ、また打たれ弱くてピンチに弱いのか、と。
もはやこの弱点は、青道の伝統と言っていい。そりゃ、強いほうが珍しいのはわかるが、ここまで一気に崩れると辛い、と。
それから練習試合に出たことはあるが、公式戦には出たことがない。打たれ始めるとちょっと止まりそうにないのが、リリーフ陣全員が抱える弱点だった。
まだ見たこともない新一年生にこの改善を任せるわけにもいかない。
「緊張はすればするほどいいぞ、ノリ。まあ、それだけで終わったらダメだが」
「え?」
後の方はともかく、前の方の言葉が意外だったのか、川上は思わずマウンドから目を逸らして斉藤の方に向いた。
「俺は登板する前には喋る余裕すらなくなるからな。俺よりは緊張の度合いはマシだ」
登板が近づくごとに緊張して、黙り込む。
だから、ありとあらゆるピンチを想定して、マウンドを見て対策を練る。
不測の事態に強い人間は、なかなか居ない。だから、全てを予測しておいて『来なかったらラッキー』と言うような心構えにしておく。
これが、智巳の考えた克服方法だった。
「ノリの場合、ピンチに弱いと言うよりはピンチになると投球ペースが早くなる」
因みに智巳は敵からすれば苛つく程に遅くなったり、普通に戻ったりとリズム感がない。
サインを早め早めに受け取り、打者が嫌がるだろうな、と思うタイミングで投げている。
「投球ペースが早くなるのは打者に考える隙を与えないが、打者にもリズムと言うものがある。それを外してやるというのも、手だぞ」
「それは、どうやって?」
「一概には言えない。遅い球か、速い球か、曲がるのか、落ちるのか。敵は右か左か、今までの成績はどうなのか。対戦したとき、どの球を打ったのか。それらによって、勘と経験で弾き出して、投げる。要は、博打みたいな要素がある」
そうこう自分の投球理論を滔々と述べ、それを真面目な川上が聴いている途中、御幸が立った。
既に、プロテクターとレガースは外してある。
「じゃあまあ、一発打ってくるわ」
「ああ、頑張れ」
「ホームランでいいぞ」
どちらが川上で、どちらが智巳かは言うまでもない。
ネクストバッターズサークルへ行く時には、ワンアウト満塁。
無言でひらひらと手を振って、御幸は飄々とした様子でバットを振り、少し経ってから片膝をついた。
自分のこれまでの通算成績、得点圏打率4割。二塁のみの場合は3割、二三塁、一三塁は4割。満塁時は8割。
所謂、満塁男。
打席に立つ時には、ツーアウト満塁。それが一番望ましい。
(まあ、増子さんが全部返してくれたらそれはそれでいいんだけど)
そうすれば、4点入る。
今のところ、川上は宮内と組んだ方が防御率が良いから、守備交代もあるかもしれない。
(なら、ここで楽にしておきたい)
敵の投手は技巧派。カーブ、スライダー、シンカーの三球種。
落ちる球が得意な御幸にとって、狙い目のフォークがないのは少し痛い。沈む感じのシンカーでもいいが、浅いフォークの狙い撃ちが一番得意なだけに、少し苦しい。
(ストレートでは……決めに来ねぇだろうな)
お世辞にも、いい球ではない。空振りを取れるストレートではない。
五回から登板して、ワンカウント目はカーブが五個、他は殆どストレート。
(カーブは強打者に使ってたから、スライダー……)
三人ランナー背負った時にシンカーを投げる勇気があるか、無いか。
ストレートで入るなら、普通。
シンカーなら、勝負師。
スライダーは、どうなんだろうか。この投手をリードするなら、自分はカーブか、ストレート。
満塁でフォークを要求したことも多々あるが、それは相方がアレだからであって一般論ではない。
(決め球はシンカーっぽいんだよな)
なら一球目シンカーはないかと思うが、どうも臭う。
開き直って、投手の強みを最大限に活かして攻めてくるのではないか。
この投手の強みである制球力の高さで、シンカー。後逸しないという自信があるなら、有りといえば有り。自分なら、内角ギリギリはずれるシンカーにする。
だが、このバッテリーにそこまでの攻めっけはない。
(外の低め、逃げ気味シンカーだと見た)
バッターボックスに入り、一礼する。
構えて、一球目。
「おっ」
外角は外角だが、ボールゾーンに球一つ分出ている。
それを御幸は、軽々とスタンドまで運んだ。
悪球打ちにも程がある、そんなバッティング。
背中に突き刺さる、捕手の『まさか』の視線が痛い。
(まあ、捕手に『まさか』は良くないけど、その気持ちはわかる)
犠牲フライになるかなと思ったのに、思いの外伸びた。
仲間の手荒い祝福を受け、御幸はベンチへと帰還する。
この試合は、このまま波乱もなく終わった。
14対8。青道高校の勝利である。
パワプロ風能力一覧
川上憲史
球速:134
コントロール:72(B)
スタミナ:42(E)
変化球:スライダー5、シンカー3
特殊能力:対ピンチ2、打たれ強さ2、安定度4、回復4、寸前×、低め○、
起用法:守護神
斉藤智巳
球速:145
コントロール:66(C)
スタミナ:89(A)
変化球:スライダー3、ドロップカーブ4、スローカーブ2、高速フォーク7
特殊能力:強心臓、打たれ強さ5、ノビ4、クイック2、安定度2、ケガしにくさ2、回復2、奪三振、重い球、キレ○、対強打者○、球持ち○、勝ち運、闘志、力配分、身長高い
起用法:完投
丹波光一郎
球速:140
コントロール:62(C)
スタミナ:62(C)
変化球:ドロップカーブ6
特殊能力:対ピンチ2、打たれ強さ2、一発、キレ○、身長高い
起用法:調子次第
赤い(小声)