瞬間最大風速   作:ROUTE

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カットカットカット!(メルブラ並感)
あ、ちゃんと試合内容は掲示版回に回すのでご心配なく。


邂逅

―――完全試合中でしたが、何故降板したのですか?

―――この先を勝ち抜く為、体力を温存していたかったからです。

 

―――7回まで投げて、三振は20個。73年の江川卓の21個、34年の沢村栄治の23個、地方大会における1試合最多奪三振である25個の更新も視野に入っていましたが?

―――勝ちより重いものはありません。チームの勝利が第一で、他はありません。

 

―――個人記録に興味がないんですか?

―――チームの勝利を目指すのが野球ですから、個人記録に興味があるなら他のスポーツをやってます。

 

―――その勝利至上主義は誰かの影響を受けてのものですか?

―――特に居ません。ですが、エースとはチームを勝たせてこそだと思うので。これは野球というスポーツで投手となって以来、漠然と浮き出た感情です。

 

最後に投げられた『ですが、今までに無いほど素晴らしいピッチングでした。完全試合も狙えたのでは?』

 

という質問に、『何なら甲子園の決勝戦でこれをやりますよ。後先考える必要がないのはこの一戦くらいですし』こう答えて、片岡監督が取材を打ち切って終わった。

 

このように、今更なことを問われた智巳は、5日経って仙泉を撃破し、桜沢対稲実を観戦している今もまだゲンナリとしていた。

 

「何でこう、個人の競技じゃないのに個人の記録の更新をさも偉業のように言うのか」

 

「誰にもできることじゃないからだろ」

 

「俺は別に100失点してゴミとか言われても勝てばいい。27個三振とっても、敗ければ終わりじゃないか」

 

「それがわかってないんだろ。ピッチャーってのは、得てして個人主義なところが多いし」

 

「俺は違う」

 

知ってるよ、と心の中で呟きながら、御幸はエースのカウンセリングに従事していた。

この上ない素晴らしいピッチングをしてこれほどムカムカしている奴を、他に知らない。

 

「まあ、次は稲実。仙泉では打者として活躍したんだから、次に備えて投手としてその真価を発揮できるようにがんばれよ」

 

「知っている」

 

もう、仕方ないんだからってな感じな寛容さでスルーできる御幸は女房役の鏡。

愚痴を聴き、才能を引き出し、脆い身体を労り、無茶ぶりに答え、リードを考え。

 

御幸は割りと苦労していた。本人は苦労と思っていないが。

 

「にしても轟。素晴らしいバッターだった。打ち取り甲斐があったと言うもんだよ」

 

「フォークに当てられたのは去年の哲さん以来だもんな」

 

なお、対戦結果は3打席3三振。

まあ、相性が悪かったのだ。同学年であれば話は違っていただろうが、まだ轟はチームスポーツとしての野球をはじめて数ヶ月。

 

イメージトレーニング、素振りは橋の下で行っていたが、まだまだ素人なのだ。あれで。

 

「末恐ろしいな」

 

「嬉しそうだな、智」

 

「ああ。楽しかった」

 

あ、機嫌直った。

 

御幸は思う。こいつは割りと気難しいと思いきや単純だと。

 

「三塁手と言うスラッガーのポジション、左打者、フルスイングながら率も残せるホームランバッター。叶うならまた対戦をしたい。あいつは面白かった」

 

この斉藤、ウキウキである。

強打者(を捩じ伏せること)が好きなので当然とも言えた。

 

ひとまず改善された機嫌に胸を撫で下ろしながら、御幸は風呂に入った後特有の眠気と脱力感に苛まれながらボーッと背を伸ばす。

 

「お前、何も言わないけどさ。前回俺はお前のスライダーを初めて受け止められたわけよ。あ、本番でってことな」

 

「……ああ、そうね。でもまあ、別にお前だったら出来てたことだと思うけど」

 

相変わらずの信頼に喜んでいいのか、悲しむべきか。

しかしまあ、その言葉に無言で頷いて、御幸はだらりと机に上半身を横たえた。

 

「これで稲実戦のリードが広がる」

 

今日戦った仙泉だが、相手エースの真木はフォークとスライダーとストレートを無くした智巳と言ったところである。

 

195センチの長身から繰り出されるカーブは一級品だが、所謂ドロンとしたカーブ。これは智巳が投げる三種のカーブの内の一つと同等のキレだが、現三年生は何回か智巳と対戦した時にスライダーと合わせて思いっ切り狙い撃ちしていたものである。

 

何故ならストレートとフォークよか打ちやすいから。

 

斉藤智巳、194センチ。

真木洋介、195センチ。

 

斉藤智巳、制球はA。

真木洋介、制球はC。

 

斉藤智巳、スタミナは特A。

真木洋介、スタミナはB。

 

斉藤智巳、変化球は特A。

真木洋介、変化球はB。

 

斉藤智巳、将来性はD。

真木洋介、将来性はB。

 

地味に同学年のこの二人に対して下された結果がこれだった。

 

身長に関してはともかく、将来性に関してはラスボスと主人公を比べるようなもので、完成度で劣るわけではない。

 

つまり、下位互換。

しかも丹波並みの一発病持ち。カーブピッチャーの宿命なのか。

 

まあ打てるだろ、と言うのが青道の総意だった。

 

現に、仙泉戦はあっさり斉藤智巳が扱いになれてきた木製バットでカーブを完璧に捉え、推定140メートル弾のプレイボールホームランで先制。

 

一回表に5点取り、5回に斉藤2ランー結城2ランー増子ソロの三本のホームランで5点追加。

エースとリリーフを休ませる為の丹波ー川上のリレーで4失点したものの10対4で勝利した。

 

この夏、丹波と川上は二人仲良く初失点。

無失点はリリーフコンビと、エースだけ。

 

 

「稲城戦。リードは頼むぞ、御幸」

 

「それを活かしてくれよ、エース」

 

西東京の両雄が、いよいよ激突する。

そして、六年ぶりの甲子園に行けるのか、行けないのか。

 

それも、たった3日後に決まる。

 

だがまあ、先ずは稲実がどう勝つか。それを見なければならない。

桜沢高校対稲城実業。

 

この二校の戦いを、あっさりと仙泉を破って決勝進出を決めた青道ナインは見つめていた。

 

桜沢高校は、ナックルボーラーを中心に据えたワンマンチーム。特に野球部が有名なわけでもない進学校の彼等がここまで来れたのは、そのエースが投げるナックルと言うボールの稀少さ故。

 

ほぼ無回転でゆらゆらと揺れながら不規則に落ちる球は、ストレートの回転が死ぬから投げるなと言われたシュートとシンカー以外なら割りと全ての球種を投げられる智巳も投げられない。

 

桜沢高校のエースは立派だった。

 

ナックルだけを磨き続けたのだろう。ランナーを出しても走られることなど気にも留めずにナックルを投げ続ける。

 

ナックルボーラーには、何よりも冷静な心が必要となる。冷静で、平静に投げなければただのスローボールになってしまうからだ。

 

欲を出さず、一歩ずつアウトを取る。そんな心構えと、ナックルへの信頼。

ナックル一つで敵を抑えられる代わりに、その代償も大きく、重い。

 

そんな彼を崩したのは、成宮鳴。

 

苦戦しながらも、打線の圧力に耐えながらも投げ抜くエースの心は負けなかったが、打撃陣が負けた。

その圧倒的な投球で、『勝てない』と言う意識を植え付けられた彼等は、エラーが伝染。

 

腐ることなく投げ続けた桜沢のエースも、遂に力んでナックルがただの棒球になり、キャプテンの原田雅功にホームランが飛び出したのを皮切りに打線が爆発。11対0で7回コールド。

 

ある意味、成宮の強さと稲実の強さを再確認する戦いぶりに、打撃陣は無言で一年前の記憶を思い出しながら席を後にした。

 

「あの桜沢のエースは立派だった」

 

少し余韻を楽しむように残った智巳と、何となく残っていた御幸と、チーフが残るならと残っていた沢村のみが、まだスタンド席に居る。

ポツリとそう漏らした智巳に、沢村は少し首を傾げた。

 

「チーフなら、『よく戦ったが、敗けたら意味はない』とか言いそうですけど」

 

「意味はない。が、立派なエースだった。俺ならばあそこまで立て続けにエラーをされれば三振を取りにいったことだろう。だが、最後までバックを信じ抜いた。あれは俺にはできないことだ」

 

それ以外に道がないとしても、自分の力を恃む。自分にはそのような驕りがある。

 

「あー……チーフならできますもんね」

 

智巳は、なんだかんだで最後は御幸を頼る。

 

おい、三振を取らせろよ。

 

そう思って視線を前にやるに違いないのだ。

 

「沢村。お前には参考になるピッチングだったろ?」

 

鋭い眼差しで成宮のピッチング―――ではなく、打線を見ていた御幸は、スポーツサングラスを外して少し目の端をほぐしたあと、沢村にそう声をかけた。

 

ナックルと言う唯一無二の武器を頼りに打たせて取る桜沢。

ムービングと言う独自の武器を頼りに打たせて取る沢村。

 

ピッチングスタイルは、似通っている。

 

「いや、参考にするのはあくまでチーフのピッチング―――」

 

打者を圧倒する球威を。

打者を絶望させる決め球を。

そして、闘志で味方を鼓舞する存在感を。

 

エースと言う物をはじめて見た、あの時に感じた味方としての高揚を、味方としての敗けないだろうという確信を与えられる、投手になりたい。

 

目指す山は高く、遠い。

だからこそ憧れているが、沢村にとってそれが視野が狭まることに繋がるならば必ずしも良いことではなかった。

 

飲み終わったペットボトルで軽く沢村の頭を叩きながら、智巳はゆっくり立ち上がる。

 

「視野を狭めるなよ。お前は俺にはなれないし、俺はお前にはなれない。目指すエースは一席だが、なにも俺にならなきゃエースになれないわけじゃないんだ」

 

「ぬぅ……」

 

何事かを考え出す沢村を他所に、もうそろそろ時間的にバスに戻らなければならない二人は纏めにかかる。

 

悩むのはいつでも、どこでも出来るのだ。

 

「ま、細かく考えずにやれることをやれってことだよ。馬鹿なんだから」

 

「コラ御幸ィ!」

 

「そうだな。あまり考え過ぎても自分にメダパニをかけることになりかねない。できることをやれ」

 

「チーフぅ!?」

 

後輩に二人で熱い声援を送り、御幸も釣られて席を立つ。

沢村も席を立つが、ここで問題が発生した。

 

沢村がトイレに行きたくなったのである。

そしてついでに智巳もペットボトルを捨てに行き、引率の御幸はトイレの前で待機。

 

他のメンバーはもうバスの前で待っている。

 

(どうやって抑えるかというより、どうやって点を取るか、何だよな)

 

あの強力打線はミスさえしなければ何とかなるとしても、成宮鳴から点を取らなければ試合には勝てない。

 

ここらへんはもう哲さんたち三年を頼るしかないかな、と。

頼りになる先輩たちに思いを馳せていると、御幸は自分の名を呼ぶ声を聴いて横を向いた。

 

「御幸じゃねーか!」

 

そう呼ぶのは、成宮が稲実に最強のチームを作ろうとして招集したメンバーの一人・矢部。

眼鏡はかけていないが、今年や去年はヤベンチ君であった。

 

「あれ……お前って試合に出てたっけ?」

 

「悪かったな!スタメンじゃなくて!」

 

確信犯的にいじりつつ、後に続くそうそうたるメンバーを見る。

 

城南シニアの神谷カルロス俊樹、高平シニアの山岡陸、丸亀シニアの白河勝之、そして、成宮鳴。

 

二年前までシニアで戦ってきた、難敵たちがズラリである。

 

「お前ら、まだ帰ってなかったのか」

 

「エースと守護神が好き勝手してたんだよ」

 

カルロスの言葉に返した返事を聴けば誠に遺憾である、と言い出しかねない二人だが、現に御幸がこの五人に絡まれたのはあの二人の所為なのであながち間違いではない。

 

「明後日は当然、あいつが先発だろ?」

 

「ま、そうだな」

 

カルロスが問い、御幸が答える。

その答えた内容に、稲実の5人の顔が引き締まった。

一度撃破したとはいえ、リトル・シニア時代に一回も敗けなかった無敵の男の恐怖は、まだ刻み付いている。

 

「まだ借りを返したとはいえねぇからな。覚悟しとけって言っといてくれ」

 

「本人に言えば?」

 

「本人って、ここに居ないだろ」

 

そしてなるべく会いたくはない。

会えば会っただけ、あの時の絶望感と屈辱を思い出すから。

 

「後ろ」

 

振り向いた先には、東都の怪物。

 

成宮よりも背が高い白河よりも背が高く、ブラジル人とのハーフのカルロスよりも背の高い山岡よりも背が高い男が、軽く見下ろして立っている。

 

「成宮軍団御一行様、お揃いで何をしてるんだ?」

 

対斉藤で結束が深まっているパーティの前に、その最大の敵が姿を現した。

 

その前に御幸を相手に余裕ぶっこいていた5人が怯む姿は、完全にラスボスであったと、実は御幸が絡まれた辺りからトイレの壁から顔だけ出して見ていた沢村は後に語る。

 

稲実戦まで、あと2日。


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