瞬間最大風速   作:ROUTE

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《稲実》決戦の前に

稲城実業は高校野球に、そして勿論のことながら西東京に君臨する強豪である。

 

絶対的エース成宮鳴を筆頭に、彼が最強のチームを作る為、斉藤に勝つ為に集めてきたシニアの名選手たちを抱えるが故の層の厚さ。

 

そんな彼等が決勝で相手にするのは、青道高校。先発三本柱と鉄壁のリリーフ陣、強力打線を擁する西東京の大本命。

 

丹波が17回投げて被安打18、5四球、9奪三振、2失点。

川上が7回投げて被安打10、2四球、4奪三振、2失点。

斉藤が7回投げて被安打0、無四球、20奪三振、無失点。

 

先発三本柱はこんな感じ。割りと安定していると言える。

 

チーム打率は4割を超え、これまで総得点は弱小校から50点くらい稼いだとはいえ83点。

ホームランを5本以上打った奴が斉藤・結城の二人と、ホームランで点を取るよりはどちらかと言えばマシンガン打線のように長打と単打で攻めるチーム。

 

一番斉藤は何だかんだ(6併殺)あるが、4割8分打っており7本と長打もある、小湊亮介もよく四球を選ぶおかげで安打こそ劣るものの4割打者。伊佐敷は犠打が多く3割だが、結城は6割7分、8本、5盗塁。自軍のエースと一打席勝負をし続けて磨かれた四番の鑑の如き成績を残している。

 

五番御幸は3割7分だが、得点圏打率は8割超。チャンスでしか打っていないと言われてもおかしくない。

目立たないが4割を打っている白洲が八番、3割打つ倉持が九番というあたりに、恐ろしさが垣間見える。

 

盗塁も倉持が6、小湊亮介が5、結城が5、白洲が3、智巳が2と、悪くはない。

そして何より、守備が若干ながら改善された智巳の穴が埋まって、無失策。

 

投手陣もチーム防御率1点代と素晴らしく、稲実戦に登板する予定の二人だけなら0.00。被安打も0。

 

絶対的エースこそ居るものの、極めて安定した守護神・鉄壁の守備・止まらない打線は港男の血がうずくようなチームだと言える。

 

弱点は、長距離砲が智巳と結城、増子しか居ないこと。次の代に残るのはたった一人。

御幸は長距離砲だが、適性打順は五番であるというのが専らの噂。

片岡監督も、次の打線は一番ショート倉持、二番ライト白洲、三番セカンド小湊春市、四番センター斉藤、五番キャッチャー御幸までは決めている。

 

何で守備クソをセンターに置くかと言えば、斉藤はフェンスに突っ込んでも取るタイプで(現にフェンスから身を乗り出して二回ほど打球を取っている)、脚もあるし肩も強いからである。

技術に関しては伊佐敷に継承してもらう予定だった。

 

閑話休題。

 

一方、稲実も総得点は63点と、決して侮れないチーム。安打を集中して攻める青道ほど華がないが、バントや盗塁でランナーを進め、スクイズで返すなど堅実さがある。

 

チーム打率は3割後半。

 

一番センター・カルロスは俊足巧打好守備と、走攻守が極めて高い水準で纏まったプレイヤー。長打もある。

シニアでは当然の様に主軸を務めていたが、いつもの如く例の二人にしてやられていた。

 

二番ショート・白河は小湊亮介より若干低い守備と同等のバットコントロールを持つ、またも三拍子揃ったプレイヤー。

クリスと同じ丸亀シニアに所属していたが、いつもの如く例の二人にしてやられていた。

 

三番サード・吉沢は長打力と選球眼に優れたクリーンナップの切り込み役。

彼はシニア出身ではないが、かなり成長した大砲である。

 

四番キャッチャー・原田は、怖い。結城哲也程では無いが、ここぞと言う場面に強いのだ。

チャンスに強いとか、サヨナラに強いのではない。

ここで打ってくれ、という場面に強い。

 

五番ピッチャー・成宮は、クリーンナップを務めるだけあってその矮躯に似合わないパワーがある。

と言うよりは、金属バットを使うのがうまいのだ。巧く当てている。

シニア出身で、いつもの如く例の二人にしてやられていた。

 

六番ファースト・山岡には一発がある。

彼は矢部と同じシニア出身で、通算対戦成績は無安打。完全にあの二人にしてやられていた。

 

七番セカンド平井、八番レフト梵九番ライト富士川は、智巳が苦手とする弱い打者だが、その代わり守備はいい。

 

そして、投手は二人。井口と成宮。

井口は丹波さんと川上を足しても足りないくらいの能力を持つ、普通にエースクラスの実力者。

 

そして、成宮鳴。関東ナンバーワン左腕。

 

スライダー、フォーク、カーブのどこかで見たような方向の三球種と、決め球のスクリュー気味に落ちるチェンジアップこと、サークルチェンジ。

縦横斜めに緩急と、お手本のような投手である。

立ち上がりが完璧な智巳と比較して立ち上がりが不安定だが、智巳にはない尻上がりに良くなる傾向があった。

 

彼もシニア出身で、シニア時代は何回も投げあって一度も勝てていなかった。対戦成績も無安打。完全にしてやられていたと言っていい。

 

しかしこれまで、25イニング投げて無失点。

 

井口も13イニング無失点。一回も点を取られたことがない投手陣で、青道打線を迎え撃つ。

 

打撃の青道、投手の稲実と言っていい。

 

シニアの時。

勇者・成宮、モンク・カルロス、シーフ・白河、戦士・山岡対魔王斉藤&参謀御幸の戦いは各個撃破で歯牙にもかけられなかったが、ここに壁役の原田と賢者・職業監督国友を加えて魔王(第一形態)は倒された。

 

しかし、今や第三形態。『前回勝てたから』とか言って油断することは全くできない。

 

「まず、相手のエース斉藤の球種は豊富です。斜めに落ちるスライダー、カットボール、カーブ、スローカーブ、ドロップカーブ、高速フォーク、チェンジアップ。これが前回のデータです。

ですが、関東大会で2つ、薬師戦で2つの新球種を見せました」

 

小さなシュート、小さなシンカー。

そして、高速スライダーと縦に曲がる遅いカーブ。

 

小さなシュートと小さなシンカーは関東大会以来未使用で、高速スライダーと縦に曲がる遅いカーブは薬師で初出。

 

「先ずは、スライダー。これは投げられなくなったのではと言われていますが、定かではないです。平均球速は130キロ代で、曲がり幅は大きいもののキレが他に比べてありませんでした。今年の春にぶつかった場合、突破口にしようとしていた球ですね」

 

三年生ながらその観察眼を買われてスコアラーを務めている元投手の丸瀬は、些か悔しげにスライダーを語った。

突破口扱いだが、並のピッチャーでは正直キレも精度も遠く及ばない。

 

あくまでも当社比のようなものなのだ。

 

「次は、カットボールです。薬師の真田も投げていましたが、両者のカットボールは全く違います」

 

「空振りを取れるか、取れないかか」

 

何回も見ていたのだろう。

キャプテンで正捕手の原田が、間髪入れずにその違いを指摘した。

 

真田のカットボールは智巳のそれより小さく変化する。

智巳のカットボールは真田より若干深い場所で、大きく曲がる。

 

「ええ。これはスライダーが使えなくなったと言われてからキレや変化量が増したのですが、球速は最速153から149キロ。ホームベースの前で曲がりはじめ、約18センチから約16センチほどほんの僅かに斜め気味に落ちながら横に変化する球で、空振り・ゴロなどを狙えます」

 

「俺だったら、これを主軸に組み立てるな。なぜ頻繁に使わないのかがわからないほど、使い勝手のいい球だ」

 

だが、御幸はあまり使わない。

変化球軸な原田雅功とは違い、ストレート軸なのである。

 

単純に三振を取るのが好きだ、という事もあるが。

 

「雅さんはそうだろうけど、一也は軸はカットボールにしないし、智もあんまり使わないよ」

 

成宮鳴は、片肘突きながらビデオを見て、その合間に原田の疑問に答える。

 

「あいつ、カットボール投げるの苦手だもん」

 

「……苦手?」

 

「苦手って言うか、この動画だと打ち取って終わりで何も投げてないからわかんないけど、十数分単位で間を開けないとストレートの切り方が甘くなるんだって。ゼロコンマ何秒の世界から引き戻されるから、イヤなんだと」

 

苦手であの変化なのかよ、と言いたげな原田の言葉に答えた彼は現在はラインでしか繋がっていないが腐れ縁に近い。

だから、知っている。

 

「じゃあ、カットボールを投げたあとのストレートは狙いめってことかよ?」

 

「関東大会見たでしょ。カッター投げた後に、強打者相手にストレートなんか投げないよ」

 

カルロスの言葉を、成宮はバッサリと切り落としながら答えた。

小さく変化するシュート&シンカー。

これとカーブで指の感覚をリセットしているのだと、成宮は言う。

 

「一也はあれでも献身的なところあるから、あのツインポップみたいに多彩な持ち球の組み合わせを把握してるんだよ」

 

「よく知ってんな、お前」

 

「腐れ縁だし?」

 

と言うが、これは憶測に過ぎなかった。

御幸も智巳もそんなに脇は甘くない。キチンとピッチングを見て、その傾向から弾き出したのである、

 

そしてそれは合っていた。

 

「次!」

 

「そうですね。次はカーブですが、これは殆ど投げません。投げられるし、前回投げてきたと言うだけのシロモノです。縦のカーブを含め、カーブ系球種を斉藤は決め球にしません」

 

続いて彼はスローカーブに絡めて遅い球の解説に入った。

スローカーブは最速121キロ、最も遅くて108キロ。彼の最速は153キロのフォーク、同じく153キロ高速スライダー、153ストレート。最大45キロの差が生まれる。

 

これを挟み込んで、薬師の二巡目はストレートでの見逃し三振の山を築かれた。

同じような球に、チェンジアップ。

これは110キロから108キロをさまよう球で、負担の少なさからかなり要所要所でカウントを取りに使われる。

この2つの球は前後との組み立てが厄介なだけでそれ自体は大した球ではないので、狙ってみるのも手だ、と。

 

しかし、150をポンポン投げてくる奴の遅い球を狙い打つのはそうと決めても難しいのだ。

何故なら速い球を見てしまっているから。

 

「次に、ストレート系です。そもそもストレート系と言っても小さなシュート&シンカーが打たせて取る球、残り3つは全て真っ直ぐに分類されます。明言はできず、感覚的な表現になりますが、普通のホップするストレートと、球威に重きを置いたストレートと、空振りを取る為にキレに重きを置いた快速球。打者は球の下を振っている印象がありますから、気持ち上を叩けば当てやすいのではないでしょうか」

 

そして、最後。

謎のカーブ系と、決め球2つである。

 

「遅いカーブが、ドロンと橋のように縦にアーチをかいてミットに収まっているのがわかると思いますが、これが新しい球です。スロードロップカーブとでも言うこの球は、112キロ。急に落ちるフォークやある程度すらりと落ちる縦のカーブとは違い、緩やかに、雨が滴り落ちるような形で落ちてきます」

 

一球しかない投げている場面を再生しながら、スコアラーの彼は言う。

 

カーブ系は(比較的)大したことはないと言う事前情報を覆す球である。

 

何だ今の球、というのがその球を見た稲実メンバーの感想だった。

凄いというのではなく、笑ってしまう程おかしな球。

 

「この球は何故か多投してきませんでしたが、投げられれば厄介な球であることは間違いありません」

 

後は、2つの決め球。

高速フォークと、高速スライダー。

 

「高速フォークについては前回も研究したように、球数が三桁に載ってもすっぽ抜けることこそありませんが、落差はそれ程でもなくなります。如何に多投させるかが、勝利の肝です」

 

「結局打ててなかったけどね」

 

カルロス、山岡、白河などの打撃陣が、成宮の言葉にピクリと反応する。

あの時は打てなかったし今までも打てていないが、これからは打つ自信はあるのだ。

 

根拠は無いが、甲子園を経験して強くなった自負がある。

現にその自負は間違っていないのだが、相手も成長していないわけではない。

 

「最後に、高速スライダーです。これは真横に加速しながら曲がるスライダーで、ほぼ斜めに沈みません。ピンポン玉みたいな変化は、元ヤクルトの伊藤智仁氏の投げた物とほぼ同一視されています」

 

そうやって開いたのは、動画サイト。

案外とこのような場に拾い物はあるもので、撮ってはいたものの画質があまりよろしくなかった稲実側としては嬉しい誤算だった。

 

「ここに、一部有志による比較動画が上がっています。違いは球速が8キロから10キロ速いことくらいで、曲がり方・曲がり幅は氏が故障する前、バルセロナ五輪時に投げていた球と同一と考えてしまっても問題はありません」

 

知らない者も居たが、動画サイトに上げられた動画を見るにそのちょっと異常な変化はわかる。

 

「関節が柔らかい特異体質だからこそ投げられる球だそうで、これまたあまり投げては来ていませんでしたが、ウチとの戦いでは決め球の一つになるのではないでしょうか」

 

めんどくさい程に完成度が高い割りにはそれほど使われないカットボールなどのサブが右脇を、緩急を取る為の三球種が左脇を、そしてストレートが土台となり、高速フォークと高速スライダーを決め球に。

 

速球派に見せて割りと変化球が多い男なだけに、こう言った武器集めには余念がない。

 

全球種まとめの動画を食い入る様に見ながら、稲実ナインは沈黙していた。

一度は斃した男は、知らなかった敗けを知って更に強くなって帰ってきた。

 

そのことが、わかる。

 

「雅さん、あのスライダー打てる?」

 

「俺はあのスライダーを捕れないだろう。と言うよりも、あの球は天才でも初見では捕れん。つまりそれは打てないということだ。

キャッチャーが捕れない球を、打者は打てない」

 

だから、早いカウントから叩く。

 

そう原田雅功は言い切った。

 

 

その言葉に、今まで沈黙を守っていた国友監督が口を開く。

 

「追い込まれればフォークとストレートに絞る。それ以前は狙った球を打つ。これを一人一人が実践することだ。狙い球を各自決めておけ。攻撃は三巡目から。それまでは膠着状態に持ち込む」

 

化けの皮が剥がれていないとはいえ、後続は1イニング限定の二人。

 

延長に持ち込めば、必ず勝てる。


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