瞬間最大風速   作:ROUTE

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円陣

ゼロが続く、スコアボード。

二個灯った、紅いランプ。

塁上を賑わす二人の走者。

マウンドには自分が居て、ホームベースには御幸が居る。

 

ファーストには結城、セカンドには小湊、サードには東。

 

忘れもしない、あの時の記憶。

 

西東京大会の決勝と準決勝は、東京ヤクルトスワローズの本拠地・明治神宮球場で行われる。

 

奇しくもではない。必然的に同じ場所。

あの時と同じくレフト方向に、緩い風が吹いている。

 

球場は何故かスワローズファンが詰めかけ、いつものように福岡あたりからも来る者が後を絶たない。

既に高野連が気を利かせてはじまった異例の事前予約は満杯、球場も満員。現地売りのチケットも売り切れ。

 

チケット会社を通す為に利益は減るが、高校野球の発展の為に利益を犠牲にしたチケットの事前予約制は、既に量でその穴埋めをできていた。

 

青道高校対稲城実業。

 

西東京大会決勝戦、一年前の甲子園で名を馳せた無敵無敗を破った新星・成宮鳴。

中学時代から無敵を誇り、その投球フォームと高速フォーク、溢れ出る闘志で固定ファンを獲得した東都の怪物・斉藤智巳。

 

共に同年代で、エース。

95年世代と呼ばれる彼等は、既に大学の投手ビッグスリーと野手ビッグスリーと並んでドラフトの候補にも挙げられている。

 

スター同士の戦い。世代ナンバーワン右腕と、世代ナンバーワン左腕。

 

静かに待つ稲城ベンチとは

 

「俺たちは誰だ?」

 

青道のベンチの前で円陣を組んだ青道ナインをゆっくりと見回し、結城哲也は静かに声を発する。

 

今まであまり行ってこなかったのは、この時の為。

前回阻まれた壁を破壊してこそ、成長を見せることができる。

 

「王者青道!!」

 

前回阻まれた壁を破壊して、今度こそ王者となる。

その気概が感じられる返事に、結城は思わず微笑んだ。

 

「誰よりも汗を流したのは!」

 

あの敗戦以来、夏終わり、冬、夏前と、地獄の合宿を3つ乗り越えてきた。

 

丹波は打たれ強さとピンチでの粘りを。

 

倉持は、悪球を見逃せる選球眼の良さを。

 

小湊亮介は、逸れた送球を悔いて鍛え抜いた更に鉄壁の守備を。

 

伊佐敷純は、パンチ力のある打力と決して逸れることのないストライク送球を。

 

御幸はどんな球をも逸らさない完璧な守備と、満塁時のみならず好機を逃さない勝負強さを。

 

増子は一発だけではない、コンスタントに結果を出せる打撃の確実性を。

 

白洲は、全体的に極めてバランスのいい堅実さを。

 

降谷は、崩れがちだった中継ぎの再建を。

 

沢村は、終盤の安定感と明るいムードを。

 

結城は四番と主将と言う重責を担うに相応しい打撃と、精神的主柱としての絶対的な貫禄を。

 

斉藤は、味方にはここぞと言う時を全幅の信頼と共に任せられる信頼感と、敵には心を圧し折る絶望感を。

 

「青道!!」

 

「誰よりも涙を流したのは!」

 

「青道!!」

 

「誰よりも野球を愛しているのは」

 

「青道!!」

 

「戦う準備はできているか!?」

 

「おおお!」

 

「わが校の誇りを胸に狙うは全国制覇のみ―――」

 

円陣のシメを、結城哲也がいつにない思い込めて、腹から声を吐き出した。

 

「いくぞぉ!!」

 

「おおおおおおお!」

 

全力で声を出し、ナインが吼える。

 

『さあ、西東京大会決勝戦、青道高校対稲城実業高校。プレイボールです。

青道高校の先発は、エースの斉藤智くん。稲城実業の先発は、エースの成宮くん』

 

マウンドには、成宮鳴。一点も取れなかった嘗ての難敵。

 

『一回の表、青道高校の攻撃は一番ピッチャー、斉藤智くん』

 

ウグイス嬢がコールし、長身のエースが打席に立つ。

一番ピッチャーと言う、一番負担のかかるポジションに、この男は抜擢された。

 

片岡鉄心が示したのは、この試合で全てを出し切れという意思。

全てを使って勝ちに行くという、鋼の決意。

 

(まだ、去年から時は動いていないんだ)

 

ここで打って、ここで勝って、ゼロへと歩みを進めたい。

 

だがそれは、成宮鳴も同じこと。

スクイズを読んでいながら暴投してしまい、三年生の夏を自分が終わらせてしまった。

 

(夏が終わってないのは、こっちも同じ―――)

 

超えられなかった壁を超えて行った先の世界で、自分は簡単なミスで敗けてしまった。

 

(お前を打ち取って、この戦いを気持ちよくはじめさせてもらうよ)

 

1球目は、ストレート。

アウトローギリギリに決まった球は、ストライク。

 

攻める気持ちが、前に出ている。

 

いい球だと、初球を受けた原田は思った。

成宮の弱点である、立ち上がりの悪さ。それが確実に解消されている。

 

2球目、カーブが外れてボール。

 

3球目。スライダーをファールにし、ツーストライクワンボール。

 

4球目は、ストレート。

高めに外れる球。

木製バットの弱点は、ミートポイントが狭いこと。才能と勘の鋭さ、弛まぬ努力で完全に使いこなしている。

ホームランも轟を超え、結城に次ぐ西東京大会ホームランダービー2位。

 

しかし、木製は木製。ボール球を打って、ヒットになる程のバットコントロールは持ち合わせていないはず。

 

(斉藤の怖さは、変化球であろうがゾーンに入ってきた球をほぼ打てる反応の良さ、当たれば飛ぶ身体能力に任せたパワー)

 

ボール気味の球を引っ掛けさせる。三振は少ない男なだけに、三振を奪うのはかなり難しい。

 

(四球でもない、ヒットにさせるな。先頭打者としてこいつが出た場合、かなりの確率でビックイニングが起こる)

 

ここを切って、勢いに乗れ。

そう言っている原田の意図を汲み取って、成宮はここでプライドを捨てた。

 

投手に使うなんて冗談じゃない。

 

その拘りを、あいつにだけは、敗けたくない。

 

この思いが上回った。

 

(チェンジアップ―――)

 

智巳がそう気づいた時には、遅い。彼は速球にも変化球にも対応できるが緩急に弱い。

 

大抵のことに対応できる下半身の強靭な粘りもこれは流石にカバーできず、完全に体勢は崩された。

 

『三振―――!併殺こそ多いもののこの大会屈指の右打者から、あっさりと三振を奪いました!』

 

悔しさを顕にして打席を去る智巳は、ネクストバッターズサークルから打席へ進む小湊亮介に声をかけた。

 

「チェンジアップって言うより、サークルチェンジみたいな感じです。スクリュー気味に沈んできます」

 

その言葉を受けて、小湊亮介は打席に立った。

 

1球目、ストレート。

 

(相手はこの打線の中でも屈指の厄介さを誇る打者だ。油断するなよ、鳴)

 

(わかってるよ、雅さん)

 

幸先よくファーストストライクをとったものの、油断は全くできない。

 

(勝つ為には、1点もやれないんだからさ)

 

カーブでカウントを稼ぎ、フォークを低めに外して、クロスファイヤーでファーストゴロに切って取る。

 

続く伊佐敷もセカンドゴロに打ち取り、三者凡退。

 

『やはりこの左腕は別格と言っていいでしょう。青道打線を初回から三者凡退に仕留めたのは成宮くんが初めてとなります』

 

チームメイトのよくやったと言う賞賛の声に少し照れ気味になりながらも憮然と返す成宮を他所に、青道ベンチでは。

 

「斉藤、この一戦は投手戦になるだろう」

 

「覚悟はしてますよ」

 

成宮が相手だから仕方ないと、ある意味智巳は割り切っている。

現にあのサークルチェンジを、自分は打てなかったのだ。あの球を低めに決められればまず打てない。

 

片岡鉄心の真剣な眼差しを受けて、ヘルメットから帽子へとかぶり直してから改めて向き直る。

まだ話は終わっていないと、直感的にわかったからである。

 

「チームの為に、青道高校のエースとして、勝ってくれじゃない。勝ってこい」

 

勝ってくれじゃなく、勝ってこい。

そこに含まれるのは願いではなく、信頼からの指令。

それに応えずして、エースなど名乗れるものではないでしょうか。

 

『さあ、出てきました!打ってはホームランダービー2位の7本塁打、打率も残せる核弾頭にして絶対的エース!

彼目当てに来た方も多いのではないでしょうか』

 

エースらしい194センチの長身と、御幸とどっこいどっこいのルックス。

広い背中に、背番号1が栄えている。

 

らしいフォームと、闘志。高速フォークでファンを惹きつけ、更に今は再び神宮であの真横に滑る高速スライダーが見れるとあってかなりの集客力を得たスターダム。

 

『未だ野球人生を通して去年の今頃、稲城実業に敗けた以外は敗北はない東都の怪物が、マウンドに上がります!』

 

その怪物はと言うと。

 

「今日はお客さん多いな」

 

「まあ、あの高速スライダーを神宮で見れるとあってはこないヤクルトファンは居ないってことじゃないか?」

 

俺なら行くし、と言わんばかりのこの男もセ界ではヤクルトファン。

その心理はわかり切っている。

 

「……お前、狙ったのか?」

 

「応援が多くなるだろうなってのは狙ったよ。好きだろ、応援されんの」

 

「すごく好き。応援されると、期待されると応えたくなるんだよ。

その薬師を利用した盤外戦略、ナイスと言わせていただこう」

 

「恐悦至極だ、相棒」

 

「いい仕事をしたぞ、相棒」

 

ニヤリと笑い合いながら、二人は誰よりも遅く守りにつく。

 

相手に情報を与えないよりも、与えて絶望感を煽ることとエースのコンディションを優先する。

 

「お前がいつも万全なら、敗けることなんかない。勝ちに行こうぜ」

 

「期待に応えて見せよう」

 

監督、主将、相棒、後輩、ファン。

俺たちを甲子園に連れて行け、ではない。

 

甲子園に行こうと、言われている。

 

それに応えなければ、男ではない。

 

『一番センター、カルロスくん』

 

「よぉ、また倒しに来たぜ」

 

「二度同じ手は通用しないってのが、攻略の秘訣って言うけど?」

 

「お前たちが見てない景色を、俺達は見てきた」

 

甲子園という、成長の場を。

その自信がカルロスにはある。

 

「何か勘違いしてるようだけど」

 

初めての球は、ストレート。

ど真ん中のその球を空振りさせて、御幸はボールを投げ返して悠々と構えた。

 

「お前たちが見てない景色を、俺達はとっくに何回も見てきてる」

 

国際大会、全国大会。

シニア時代の栄光は過去の物だが、経験値として残っている。

 

「そして、唯一知らなかった敗けという経験も、お前らがくれた」

 

2球目のストレートで、3球目。

 

投げられた球は、152キロ。

 

(同じコースに3球ストレートだと―――!)

 

舐めるな、と思う。

しかし、落ちる可能性もある。曲がる可能性もある。

もちろんストレートならば手元でノビてくる。

 

その三択が、カルロスのスイングを鈍らせた。

 

『打ち上げたー!御幸くん、落下点に入ります』

 

キャッチャーフライを捕球し、ホームベースに戻る。

去り際のカルロスに、御幸一也はこう告げた。

 

「ありがとよ。敗けさせてくれて。あいつは敗けを糧に成長するどころか、本物に化けた」




青道高校
一番斉藤:CABADF/パワー178/PH、広角、威圧感
二番小湊:ADACAA/パワー92/AH
三番伊佐敷:CBCABB/パワー112
四番結城:AABDBB/パワー183/PH、AH、広角、威圧感
五番御幸:CBDAAA/パワー134/広角
六番増子:EACBCC/パワー163/PH、プルヒ
七番坂井:EECBBE/パワー48/エラー、併殺、三振
八番白洲:CCBCBB/パワー98/AH
九番倉持:DDACAA/パワー88



稲城実業
一番カルロス:ABAABB/パワー115/PH、AH
二番白河:ADACAA/パワー89/AH
三番吉沢:DBDCCD/パワー111
四番原田:BADABB/パワー153/PH、AH
五番成宮:CCBADD/パワー107/サヨナラ男
六番山岡:DAEBEE/パワー154/PH
七番平井:BDBBBB/パワー84
八番梵:ECBCBB/パワー104
九番富士川 :DCBCBB/パワー103

青道高校
投……斉藤(絶好調):153/189(A)/249(A)/高速スライダー6/カットボール3/スローカーブ4/ドロップカーブ3/高速フォーク7/チェンジアップ4

特殊能力:強心臓/打たれ強さ5/ノビ5/クイック2/安定度1/ケガしにくさ2/回復1/ドクターK/重い球/驚異の切れ味/対強打者○/球持ち○/勝ち運/闘志/威圧感/力配分/夏男


稲城実業
投……成宮(絶好調):148/123(B)/178(A)/スライダー4/カーブ3/フォーク3/サークルチェンジ5

特殊能力:対ピンチ4/打たれ強さ4/回復5/安定度4/驚異の切れ味/奪三振/勝ち運/闘志/対強打者/夏男

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