瞬間最大風速   作:ROUTE

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天敵投手

稲城実業の二番打者・白河勝之は、丸亀シニアでのクリスの後輩である。

一年後に入った気難しい彼は、クリスを尊敬していた。

 

捕手として未熟な投手を導く力量と、度量の広さ、性格の良さ。責任感とリーダーシップに溢れた、頼れる先輩だと。

 

白河も遊撃手として、好守備と巧打でクリスを支えた。

程なくしてその実力は監督にも認められ、三番に抜擢された白河と四番クリスの三番四番コンビは東京一と呼ばれるようになった。

 

が、そんな日も長くは続かなかった。

シニア全国大会予選、東京大会。

 

弱く、やる気のない弱小として知られていた江戸川シニアが、破竹の勢いで勝ち進んでいると言うのだ。

 

三番斉藤、四番御幸と言う一年生コンビと、エース斉藤、正捕手御幸と言う黄金バッテリーで。

 

リトル大会では、実のところこの二人はあまり有名では無かった。

江戸川リトルに凄い二人がいるとのことだったが、江戸川リトル自体が『合宿・遠征がない代わりに年間費が一番安い』というところでしかなかったから、当然のように士気も低く、メンバーも弱かったからである。

 

結果、投手は父親が居らず母がパートで働いて暮らしているということから、捕手は母親が居ないし町工場自体が不景気と言うことから、この経済的に余裕がない二人は安いシニアに入らざるを得なかった。

丸亀シニアや城南シニアからも誘われていたが、当然強豪であればあるほど年間費も高い。それはキツイ。

 

江戸川シニアは、江戸川リトルと同系列。チーム統一準備品も同じ物を流用するから金が安く済んだし、合宿・遠征がないから年間費も安い。

 

誘われてるので丸亀シニアや城南シニアに行きたいんです、と言われれば恐らく親は何とかしてくれていただろう。

が、そうホイホイと頼める感じではないから、この二人は決めた。

 

取り敢えず一年間活躍して、自分たちの力で有望株を呼び込もうと。

二人で勝てるとは思っていないが、何とかしようと。

 

その結果が、シニア全国大会予選での無双である。

当たった敵が弱かったこともあり、その時既にスタミナがあった斉藤がストレートを適当に投げているだけで勝てたことも大きい。

 

そもそも連投できないのは負担のかかる球を決め球にする→とれにくい疲れが貯まるのコンボの所為であってスタミナ自体はあるのだ。完全に舐めてかかれば変化球をあまり使わないシニアでは三連投までなら行ける。

 

故にこの時は平然と連投できた。そして二回連続完封にして、丸亀シニアと戦った。

 

そして、丸亀シニアは敗けたのだ。黄金時代のはじまりだ!と意気果敢だった彼等は、味方から熱いエラー攻撃(9失策)を喰らいまくった智巳から1安打も打てずに2対0で敗けた。

 

そのまま江戸川シニアは全国大会一回戦を御幸が投げて智巳が受け、二回戦は智巳が投げて御幸が受け、このループで優勝した。

 

基本的に、この時のスコアは2対1や2対0、3対0などのロースコア。

点を取れるのが件の二人しか居なかったが、それだけにその活躍は一際目立った。

 

結果、覇権は移った。

結果的に年間費が高くなり、遠征や合宿が行われると言う二人にとっての大誤算が起きたものの、二年目三年目は連投する必要すらない控えの充実っぷりで、更には智巳が二年・三年時にはフォークを習得したこともあり、江戸川シニアは覇権を握る。

監督もお飾りのようなものだったので、作戦立案は殆ど御幸がやっていたし投手への指導は智巳がやっていたが、今は監督も変わってコーチも付いたようである。

 

まあ、その第一関門的に薙ぎ倒された(4打数4三振)白河勝之には悔しさと屈辱があった。

 

無言で打席に立った彼を、御幸一也も無言で出迎える。

 

「お前等には敗けない」

 

ファーストストライクをとったあたりで、白河が喋ったことを意外に思いながら、御幸は取り敢えず返事を返す。

 

「もう、俺達だけじゃないけどな」

 

二人でフルスイング理論で後続を育てて、二人で野球をやっていたあの頃とは違い、同学年こそ頼れないが倉持が居るし、頼れる先輩も後輩も居る。

 

(……俺の前に立ちはだかるのは、いつもお前たち二人だ)

 

そしてお前たちは、成宮と原田さんしか壁として見ていない。

それが、ムカつく。

 

それが、気に食わない。

 

3球目の決めに来たストレートをカットし、ファール。

 

このままストレートで攻めて来るなら、ヒットになるまで延々とカットできる技術を持っている。

 

「やっぱレベルが違うね、お前らは」

 

「思ってもいない事を言うなよ」

 

「いや、ホントに」

 

話が途中で切り上げられ、18.44メートル離れた距離からインハイ目一杯へ剛速球が投げられた。

 

「ホントに思ってるから、ストレートで打ち取るのが楽しいのよ」

 

見逃し三振した自分を笑ったわけではないのだろう。

しかし、心底楽しそうに笑いながら御幸一也は斉藤智巳に投げ返す。

 

その後、三番吉沢を空振り三振に仕留め、珍しく一回2奪三振。

 

『空振り三振ー!斉藤智くん、今日も完璧な立ち上がりです』

 

と、実況には言われているが、小湊亮介から見ると不充分なようである。

 

「珍しいね。どうしたの?」

 

「一筋縄ではいきませんからね。少し緊張してしまいました」

 

「ハハッ、冗談うまいね」

 

小湊亮介と軽く会話して、この回を全球ストレートで決めたエースはベンチに帰った。

次は、四番の結城哲也から。

 

『初球攻撃ー!』

 

センター前へ弾き返す。

マークされることはわかりきっているだけに、早打ちする。

 

どんなに無様でもいい。1点あれば勝てるのだ。

 

『センターの前に、落ちました!先頭バッター出塁!』

 

五番バッターは、御幸一也。

塁上から送られたサインに驚くも、頷く。

 

そのほうがいいことに変わりはない。

 

『御幸くん、送りバントの構えです』

 

『1点を争う投手戦ですからね。ここは手堅く送ってくるのでしょう』

 

原田も成宮も、そのことは承知している。だが、ただでは送らせない構え。

 

(ここはアウトをひとつもらう。だが、そう簡単にやらせるなよ、鳴)

 

(わかってるって)

 

送らせるにしても、すぐに送らせるのと苦労して送らせるのは訳が違う。

要求されたのは、カーブ。

 

セットポジションからモーションに入るや否や、結城哲也が動いた。

 

『結城くん、スタートッ!』

 

盗塁。もちろん御幸のバントの構えは解除され、空振りでアシスト。

阻止すべく原田が捕球してすぐさまセカンドに投げる。

 

『セーフ!成宮くんのモーションを完全に盗んでいました!』

 

『落合さんのような盗塁ですね。脚も速いんですが、どちらかと言えば技術で決めた形になります』

 

御幸は変わらず、送りバントの構え。

 

『得点圏ですし、御幸くんに打たせてもいいと思うんですが、どう思われますか?』

 

『ここはチャンスを拡大するわけでもなく、意地でも一点を取りたいんでしょうね。エースに自信がなければ、点を取られる可能性があるならできない采配ですよ』

 

前回とは随分違うと、片岡采配を見た稲実監督の国友は思う。

 

前回は、攻めて攻めてチャンスを広げ、ワンチャンスをモノにするのではなく更に広げていく。

そんな采配が多かったが、ここにきて堅実さと執念深さが見えた。

 

二回の表。

御幸が送ってワンアウト三塁、バッターは増子。

 

犠牲フライを打つパワーは当然ながらある。

 

「タイムお願いします」

 

原田が何回も取れるバッテリー間のタイムを取り、マウンドに向かう。

 

「鳴、ここは三振が欲しい場面だ。狙っていくぞ」

 

「わかってる。チェンジアップを使っていくよ」

 

傍から見ればサークルチェンジだが、成宮鳴から見ればチェンジアップ。

智巳のフォークがSFFと言われるのと同じである。

 

「低めに決めれば魔球だ。きっちり投げ込め」

 

頷き、ホームベースへ戻る。

なりふり構っている暇はない。確実に失点を防ぎ、勝たなければならないのだ。

 

カーブで打ち気を逸し、外角低めにストレートで緩急をつけてサークルチェンジを低めに決めて空振り三振。

 

七番坂井を危なげなくゴロに打ち取り、得点ならず。

 

『成宮くん、ピンチを切り抜けました!』

 

『増子くんの三振はともかく、坂井くんの初球攻撃が少し淡白でしたかね。何にせよ、このチャンスをモノに出来なかったのは痛いですよ』

 

二回裏、智巳は再びマウンドに上がる。

 

迎える打者は、四番の原田。

 

『初球ストレート、ストライク!いきなり152キロ!』

 

カルロス、白河、吉沢に見せたものとは、格が違うノビあるストレート。

 

(こいつ……今までウチの上位打線相手に手を抜いて―――)

 

2球目のストレートにすら掠りもせず、二個の空振り。

そして、3球目。

 

『空振り三振ー!決め球の高速フォークが冴え渡ります!』

 

神宮に咆哮が轟き、観戦客がより一層盛り上がる。

3球勝負で仕留め、続くは五番の成宮。

 

原田の打席を見ると、明らかに手を抜いたピッチング。

 

(俺を舐めんな!)

 

金属バットに当たった打球は二遊間を抜け、センターの前へ。

 

成宮鳴、シングルヒット。

 

ここで打者は山岡。一発のある強打者。ピンチの後にチャンスあり。ここで智巳を打ち崩せれば勝ちも見えてくる。

 

初球セットポジションから、1球目。

 

(甘い――が)

 

山岡は、敢えて初球のストレートを見送った。

 

カルロスを打ち取った時も、白河を打ち取った時もストレートは甘めに決まっていた。

どちらかと言えば球威で圧していくタイプだからおかしくはないが、今日は制球が甘い日なのかもしれない。

 

(次に甘い球がくれば打つ)

 

だが、2球目は縦のカーブが良い所に決まり、ツーストライク。

 

目を瞑り、大きく深呼吸をして再び打席に立つ。

 

ここで打てば、チャンスが広がる。

ホームランなら、初めて被本塁打を喰らわせることになる。

 

投げられた球は、真ん中高めの甘い球。

 

(やっぱり制球は定まっていないのか)

 

貰った。高めに来た甘い球を打ち砕く為にバットを振り抜こうとすると、手元で真っ直ぐ横に曲がる。

 

カットボール。

 

金属バットの先に当たり、セカンド方向にゴロが転がった。

 

「亮さん」

 

「任せなって」

 

素早くとって二塁へ転送、二塁へカバーしに入ってきた倉持が一塁へ送球、ゲッツー。

 

スリーアウト、チェンジ。

 

その後、成宮は白洲・倉持・智巳を三振・三振・セカンドゴロに抑えて三回表を終えるも、智巳も七番平井を三振、八番梵をセカンドゴロ、九番富士川をサードゴロ。

 

成宮も小湊亮介にヒットを許すも伊佐敷を併殺逃れのゴロに打ち取り、結城にツーベース打たれて二、三塁。

 

御幸四球で満塁策を取り、増子と坂井を打ち取ってチェンジ。

 

四回の裏。稲実は再び上位打線から攻撃がはじまる。


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