瞬間最大風速   作:ROUTE

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不敗神話は終わらない

援護をもらった智巳は、六回の裏の稲実打線・八番梵をカットボールで空振り三振。九番富士川をストレートで見逃し三振。一番カルロスを高速フォークで空振り三振と、完全に捻じ伏せて三者凡退。

 

七回の裏は白河にヒットを許すも盗塁を御幸が刺し、三番吉沢にヒット許したあとは、四番原田を高速スライダーで見逃し三振。五番成宮にもツーベースを打たれてピンチを作るが、六番山岡を歩かせて七番を三振させてピンチ脱出。

 

完全に稲城を叩きのめし、七回17奪三振の熱投で、七回8奪三振の成宮を圧倒している。

 

「チーフ、ヤバイですね」

 

「そうか?」

 

ドリンクを悠々と飲むその姿は、更に貫禄が増したように思える。

エースという言葉が様になっていたのに、更にその様になりっぷりが増している。

 

「もう一杯くれ」

 

「へいっ」

 

援護をやれば、この男はそうそう敗けない。

さらりと言えば、余裕が増せば増すほど強くなるのだ。

 

地味にあれから成宮も出塁を許していない。

ベストピッチとすら言えるあの決め球が痛恨の一投となって以来、そのピッチングは鬼気迫るものがある。

 

「あの白頭、キャップから打たれてから本当にすごいですよね。鬼気迫るって言うか」

 

「鬼気迫るものがあっても敗けていたら意味はない」

 

超集中モード、ないしはハイパーモードに入った反動か、結城哲也がクロスファイヤーで空振り三振に打ち取られ、三年に入って二個目の三振となる。

 

「…………未熟」

 

「3の3だったんですから、別に一打席くらい凡退してもいいんじゃないですか。俺なんて4タコですし」

 

オーラを溢れさせる結城哲也の成績は、ヒットから盗塁→ツーベース→ホームラン→三振と、ちょっとおかしいレベルですごい。

 

「いや、あと一点でも二点でも取ってやりたかった」

 

「充分ですよ。敗ける気はありませんから」

 

帽子をかぶり直し、マウンドへ。

 

八回裏、打順は八番梵から。

荒れたマウンドの土をならしながら、白球を持つ。

 

『さあ、青道高校の六年ぶりの甲子園出場まで、あとアウト6個!ここは当然継投はせず、尻上がりに三振を量産しているエースの斉藤智くんがマウンドに上がります』

 

『彼にしてはボール球を多く使っていますが、八回に差し掛かって100球は充分完投を狙えるペースです』

 

『やはりここぞを任せられるエースが居るのは大きいですね。一昨年までは継投での失点で落とした試合が多く見られただけに、より青道側はそう感じていることでしょう』

 

『ですが成宮くんも結城くんの一発以外は完璧なピッチング。絶対的なエースと四番を雍するこの二校の戦いは、いよいよクライマックスを迎えます』

 

下位打線に弱いのが、智巳の特徴。

大きく振りかぶって、第一球。

 

144キロ、ストレート。

 

『比べるのはナンセンスですが、少し球威やノビは落ちてきています。フォークの落ちもキレもです。ここからは、今まで打ち崩せなかった稲実側にもチャンスが巡ってくるでしょうか?』

 

『そうですね。彼は全体的に下位打線に弱いですから、ここでヒットはできるかもしれません』

 

そう解説が漏らした途端、打球がライト前に落ちる。

八番梵、ヒット。

 

迎える打者は、九番富士川。

 

(ここで打つ)

 

ここで打ちたい。自分の三年間を、無安打で終わらせたくはない。

 

富士川の、三年の意地とエースの誇りが火花を散らす。

球威は落ち、見極められるようにはなってきている。

 

そして智巳は、細かい制球が定まらなくなってきていた。

 

自然と、大雑把なリードにならざるを得ない。

 

(しまった)

 

カーブの抜き方が、甘かった。

縦に落ちていかないドロップカーブを、富士川のバットが捉える。

 

打球は二遊間を鋭く転がっていく。

 

『痛烈―――ッ!』

 

しかし、そこには頼れる先輩が居る。

 

「そこッ!」

 

深く守っていた小湊が追い付き、グラブを後ろ手に差し出して辛くも止めた。

 

空中で身を翻す暇も、振り返る暇もない。

グラブからそのまま腕を後ろに振ってトスして、ショートへ。

ありえない体勢からのショートへの綺麗な送球を倉持が捕り、二塁を踏んで交錯を避ける為に跳んでファーストへ。

 

『ゲッツー!セカンド小湊、自分の守備範囲でのヒットは絶対に許さないと言わんばかりのファインプレー!これで一気にツーアウトォ!』

 

見事な守備を見せた小湊は立ち上がり、平然といつもの守備位置に立つ。

 

そして笑って、エースの背中に向けて発破を飛ばした。

 

「ガンガン三振取っちゃったらどうかな。こんなファインプレーを用意してくれなくてもいいんだけど?」

 

「すいません、亮さん。意外とこいつら相手にすると神経使うんですよ」

 

油断ならない強打者が、しっかりバットを振り抜いてくる。

簡単に三振を取っているように見えても、その疲労は馬鹿にならない。

 

「ハハ、でも頑張りなよ。エースなんだから。俺はセカンドとしての義務を果たしてるよ?」

 

「それを言われちゃあ何も言えませんね」

 

軽く振り向いて笑い、正面の打者に向き直る。

バッターは、カルロス。

 

(智、決め球はスライダーで行くぞ。先ずはカットボールだ)

 

御幸のサインに無言で頷き、振りかぶる。

ストレート軸から、ここに来ての変化球軸へのシフト。

 

まだまだ引き出しはある。慎重に、しかし大胆に攻めていく。

 

初球カットボールを空振り、ワンストライク。

 

返球し、御幸はすぐさまミットを構えた。

相手に考える時間は与えない。テンポよく攻めていく。

 

スローカーブが低めギリギリ外れて、ワンボール。

 

やはり、細かい制球が利いていない。

 

それはカルロスもわかっている。

だから普段浮かべている余裕のある笑顔を消して、必死にボールを見ているのだ。

 

(ここで切って、勝つぞ)

 

(応)

 

小さなシュート。

今回の試合で投げる、はじめての球。

 

それをカルロスは引っ掛けた。

 

サード方向に、勢いの死んだ打球が転がっていく。

 

「増子さん、頼みますよ」

 

「ウガッ!」

 

智巳はマウンドから動かず。

増子透が素早いチャージで距離を詰めて、三塁手を守るに相応しい強肩でファーストに送球。

若干逸れた送球を危なげなく結城哲也が捕球して、アウト。

 

打つ方が目立つが、かなりファーストの守備はうまいのだ。

サードとセカンドは『やってやれないことはない』程度なものだが。

 

懸命に走ったカルロスよりも、増子の守備が勝っていた。

 

『スリーアウト、チェンジ!稲城実業のカルロスくん、懸命に走りましたが僅かに届かず!

青道高校、六年ぶりの甲子園まであとアウト3つに迫っています!』

 

ふぅ、と息を吐きながら踏み荒らしたマウンドを脚でならして、ロジンバックを定位置に戻す。

 

敵エースに、敬意を。

薬師戦でもやっていたこれは、もはや癖になっている。

 

次にマウンドに立つ成宮に、自分が荒らしたマウンドに立って欲しくはない。

 

少し屈んでマウンドの土に右手の指を当てて、智巳はマウンドから下りた。

 

攻撃は五番から。当然油断すれば成宮とて被弾するだろうが、ここに来て油断はしないだろうと智巳は思う。

 

現に、成宮は諦めていなかった。

結城に一発を喰らった自分を責めながらも、嘗てのようにマウンド上で気色ばむことなくベンチで発散するのは流石の成長と言える。

 

そしてこの回も、成宮は自分のピッチングを貫く。

 

相対するは、五番御幸。

得点圏にランナーが居ない彼は全く怖くないとはいえ、珍しく御幸は粘ってきた。

少しでも、少しでも有利にしたい。

 

二度と敗けさせたくはない。その思いが強いから、御幸は粘った。

左打者だから、左投手の成宮には当然ながら相性が悪い。

 

しかし、粘った。

 

(そりゃ、粘るよね)

 

九球目を投げ終えた成宮は、この御幸の勝っているのになお粘ろうとする気持ちがわかる。

どうしても勝ちたい時、何点でも欲しくなる。

 

だが、そうやすやすと点はやれない。

 

『御幸くん、三振!よく粘りましたが、ここは成宮くんの左腕が勝りました!』

 

六番増子には、渾身の143キロクロスファイヤーから見せ球にサークルチェンジを使い、スライダーで空振り三振。

 

七番坂井も3球で仕留め、拍手と共に成宮鳴はマウンドを下りた。

この拍手は、敬意の拍手。よく一人で投げ抜いたという、敬意。

 

だから成宮は、振り返らない。

勝った時に受ける祝福の拍手の方が何倍も嬉しいことを、彼は知っているから。

 

スリーアウトを取られた、青道ベンチ。

 

「監督」

 

「どうした」

 

柔らかに笑って、鷹のように鋭い眼を人懐っこく丸めさせながら、智巳は片岡鉄心に頭を下げた。

 

「ありがとうございます。一度敗けた男を使ってくれて。こんな面倒くさい連投不可の男を、エースだと認めてくれて」

 

次に智巳は、チームメイトを見た。

 

「御幸、何だかんだ言って、今の俺があるのはお前のおかげだ。無茶な球を受けてくれて、俺を生かすリードをしてくれて、ありがとう」

 

「哲さん。去年のことを思い出してた時に声をかけてくれて、ありがとうございました。援護、絶対に無駄にはしません。勝って、夢を叶えましょう」

 

「亮さん。好守備と巧打には、何回も助けられました。あなたが後ろに居るだけで、凄く頼もしかった」

 

「純さん、外野陣の指揮と声掛け、いつも元気をもらいました。あなたがセンターに居るだけで、二塁ランナーは早々迂闊には動けない。

これは、本当に大きいことなんですよ」

 

「増子さん。あなたの守備は信頼してただけにエラーされた時にはビビりましたけど、最近の全く危なげないバント処理と、ゴロの処理。本当に助かってます。あと、ゲッツーに巻き込んでしまってすいません」

 

「倉持。お前がショートに居るから、打たせても全く怖くない。正直、シニアとかでは怖かったから、心にゆとりが持てるよ。ありがとう」

 

大きく息を吸って、吐いて。

一つ一つ大事に言った言葉を反芻しながら、智巳はグラウンドに一歩踏み出した。

 

「さあ、行こう」

 

エースとしてチームメイトに声をかけ、口元にほのかな笑みを浮かべて、誰よりも先に駆けていく。

その背にある『1』を追って、青道ナインは駆けていった。

 

マウンドに上って、囲むように集まる。

 

「あと3つ。確実に行けよ」

 

結城哲也が、口元を笑わせて拳を突き出す。

 

「またこっちに世話かけてきてもいいよ」

 

小湊亮介がニコリと微笑む。

 

「ショートはお前の言う通り鉄壁だから心配すんな!」

 

倉持洋一が、ニヤリと笑って気を吐いた。

 

「サードに打たせてきてもいいぞ!」

 

増子透が、ドン、と己の胸を叩いた。

 

「外野にボールあんま飛んできてねぇぞ!少しはこっちにも見せ場よこせや!」

 

伊佐敷純が、笑いながら咆えた。

 

「智、最後はやっぱ三振で決めようぜ。ウイニングボールは俺が捕りてぇ」

 

御幸がいたずらっぽく笑う口元をミットで隠しながら、言った。

 

「てめぇ御幸!俺も欲しいんだよ!こちとら最後のチャンスなんだぞ!センターフライにしろや!」

 

「ファーストゴロでもいいぞ」

 

「セカンドゴロとかどう?」

 

「ショートゴロで決めようぜ!」

 

「もちろん、サードフライでも構わないからな」

 

口々に無茶を言って、全員がバラバラの方向に駆けていく。

 

―――最強のチームの最強のエースと、最強のチームのキャプテンとして、甲子園に行きたい。

 

そう。このチームは最強。

 

荒らされたマウンドをならして、ロジンバックを定位置に戻す。

 

初球は、ストレート。

敵の打者は、白河勝之。

 

野球が楽しい。

こんな楽しいスポーツを、他には知らない。

全体の中に、個人技がある。

個人の喜びや記録を分かち合える。勝つ為に、一つになれる。

 

2球目を投げて、追い込む。

最後は、高速フォーク。

 

152キロと、電光掲示板が告げている。

そんな物は意にも止めずに、智巳は吼えた。

 

紅いランプが1つ点って、黄色のランプが2つ消える。

 

三番、吉沢。スリーベースを放ち、得点の好機を作った打者。

 

智コールと、稲実の応援歌がマウンドを挟み込んで、夏の青空に響いている。

 

3つめの球に、バットが回った。

151キロ、高速スライダー。

 

黄色のランプが2つ消えて、紅いランプが2つになった。

 

結城哲也が笑っている。

伊佐敷純が笑っている。

小湊亮介も笑っている。

御幸一也も笑っている。

斉藤智巳も笑っている。

 

敗ける気がしない。このチームは、最強。

誰であろうと、誰が相手であろうと、どのチームが相手であろうと、敗ける筈がない。

 

迎える打者は、四番原田。

 

2球で追い込み、3球目。

決めに行った高速フォークが打たれ、ライトの頭を超えた。

 

黄色のランプが2つ消えて、次の打者が来る。

 

成宮鳴。

打席に入るエースの眼差しが、マウンド上のエースを捉えた。

 

バットが回って、黄色のランプが1つ点った。

バットに当たって打球が切れて、黄色のランプが2つになった。

 

3球目を投げて、緑色のランプがこの回はじめて点った。

 

4球目を投げた途端、金属が白球を捉える時の、独特の音が響く。

 

 

 

ボールは、センターへ。

 

 

 

白球を、伊佐敷純が追っている。

必死に追って、止まった。

 

落下していく打球はセンター伊佐敷のグラブの中へ。

 

赤いランプが2つ消えるが早いか、キャッチャーマスクを脱ぎ捨てて、御幸がマウンドに駆け寄った。

智巳が腕を広げて、喜びを爆発させながら思い切り相棒を抱擁する。

 

内野陣が集まり、ベンチから控えメンバーが集まり、最後に外野陣がマウンドに集まる。

 

あのマウンドでの覇気は何処へやら。泣いているエースをもみくちゃにして、褒め称えて、泣くなと騒いで、皆で泣いた。

 

 

さあ、並ぼう。泣いていないで。みんな―――みんな、ちゃんと整列しよう。

 

 

泣きながらも、キャプテン結城の必死に涙を堪えた号令の元に整列して、対戦相手に頭を下げる。

 

校歌を大声で泣きながら歌って、ベンチで立ったまま泣いていた片岡鉄心を無理矢理連れ出して誰よりも天高く胴上げして、続いてキャプテンが、続いてエースが宙を舞う。

 

青道高校はこの日。

六年ぶりの甲子園出場を決めた。

 

去年の同じ日に敗けて泣いたエースは、勝っても泣いてしまうのだとこの時知った。

 

みんな、泣いていた。

夏のはじまりを感じさせる、涙だった。




以下、モチーフ。

斉藤和巳+伊藤智仁+高橋由伸=斉藤智巳

小久保裕紀+松中信彦+ロバート・ローズ=結城哲也

古田敦也+今岡誠+磯部公一=御幸一也

和田毅+岩隈久志+上原浩治=沢村栄純

杉内俊哉+八木智哉=成宮鳴

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