瞬間最大風速 作:ROUTE
※最大の壁を乗り越え、メンバーが強化。甲子園で覚醒する者も多く、その余波でちょっと洒落にならないほど強くなっています。
※エースと四番と正捕手と三番と二番が既に覚醒しています。
※無双注意。なお来年は死ぬほど苦戦する模様。
※番外編は1話の前に上げます。更新報告が来たら、お手数ですが目次を見て、どこが更新されたかをご確認ください。
はい、では甲子園編です。
昨日西東京都大会、決勝戦が行われました。甲子園への切符をかけた一戦を、ダイジェストでお届け致します。
この試合は西東京の強豪校同士の絶対的エースがぶつかり合い、不動の四番同士が火花を散らした戦いでした。
まず成宮くんは立ち上がり、5割8分3厘7本塁打と言うこの大会屈指の強打者でありながらエースの斉藤智くんを三振に切ってとる上々の立ち上がりを見せますが、斉藤智くんも圧巻のピッチングを披露。
一番カルロスくんをキャッチャーフライ、二番白河くん、三番吉沢くんを三振に切って捨て、一回を終えます。
試合が動いたのは、四回の裏でした。この回もあっさり二人をアウトにした斉藤智くんですが、三番吉沢くんにヒットを打たれてしまいます。
これをレフトの坂井くんがダイビングキャッチで捕球しようとするも、後逸。記録はスリーベースとなり、ツーアウト三塁で稲城実業の四番で主将・原田くんと相対します。
エースと四番の戦いに期待がかかる中、ここで斉藤智くんは伝家の宝刀高速スライダーで空振り三振にしとめ、ピンチを脱しました。
再び動いたのは、五回の表です。
ノーアウトでランナーは一、二塁。ここで迎えるは青道高校の四番・結城くん。
ツーストライクにまで追い込まれるも、電光掲示板を破壊するライナー性のホームランで好投を続けるエースを援護。
斉藤智くんに、援護が三点もあれば充分。援護を受けてからは白河くん以外のすべての打者三振させ、最後の9回にピンチを招くも悠々切り抜け、9回19奪三振118球の熱投で、完封勝利。
東都の怪物と都のプリンスの直接対決は東都の怪物が制し、これで青道高校は六年ぶりの甲子園出場となりました。
と言うように、スポーツニュースでも、取り上げられている。
で、取り上げられた当人はと言うと。
「いつまで言ってんだ、このニュースは」
「おま……そりゃあ昨日のことだからニュースは取り上げるだろうよ」
まだ朝だが、この二人と結城哲也は4時半に起きてランニングを済ませ、素振りをして朝風呂を浴びて6時に食堂に来ている。
このニュースが映っているのは、食堂の馬鹿でかいテレビが点いているからだった。
二軍とベンチ組は興奮冷めやらぬという様子だが、一軍のスタメンと、結城と智巳と御幸以外はどこか明るく飯を食べている。
「だが、もう終わったことだ。次は甲子園に向けて切り替え終わっていなければならない」
そこに、この男が水をさした。
もう喜ぶのはいい。もう、次の目標を定めて走り出さなければならない。
エースは既に過去になったあの喜びに見向きもせず、ただ厳しい前を見ている。
「お前、走り続けてんなぁ」
「止まることはいつでも出来る。動ける限りは走る」
「動けなくなったら?」
「動かすんだよ。当たり前なことを訊くな」
メンタルが強く、求道的な人間特有の精神論に頷きながら、御幸は智巳に合わせて飯をかっこんだ。
智巳の言葉に、少しまだ甲子園に行けたことへの喜びの余韻が残っていた面々は気を引き締める。
このストイックさは真似できないが、それでも見習うことができた。
「純さん、外野ノックお願いできますか?」
「おうよ。お前もピッチャーの時以外は守備固め無しでレフト固定なんだから、まともな技術を身につけろ」
「わかりました。今日はどのみち投げられませんから、お願いします」
「おう。昼まで徹底的に扱いてやるよ」
夕方になれば、智巳は投手陣を鍛えなければならない。
エース兼投手陣のまとめ役なので、結構やることがあるのである。
主に打撃では頭を使わな過ぎ、守備では頭で考え過ぎ、投球ではちょうどいい塩梅のこの男。
ワンテンポ遅れるのは一々『右足を前に出して捕球して』とか考えているかららしいのである。
感覚でやれるようになるまでやる時間はないから、伊佐敷純は『どちらの足を出してもグラブを蹴ってしまわないようにする』と言うことを身につけさせる気だった。
一方倉持と小湊亮介の二遊間コンビは守備強化のためのノックを受けに向かい、他のメンバーも動き出す。
そして、御幸はと言うと。
「哲さん、今日はティーバッティングはしますか?」
「ああ。1三振もしてしまったからな。喜びは昨日だけでいい」
「なら、俺の打撃を見てもらえます?粘れたは粘れたんですけど、打てなかったんで」
「お前も来年の四番打者候補。守備だけではなく、万遍ない打撃を身につける時が来たようだな」
オーラを放ちながら、結城哲也は立ち上がる。
彼は家が近い為に基本的には通いだが、祝勝会から甲子園に行くまでは四人部屋である智巳の部屋に泊まっていた。
よって、朝飯もここで取っている。
今日は、例によって例の如くOBによって呼び出されて片岡鉄心は不在なので、メンバーは自主的に必要なメニューを考えてそれを行う。
自分で考え、実行する。
放任気味のこの気質は、選手たちの練習に対する自主性と自分の足りないところを見つめ直す目を育んでいた。
「やってるか、リリーフ陣」
昼までみっちり外野ノックを受けてもまだまだ元気なこの男は、予定通りブルペンに顔を出す。
Aグラウンドブルペンは丹波・川上・智巳・川島の三年・二年の主力が。
Bグラウンドブルペンは沢村・降谷・金田・東条の控えが順繰りに利用している。
今は大会期間中だから沢村、降谷が中心だった。
と言うことだったのだが、斉藤がBグラウンドブルペンに移籍してから立場が逆転しつつある。
そもそもこうなったのは、投手の数が倍加したから。
そしてその原因は、いつものクリスによるピッチャー適性選抜が本格的に行われなかったことによる。
これによって、投手として受かった一年生はかなり多い。1学年に四人など、今まで無かったことである。
まあ、使い物になりそうなのが三人居るから別にいいやってなもんだが。
「チーフ、実はこの沢村、内外真ん中の投げ分けができるようになったのですよ!」
「すごいな。俺は内外高低の九分割で投げられるけど」
さらっと沢村のどうですかアピールの頭を叩いて慢心を防ぎつつ、智巳はブルペン横の椅子に座る。
ここで暫く見て、褒めるなりダメ出しするなりして時間を過ごすと言うのが、最近の休憩混じりの夕方練習だったのだが。
「……先輩、少しいいですか」
「どうした、降谷」
お前から話しかけてくるなんて珍しい。
ちょっとそう思って、智巳は目の前に立つ降谷を見た。
降谷暁。一年時から150キロを超す球速を持つストレートを投げることができる、青道の不動のセットアッパー。
一年時の智巳は150いっていなかったから、これはかなり凄い。
しかしノーコン気味で、四球が多い。長いイニングを喰えるスタミナがないのが欠点。
「何故先輩は、あの試合であそこまで背負い込んだんですか?」
「背負い込むと言うと、どこから察した?」
「泣いていた時です。クリス先輩が言っていました」
なら良かったと、智巳は思う。
多分あの時、気負いすぎを勘付かれていたのは御幸と哲さんくらいなもので、他には気取らせていないと思っていたからである。
クリスさんならば、気づかれていてもおかしくはない。
事実、その三人以外は智巳の気負いをエースとしてのものとしか見ていないから、隠蔽成功と言うべきか。
「何故、何故か。それはまあ、前に一回敗けていたからだな」
「だけど、それで気負ってまた敗けたら意味は無いのではないかと思います。先輩は実力では成宮に勝っていたのですから、普通にやればよかったのではないですか」
「ふむ」
そう言われるとそうだな、と思う。
前に敗けたから気負う。これは自然な流れだが、効率はどうなのかと訊かれればう~んってなもんである。
普通にやれば勝てたのではないか。そう訊かれればそうかな、と頷きかけるが、今となってもそうは思わない。
何故なのかと、智巳は自分を覗くことにした。
こう言う客観的に自分を見る能力を、この男は豊富に持ち合わせている。
少なくとも、野球に関しては。
「多分、前回普通にやって敗けたからだな。勝てると思って臨んで、思いの外打てなくて、思いの外打たれて、敗けた。あの日の成宮は俺より強かったってことを、俺はどこかで感じたから、気負ったんだろう。
つまり野球と言うスポーツはある程度まで実力があるなら、苦労して積み重ねてきた実力の差を容易く、その日その日のコンディションで覆されることを知ったからだと思う」
「あんな球があってもですか」
高速スライダー、高速フォーク。
一年後の、と言うか今でも高卒即戦力ルーキーだと騒がれているこの男の決め球2つは確かにすごい。
並みの打者ではバットに当てることすらできないだろう。
しかし、智巳は別にその球種を特別視している訳ではなかった。
「ま、すっぽ抜ければ終わりだしな。変化球なんてそんなものだ」
「そんなもの……?」
降谷としては、あの圧倒的な決め球2つをポイッと地べたに投げ捨てるような発言が信じられない。
あの球は、そう簡単に得られるものではない。だから、もっと信頼してもいいはずだった。
「そう。その程度の球」
サラッと、智巳は言う。
どんな変化球も、すっぽ抜ければ終わりだから。
投げられるのはすごいが、使いこなせなければ意味がない。
「自分を恃むのはエースとしての、心の中の柱になる。だけどまあ、決め球はあくまでも武器だからな。要は俺の出来次第。ただ投げればいいってわけじゃあない」
「どんな球であってもですか」
降谷はストレートに自信がある。
変化球やストレートは十人十色。降谷のストレートには降谷のストレートにしかない魅力があり、智巳のストレートには智巳のストレートにしかない魅力がある。
「使う人間が不調なら、どんな球も打たれるさ。それに、これだけは自信があるって思っていたら、それが打たれたらどうする?」
降谷は、答えられない。
自分の一番自信があるストレートを、弾き返されたことがないから。
「自分に自信を持っていれば、敗けない限りはそんなこと考えずに済む。まあ、こればっかりは場数を踏まないと身についていかないことかもな」
そう〆て、智巳はふと後ろを見た。
御幸一也が歩いてきている。
「どうした」
「少し投げたいんじゃないかな、と思って」
本当によく気がつくやつだ、と思いながら軽く至近距離で緩くキャッチボールをした後、御幸が18.44メートル地点でミットを構えた。
「ん?」
「どうかしたか?」
「いや、消えた。戻って構えてくれ」
消えたって、何が消えたんだ。
そんなことを思いながら、御幸はおとなしくミットを構えた。
「……御幸、ちょっと横に外れてくれ」
ちょっと首を傾げて、御幸は横に外れる。
そうすると大きく頷いて、智巳は戻るようにジェスチャーした。
「……おかしい」
目を瞑った後に両目の際を抑えて、首を振る。
どうにも様子が普通ではないエースに、流石に沢村も投げるのをやめてクリスと共に駆け寄った。
「どうしたんですか、チーフ!どこかお悪いのですか!?」
「お前さ、ここに立ってみ」
妙に冷静な智巳に手を引っ張られ、沢村は御幸の18.44メートル先に立った。
マウンドでの、ピッチャーとキャッチャーの距離である。
「え?はい」
「何か見える?」
「御幸が見えますけど」
当然のように呼び捨てにする沢村を咎めもせず、智巳は大きく頷いた。
「だよな。その筈なんだよ。でも、ここに立つとそうは見ないんだな、これが」
「……斉藤。何が見える?」
「うまく説明できないんですけど、真正面に正方形のワクが見えます。自分の中に輪があるような感じです」
「…………すまないが、よくわからんな」
「あっ、気にしなくていいですよ。俺にもよくわからないんで」
少し心配そうな顔をしている御幸を座らせて、投げ込む。
ストレート。
指先が、自分の内にできた輪からずれたところを振り抜いていく。
放たれた白球は、少し構えられたミットから結構ズレて収まった。
「いい球だ」
「ありがとうございます」
隣で見ているクリスの一言にお礼を言い、また腕を振りかぶる。
今度は、スライダー。
自分の中の、輪がぎゅっと狭くなった。
そして、指が掠らなかった。
かなりミットから着弾点がズレたが、御幸は何とか止める。
「キレてはいるけど、やっぱ日を置かないと制球が駄目だな」
「ああ」
さしたる驚きはない。そうだろうね、と言うような感じである。
フォークを投げて終わろうとした時、輪が大きくなった。
変な輪め、と思う。変化球を投げている時は基本的に小さかったのに、フォークに関してはストレートより大きい。
この日の投球は、これだけ。
殆ど全ての球種を試して、終わった。