瞬間最大風速 作:ROUTE
『試合終了ー!劇的な幕切れです!』
燃えてもいい。点取られてもいい。勝てれば三失点しようが、五失点しようが、十失点しようが、勝てばいい。
先発の勝ち星が消えても、結果的に勝てばそれでいい。
つまりこの男は、公式戦の勝ち星が消えてもチームが勝てばそれでよかった。
「好投する先発、爆発する打線、燃える中継ぎと抑え。これが青道高校よ」
どこぞの魔王のような口調で、智巳はスコアボードを見ながら呟いた。
無論、内心震え声である。
001110004。結果、結城哲也のサヨナラスリーランホームランによって、7対9でサヨナラ勝ち。
どこで誰が降りたのかは、もう試合を見るまでもなくスコアボードを見ればわかる。
よかったね。おめでとう。
でも、ものすごく胃に悪い。
「勝ち星ドンマイ」
「勝てば別にいい。でもこう、胃に悪いからかなり辛い」
そりゃそうだろうな、と御幸も思う。
何故追い込んだと思えば甘い球が来るのか。
何故初級から逆球なのか。
何故厳しいところに要求していないのに、外れに外れて四球祭りなのか。
キャッチャーにはどうしようもないところで、投壊していた。
そして、それを逃さない敵・仙泉の打線。敵の新エースの真木も手強く、初回に三点しか取れなかった。
「セットアッパーどころか、まともな中継ぎが居ないからな」
青道高校OBの、(アカン)と言う悲鳴すら聞こえてくる清々しい炎上っぷり。
八回で先発が降り、九回で中継ぎで様子を見られた同学年川島がワンアウトも取れずに4失点の大炎上。その後川上憲史が四人で締め、逆転サヨナラ。
記憶に残る、胃に悪い試合だった。
「やっぱお前、夏では完投してよ」
「稲実と市大三校は任せろ」
言い方は悪いが、フォークボーラーは回を喰えば喰うほど劣化する。投げる時に酷使される握力の問題である。
だが、万全の中継ぎより疲労した先発の方が使える。もうこれは仕方がない。結果もそうだし、抑えたのも運と断言してもいいレベルなのだ。
川上憲史はマシになりつつあるが、彼は抑えであって中継ぎではない。そして欲を言えば先発が丹波光一郎の他にもう一枚ほしい。
バッテリー二人が黄昏れていると、後ろから結城が声をかけた。
本日のヒーローであること間違い無しの、サヨナラ本塁打を放った勝利の立役者である。
「ナイスピッチングだったな」
「はい……まあ、色々ありましたけど勝てて本当に良かったです」
色々には、最終回の逆転グランドスラムに至るまでの諸々が含まれる。
本当にあの時は、敗けたかと思った。
「……次の試合の先発、どうするのかは聴きましたか?」
「わからないが、斉藤はないだろう。基本的に監督は連投はさせないからな」
若干疲弊した御幸の問いに、主将が答える。
今は秋季大会。次の相手は特筆すべきこともない弱小校。
その次が市大三校となだけあって、エースの温存は確定的と言えた。
『丹波が帰ってきたことだし、復帰一戦目にするかもしれない』
そう言い残して、本日のヒーローは素振りをしにグラウンドに帰っていった。
黄昏れている二人は、別にサボっているわけではない。
試合が終われば、やることは一つ。肩をアイシングしながらの反省会である。
「で、今回。失点は押し出しの四球が一つと、八番打者と六番打者へタイムリーを許したことなわけだが」
「後者二つは甘かった。が、前者は正直、外れてもいいと思っていた」
ぺろっと、こういうことを言う。
ヒット、ヒット、ゴロ、三振、ヒット、四球、ゴロでチェンジ。
九番ピッチャーにヒット打たれんなよ、と言いたいが、それは自分のリードもあってその結果なので言わない。
一・二・三・四・五番はヒットを一本も許していないのに、六、七、八、九に打たれまくった。今回の試合はそれに尽きる。
だが、それはいい。いつも全力投球はできないから、ギアを変えていることも知っている。不調なことも知っている。
所謂、黙認。上位打線に打たれまくるよりはマシ、と言わざるを得ない。
「四番は長打もあった。あの時点では4点リードしていたから、甘い球でカウント取ろうとして本塁打・長打喰らうよりは厳しく投げて四球でもいいかな、と考えてたな。五番はそこまで気を使う打者ではなかったし」
「でも、審判への印象悪いんだよ。現にアレからきわどい球はボールにされるようになったし」
「うん」
勝つ為に投げている。
智巳にはその意識が強くある。だから敬遠や勝負気味の四球も平気でするわけだが、それは押し出しがかかっている時も同じこと。
不利なカウントになったりしてもいいから、長打を浴びないように投げる。満塁で長打を浴びれば、2点、ないしは3点入るだろう。
それよりはマシだから、いいや。その理屈である。
「それよりも先ず、何で満塁になったかだけども」
リード通りに投げていた。コントロールは甘かったが、まともにいけばあんなことにはならなかったはず。
智巳にはそんな意識がある。
「そりゃ、いつもの不調だったからだろ。明らかに球に力と細やかさが無かったし」
「……どうにも、秋はな。努力はしているが」
(まあ、無援護病になるか不調固定かで比べればいくらか前者の方が対策のしようがあるからいいけど、調子戻してくれよ。マジで)
智巳は春から夏にかけて無敵モードに突入し、秋から冬にかけて燃え尽きて無援護病、不調固定の二種の病のいずれかを発症する。
要は、春から夏にかけてのスーパー化によって溜まった疲労がどうにもならなくなる、と言っていい……のだろうか。
それと無援護病発症は別な気もする。
「まあ、不調でもいい。リードによっては八回三失点くらいにまとめられるから、気にすんな」
リードと言えば、相変わらず調子を僅かに上げつつある川上憲史と復帰した丹波光一郎はピンチになると思わぬ指示を下す強気の御幸のリードを苦手としているようである。
これまで抜群の相性を誇る智巳とのバッテリーを主としてきただけに、少し掴みかねているところはあった。
他にエースと呼べる投手の球をブルペンで受けたのは国際大会で、その時も基本的に捕手は担当制を敷いていた。
結果として、ベストナインとベストバッテリー賞を得たが、他にバッテリーを組んだのは成宮くらい。
御幸が捕手として劣っているわけではない。ただ、どうしようもならないタイプの違い。
御幸は今のところ、規定水準の実力を持った投手をリードで一流にすることはできる。一流を怪物にすることもできる。
だが、規定以下の投手に関してはどうしようもない。規定以下の投手を水準まで引き上げることは、残念ながらできなかった。
逃げれば外れて四球、開き直れば甘く入って一発。どうすればいいんだ、と言った状況に匙を投げないあたり根性があるが、だからと言ってどうにかなるものでもない。
「宮内さんのような低め低めの慎重なリードは、どうなんだ」
俺は合わなかったが、と付け加えることなく、智巳は言った。
彼は、真っ向勝負して叩き潰せるだけの力があるだけに慎重な配球―――ツーストライクから一個外すとか―――は、好まない。
平気でノーアウトからランナーを出すが、三球勝負をガンガン挑む。三振も取る。
「性に合わないんだよな、やっぱ。やろうと思えばやれなくもないんだけど、一発病と四球癖に対しては凌げたとしてもその場凌ぎでしかないから……」
監督、新入生は投手でお願いします。
できれば投手で、即戦力とはいかずともリード通りにある程度球を散らせるマシな投手を。
高確率で真ん中にすっぽ抜けるのは、本当にどうしようもないのです。
切なる願いである。
「次の先発、丹波さんだと思うけど、どうするんだ」
「うーん……丹波さん、これまでに比べると格段にリードしやすいから基本的な配球は変えずに逃げ気味にって感じかな。落ちる球があればもっとやりやすいんだけど」
それでも、やりやすいことに変わりはない。丹波光一郎は、制球力もスタミナも球速も特筆すべきこともないが、大きく縦に割れるカーブを持っている。
それに、特筆すべきこともないと言うことが御幸にはとても嬉しかった。
フラットが一番。プレーンが一番。いろいろ加えて穴だらけなのより、物凄くやりやすい。
「一也、ここに居たのか」
「ん?」
振り向けば、ノリ。今回の試合の地味な殊勲者にして、唯一の無失点ピッチングの実行者。
低めに集めることがうまい抜群のコントロールとスライダーを投げる、青道高校のクローザー(消去法)である。
エース(消去法)、セットアッパー(不在)、中継ぎ(崩壊)、クローザー(消去法)なところに暗黒を感じなくもないが、それはそれとしておく。
「ちょっと受けて欲しい球があるんだけど、いいか?」
「新球種か?」
「うん。結構前からシンカーを投げる練習してて、中々物にならなかったんだけど」
ものになったらしい。
これは、非常に嬉しい。落ちる球を軸にした配球は使いやすいというのは、御幸の持論でもある。
横変化しかなかった川上は、今までさして特筆すべきこともないストレートと同じく特筆すべきこともないスライダーをそのコントロールで外したり入れたりしながら抑えてきたわけだから、下方向の必殺球が来れば大幅な強化が狙えるということはかなり前から言われていた。
「じゃ、智。検討はまた後でな」
「ああ」
御幸が去って行った辺りで、アイシングを終えた智巳ははたと気づいた。
一応、自分も金属バットから空振りが奪える横の変化球をネットスローで投げてみて、若干物になりつつある。
(まあ、伝えるのは後ででいいかな)
どうせあいつなら捕れるだろ、と言うような軽い気持ちを抱きつつ、軽く投げる。
いつもより、変に曲がる。曲がり方も違うし、何より速い。
「高速スライダー……って言うのかね」
高速フォークに次ぐ、ストレート誤認変化球になれば、やりやすい。ストライクゾーンの真ん中から外に外すこともできそうだし、中々使えそうだと言うのが、感想だった。