瞬間最大風速   作:ROUTE

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阿吽

降谷暁は、その後の四回を完全にシャットアウト。

前はスタミナに不安を見せていたが、余計なことを一切させず、リリーフとして起用している間に死ぬほど走り込まされたことと、智巳の地獄のスパルタ制球訓練でつけたそこそこの制球力で、降谷はその剛速球と縦スライダーで三振の山を築き、牙を抜かれた西邦打線を危なげなく(5四球)抑えきった。

 

四球は出してもいい。もうこれはしょうがないから。

だが、しめるところをしめろ。

 

アドバイスに従った投球が実り、12対0の完封リレーで青道は二回戦を乗り切った。

 

三回戦は再び丹波が先発。

しかし、先頭バッターの智巳がサウスポーと緩急に弱いことが成宮戦で露呈していた為、徹底的なサークルチェンジ攻めにしてやられ、敵先発の前に3三振。

 

打線も10個の三振を奪われ、核弾頭が湿気って自慢の打線は不発。

 

智巳と結城・増子・御幸で9点しか取れず、5点取られるこの有り様。

最後の2イニングを沢村が締め、一試合奪三振記録と連続奪三振記録を更新した神奈川県代表を破り、準々決勝へ駒を進めた。

 

「……智巳。お前は、本当に遅い球に弱いんだな。少し意外だ」

 

ただの大型扇風機だった一番打者に向かって、結城は言った。

 

「まるでランナーが居ない時の俺のようなバッティングだったな、智」

 

フルスイング三振量産機だったエースに向けて、正捕手は言った。

 

「一人でチーム三振数の3分の1を稼ぐなんて、なかなかできるもんじゃないよ」

 

遅い球に合わせようとすらせずに自分のスイングを貫いた男に、俊足巧打鉄壁の二塁手が言った。

 

「守備の珍しいまともさに気が弛んでんじゃねぇか、お前はよぉ!」

 

今回も1刺殺を記録し、投手陣の防御率の低さに一役買っている外野手は、結構守備がマシになってきたレフトの後輩に言った。

 

「ホームランはどうしたんですかチーフ!」

 

「……しっかりしてくださいよ、先輩。目標なんですから」

 

後輩二人は、目標としているエースが他校の選手に三振させられまくったことがお冠らしかった。

 

「本当に申し訳ないと思っています。特に丹波さん。すみません」

 

「いや、1試合目に援護はもらったからな。平均して見ればウチの野手陣でも屈指の打者なんじゃないか?」

 

何と言っても、既に3ホーマー打っている。先人に並ぶ記録を、それも木製バットで打ち立てたと世間では大フィーバーが起こっているのだ。

 

丹波の指摘は正しい。

が。

 

「屈指で終わってもらっては困るから言ってるんだよ、光一郎」

 

「そうだぞ、丹波。智巳はもっとやれるからここまで言っているんだ」

 

「こいつならまだまだやれんだろ、丹波ァ!」

 

小湊亮介、結城哲也、伊佐敷純の三人が連続してその認識をたしなめる。

これには、丹波も少し同情した。

斉藤智巳は確かに才能があるが、あくまでもピッチャー。この夏は予選から通して無失点なんだから少しくらいの不調とか、苦手とかは見逃してやってもいいんじゃないか、と思うのだ。

 

ちなみに丹波が智巳に同情するなどはじめてのことである。

 

「その通りです。期待に応えられず申し訳ありません。なんの申し開きもできません」

 

「遅い球を打つコツは、身体で感じることだ。来た球を打つ。それが出来るなら、速度も変化の一枠としてみてみたらどうだ」

 

「それか、追い込まれる前に早打ちを心掛けてみろよ。ボール球打ってもお前のパワーなら飛ばせんだろ」

 

「悪球打ちは無理にしようとするとフォームを崩すよ。奥の手にでもしておいて、狙わないでおきな。

敵の球に当てる技術を得たほうがいいんじゃないかな。フルスイングしながらも、ミートを心掛けて広く振ってみなよ」

 

否定するだけではなく、責めるだけではなく、代替案を用意して、期待してくれる。

この期待に応えたい。

 

バットで、ピッチングで。

応えたい。

 

「いや、亮。フルスイングに不純が交じっては意味がないぞ」

 

「その前に哲は感覚的過ぎるんだよ!」

 

「そう言う純も悪球はひょいひょい打てるのは自分くらいだって思った方がいいんじゃない?」

 

……時々、本気になり過ぎて喧嘩していることもあるけれど。

それでも、本気で向き合ってくれることが嬉しい。

 

「俺もなれるなら、あんな先輩になりたいな」

 

「俺にとってのチーフもあんなもんですよ。喧嘩してませんし、先輩と言うより目標ですけど」

 

きょとん、とした顔でそう言う沢村の頭をポンと叩いて、智巳は言った。

 

「俺なんか、まだまだだよ」

 

「そうですかね」

 

「そうさ」

 

お前は誰が一番正しいと思うんだ、と言う先輩三人衆からのキラーパスをスルーしながら、智巳は思う。

 

この夏が終われば、自分は最上級生。

自分たちはこの人たちのようになれるのかと。

心も実力もある、この人たちのように。

 

時は準々決勝の前。

強いだけではチームは纏められないと、わかっている。

 

それをわからされる度に哲さんは偉大だと、智巳は思うのだ。

後、三試合。そう考えると泣きそうになる。

 

「後、5日……」

 

「俺でも寂しいんですから、チーフはより寂しいでしょうね」

 

「寂しい」

 

背番号1がよく似合う背中が少し萎んで、ホテルの廊下に消えていく。

その背中を見て沢村は、なんとなく胸が苦しくなった。

 

これが甲子園なんだと、思った。

たった1試合で、たった一度の敗けで、夏が終わる。そして、勝ち続けても別れが来る。

その夏は二年半の集大成で、夏が終わると言うことは二年半が終わると言うこと。

 

自分もたぶん、こうなる。

このエースと同じチームで居たいと思って、寂しくなる。

 

「お前、ホントに智のこと慕ってるよな」

 

「……何か、本当にエースだなって。本当に。この人みたいになれれば、エースになれる。そうわかってるし、惜しみなく教えてくれるから、尊敬できる」

 

普通にタメ口ききながら、きかれながら会話できる御幸と沢村も大概仲が良い。

 

「隙あらば騙してくるあんたと違ってなぁ!」

 

「いい加減、入部の時に騙したことくらい許してくれてもいいんじゃないの?」

 

「計7回!あれから更に6回!」

 

「あー、そうだっけ?」

 

「うがー!」

 

沢村をいなしつつ、ホテルの廊下に消えたエースを追っていく御幸は沢村を振り切り、智巳の背を叩いた。

 

「暗いな、エース」

 

「まだ百試合くらい一緒に試合がしたい」

 

「うん、無理だな」

 

後に144試合×15くらい一緒に野球をすることになるが、現時点ではあまりにも物凄い無茶ぶりに、逆に冷静になった御幸は、取り敢えずロビーに連れ出すことにした。

適当にテレビをつけると、熱闘甲子園がやっている。

 

選手特集のようである。

 

『投げる!』

 

あっ、ピッチャー特集ですかとわかる実にわかりやすい編集である。

 

『青道、斉藤智巳!194センチの長身から繰り出される153キロの快速球と、ストレートと等速の高速フォークと高速スライダーで三振の山を築く!投げては8連続奪三振、打っては記録に並ぶ3ホーマー!

連続三振と、1試合最多奪三振、1大会の最多奪三振、1大会の最多本塁打記録など、様々な記録の更新が期待されている!』

 

西邦・佐野修造を完全に叩き潰した試合の智巳のインタビューが入り、次の特集選手は巨摩大藤巻へ。

ちなみに3三振を喰らった松井裕樹が一試合22奪三振、10者連続奪三振と言う記録を打ち立てている。

 

つまり基本的に甲子園では連投の為に完投しないこの男が、最低八回まで投げなければならない22奪三振と最低30球は投げなければならない10者連続奪三振と言う記録を打ち立てるのは難しいのだが、マスコミは実力だけを見る。

性格は一切無視して、不可能ではないと見られていた。

 

『巨摩大藤巻の一年生エース、本郷正宗!

150キロを超えるストレートと、140キロのスプリットで三振を築く本格派!清正社を完封で下した、プロ注目の右腕!』

 

投球を見ると、誰かに似ている。

落差と落ち始め、球速で負けているものの素晴らしいスプリット・フィンガー・ファストボール。

ここぞの場面で三振を取ると吼える、闘志剥き出しのピッチング。

 

「へぇ、似てるな」

 

「え、誰と?」

 

「……あ、うん。いい」

 

フォームは違うが、カーブ、スプリット、縦のスライダー、カットボールなど、豊富な戦力になる球種を持ち合わせている。

 

面倒な相手だなぁ、と御幸は思った。当たるなら決勝戦なので、疲労も溜まっているだろう。

 

キツイ。それが正直な感想だった。

 

そうこうしている内に、インタビューがはじまる。

 

『巨摩大藤巻の初優勝まであと三勝。どのようなピッチングを心掛けますか?』

 

『後一勝』

 

目付きが鋭く愛想が悪い。

インタビューさんも大変だなーと思いつつも、後一勝とは何だ、とも思う。

 

「確かにこいつらが次に当たる白龍を意識してるのはわかる。だけど決勝であたる我らが哲さん―――もとい、青道を眼中に入れないってのはどうなんだ」

 

「黙って続き見ようぜ、智」

 

多分そうじゃないから……とかこぼす御幸。

お前は覚えてないかもしれないけど、こいつお前をめちゃめちゃ意識してたじゃん、と。

 

『後一勝と言うことは、白龍戦が壁ということでしょうか?』

 

『壁にもならない。青道に勝つことしか、考えてない』

 

『青道と言えば、斉藤智巳選手でしょうか?』

 

なんで?と智巳は思った。

哲さん居るじゃん、と。哲さんこそが青道の魂みたいなもので、哲さんが居なきゃここまで来れなかったじゃん、と。

 

「おいおいおいおい、このインタビュアーなに哲さん無視してんの?」

 

「……投手にインタビューしてるからじゃないかな」

 

「だからこそ打者をだな」

 

哲さんのファンと言うか、人間的にも野球への姿勢の師匠として尊敬しているからというか、とにかくこいつは哲さんが無視されたりするとうるさい。

 

斉藤智巳と言う名前を聞いた本郷正宗がどこか怒りを孕んだ顔に変わっているが、こいつも笑って怒っている。

 

『……あいつには、借りがあるので』

 

睨みつけるようにカメラを見る本郷正宗の眼は、挑戦者のそれだった。

原田雅功が、成宮鳴が、神谷カルロスが、白河勝之が、山岡陸が、かつて見ていた視線。

 

「本郷正宗か」

 

「あいつだけだよな。お前の絶好調時の本気で戦ったのは」

 

「そりゃ絶好調で決勝戦まで行けて、本気を出せること自体が珍しいからな」

 

戦力が揃ってきたシニア三年目に、やっと智巳は自分に負担をかけず他のピッチャーに任せて野手になっていられた。

 

決勝戦に登板した彼はそりゃあもう強かった。体力は満タン、絶好調。ノーノーしてホームラン打って終わり。味方打線が本郷に歯が立たなかったから、結果的にそうなった。

 

「今大会も行けそうだろ?」

 

「あぁ、そうだな。5回しか投げてないし」

 

準々決勝は、山守学院。

神足兄弟という双子バッテリーを中軸にした投手力のチームを相手にする。

先発丹波の疲れと打線の不調(9打点)も考えて、先発は斉藤智巳。

 

「阿吽のバッテリーって言うけど、どんなもんだと思う?」

 

「さあ……でも、キャッチャーが思うことをピッチャーが素直に履行できたら強いだろうよ。ピッチャーってのはエゴイストだから」

 

冷静な分析に、御幸は少し笑った。

確かに、こいつはエースにしては珍しくエゴイストではない。

エースと言うのは君臨するだけではないと知っている。勝つ為なら、記録とか意地とかを捨ててマウンドを降りる。

 

「そのエゴを刺激して、連携を壊せば勝てると思うよ。俺は」

 

「リードでは勝負しないで、心を攻めるってか」

 

エースだからこそわかる敵エースの心理と、その穴をつく戦術。

割りと有効なそれに頷いて、御幸はニヤリ悪そうに笑った。

 

「心を砕くんじゃなくて、圧し潰していこう。智、これにはお前のピッチングが八割を占めるから、頼むぞ」

 

「言い出したのは俺だ。やるさ」

 

どちらが阿吽か。

熱闘甲子園もそう煽っているこの大会ベストバッテリーを決める戦いが、明日はじまる。

 

準々決勝、山守対青道。


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