瞬間最大風速   作:ROUTE

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魔王の所以

8月21日。

準々決勝、白龍高校対巨摩大藤巻。

 

「本郷ー!」

 

「正宗ー!」

 

「蓮司ー!」

 

「新田監督ー!今年こそよろしくお願いしますー!」

 

様々な歓声と応援と、ファンの黄色い声援を受けて、巨摩大藤巻はバスから甲子園へ歩いていた。

 

北海道に、まだ優勝旗は渡っていない。

2004年に届きかけ、2006年にも届きかけ、未だに掴めていなかった。

 

いずれも、彼等の前には絶対的なエースが立ちはだかり、北の海を超えさせることはなかった。

 

だが、2012年。再び届くところまで来ている。

 

その立役者が、一年生バッテリーの本郷正宗と円城蓮司。

投打の要のこのコンビは、巨摩大藤巻を引っ張ってきた。

 

今回の白龍戦でも、そして決勝に来るであろう青道戦でも。

 

その歓声に応えるナインとは違い、本郷正宗はその歓声を無視していた。

元々無愛想だし、応えている暇はない。応える気もない。

鬱陶しい喧騒の中で、本郷正宗は先のみを見つめて歩いている。

 

青道戦。相手にとって不足のない、初めてにして最古の相手。

 

超えるべき壁。追うべき背中。

 

その姿が、もう見えるところまで来ている。

 

(うるせぇ……)

 

お前等にはわからない。こんなくだらない相手に時間を使わなければならない焦りも、相手もくだらない相手に時間を使っていると言う悔しさも。

 

『威圧感威圧感と言うが、それだけだろう。球速でもコントロールでもスタミナでも、あいつに勝っているピッチャーは居る』

 

お前なら勝てると言われる度に、うるさいと怒鳴りたくなった。

対峙してみなければわからない。あの化け物の異様さも、敵に回す恐怖も、打席に立った時の絶望も。

 

一点取られてもいないのに、投げ合う度に募る、勝てないと言う重圧も。

 

俯いたまま睨みながら、本郷正宗は歩いている。

未来の戦いに向けて、一心不乱に。

 

「本郷」

 

全ての音を鬱陶しいとすら感じる彼に、静かな言葉が突き刺さった。

聴こえた方向へと思わずハッとして振り向く。

 

「先ずは白龍を見て、勝って。こっちに上がってこい」

 

マウンドとは別人と思える程の、静かな佇まい。

狼と鷹の間の子の打撃と投球のセンスを持つに相応しい、精悍さの溢れる如何にも俊敏そうな顔立ち。

 

「……大将がここに来んな。俺が行くまで、首洗って待ってろ」

 

「ははは。まあ、守りの大将としても最大の敵の確認くらいはしておきたかったわけよ」

 

「確認なんざ無駄だと思える程のピッチングをしてやる」

 

見てろ、とは言わない。

見せるのは、試合がはじまってからでいい。

見せるのは、投げ合いがはじまってからでいい。

 

「頑張れよ。どうせなら俺も、最後は歯応えのある奴と戦いたい」

 

「……応」

 

本郷正宗は、立ち止まっていた脚を進めた。

苛立ちもない。油断もない。

 

ただ真っ直ぐ、目標を見ている。

 

―――頑張れよ。どうせなら俺も、最後は歯応えのある奴と戦いたい

 

「嬉しそうだな、正宗」

 

「天敵の顔を見て嬉しくなるわけねぇだろ」

 

「ま、そういうことにしておくか。俺としては、お前がベストの状態になってくれて喜べばいいだけだからな」

 

勝とうぜ、と言う相棒を睨んで黙らせ、本郷正宗はただ一言だけ言った。

 

勝つのは当たり前。問題は内容だと。

 

「あいつに挑むにも、格ってもんがいる」

 

「ノーノーか」

 

「狩られるなら、どんな雑魚でも前に立つことが許される。挑むなら」

 

格と、実力と、実績と。

 

その3つを携えて、やっと挑める。

やっと、数々の敵を狩り尽くしてきた末に築いた玉座に座った天敵の姿を拝める。

 

玉座から引き摺り下ろせるか、それはその時の自分次第。

 

「向こうはそんなこと思ってないだろうけどな。気安かったし」

 

「気安いのが気に食わない。もっと尊大で、傲慢で居るのが性に合ってる」

 

「でもそしたら、お前はあの人のことを超えようとは思わないだろうけど?」

 

ギロリと睨みつける本郷正宗からサラッと逃げて、円城蓮司は少し笑った。

ベストの状態に戻してくれた天敵に感謝を。

 

そして、二試合の後に雪辱を。

 

「勝つぞ、正宗」

 

「誰に物言ってやがる」

 

まあ、そのお目当ての青道は先発丹波が二飛翔で6回までに2失点の好投。

好永の主砲・『阿波の弁慶』志波真に一発を食らった川上が動揺を納められずに1回保たずに5失点。何の為に出てきたという空気の中、ロングリリーフが少し多めになっている降谷が登板。

 

前任者から満塁の場面を受け継いだ降谷が三者連続三振で無失点で切り抜け、沢村が2回を投げて6凡定理を炸裂させて無失点で13対7。

かなりの僅差で勝ち上がると言うヒヤヒヤ展開が起こる。

 

鉄壁リリーフ陣最高や!とOBたちに騒がれたのは言うまでもない。

そしてこの時智巳が『一人だけ粗悪品の障子紙が居ますね』と思ったことも言うまでもない。

更には、『あら、俺と同世代って、もしかして不作?』と思ったことも言うまでもない。

 

だが、まあそれは結果として勝ったことだし、未来のことだからどうでもいい。

 

確実に、『信頼できる奴しか頼らない。後は基本的にどうでもいいから優しく接して、邪魔をされても自分の責任』と思う主義の割りと戦力外に冷淡なエースと、これから信頼できる奴が極めて少なくなるチームとの関係に。

そして、その未来に不和を招く種蒔きになったが、放っておく。

 

因みに彼が別格の信頼を置いているのは御幸一也と結城哲也。

 

全幅の信頼を置いているのは小湊亮介、伊佐敷純、滝川クリス優。

 

信頼を置いているのは、丹波光一郎と増子透と沢村栄純、最近加入の降谷暁。

 

信用しているのは、倉持洋一と白洲健二郎。

 

他は、ああはいはい俺が悪い俺が悪いってな感じである。

育成中の東条も特に何をしたわけでもない為、期待はしているが信頼はしていない。

 

因みに期待すらしていない人間もちらほら居る。その期待の無さは表に出してないが、彼は勝利至上主義者な為、戦力への見極めは冷淡なのだ。

無理だと思えば見捨てるその冷淡さは、もう監督には伝えていたりする。

 

この男の優しさの皮を被った冷淡さを誰よりも身近で知っているから、努力を全く怠らない捕手も居るが、それも置いておく。

 

閑話休題。

 

白龍対巨摩大藤巻は、巨摩大藤巻先発本郷正宗が三者連続三振でスタートを切った。

 

ナイスピッチ、正宗と言う仲間の言葉に無言で答え、『声出せや』と言われながらも、敵を圧倒するエースのピッチング。

強者である。

 

「ほー、三者連続三振。やっぱりこれって凄いですよね」

 

「キャッチャーのリードも素晴らしい。本郷の良い所を引き出してる」

 

「おい、熱い自画自賛やめろ」

 

お前らしょっちゅうやってんだろ、と言う伊佐敷純からのまっとうなツッコミに、ホテルに帰還したバッテリーはきょとんとしてから少し訝しげにこのツッコミに答えた。

 

「えーと、智は十二者連続三振だからまた別ですよ、純さん」

 

「そうですよ、純さん。あそこまで伸ばすと気持ち良さよりも、いつ切るかを考えるのに苦労するんです」

 

「いつ切るのか?いつ切れるのかじゃねーのかよ?」

 

凄まじく常識的な質問に、智巳は笑って答えた。

 

「何言ってるんですか。予め作ったゲームプランで試合を支配できてるからそこまで連続で三振を取れるんです。相手に選択権なんか与えるわけ無いでしょう。こっちが全てを選ぶんですよ」

 

もう発言が圧政者か専制者のそれである。

まあ、これくらい容赦が無ければ野球で食っていけないのかもしれないが。

 

「与えたら心を折れないじゃないですか。やっぱ純さんは優しいですね」

 

そしてどこかトンチンカンな答えを返す正捕手。

やっぱりこれくらいの根性が無いと大成は難しいのかもしれない。

 

「と言うかお前ら、執拗に心を折りにかかるけど、何でだよ。別にそこまでしなくても、普通にぶっ潰せばいーんじゃねぇか?」

 

それは伊佐敷純が常に抱いていた疑問である。

この二人は敵の打線を捻じ伏せ、敵のエースを打ち砕き、心を粉砕する。

 

それはもう完全に、完膚なきまでに叩きのめす。

何でだろう、思わなくもなかった。

 

「野球は相手に勝つ気がある限り、常に逆転の可能性が残されてますよね」

 

「ああ」

 

だから、魔物とか言われるのだ。

少しのミスや、少しの出来事で、試合の空気が変わってしまう。

それは何故かと言えば、敵が勝つ気でプレイしているから。

 

勝とうと思わなければ、それは起こらない。魔物も目覚めないし、1つのミスでも揺るがない。

 

「だから勝つ気を潰すんですよ。勝つ気を潰すには、勝てないと思わせること。勝てないと思わせるには、心を折って、粉微塵に砕くことです。粉微塵に砕かれた勝利の意思を持たない人間に、魔物は力を貸しはしない」

 

「……勝つ為か」

 

「勝つ為です。勝つ為に、相手の気骨を圧し折るんです」

 

結城哲也が時折見せる、オーラ。打席に立ったり、他人の活躍を見たりと、様々な場面で彼の実力が高まっている時に見せる、白いオーラ。

 

なんか出てる、としか感じられない伊佐敷にも、このエースが纏っているオーラは見えるような気がした。

 

「魔物程度に、俺の邪魔などさせる気はない」

 

影のように黒いオーラ。もう完全にラスボスのそれ。

聖戦士と魔王、主人公とラスボス、四番とエース。

 

甲子園の魔物が、魔王に勝てると思いますか。反旗を翻せると思いますか。おかしいと思いませんか、あなた。

実力差を覆しうる魔物が今大会、全く蠢動しない―――詰まるところは実力同士のぶつかり合いに終始しているのは、その所為なのかもしれない。

 

甲子園の魔物、魔王にビビる。こいつは一体何なのだろうか。

 

どんなピッチャーでも、打たれる時は打たれる。

でもこいつは春夏に限ってその意外性を限りなく低くすることができる。魔物が寄ってこないから。

 

だから近い未来で防御率0点代とかができるのだろう。

 

「……お、おう」

 

伊佐敷は、少し怯みながら頷いた。

斉藤智巳から、暗黒的波動を感じる。

 

そして。

本郷正宗はこの日ノーヒットノーランを達成した。

 

2004年、ダルビッシュ有。

2012年、斉藤智巳。

2012年、本郷正宗。

 

1つの大会で、そして1つの試合の枠で二度のノーヒットノーランが達成されたのは、1933年以来であった。


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