ミリオンライブの1ページ   作:笠原さん

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クレシェンドブルー〜みんな揃ってクレシェンドブルー!〜

 

何かが、足りない。

 

そんな違和感を感じたのは、アイドルユニットであるクレシェンドブルーと打ち合わせをしている最中だった。

来月末にライブを控え、少しずつ厳しくなるレッスンの合間を縫ってのミーティング。

それぞれが改善点や修正案を出し合い、形を作っていくその過程で。

何故かはわからないけれど、どうにも変な違和感を感じていた。

 

「この曲、星梨花少し遅れてるわよ」

 

「…あ、静香さんはこの時端の方が次の曲に…」

 

「わーい!わーい!」

 

「あの、麗花さんはもう少し真面目に打ち合わせを…」

 

なんだろう。

まるで、書類の重要な一文がまるまる抜けている様な。

まるで、集合写真に一人だけ写っていない様な。

まるで、満席のライブ会場で一席だけぽっかり空いている様な。

 

そんな、感覚。

 

俺のそんな疑問を置き去り、他の四人は打ち合わせを進める。

麗花は問題ないだろう、おそらく。

志保は少しダンスが遅れがちだが、他に関しては大丈夫。

静香はMCが微妙に不安らしい。

そして、星梨花と言えば…

 

「大丈夫?星梨花ちゃん」

 

「…あ、はい…大丈夫です」

 

何か、不安になる事でもあったのだろうか。

少しばかり表情が翳っている。

確かに麗花程ダンスが綺麗過ぎる訳ではないが、ライブパフォーマンスは誰にも負けないくらい伸び伸びとしていて可愛らしいのに。

一体、何が…

 

「っと、問題点はこんなもんか。それじゃ俺は他のスタッフと…」

 

「プロデューサーさん!私、いまとってもプリンが食べたいです!」

 

「…買ってくればいいんじゃないかな」

 

流石だな、麗花は。

緊張する素振りなんて見せず、さっきおやつを食べていたばかりなのにプリンとは…

スキップをしながら麗花が冷蔵庫を開ける。

中には、少し高そうなプリンが一つ。

 

「わーい!ソロプリン!ケチャップリン!」

 

「亜美か真美のだろうから食べるなよー」

 

「…え?あ…」

 

その時、星梨花がとても不安そうな表情をしていた。

思えば、この時点でしっかりと話を聞いておくべきだったんだろう。

けれど、勝手に食べるなんてどうなんだろう?なんて考えているのかな、と判断して。

そのまま、打ち合わせはお開きとなった。

 

 

 

数日後、星梨花の体調が悪いと報告が入った。

 

どうにも、レッスンに集中出来ていないらしい。

星梨花らしくもない細かいミスが多かったとか。

通しレッスン中の移動や、立ち位置のミス。

何かあったのだろうか。

 

気に掛かってレッスンルームへ行くと、星梨花は一人で水分補給をしていた。

その表情はとても不安そうで、見ているこっちが辛くなってくる。

 

「どうかしたか?星梨花」

 

「プロデューサーさん…いえ、大丈夫です」

 

「…何か、不安な事でもあるのか?」

 

どう見ても大丈夫そうには見えない。

俺と会話しているのに、星梨花はまた体育座りで顔を背けてしまった。

それから、なかなか顔を上げてくれず。

少しばかり、沈黙が続く。

 

「…プロデューサーさん。わたしが変な事を言っていたらごめんなさい」

 

「いいぞ、何でも言ってくれ」

 

その後、星梨花は一度大きく息を吸って。

そして…

 

「…クレシェンドブルーって…四人でしたか?」

 

…質問の意味が分からない。

どういう事だ?星梨花に何があった?

俺を含めれば五人だが、ユニットという事なら…

 

「…四人だぞ?麗花、静香、志保、そして星梨花で四人のユニットだ」

 

「…ですよね。皆さんに聞いてもそう返ってきて…変な事聞いてすみませんでした」

 

その時、俺はまた違和感を感じた。

自分で言っておきながら、自分の言葉に。

本当に、クレシェンドブルーは四人だっただろうか?

何か、星梨花なら分かるんじゃないだろうか?

 

「…すみません、今日はもう帰りますね?」

 

「あっ…そうか、気を付けてな」

 

この時、星梨花に何か言葉をかけてあげられなかった事を。

しばらくしてから、その時を迎えてから。

俺は、途轍も無い後悔に襲われる事になる。

 

 

 

 

 

 

翌日、なんとか時間を作ってクレシェンドブルーの打ち合わせに参加出来た。

とは言えもうほぼ形は完成しており、特に話すべき事はあまりない。

志保も静香も、あとは自分を高めるだけといった風だ。

…麗花を除いては。

 

さっきから、何故か麗花の表情は暗い、ような気がする。

一体なにかあったんだろうか?

来る途中沢山の赤信号に足止めを喰らったのだろうか?

それとも…

 

どうかしたのか?なんて声を掛けてみてもなかなか反応が返ってこない。

何時もならいつもの事か、なんて流していたであろう志保と静香すらも心配そうな表情をしていた。

 

「あの、プロデューサーさん…クレシェンドブルーって、三人でしたっけ?」

 

…何を言っているんだ?

 

「どうかしたんですか?麗花さん。クレシェンドブルーは私と静香と麗花さんの三人ユニットじゃないですか」

 

「疲れてるのか?ならこのあとは少し休んだ方がいいと思うけど」

 

全くもって、意味のわからない質問だった。

クレシェンドブルーが三人だなんて、結成当時からずっとそうだったじゃないか。

もしかして、麗花には他のメンバーが見えていた、とかか?

やめてくれよ、ホラーは苦手なんだから。

 

「あれ?じゃあ星梨花ちゃんは?茜ちゃんは?二人はユニットのメンバーじゃなかったんですか?」

 

「…星梨花ちゃん?茜ちゃん?誰のことを言っているのか分かりませんが、うちの事務所にそんな名前のアイドルは最初からいませんでしたよ」

 

「え?でも昨日まで星梨花ちゃんと一緒に練習してたよね?…そう言えば、忘れてたけど茜ちゃんが最近事務所に来てないよね?」

 

「…大丈夫か?麗花。本当に少し休んだ方が…」

 

「え…じゃあ、私が今まで見て来たものって…なんだったんですか?」

 

…麗花、相当疲れてるみたいだな。

午後のレッスンは無くして、帰って休んでもらおう。

 

 

 

その晩、麗花から連絡があった。

麗花の言っていた言葉が気になり、俺も少し調べごとをしていた時だった。

 

「プロデューサーさん!怖い夢を見ちゃいました!」

 

「子供か麗花は!」

 

と言ってから、流石にこの件がただ事ではないと気付いた。

何よりあの麗花が、ここまで焦っているのだ。

彼女にとって怖いという事は、かなりまずい状態だ。

どんな夢かは兎も角として、麗花の精神状態がかなり良くないという事が分かる。

 

「それで、どんな夢だった?」

 

「あの、プロデューサーさん…もう一度聞きたいんです。星梨花ちゃんと茜ちゃんを本当に覚えてないんですか?」

 

「…心当たりがない、と言えば嘘になる。俺も、クレシェンドブルーが何か足りない様な気がするんだ」

 

「もともとは、五人ユニットだったんです。私も自分がおかしいのかな?って不安で…あ!話したら安心してプリン食べたくなってきました!おやすみなさい!」

 

おい、それでどんな夢だったんだよ。

それ相談するために連絡してきたんじゃないのか。

まぁ麗花が少しでも安心出来たのならそれでよしとしよう。

プリン、美味しいもんな。

 

…プリン?

何故か、このワードが引っかかる。

プリン、プリン、プリン…

事務所で、誰かがよくプリンを食べてたような…

 

ダメだ、思い出せない。

取り敢えず、野々原茜という人物と箱崎星梨花と言う人物をグーグルで検索してみる。

該当検索数、0。

そんな人物は存在していない様だ。

 

…何が起こっているんだ。

そんな人物は存在しないらしい。

けれど俺は、なぜか引っかかる。

なぜか、知っていた様な気がする。

 

…明日、麗花から詳しい話を聞いてみよう。

 

 

 

 

翌日、事務所へ行くと静香と志保が既に居た。

麗花は…まだ、来ていないようだ。

取り敢えず、志保と静香にも色々聞いてみる。

 

「なぁ志保、静香。野々原茜と箱崎星梨花って名前に覚えはないか?」

 

「ありません」

 

「私もです」

 

即答された。

まぁそうだよな、俺も覚えてはいない。

ただ何処かで、聞いたことがあったようななかったような気がするだけだ。

それが何処だかも、全くもってわからないが。

 

「おっけ、麗花が来たら三人でレッスンに向かってくれ」

 

そのまま俺はデスクに着く。

色々と気になることはあるが、先ずは仕事最優先だ。

えっと、この書類が次の企画で。

あー、コーヒー淹れてからにするか。

 

「おはようございます、プロデューサーさん。コーヒー淹れましょうか?」

 

「あ、おはようございます小鳥さん。お願いしていいですか?」

 

キッチンから出てきた小鳥さんに挨拶し、そのままコーヒーをお願いする。

あ、そうだ。

どうせなら、小鳥さんにも聞いておくべきか。

 

「はい、コーヒーです」

 

ことん、と。

目の前にマグカップがおかれる。

ゆらゆらと揺れる湯気が、なんとなく心を落ち着けてくれる様な気がした。

 

「ありがとうございます。ところで小鳥さん、野々原茜と箱崎星梨花って名前に覚えはありませんか?」

 

「野々原茜…箱崎星梨花…すみません、覚えてないです…」

 

「ですよね、失礼しました…あ、それとなんですけど、クレシェンドブルーって最初から三人ユニットですよね?」

 

「…お疲れですか?プロデューサーさん」

 

「あーいえ、麗花がそんな事を言っていたので。とはいえそうだよな…」

 

気になるが、後で麗花から詳しく聞けばいいだろう。

コーヒーを一気に煽り、画面と向かう。

さて、さっさと色々終わらせないと。

 

 

 

 

麗花達がレッスンから戻ってくると、志保と静香はそのまま帰って行った。

二人曰く、すこしばかり麗花が疲れていたようだ。

あの体力お化けの麗花が、だ。

それもまた、何かあったに違いない。

 

「で、麗花…昨日見た夢ってどんなのだったんだ?」

 

「えっと、ジャイアント茜ちゃん人形に追いかけられました!それも二人に!それからずっと逃げ回ってて…」

 

…ジャイアント茜ちゃん人形?

なんだそれは、ジャイアンと茜ちゃん人形?

確かにあの厳ついのに追いかけられたら怖いが…

 

「えっと、プロデューサーさん覚えてませんか?茜ちゃん人形です、可愛くておっきいの」

 

「全く覚えてないな…んで、それに追いかけられてた、と」

 

「なんとなく、捕まったら大変な事になる気がしたんです!だって二人ですから!」

 

「…まったく分からん…ま、今日も同じ夢を見たら教えてくれ」

 

「あ、プリン食べたいです!」

 

「今は冷蔵庫にはないからな…明日、買ってくるよ」

 

「わーい!お疲れ様でした、プロデューサーさん!」

 

…まぁ、何はともあれ麗花が元気そうならいいか。

帰るときにプリン買っていこう。

なんて、楽観視して。

 

そしてまた俺は、後悔を増やす事になる。

 

 

 

 

翌日起きて冷蔵庫を覗くと、心当たりのないプリンが置いてあった。

あれ…俺、なんでプリンなんて買ったんだったかな。

地味にいいとこのプリンだけど、誰かから贈られたんだったか?

…だめだ、思い出せない。

 

誰かにあげればいいし、このプリンは事務所に持っていこう。

取り敢えず事務所に向かうと、志保と静香が既に来ていた。

よし、全員揃ってるな。

ライブも近い事だし、気合い入れていかないと。

 

「あ、志保、静香。プリン持ってきたけど食べるか?」

 

「いえ、私は大丈夫です」

 

「私もです、プリンなら麗花さんか茜さんにあげればいいんじゃないですか?」

 

「「…え?」」

 

静香と俺の声がはもった。

…麗花、さん?

茜さん?

誰だそれは。

 

静香を見れば、多分俺と同じ様な表情をしていた。

 

「…大丈夫?志保…貴女疲れてるんじゃない?」

 

「いや、貴女こそでしょ。プリンって言ったらあの二人だったじゃない」

 

…何を言っているんだ?

 

「…ん?茜さん?それって…」

 

「野々原茜さんです。何故か昨日まで忘れていましたが、麗花さんも含めて同じユニットのメンバーじゃないですか…」

 

何が起きているんだ?

クレシェンドブルーは最初から二人のユニットだろ?

とは言え志保が適当な事を言うとは思えないが…

それに、野々原茜…何処かで聞いた事が…

 

「プロデューサーさんも昨日言っていましたよね?野々原茜に覚えはないか?って…そういえば、箱崎星梨花もユニットの…あれ?」

 

志保の様子がおかしくなる。

 

「あれ?私、でも昨日までクレシェンドブルーは三人のユニットって…え、何が起きて…え?」

 

「落ち着け志保!」

 

「落ち着けるはずなないじゃないですか!私は昨日まで忘れてて…なんでですか?!貴方達は覚えてないんですか?!」

 

「落ち着きなさい志保、クレシェンドブルーは私と貴女の二人のユニットな筈よ」

 

「そんな訳ないじゃない!だってほら!みんなで撮った写真が…え?」

 

志保がスマートフォンで表示した画像。

それは、クレシェンドブルー初ライブの時に撮ったもので。

当然写っているのは、志保と静香の二人だった。

 

「そんな…どうして?え?だってあの時五人で撮った筈じゃ…」

 

「…志保、体調悪いなら帰るか?」

 

「…すみません、そうさせて貰います」

 

流石にこの精神状況でレッスンなんて無理だ。

何時もは落ち着いてる感じの志保がこれなのだから。

タクシーを呼んで志保を返す。

その間俺も静香も、一言も喋れなかった。

 

「…なぁ、静香」

 

「…すみません、私にも覚えはありませ…」

 

「だよな…」

 

志保を見送って、俺は仕事に戻ろうとした。

その時、窓際の棚の上に見た事のない物が置いてあった事に気づいた。

 

「なんだ、これ…人形か?ぬいぐるみか?」

 

オレンジ色の髪の、猫のようなぬいぐるみ。

そんなものが、三体置いてあった。

当然ながら、そのぬいぐるみに見覚えなんてない。

 

「小鳥さん、これは…?」

 

「あ、それですか?先日から何故かそこに置いてあるんです。きっと誰かのコレクションなんじゃないですか?」

 

その時、何も意識していなかったのに。

俺の口から、ポツリと言葉が漏れた。

 

「…茜ちゃん人形?」

 

「なんですか?それは」

 

俺も分からない。

ただなんとなく、これの名称が茜ちゃん人形な気がしただけだ。

グーグル検索のヒット数は…0。

そもそも画像検索でも出てこない。

 

どこで流通してるものなんだ?

もしかして、誰かのハンドメイドか?

まぁいいや、静香と志保の為にも。

ライブの色々を片付けないと。

 

 

 

翌日事務所に来ると、静香はまだ来ていなかった。

珍しいな、いつもは割と俺より先に来てるのに。

遅刻の連絡は…ない。

とすると、そのうちくるかな。

 

と、そんな感じで仕事を進めているも静香はなかなか事務所に来なかった。

サボり…って事はない、よな?

静香はそういう人間じゃないし、何よりもうすぐソロライブを控えているんだから。

このタイミングであり得るとしたら…体調を崩したか?

 

一応、静香に連絡を入れてみる。

1コール、2コール、3コール。

…なかなか出ない。

一旦切って、3分後にもう一度かけ直した。

 

10コールを回ったところで、ようやく通話が開始される。

けれどなかなか向こうからの音声が聞こえてこない。

とは言え繋がってはいるはずだ。

 

「おーい、静香。どうした?体調崩したか?」

 

『…プロデューサー…すみません、私、もうダメかもしれません…』

 

何があった?

ソロライブを目前に控えて、少しナイーブになってるのか?

ここまで頑張ってレッスンしてきたんだし、静香なら大成功させられる筈なのに。

 

『…クレシェンドブルー…五人、だったんです…それなのに、私は…』

 

「…クレシェンドブルー?」

 

聞き覚えのない単語だ。

そんな青色の種類でも存在するんだろうか?

 

『…星梨花、志保、野々原さん、麗花さん…みんな、いないんです…』

 

「だ、誰だ?誰の事を言ってるんだ?!」

 

『…すみません、しばらく、休ませて貰います…』

 

「お、おいっ!」

 

ピッ、と。

通話が切れた。

それ以降、どんなに連絡をしても繋がらない。

 

なんだ?何があった?

星梨花?志保?野々原さん?麗花さん?

誰だ?誰の事なんだ?

って言うかクレシェンドブルーってなんなんだ?!

 

意味が分からないし、ついでにかなりまずい。

このタイミングで静香がこんな状況では、ソロライブが近いって言うのに。

どうすればいいんだ?

何が起こってるのかも分からないのに。

 

小鳥さんには静香は体調不良と説明し、取り敢えずお茶を濁す。

取り敢えず、静香の家に向かわないと!

荷物をカバンにまとめて、事務所を出ようとして。

壁際の棚の上にある人形が目に入った。

 

…四体?

昨日は、三体だったよな?

誰かが持ってきたのか?

って、そんな場合じゃなかった。

 

事務所を飛び出し、タクシーを捕まえて静香の家へと向かう。

静香の家はそこまで遠くない。

直ぐに家の前まで着き、インターホンを押した。

けれど、反応はない。

 

…いるんだろ?静香。

せめて、話を聞かせてくれ。

何があった?何を思い出したんだ?

誰を…思い出したんだ?

 

インターホンを押し過ぎるのも、家の方に迷惑だ。

二回鳴らしてスルーされたところで、今度は電話に切り替える。

けれど、出ない。

…ダメか。

 

収穫はなし、トボトボと歩いて事務所へ戻ることに。

せめて、静香の声だけでも聴きたかった。

相当ふさぎこんでいた様だし、少しでも会話して楽になって貰えれば良かったんだが…

 

ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる

 

事務所まであと10分くらいといったところで、着信が入った。

相手は…最上静香!

名前を確認して、直ぐさま出た。

 

「大丈夫か?静香?!」

 

『…プロデューサー、すみません、色々と迷惑を掛けてしまって…』

 

静香の声は、さっき以上に元気がなかった。

それどころか、こんな弱音を吐いてくるなんて…

 

「何言ってるんだ、迷惑なんかじゃないって!それで、何かあったのか?」

 

『夢を見たんです…四人のジャイアン茜ちゃん人形に、追い掛けられる夢を…きっと次寝たら、私は捕まります…』

 

茜ちゃん人形。

覚えている、事務所に置いてあったあれだ。

そして、確か昨日は三体だったのが今日は四体に増えていて。

そして、静香が夢の中で捕まったとしたら…

 

「そ、そんな事ありえないって!大丈夫だよ、そんな何度も同じ夢を見る訳もないし」

 

『ですが!…実際に、みんないなくなってしまって…きっと、私もなんです…私が忘れてしまっていたから、その罰が…』

 

「おい、静香!」

 

『…ごめんなさい、プロデューサー…ごめんなさい、みんな…』

 

「おい!」

 

『…おやすみなさい、プロデューサー…さようなら、今までありがとうございました』

 

ピッ

 

連絡が切れた。

それと同時に、嫌な予感が走った。

もしかして、いやありえない。

けれど…

 

事務所へ向かって、俺は走った。

周りの目なんて気にしてる余裕はない。

ただただ、ひたすら走って。

事務所のドアを、勢いよく開けて。

 

「戻りました小鳥さん!あの…静香の事なんですが!」

 

「お帰りなさい、プロデューサーさん…静香、さんですか?すみませんが、どちらの方ですか?もしかして、新しくスカウトした子ですか?!」

 

「…うそ、だろ」

 

小鳥さんは、静香の事を知らない。

そして、窓際の棚の上には。

人形が、五体置かれていた。

 

「…なんだよこれ…」

 

「だ、大丈夫ですか?プロデューサーさん?」

 

「…なんだんだよ!ふざけんな!なんで…俺は…」

 

そうだ、思い出した。

俺の担当していたアイドルは、静香だけじゃない。

茜、星梨花、麗花、志保、静香。

五人で、クレシェンドブルーってユニットを組んでいたじゃないか!

 

それなのに、忘れていた。

なんでかは分からない。

でも、今なら確かに分かる。

俺は、あいつらのプロデューサーで…

 

そうだ、一番最初の違和感は。

茜が、いなかったんじゃないか。

そしてそれを、星梨花は気付いていた。

それなのに、ちゃんと話を聞こうともせずに…

 

麗花は、二人のことを思い出していた。

なのに、俺はそれを信じてやれなかった。

麗花は、きっと本気で不安だったんだろう。

本当に、自分が見ていた世界はみんなとは違ってたんじゃないか、って。

 

だから、あいつは…

あの時、俺はあいつにプリンを買って。

それを、渡す事が出来なくて…

 

志保も、三人の事を思い出していた。

なのに、レッスン続きで疲れてたんだろう、なんて。

静香も、最後にはみんなのことを思い出して。

忘れてしまっていた事を、耐えられなくて…

 

初めてのクレシェンドブルーのライブの時に撮った写真。

そこには、誰も写っていない。

みんなで頑張って築き上げたものが。

跡形もなく、無くなっている。

 

…待てよ?

なんで今、俺は全部を思い出した?

そして、いなくなった奴らはみんなその直前に全てを思い出して…

…そうか。

 

全てを理解した俺は、仮眠室へとむかった。

小鳥さんも、俺が相当疲れてると思っているんだろう。

特に、何かを言われる事もなく。

全てを思い出し、心が疲れ、そして全てを理解した俺が眠りに落ちるのはそう時間もかからなかった。

 

 

 

 

夢の中。

その筈だ。

けれど、俺がいるのは事務所で。

他にアイドルはいなくて。

 

そして。

その代わりに。

ジャイアント茜ちゃん人形が、五体。

俺の事を取り囲んでいた。

 

「…なぁ、ごめんな、みんな」

 

返事はない。

少しずつ、ジャイアント茜ちゃん人形が近づいて来る。

けれど、強くなんてなかった。

そんな事よりも…

 

「…ほんとに、ごめん。気付いてやれなくて…担当アイドルなのに、忘れちゃって…」

 

身動きが取れないほど、ジャイアント茜ちゃん人形に密着されて。

少しずつ、夢の中なのに意識が薄れてゆく。

おそらく俺も、あの棚の上の仲間入りする事になるだろう。

また誰かの夢の中で、誰かを仲間入りさせようとするんだろう。

 

でも、まぁ。

それでみんなの事を忘れずに。

みんなと一緒にいる事ができるなら。

 

それで、いいか……

 

 

 

 

 

「うぉっほん!みんな、聞いてくれ。なんと、我が765プロに新しいプロデューサーが加わる事となった!」

 

新人プロデューサーの入社式。

とは言え大掛かりなものではなく、事務所のアイドル全員と挨拶をするだけの簡単なもの。

けれど新人プロデューサーからしたら緊張ものであり。

そして…

 

「ふー、これでやっと肩の荷がおりますよ。社長、もっと早く雇えなかったんですか?」

 

「すまんすまん律子君。とは言えこれからはーー」

 

そんな次の展開に期待を抱く律子と社長を置いて。

事務員である小鳥だけが、不安そうな疲れた表情をしていて。

それに、誰も気付くことなく。

 

窓際には無表情の人形が、六体並べられていた。

 

 

 

 

 

 

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