あなたの香りに包まれて   作:bui

1 / 10
ハッカの香り

今年は桜が遅かった。

その季節の俺は部屋にこもって過ごすのが通例だ。

 

でも俺は感じる。感じたくなくても感じてしまう。

 

花の存在を。

 

そして忘れたくて、忘れたはずだったのにまた思い出して・・・。

 

10年間そんなことの繰り返しだ。

 

本当に俺はだめな奴だ・・・。

 

 

 

 

 

しまった。確か週末までだったはずだ。

 

写真家の友人からグループ展をするから絶対に見に来いと言われていたのに、このところ時間や曜日の概念が飛んでいてすっかり忘れていた。

 

今日の休みを逃すともう週末までには行けるかどうかわからない。

 

そんなことを突然思い出して、一週間?いや二週間ぶりに俺は最寄り駅から少し遠くに出かけることにした。

遠出というほどでもない?いや俺にとっては遠出だ。

 

いつもなんだかんだと世話を焼いてくれるあいつは10年来の親友だ。

 

ほとんど一方的にしてもらうことばかりなのだから、せめてこんなハレの舞台ぐらい見に行かなければという義務感とか応援したい気持ちが俺を動かしている。

 

俺にできることは少ないのだから・・・。

 

 

美術館やイベントに使うような建物が多く立ち並ぶそこは桜の名所でもあり、春はいつだって花見のシートとともに人であふれている。

集まった多くの人たちは桜を愛でているのか飲んで食いたいだけなのかは怪しいけど、楽しそうだからそれはそれでいいのだろう。

 

日本人は桜の花が大好きなのだから。

 

広い場所ではいくつかの輪ができていて、中心には大道芸の役者がいたりして人外とも思えるパフォーマンスを披露し、併設の動物園には珍しい動物たちが檻の中で食事と寝床を保証された代償として自分を見世物として提供している。

 

とにかく大人も子どもも日常から離れた一時の楽しみにこの場に集っているのだ。

 

しかし・・・、桜も散りかけている平日なのに何でこんなに人が多いんだろう。

人混みは苦手だ。

桜のシーズンは終わったと思っていたけど世情に疎いとこうやって外すことがあるという警めだ・・・。

 

それでも人はまだいい。満員電車並みの込み具合だけどそれでも人の匂いだ・・・。しかしこの屋台の食い物屋の濃い匂いときたら鼻どころか身体に刺さる。

 

そう言えばこのところ食事も適当だった上に昨晩からろくなものを食べていない。

 

胃の腑に力が入らない。

 

強烈な食べ物の臭いにあてられてこみ上げるものはあるものの、吐き出すものなど身体の中には何もない。

 

冷汗が出てベンチを探すけどどこもいっぱいで、横道を少し入ったところで力尽きてしゃがみ込んでしまった。

 

こういう気持ちの悪さは波がある。だからきっと少し休めば歩ける・・・。

 

頭を膝にのせて目を瞑ると、むっとする湿気た空気がまとわりつくように感じられて一層気持ち悪くなる。

 

桜の花や葉の香りと、芽吹いたロゼッタとアスファルトに熱せられている埃の臭いが、さっきのソースやキャベツの饐えた臭いと混じって皮膚を突き破って身体の中に浸潤してくるような気がする。

 

自分のズボンの臭いさえ頭の芯に響くような嫌悪感だ・・・。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

突然頭の上から低くて通る声が聞こえてハッとして意識が覚醒する。少しだけ意識が飛んでたのかもしれない・・・。

 

直後に鼻孔をハッカ煙草の匂いが刺激する。

 

顔を上げるとそこには少し心配そうな男性の顔があった。

 

 

 

 

「具合が悪いようでしたら病院に?救急車を呼びましょうか?」

 

その人は親切にも見ず知らずの俺にそう言ってくれた。しかし救急車?そんな大げさなことはやめて欲しい。

 

「いえ、少し人に酔ったようで・・・。大丈夫です。」

 

全くもって大丈夫ではないのだけど、人に迷惑をかけている自分というこの状況の方が身体に悪い。

 

申し訳ないけど放っておいてくれと思って、屈んで俺の背を支えてくれているその手をかるく制して固辞を示した。

 

「自分はそこでイベントの準備をやっているものなので、もしよければ控室があるので少し休まれてはいかがでしょうか?」

 

しかしその人は尚もそう言ってくれて、救急車よりはよほどましだとそちらの申し出はありがたく受けさせていただくことにした。

 

こちらへと促され立ち上がるとまだ足が踏ん張れずよろけてしまって、その人がまた背を支えてくれるので、俺より少し背の高いその人の腕の中に身体がすっぽりと納まるような格好になった。

 

身体に刺さるように感じていた屋台の食べ物の臭いが、ハッカ煙草の匂いに塗り替えられるように変わってありがたい。

いつもならこんなきつい匂いはごめんなのだけどこっちの方がよほどいい。

 

不思議と落ち着く・・・。

 

「高野さん、どうしたの!?」

そう呼ぶ声がしてこの人の身体がそれに反応する。

この人が『高野さん』なんだな・・・。支えてくれている人の髪がさらりと頬に触れた。

 

 

「こちらの方が具合が悪そうで、少しその辺開けて。」

 

座らせてもらった布張りのソファーは年季の入ったものらしく、さっきまでのハッカ煙草の匂いからカビと埃の臭いがまた身体を蝕むように染みる。

 

きっと青ざめているであろう顔はきちんと上げることもできず、それどころかろくなお礼も挨拶もできずにいる俺を見て

「救急車呼んだ方がいいんじゃない?」と言っている声が聞こえた。

 

これではまずいとやっとバッグから取り出すことができたハンカチを口に当てると、無臭の空気を肺に入れられたような気持になって少しだけ気持ちが落ち着くことができた。

 

「すみません。」

そう言って身体を起こそうとすると、先ほどの『高野さん』が俺の頭を軽く押して「もう少し休んでってください。」と言ってくれた。

 

 

「自分たちは土日のイベントの準備をしているだけなので気にせずどうぞ。」と、別の人も言ってくれて、その言葉に甘えて俺はクッタリとソファーに身体を預けることにした。

 

遠くでざわざわと人の話す声が聞こえるけど、それがいい感じでBGMになってむかむかと胃を持ち上げるような不快感を与えていた臭いが遠くなっていく。

 

空調の効いた部屋は乾いた涼しい空気を循環させているようで、滲んでいた汗もやっと引いて、服で絞められているところが解放されたような楽さを感じた。

 

少し落ち着いてきたところで目の前のテーブルに静かに紙コップに入った飲み物が置かれて、俺がその気配に気づき見あげるとそこにはさっきの高野さんが立っていた。

「飲めるようだったら飲んで」と言ってくるりと去って行く後ろ姿は押しつけがましくなく爽やかだ。

ついでにハッカ煙草の香りも揺れて遠ざかる。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

そこでやっとある程度の正気を取り戻した俺はその背中に今までの感謝を言葉で告げたのだった。

 

 

 

「少女漫画・・・、ですか・・・。」

 

そのイベントの設営をしていたのは少女漫画の編集をしている人達だそうだ。

だいぶ楽になってお礼と名前を伝えるとそこの人たちも自己紹介をしてくれた。

 

少女漫画史100年という展覧会があって、自分たちの漫画雑誌もブースをもらっていて、そこで人気作家の作品などを展示するのだそうだ。

可愛らしいキャラクターの描かれたボードや揺れるポップがあって、メインの展示の邪魔にならないように様子を見ながら作業をしていると言っていた。

 

「本当は設営は編集の仕事ではなくてプロモーション課の担当なんだけどね。高野さんが行くぞって言って押しかけてきちゃったんだよ。」

 

とても成人には見えない可愛らしい顔の『木佐さん』がそう言って俺にお菓子の袋をを差し出して来た。

 

どうやらそれは白っぽいかりんとうのように見える。

 

食べていいよということだと思うのだけど俺はそれに躊躇をしていた。なぜならば市販の菓子類の取って付けたような臭いや工場で作られた臭い油がダメなのだ。

 

貰った挙句食べないって言うのも失礼だろうけど差し出されたものを食べないのもまた失礼な気がする。

 

逡巡するも覚悟を決めて、ワンテンポ遅れたもののその中から比較的小ぶりの一つをつまみあげありがとうございますと礼を述べて口に運んだ。

 

そのかりんとうは想像していたものとは大きく違い、爽やかなごま油の香りと優しい和三盆を纏ったものだった。

 

「わ、和三盆と小麦粉も優しい・・・。」

 

ほうっと息を吐くと木佐さんが驚いたように目を丸くした。

 

「驚いた。小野寺さんってグルメなの?」

 

グルメと言われると困る。舌は人並みだ。俺に生きる糧を与えておきながらも苦しめているのは舌ではない・・・。

 

「嗅覚ですかね・・・。」

 

そう言うと木佐さんが「あ~。」と頷いた。

 

「これさ、俺んちの近くの手作りの店のなんだけどさ、子どもさんが昔アレルギー体質で色々苦労したらしくて、丁寧に安全にをモットウにしているんだって。」と小さいチラシを手渡してくれた。

 

かりんとうの店か・・・。

 

和三盆の優しい甘みが舌にジンワリと広がり喉の奥から鼻に素材の香りが抜けていく。

油はごま油と少しだけ菜種が使われている。おそらくピーナツ油を使ったかりんとうもあるはずだ。少しだけ残り香がある。

そのかりんとにはきっとソルトバターピーナツをクラッシュしたものがまぶされているのだろう。

 

ポツリポツリとつまみながら香りの世界に意識を飛ばす。

さっきもらった飲み物の紙臭さと、今のこの場所の人のニオイ。

イベントの香りだ。

またイマジネーションが広がるのを感じて少しだけ気持ちが楽になって行った。

 

 

 

結局そのかりんとうを袋ごと木佐さんはおいて行ってくれて、俺は空腹を一時満たすことができた。

嗅覚は空腹時に最も感度が上がる。ろくに食事もしないで人混みに出てきたためにこんなことになったという自覚もある。

 

 

 

そして俺は、友人のところに行くという目的もはたしていないと思い出し、スマホを取り出して相手先のラインに短いメッセージを送信したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地の近くにいるのは分かるのだけど、実際の自分のいる場所と行くべき場所の微妙な位置関係がいまいち分からず、友人にラインを送ると、自分も今会場に来ているからと返信が来た。

 

自分で行くから大丈夫、いやいや行く、というような問答の果てに、今日は当番じやなくて来ているだけだから大丈夫だからそこにいろ!と強めの返信が来た。

 

相変わらずおせっかいなヤツだと思ったけど、少し・・・、いや本当はかなりありがたかった。

今日はやっぱり人が多いから。

 

 

尚を待っている間控え室兼準備室のこの部屋の中では打ち合わせなどもされていて、今人気だという漫画のカラフルなパネルのようなものも何個か置いてあり、その前には展示するためか、その漫画のコミックスもあって、普段漫画という物を読まない俺はその中の一つを手に取ってみた。

 

『恋のアロマテラピスト』 か・・・。

 

なんてベタなネーミングなんだろうと思ってクスリと笑うと、それを見ていたエメラルドの方が近くに来てその漫画の説明をしてくれた。

 

「それはまだスタートしたばかりなのですが、私の担当作家の漫画です。アロマの効果で恋を成就させようと頑張る女の子の話なんですよ。」

 

その人、羽鳥さんが涼やかな顔で少女漫画の事を少し嬉しそうに語るのがアンマッチで、逆に好感がもてた。

 

仕事を好きだと言っている気がした。

 

「アロマの効果ですか。」

確かに香りには副交感神経を刺激して自律神経を鍛える効果がある。喜怒哀楽の感情や、果ては痛みや病気さえ癒す効果のある物もあるほどだ。かわいらしい女の子がそれを使って恋を成就させたいと思ってもおかしくはない。

 

「男には少し縁遠いお話かなとは思うんですけど女の子は好きみたいですよ。」 実直そうななまじめな顔で言うのでちよっとおせっかいな気持ちが沸いて

「香りの効果は時にひどい不調を引き起こしますから監修はしっかりされた方がいいですよ。」と言ってしまった。

 

不安をあおるようなことを言うのは本意ではないのだけど、もしそれで何か問題が発生したら知っていたのに知らせなかった事を俺が後悔しそうだ。

そしてそう言うと羽鳥さんはびっくりしたように切れ長の目を丸くして俺の顔を見つめた。

 

「あ、すみません。私調香師をしていまして。余計なことを言いました。」

 

謝罪をすると、羽鳥さんはポケットからザッと音がするのではないかと思うほど勢い良くメモ帳を出して、もっと聞かせてくださいと手帳を出すときと同じぐらい勢い良く言う。

ここでざっくりとお話をしてもいいのだけど香りの世界は奥が深い。

何より実際に体感してもらうのが一番わかりやすいだろうと、

「では、私の店ではアロマの体験なども出来ますのでもしよければ一度いかがですか?」と店のフライヤーをお渡しすると羽鳥さんは早速明日にでもとまた勢いよく言った。

 

イベントがあるのに大丈夫なのかというのはさておいて、お世話になった恩義もあるし店に来てもらうことは何も問題がないので、明日でも明後日でも大丈夫だと了承の意を伝えると、羽鳥さんの後ろにいた高野さんも「私の担当の作家が香水に興味を持っていて、それ系の話を書きたいと言っていたので自分もお邪魔してもいいですか?」と言う。

 

別にここにきて一人が二人になろうとも三人になろうともなにも問題はない。

いや、10人20人になればそりゃスペース的に困るけど・・・。

 

大丈夫ですよと伝えると羽鳥さんも高野さんも少しほっとしたような嬉しそうな顔をしたのだった。

 

丁度そこにガラスの向こうから中をうかがう尚の姿が見えた。

通り一つむこう側と言っていたくせにずいぶん遅かったなと思わなくもないけど、俺は別に急いでいたわけでもない。軽く指を揺らして合図を送ると気が付いた尚がおずおずとドアを開いて「失礼します。」と言って入ってきた。

 

「ちょっと遅くなった。」

走って来たらしい尚の額に汗がにじんでいて少し心配になって「問題事?」と聞くと「いや、出がけにコーヒーこぼして裾に・・・。」と尚が指さすジーンズの裾は青い色が濃くなって濡れているのがわかった。

 

「カイナムイファクトリー」

思わずつぶやいたのは先日尚がうまいと言っていたコーヒー豆の匂いだったから。

 

コーヒーや香辛料は香りが強いから洗ったくらいでは消えない。ましてやつまみ洗い程度では俺の鼻はごまかせない。

 

「わ、そんなとこまでわかるのか?お前犬以上だな。怖いわ!」

知っているくせに何度でも驚く尚が可笑しかった。

 

「鼻が利くと隠し事できないよね。ちなみに屋台のタコ焼きたべたでしょ?」

そうにっこり笑って言ってやると「朝一番でな!」と眉間の皺が深く寄って尚はフウっと強めのため息を1つついたのだった。

 

 

 

 

俺がそろそろお暇することを伝えると、エメラルドの皆さんは不調の俺一人では心配だったようだったけど迎えが来たことでホッとしたような顔をした。

 

どんだけ俺はダメダメなんだと思わなくもなかったが、とりあえずエメラルドの皆さんにお世話になったことのお礼をあらためて告げると、いい年の俺のことなのに尚も「律がお世話になりました。」とまるで保護者のように頭を下げて挨拶をしてくれたのだ。

 

しかしそれに反応したのは高野さんだった。

 

「律?」

一瞬ピクリと眉を上げたのが真正面に見えてそのきりりとした顔にドキリとしてしまった。

 

「あ、名字だけしか言ってませんでしたっけ?小野寺律と言います。すみません。」

そう言って頭をポリポリと齧ると高野さんはまたハッとした顔をして

「いえいえ、そうではなくて、いいお名前だと思って・・・。あ、じゃあ気を付けてくださいね。また明日か明後日には伺います。電話してもいいですか?」

と言うので、「ええ、どうぞ。」と俺は答え、高野さんが手にしているフライヤーの連絡先は店のモノなので、裏に自分の携帯の電話番号をペンで書き加えた。

 

高野さんが反応したことで、律という名が女の子みたいと思われたかもしれないと、俺はちょっとだけ恥ずかしくなったのだった・・・。

 

 

 

 

イベント前に、一旦ある程度の調整をしたいとのことで、早速翌日の夕刻、高野さんと羽鳥さんと漫画の先生という吉野さんという三人の方が店にやってきた。

 

俺の店はもとは香水を自分で作ることのできる店なのだけど、それだけでは敷居が高そうなのでアロマと食事もできるような形式にしてある。

とりあえずお店に入ってもらわなければ見てもらうこともできないから。

 

当然評判のいいのはアロマの方で、食事は軽食で主にランチの時間だけ開いていて自然に優しい食材とハーブなどのお菓子などを出している。

 

もちろん本職ではないのでアロマも食事も別スタッフにお願いしているのだ。

 

アロマの担当の女性から三人の皆さんに入門編のような形で一通りのレクチャーをしてもらうように手配をしておいたため、俺が何かをすることはなくて三人と同じように椅子に座ってアロマの担当の女性の話を聞いていた。

 

「律先生がいると思うと緊張する。」とかなんとか言っていたけど、先生とか呼ばれると俺の方が緊張する。

 

いつだって好きな時に好きなように好きなことをしているだけの俺なので、スタッフのみんなの方がよほど立派なのにと思っている。

 

しかし説明が始まれば立石に水のごとくサクサクと場は進み、当初担当の女性はイケメン軍団にうっとりしていたが、それが余計良い勢いになったようで頼んだ以上の手際を見せる素晴らしい講習となった。

 

一時間ぐらい経って、軽食の方のメニューからハーブのお茶やクッキーなどもお出しして食べていただいて、そちらのメニューがいよいよ終わりとなったので、俺と交代して香水を調合してみませんか?と勧めた。

 

「と言っても香水ほど濃くなくて、コロンかトワレぐらいのレベルのでいかがでしょうか?」

そう言っても違いはあまり分からないようなので

「日本の男性はあまりみっちり香水つけませんしね。一番軽いのがコロンです。」

というと、なんとなく雰囲気で分かったようでみなそれで良いとなった。

 

 

香水のもととなる香料を並べて、さらにスポイト、ビーカー、エタノールやボトルなどで自由に作成に入ってもらう。

 

イメージを聞いて使う香料のアドバイスをすると、早い段階で部屋中にいろいろな香りが充満してきて、きっとだんだん訳が分からなくなるんだろうなとこっそり苦笑した。

 

「高野さんの担当されている先生は来なかったんですね。」

そう言うと高野さんが「都合がつかなくてすごくがっかりしていので、そのうちにまたお邪魔するかもしれません。」と言った。

 

「その方は失礼ですが男性ですか?」

同行された吉野さんが男性だったので、少女漫画の作家先生にも男の人がいるんだとびっくりしたし、そもそもエメラルドという漫画雑誌が男性編集者のみで作られているということだって意外過ぎるほどなので疑問を口にした。

 

「いえ、先生は女性ですよ。とてもおきれいな方です。」

「へえ。」

にこりと笑う高野さんの顔もきれいですよ。と、そんなことを思いながら「じゃあお土産に俺が香水を作って差し上げようかな・・・。」というとスタッフの子が「先生!?まさか!?」と目をまんまるくした。

 

「なんで?別に調香師なんだから香水ぐらいつくるでしょ?」

別に何にも不思議じゃない。自由に香りを楽しむのは人の特権の一つだ。

作ってまでというのはそれほどない行為かもしれないけど。

 

「先生のオリジナルなんて夢みたいだから。」

 

確かに俺には仕事上ある程度のくくりがある。

自由に香水を作って売っていい立場にはないのだ。

 

「プレゼントには作らないことも無いんですけど、そんなに意外ですか?

あ、でもスタッフの皆さんはプロなので自分たちのイマジネーションを広げてオリジナルを作ってくださいね。俺にとらわれててはだめですから。」

 

そう言って笑うとスタッフの子はちょっと顔を赤くして自分の作業に戻った。

 

俺が作る香水はあくまでも俺がイメージするもので、絵を描く人が絵を、詩人が詩を作るのと同じで人の作品にインスパイアされることがあってもその道に進みたい人はそれを乗り越えて精進しなければいけないのだ。

 

伝わったかな?

 

「せっかくなのでベースノートはムスクかサンダルウッド。ミドルノートはジャスミンかミュゲ、トップノートはレッドベリーか西洋梨、リーフグリーンかな・・・。」

 

「Rituのミュゲ・・・。」

 

スタッフの子がつぶやくので「単体でミュゲつけてもいいですよ。あなたのような可愛らしい方には似合うと思います。」と言ってあげる。うちのミュゲ(すずらん)にはなぜか皆及び腰のところがある。香りなど楽しんでなんぼなのにね、みんな変に遠慮している。

 

ミュゲ、毒のある花・・・。

その花からは香り成分は取れない。

だから調香師はミュゲの花の香りを再現することに躍起になる。

 

昔の俺には似合っていたかもしれないその香りが俺の今を支えている。

 

俺の作ったミュゲが俺を縛っているのだけど俺の求めている香りはそれとは異なる。

 

サクラ・・・。

 

どうしてもその香りを再現させることができない。

 

そんなことに思いを飛ばしていると香りと格闘していたイケメン軍団も一応のオリジナルを完成させたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

その日、出来上がった香水を皆土産に帰って行った。

 

皆満足してくれたかな?

 

漫画のネタにうまく使えたらいいね。

 

 

 

ちょっと楽しい一日だったなと、俺はその日を気分よく終えた。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。