あなたの香りに包まれて   作:bui

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嫉妬の香り

「小野寺さん、こんにちは。」

 

ある日高野さんが巷で評判と言われているお菓子を土産に店にやって来た。随分久しぶりな気がする。

 

スタッフはその菓子は中々手に入らないと目を輝かせて喜んだので、俺は少しだけその行動を怪しんだ。

 

今までだって打ち合わせも頻繁で、デートしましょうと誘いだされることも多くて、何度もお土産だってもらっているけど今回はとびっきりのイケメン笑顔つきだったから勘ぐっても仕方ないだろう。

 

「以前来れなかった作家が小野寺さんの香水の講習受けたいって言ってるからお願いできないかなと思いまして。」と案の定高野さんはまたちょっと面倒な事を言ってきた。

 

いや違うな・・・、別にアロマの講習は面倒じゃないんだけど、高野さんたちが来るとスタッフが色めきだってあとあとうるさいんだよね。

うちのスタッフはみんなモデルばりの美人ぞろいなんだけどエメラルドの人たちもイケメンぞろいだからね。

イケメンはじっくりと鑑賞する対象なのだそうだ。

みんな肉食だな・・・。

 

「アロマの方はスケジュールに空きがあれば大丈夫ですよ。」

 

俺が手元にある予定表を高野さんに差し出して説明をすると、高野さんが手帳を取り出してスケジュールを合わせている。

スッと近づくと高野さんから既視感のある香りがした。それはあの日の・・・。

 

「高野さん、ご自分で作った香水をつけてるんですね?」

 

俺が少し目を丸くして言うと高野さんもえっ?と意外そうに眉を丸く上げた。

 

「せっかく作りましたし、そろそろ汗の匂いなどが気になるシーズンなので丁度いいかと思いまして。」

爽やかに笑う顔は香水いらずなんじゃないかなと思ったりもしたのだけど、汗をかきやすい季節はさすがに男性でも制汗剤を含め香り系の需要は増える。日本でのRITUの男性用香水の売り上げも少し良くなるらしい。

 

それでもお付き合い程度で作ったであろう香水を普通につけてくれることがうれしかった。なんとなくその場限りのお楽しみで、そのあとは放置されてしまってそうな気がしていたから。

 

そう言えばと思い出してみれば、エメラルドの皆さんは真剣に作っていたように感じた。

ちゃんとみんな使ってくれているのかな?そうだといいな。

 

「それに今日は高野さんがいつも吸われている煙草とは違う銘柄の煙草の香りがしますね。変えたのですか?」

そう言って少しだけクンっと鼻を高野さんに寄せると後ろで女子軍団から何やらザワリとする気配が感じられる。女子たちはたとえ俺が男でも高野さんのようなイケメンには妄想しちゃうんだって。参っちゃうよね。

 

「え?違う煙草の匂いを感じますか?参ったな・・・。」

 

高野さんが苦笑いをするのでどうしたのかと思ったら「親友に会社の喫煙所に連れ込まれたんですよ。俺は吸わなかったのでそいつの香りでしょうね。」

と言った。

そう言えば、高野さんは俺のところに来る時には煙草を吸わないと言っていた。

 

「あの、俺に気を使ってくださるのはありがたいんですけど、タバコはそのまま吸ってくださって結構ですよ。」

喫煙者にとって煙草を我慢するというのは辛いと聞く。やめるつもりなら止めないけどそうでないなら我慢して通っていただくのはなんだか申し訳ない。それに高野さんのハッカ煙草の香りは俺には不快感を感じない。

 

高野さんに俺の鼻の感度のせいですねと告げると、高野さんは「気を使ってくださってありがとございます。」と今日も綺麗な笑顔で言ったのだった。

 

回りの女性たちは今度は遠慮なくキャーと言うし、俺は綺麗な顔がますます爽やかに輝くように感じるしで本当に心臓に悪くて困ってしまった。

 

 

 

高野さんの担当の作家さんは一ノ瀬先生と言う美しい女性だった。

 

売れっ子の漫画家さんは忙しいからおしゃれなどあまり気にしないのかなと思っていたのだけど、髪も服もお化粧も、爪の先まで綺麗にしていて女子力の高い人だった。

 

前回の吉野さんが可愛らしい男性ではあったものの香りのお話を描くということに不思議を感じたことを思えば、美しい女性が香水に興味を持ってお話に入れたいと考えているというのはいたく普通に感じる。

 

どんなに制度が変わっても女性は女性だし男性は男性なのだろう。

 

それぞれの遺伝子に組み込まれた特性というのはなかなか変わらない。平等にと声高に叫んでも肉体的にはできることとできないことがある。だから女性が綺麗に装うのも好きだし、男性がそれを素敵にエスコートするのも好きだ。

 

そして好みがその範疇から外れることはあるだろうことも分かる。女性の好むものを好んでしまう男性は結果肩身が狭い思いを続けざるを得ないのだ。

 

高野さんはとても紳士でいつだって俺にさえさりげなく気を使ってくれるのだから女性の扱いが素晴らしい事なんてわかり切ったことだった。そう、わかり切ったことだったはずなのに・・・。

 

一ノ瀬先生はいろいろな話を熱心に聞いていて質問なども的確にするとても熱心な生徒さんだった。

吉川先生はアロマのお話だけど一ノ瀬先生は綺麗になりたいと思っている女の子のお話なのだそうだ。

香水の仕事をしているとはいえ、お化粧関係は俺には専門外だけど、料理のシェフのお話で身体の内側から綺麗になる話をしてもらってそれも真剣に聞いていた。

 

香りの感性が強い俺は添加物や天然でないつけた香りがだめで、それが災いをしてかなり食べるものに困っていた。

そんな時に知ったのがアパレル関係の会社で社員食堂として自然のものを使った料理を出しているという話だった。

 

自家製の食材や身体によい調味料を使って作る質素に見えてリッチな食事は俺の心をとらえて離さなかった。

だからアロマのお店と一緒に自分が好きだと思えるものが食べられるようなカフェを併設したのだ。

働いているみんなが身体に良くない食べ物を内側に取り入れることの無いようにという配慮でだった。

 

うちのスタッフはどうしても女性が多い。そしてうちの場合は公開していないアンテナショップのくせにある程度のドレスコードと見てくれを要求されていた。

お化粧も洋服もそして身体の中までも綺麗にしなければいけないので、毎日頑張っていて本当に大変と思う気持ちと、そういうことで頑張れたり楽しかったり出来るっていいなと思ったりといろいろな面をスタッフからは感じることができている。

 

だからこの仕事を頑張らなければと一層俺も思えるのだ。

 

 

 

今回の講習会も最後に俺が主体で香水を作ることにしたのだけど、一度作ったことのある高野さんは手順が良くて一ノ瀬先生にいろいろと説明などをしていた。

 

そして一ノ瀬先生と高野さんは仕事で来ているのだと分かっているはずなのに、イケメンと美人のカップルはなんてお似合いなのだろうと思ってしまう自分がいた。

 

香りを確かめるために顔を近づけて二人で冗談を言ったりしながら順に香りを決めているその親密そうな姿に胸がチリリと痛んで二人を見たくないという気持ちが湧く。

 

別に誰が誰と何をしようと俺には関係ないはずなのに、高野さんが俺以外の人に笑っている姿を見たくない。

 

こんな感情おかしい。

 

高野さんは男だし、俺だって男だ。男には男の役割が、女性には女性の役割がある。

 

しかも一ノ瀬先生と高野さんは仕事のためにここに来ている。

高野さんは俺とも仕事の関係で会うだけで、たまにデートしようなんて冗談言いながらあちこち連れてってくれて少し楽しい気分を味わえたりしているけど、それでもそれは・・・、それは・・・。

 

 

 

急に何だかモヤっとしてきてしまって冷静な調合などできる気がしない。

頭に浮かんだ香りをぐちゃぐちゃに混ぜてから、香りに八つ当たりする自分が恥ずかしくなった。

 

そしてできた香りは甘いハッカとアニスのスパイシーな香りが良い効果を出していて、先ほどまでの少し鬱々とした気持ちを淫靡なものに変えた。

ハッカの香りは高野さん、アニスの香りは一ノ瀬先生、そしてそこに必ず入れるお約束のミュゲは俺…。

 

仕上げにイランイラン…。

 

誘ってんの?俺?

 

そうか……、俺は高野さんが好きなんだ……。

先ほどの気持ちは嫉妬…。

 

そうだと分かったとたんに失恋が決まった恋ってどうなんだろう。

だって俺は男だ…。

 

ずっと誰にも持つことのできないと思っていたその気持ちはこんなところに落ちていたんだ…。

 

案外あっけないものだな…。

 

一ノ瀬先生と高野さんが一通りの香りの体験を終えてお礼を言ってくれて仲良く帰って行った。

その背を見送りながら自分が今どんな顔をしているのか、ちゃんと普通に笑えているのか、そんなことばかり心配していたのだった。

 

 

 

 

桜の香りどころかジェラシーの香りを作ることになるなんて最悪だ。

 

俺はその底なしの気持ちを鬱陶しい雨の季節のせいにして、高野さんからのお誘いの連絡を全て拒否して季節は初夏なのに冬眠するように引きこもっていた。

 

玄関の呼び鈴が鳴るけど俺が出ないでいるとガチャガチャとドアのあく音がして人の気配がする。

合鍵を持っているということは尚なのだろう。俺は暗い寝室から出ることもせず訪問者に対して寝たふりを決め込んだ。

 

「律!?寝てんの?」

 

寝室のドアが開いて尚が静かに俺を呼んだ。

 

しかし俺が返事をしないでいると

「しょうがないな……。」

と、俺の狸寝入りには気づかなかったようでそう呟いてあたりに散らかった服や雑誌を掴んでまた部屋から出て行った。

 

居間の方でガサゴソと音がしていたけど、少ししてパタンとドアの締まる音がして尚が出て行ったようだ。

 

ごめん……。

 

呟くけど気持ちが晴れずうつ伏せのまま枕に顔を埋めるとまた玄関のチャイムが鳴った。

 

尚が戻って来たのだろうか?

鍵持ってたはずなのに?なんでチャイム?

 

さすがに二度の狸寝入りは良心が痛んでのろのろと起きて玄関ドアを開くとそこには予想していた尚ではなく高野さんが立っていた。

 

「た、高野さん……。」

 

途端に羞恥で言葉が上ずって顔がキュッと熱くなるのが分かった。なんでここに高野さんがいるんだ?今日って何日?どうして…。

 

高野さんは何も言わずにドアを掴んでガッと開き、俺を押しながら玄関に入って来る。押されてよろけた俺を気にもせず後ろ手にドアを閉めチェーンもがっちりと掛けてきつい目で俺を睨んでいた。

 

高野さんは壁に寄りかかる形になった俺の両腕をきつく掴んで低い声で「避けてますか?」と短く言った。

 

目の前いっぱいに眉間に深い皺を寄せた高野さんの顔が迫ってきて瞬間的に身を縮めると、近づいて来た顔とは反対側に自分の身体の方へ高野さんが俺を強く引き寄せた。

 

その動きは決して性急ではなかったのに俺は抵抗することもできず高野さんの腕の中にすっぽりと包まれたのだ。

 

きちんと返事をしなければいけない、それ以前に密着した身体を離さなければいけないと思うのに、金縛りにあったように指一つ自分の意思では動かせず、目眩がしそうに気持ちだけが上ずる。

 

「なにかしましたか?俺?」

 

高野さんが更に顔を寄せてくるのでその(つるばみ)色の瞳が間近に迫って羞恥で目を逸らしたいのに射抜かれたように見つめ返してしまう。鼻先はもはや触れ合わんばかりに近い。

 

「緑の瞳は嫉妬の色ですか?」

 

衝で出た自分の言葉に自分自身でも驚いて、やっと自由になった身体を高野さんから引きはがそうと腕を押して身体を捩じると「それは小野寺さんの事ですか?」と、後ろから羽交い絞めにされるような形になった俺の耳に高野さんの強張った声が直接響く。

 

「少しはうぬぼれてもいいってことでしょうか?」と先ほどの緊張で張り詰めた声とは異なり弱々しくささやくような声がそう言ったのだ。

 

「先生とはなんでもないですよ。」

「な、なんでもないって何ですか……、そんな事…、知ってます…。」

「本当ですか?」

「…。」

 

本当に?

本当は?

 

嫌だ……。

誰かを好きになんてなりたくない。

ぐるぐるしてばっかりで、自分のことも自分で判断できなくなる。

 

「好きなんです。」

 

高野さんの声が身体中を舐めるみたいに広がり、ずるりと耳から入ってリンパの流れをたどり、今度は身体の芯から外に向けて侵食していくようだ。

高野さんのすべてが身体を這うようでてゾクゾクと背筋が泡立つ。

 

「な…に言って……。」

 

「小野寺さんのことがずっとずっと…、好きなんですよ。」

 

ぐるりと身体を正面に向けられてそう言ったばかりの高野さんの顔が近づいてきて唇が触れる。頬に、鼻に、瞼に……。口に。

 

「絶対に忘れないでくださいね。」

 

少し寂し気にそう言う高野さんの顔がいつも以上に綺麗で、先日調合した嫉妬の香水の中のイランイランの香りだけがまるで本当に漂っているように感じた。

その淫靡のイメージに堕ちる自分を別の自分が泣きながら見ているような気がする。

 

 

『せんぱい・・・。』

 

呟いているのは昔の自分だ・・・。

何を言っているの?

なんで泣いてる?

誰?

 

 

冷たい玄関の壁に押し付けられたまま頭の中のイメージが俺を襲って正しい判断はどこか遠くに行ってしまう。

 

 

 

起きているはずなのに、まるでまだ夢の中にいるようにふわふわした気持ちのままに、俺は高野さんに身をゆだねたのだった。

 

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