あなたの香りに包まれて   作:bui

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スペアミントの香り

いよいよタイムリミットが近い。なる早で桜の香りを作らなければならない。

しかしどこか遠くにイメージする何かがあるような気がするのだけどうまくつかめない。ぼんやりとした輪郭はあるような気がするけど、本来真ん中にあるはずの何かが輪郭以上にぼやけているように感じる。

 

やっつけで香りを作りたくないけど、このままじゃ満足のいかないままに帳尻合わせのように作るはめになりそうで先に進めない。

 

 

桜、桜、桜、桜、思いつく限り桜のグッズや連想させるものを集めてみたけどやっばりピンと来ない。

あらためて俺が桜の花を好いていないことを実感させる。

 

もう少し早い季節だったら桜を追いかけて北へ行けたのだろうけど今となっては後の祭りだ。日本人は季節を重んじる民族なので季節はずれに桜をモチーフにしたイベントを行うこともない。

 

そんな事をスタッフと話をしていたら桜といえば桜餅でしょ?ってねだられて、老舗の和菓子屋さんの桜餅を買って食べる羽目になった。

 

桜餅の香りが日本人の持つ桜のイメージなんだろうか?

でもこれは塩漬けの葉の香りだからやはり違う気がする。

 

これはおいしい香りだ。

 

「リツ先生は学生の頃は日本にいたんですよね?」グダグダといつまでも取りかかれない俺にスタッフの一人がそう聞く。そう、子どもの頃はイギリスに住んでいて、再度イギリスに留学するまでのわずかの間だけど日本の学校に通っていた。

もうずいぶん昔の事であまりいろいろとは覚えていないのだけど…。

「中学の頃から三年ぐらいいましたけど…。」それが何なのだろうとそのスタッフの子を見ると「桜といえば学校ですよ。今はもう咲いてないけど何か思い出すような事があるかもしれないから行ってみたらいかがですか?」と言った。

 

「学校…、ですか?」

 

学校に桜?そうだったかな?学校で桜を見たり愛でたりしたのだろうか?あまり記憶にない。

確かそれほど大きな規模の学校ではなかった。

英語教育に力を入れていて、授業はバイリンガルのために帰国子女や英語圏から来た富裕層を狙ったような、どちらかといえばマニア的な人々に評判の高い学校だったと思う。

 

「大概学校って桜が植えてあって、入学や卒業のシーズン頃が見事なんですよ。きっとリツ先生の学校もそうだったと思いますけど、いくら外国暮らしが長くてもさすがに一面に咲く桜は綺麗に見えんじゃないですか?」

 

そう言われても桜に対して何かのイメージが湧くことがない。という事は俺にはそもそも日本人のスピリットがないのではないのだろうか?学生時代に桜を美しく思うようなシーンがなかったのかもしれないけど?

 

益々桜に対して不安な気持ちが湧いて顔つきが曇ったのだろう、別のスタッフが「絶対に桜が植えてあるとは言い切れませんから、リツ先生の学校には桜がなかったのかもしれないですよ。」と慰めるように言ってくれた。

 

住んでいるマンションのエントランスには大きな桜の木がある。

雪が降るように散る花びらを今年は見て、確かに何かを思ったような気がする。

 

綺麗だとか、見事だとか、そんな事だったのだろうか?

まだそれほど日が経っていないのに記憶があやふやだ。ぼんやりした記憶は、一つ一つの事柄は別段大したことは無いようだけど度重なると何か大事なことをすっぽりと見落としているような気もする。

 

グルグルとそんなことを考えていたら胸の奥がチリリと痛み、喉をキュッと絞められるような息苦しさを感じて途端に居心地の悪い不安な気持ちが湧く…。

 

思い出せないもやっとしたことを考えるといつもこれだ。だから結論はこれになってしまう…。

 

桜って好きになれない。

 

フウっと大きくため息をついて、それ以上深く考えることはやめてスタッフが淹れてくれた桜の花の浮いたお茶をズズっとすすった。

 

めでたい時に出されるというそのお茶は、お世辞にも美味しいとは言えないうす塩っぱいはっきりしない味のお茶だった…。

 

そして、桜餅と同じ花本来の香りではない葉の香りが喉の奥までずっしりと強く香ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず学校へ行ってみようか?

 

梅雨に入ったはずなのにあまり雨の降らない今年は、寒暖を適当に繰り返していて巷では変な風邪も流行っていた。

 

スタッフはまだまだ元気でいたものの、取り立てて講習やカフェの方の予約も入っていなかったために大事を取って店を臨時の休みとしたその日、俺は自分の通っていた学校へ行ってみることにした。

 

中学生の頃の俺は過保護な両親から自力での通学を許可されていなかった。

と言っても両親は忙しくて俺に構う暇はなく、少し遠い学校まで毎日車で送り迎えをしてもらっていた。

 

だから通学途中で友人と遊ぶどころか買い食いさえもしたことがなかった。

 

つまんない中学生だな…。

 

自虐的に笑ってみるけどいまだにソースやマヨネーズの臭いは嫌いだし、途中で買い食いするなんてことはチャンスがあってもしなかっただろう。

 

臭いに敏感過ぎて自分を持て余していた一番ひどい時期だったのだから。

 

クラスメイトとも別に仲が悪かったわけではなくて、普通に雑談をしたりすることはあったけど、みなそれなりに名家の子だったからたやすく外で遊ぶということも無かった。

 

記憶のパズルのピースを一つ一つはめて行くようにあやふやなその頃の事を思い出そうとして、一つの記憶から次へ、そして次へと思いを深めていく。

 

だけどどうしても感情の伴わない映像のようなものしか脳裏には浮かばず、自分の「本当」がそこにあったのかさえ疑わしくなっていく。

 

さすがに学生時代のように送り迎えというわけにも行かないので、路線を走っている私鉄に乗ると車内は早めのエアコンが効いていて涼しかった。

 

 

あの頃は思春期特有の思い込みからか、周りの何もかもが居心地悪かった。

名前を変えて暮らしていたはずなのに何故かみな俺が誰かということを知っていて、秘密なんて何一つ持てないような気がしていて、周りで親切にしてくれる人はみんな自分を利用することしか考えていないと思っていて…、だから優しい人ほど信用できなかった。

 

 

好きだったはずの家族にまでもそんな境遇に俺を置いたことを恨めしく思って、そしてそんな自分が何より嫌だった。

 

いつも押し合うぐらいみっちりと人はいるのに自分は一人ぼっちだと思い込んで疑心暗鬼にゆれていたけど、こうやって振り返ってみれば実際はそれほど回りは人を気にしていない。

確かにいろいろな思惑を持ってはいてもすべてが悪意とは言えない。誰もがすべての部分で善人ではいられないのだと思えるようになったのはごく最近のこと。

自分がきちんとした仕事ができるようになって、回りの人が俺を俺として見てくれるという自信がついたからかもしれない。

 

過去への回帰をしながらぼんやりと入り口近くの手すりに凭れ掛かり、車窓を眺めていると既視感に駆られる景色が目に入った。

 

学校まではまだ何駅かあるはずなのに自分はここを知っているという妙な感じだ。

ギュンというブレーキのかかる鈍い音と工アを吐き出すプシューという音。鉄道マ二アはこの音さえ楽しむという。多岐にわたる思考はどれもきちんとした意思を持てずうつろだ。

速足(ギャロップ)で駅に滑り込んだ電車はターミナル駅目指して再び走り出す気満々で、少しも戸惑わずにドアが閉まりかかるのが目の前で分かった。

 

乗り降りの多い駅ではないようで昇降時間は短い。弾かれるようにあわててピョンとそのドアから外に飛び出すと梅雨特有の蒸した外気が肌を舐めた。

 

駅舎の近くには長い屋根があるもののそれはプラットホームからしたらほんの少しで、反対側に長く続そこには屋根はない。

電車の後ろ姿を目で追いながらその向こうに広がる景色を眺めると、あまり高いビルの無い駅周辺の空が遠くまで広がって見えた。

反対側のどん詰まりの駅舎の奥の方には自動販売機とベンチが申し訳程度にあり、駅舎へ続くコンクリートの地面と囲われたフェンスと、そのすぐ外には木が並木に植えられてあった。

 

そしてその木は…。

『サクラだ…。』

 

独特のうす桃色に見える茶色の皮目は花が咲いていなくても間違えようがない。とたんに目の前に、まるで吹雪のように桜の花びらが舞散るシーンとそこに立つ人のシル工ットが浮かんだ。

胸がキュンと締め付けられる。痛いのか、苦しいのか分からない切なさが全身を柔らかく這う。

蒸した大気がまるで春風のように頬を撫でる。

 

やはり自分はここを知っている。

 

なぜ?

 

住宅街の駅のようなので目的が無ければ降りたりしないだろう。電車で通学をした記憶は無いのに…。

 

不安にざわつく心を抑えてとりあえずはこの付近を少し歩いてみることにした。

 

 

駅を出て驚いたことに目の前の道を迷うことなく選択して歩いていく自分がいる。

分かれ道でも右に左にと身体が勝手に動く。

バス停の屋根の庇の前で何かを見つめている誰かを見つめているような錯覚がまた襲う。

 

だめだ。これ以上はだめ…。

 

急に何かが自分に警鐘を鳴らす。

 

蒸し暑いのに冷たい汗が競うように背中を伝ってその感触に身体がブルリと震え、先に行きたい。でも行ったら後悔すると足が止まった。

曲がり角の先には必ず何か怖いものがいるはずなのに、ホラー映画の中の主人公のようにそれを見ずにはいられない気持ちも湧いて、恐怖と高揚感で口の中に唾液が湧きそれを嚥下するとわざとらしく喉がごくりと鳴った。

 

一歩踏み出そうとしたその時!

肩を誰かが掴んだ。

先にいると思っていたお化けが背後から近づいていたのかと驚いて振り返ると、そこには見知った黒い髪の彼がいた。

 

「小野寺さん、こんな所で何してるんですか?」

 

張り詰めた気持ちは一瞬にして霧散し、爽やかな笑顔は蒸した季節にはあきらかに不似合いだった。

 

「さくらを…、探しに…。」

 

意味不明な答えだと思った。でも他のなにも口からは出なかった。

 

なぜなら、顔を見た瞬間、俺はこの人を知っている。

俺の心がそう告げたからなのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

結局俺(俺達)はかつて俺が通っていた学校には行かなかった。

 

高野さんは取材でこのあたりの住宅地を見て回っていて偶然俺を見かけたのだと言った。

 

思案気に景色を眺めている俺に声をかけようかとしばらく迷ったそうだけど、曲がりなりにも恋人に対して無視をして立ち去るという選択肢はなかったそうだ。

 

取材はもうお終いだから食事でもいかがですか?と俺を高野さんが誘って、俺ももうこの先に進む気持ちは失っていた。

 

緊張の絶頂であっけなくその気持ちが砕けたのだからある意味で脱力して抜け殻に近い精神状態だった。

来た道を戻る電車の中は真昼とは異なり混んでいて、人に押される俺を庇うように立つ高野さんの黒いパーカーの袖のヘリが腕に触れてこそばゆかった。

 

沿線の学校も生徒が何人も乗っていて、時々ワッと笑い声も聞こえる。お静かにと注意されるほどの騒々しさではないもののその瞬間は少しドキリと心臓が跳ね、鼓動が不安な気持ちを呼ぶ。

中途半端な混み方は身体が部分的に触れるのに全部高野さんに預けるわけにも行かずもどかしさで居心地悪い。

頬を擦りつけたい。そして身体の半面をピタリと貼り合わせるように抱きしめたい。

そんな思いが湧いて来るのは慣れない電車のせいか?

いや…、欲情してるんだな俺…。

 

そんな自分が恥ずかしくて居たたまれなくて、合った視線を逸らすと高野さんがフフっと笑ってそっと背を摩ってくれた。

 

 

 

 

 

住宅地にまるで隠れるように、目立たないようにと在るそのレストランはさわやかなオリーブオイルの香りを漂わせていた。

 

程よくニンニクの混じったそれにすっかり食欲が湧いて、自分がお腹を空かせていたことを自覚させる。

本来は洋食はそれほど好まない。外国で暮らしていた期間が長かったせいか日本の繊細な味付けや盛り付けに心が躍る。

しかしたまにはこういうなじみがなさすぎる料理もいいなと思えた。それほどにこのレストランは舌に合ったという事なのかもしれない。

 

高野さんチョイスのムール貝やいわしのフライはおおざっぱに見えてきちんと素材の旨さを知った扱いだったし、やわらかすぎない牛肉のトマト煮や豆や小さい餃子のようなものの入ったスープに舌鼓を打った。

 

すっかりおなかが満たされ「美味しい」と飾り気の無い感想を言うと「世界の三大料理の一つだから。」と高野さんはうれしそうに目を細めて笑う。

 

その顔にどきりとして、昼間のデジャヴーのような出来事はやっばり思い違いだったのだろうと思うことにした。だって俺があの場所や高野さんに既視感を持つなんておかしい。こうやって冷静になればそんな事あるはず無いって分かる。

 

大人になって移動範囲も広がって、はじめての場所なんて山ほど出かけているのに昔通っていた学校というだけできっとどこかセンチな気持ちが湧いていたのに違いない。

 

桜とは出会えなかったけどなんとなくあの駅で湧いた桜のイメージは香水のヒントになりそうだと思えた。そしてそれを無理やり高野さんに結び付けてしまえば甘い香水が作れるかもしれない。

 

『本当は甘いばかりじゃないけどね。』

誰かが耳元でささやくような気がするけどそれはいつもの事と無視を決め込む。

時々思考を遮るそいつはきっと俺の中にいる臆病なもう一人の俺。

 

桜の香りを恋人のイメージで作るんだから甘いばかりで何が悪い。

 

最後に皿をパンでぬぐって美味しい味のついたそれを口に放り込んで、もう一度そいつを無視するんだと自分に言い聞かせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「顔に塗る化粧水みたいなのってある?」

 

風呂上がりに慣れない簡易型のカミソリで髭を剃ったら少しヒリっとすると高野さんが言うので、冷蔵庫から青いボトルをつまみあげて手渡すと早速その瓶から液体を掌に出してその端正な顔全体に伸ばすように広げた。

 

俺の家の冷蔵庫は飲み物のペットボトルがぎっしり詰まっているのみだ。

あまり自炊をしないので食材なんてパンとバターぐらいしか入っていないしそれもきっととっくに賞味期限は過ぎていることだろう…。

 

そしてドアポケットにはいくつかの細いボトルが並んでいて、風呂上りや髭剃り後に顔に塗る化粧水的なものなのだけどラベルが貼ってないのできっと俺以外の人には分からない。

もともと恥ずかしい話だが男性ホルモンが少ないのか、なんだか体毛は薄い。

毎日毎日髭剃りをする必要もなくて、アフターシェーブローション的なものは必須ではなかったからだ。

 

香りの仕事の延長でアロマテラピー的なものもお店では扱っている。香水を作るときに効果を深く考えてはいないけど、仕事でそれを扱っているためにずいぶん詳しくなった。

 

「いい匂いだな、これ。」

高野さんが気持ちよさそうに言うので「簡単ですよ。」と手作りを示唆する言葉を言うと高野さんは少し驚いたように目を真ん丸<した。

 

「日持ちがしないからたくさん作ってないのでまた作らないとだめですね。良ければ高野さん用に作りますけど。」

暗に、お泊り用にと色を表には出さないように、しかし色の混じった言い方をすると高野さんが意図を察したのかにやにやと笑って顎をさすった。

 

「香りはある程度好みのものにできますよ。」 そう言うと高野さんは興味ありそげに手にしていたボトルをまじまじと見つめる。

「水性のグリセリンと精製水、エタノールとアロマオイルなんですけど肌に直接つけるので精油は限られます。柑橘系はお勧めできませんけど柑橘系の香りを得られる大丈夫な精油もあるのでかなり自由になりますよ。」

 

いくつか目の前に香料の小瓶を並べると高野さんはクンクンと匂いを嗅いでひとつひとつを確かめていく。

アロマの講習会で説明をされるんだけど、クンクンとたった一度匂いを嗅ぐだけでもリラックス効果があったり気分が向上させたりできるのが香りの良いところだ。

まあ、その日の精神の状態で落ち込ませたり負の感情を湧かせたりするものもないわけではないので、好きなら何でもOKと雑にお勧めすることはできないけど、基本好きな香りは気持ちいい。

並ベた香りの中からウッディ系の香りを高野さんが選んだのでそれをまとめる香りとして少し華やかな直接肌につけても大丈夫な柑橘系の香りに似たものをひとつ足して、さらにひとつお勧めにスペアミントを足した。

 

俺がイメージする高野さんの香りはハッカだ。初対面の時に感じた煙草からの連想なのだけど、同じミント系でもハッカとスペアミントは違う。

 

どちらも同じくメントールが含まれているからすっきりした香りのイメージではあるけど含有量も違い、スペアミントはハッカよりカルボンという甘く感じる成分を多く含んでいる。

個人的な好みとしては、すっきりとした二ホンハッカやペパーミントの方が好きだし、高野さんのハッカタバコの匂いもこちらに近いけどたまにはこっちを使ってみてはどうだろうか?という意図だった。

 

カルボンの甘い香りが高野さんの体温で昇華して体臭と馴染んでふわりと香る。スペアミントの香りと高野さんの香り…。

 

脳内が霞に覆われて思考が出来なくなる。ぼんやりとそのシルエットだけを感じているとふわりと高野さんの顔が近づいて閉じていた唇は高野さんの上唇で 摩られる。

「そんな顔をしてどうしたんですか?」

そう言いながらも答えを求めているワケではないようで、摩られた唇はじれったさに悶えるように高野さんの下唇を軽く噛んでお返しをした。

高野さんの細くて長い指が俺の髪をかき分けて首筋を支える。もうゆだねても大丈夫だという安心感から唇を薄く開くと隙間を埋めるように少し冷たい高野さんの唇が応えてくれる。それはまるで昔からそのために存在しているような心地よいフィット感で、別々の存在である事を忘れて顔を擦りつけるように傾けると今度は舌が追いかけるように割り入って来た。

 

高野さんの熱が俺に移ってどんどん身体が熱くなる。項から背に擦るように下りて来た腕で身体を引き上げられて胸も腹も高野さんの身体の凹凸に合うように張り付く。

 

もっともっと近づきたい。高野さんの内側に入り込んですベてですっぽりと覆われたい。

唇が離れて行くのを追いかけて高野さんの首筋に舌を這わせると細く長い指が顎を掴んで口の中を撫で回す。舌でその指をなめまわすとツツつと睡液があごを伝って下に落ちた。

 

鼻先の甘い香りは高野さんの香りとスペアミントの香り。

湧きたつ欲を含んだ香り…。

 

なんだろう?これってなに?

高野さんのいつものスッキリしたハッカの香りとは違う…。

 

その時、耳元で高野さんがささやいたのは…。

 

「りつ・・・。」

 

それは俺の名前…。恋人が俺を呼ぶ甘い言葉のはずなのに体の芯に痛みがピッと走って追いかけるように稲妻のような衝撃が身体を貫く。

 

苦しい、息ができない。目の前が真っ白になってそのうちに真っ暗になった。

 

高野さんが俺を呼ぶ声が聞こえる。

必死でリツと呼ぶ声がこだまのように脳の中に鳴り響く…。

これはいつの出来事?

 

今?

 

昔?

 

 

 

 

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