十期になってから種族単位でグルグル回るようになってるよねー。
植物、戦士ときて今度はドラゴンですよ。
YUSHOプロジェクトへの襲撃の次の日。何かが盗まれた訳でもなく、何かが壊された訳でもないのだが、数人のプロデュエリストが倒された事に蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
当然バイトは休み。十哉は少し遠出をしてショッピングセンターに来ていた。
『おニちゃんにはこれだね!』
コスプレ衣装売り場。そこに十哉が今最も必要としている物が売っている。
「炎の眼帯? 悪くないが……趣味じゃねぇな」
『裏風の精霊、十哉にはこっち』
『おお! これは良いね!』
「おいこらバブルマンのマスクじゃねぇか。そこまで隠さなくていいんだよミドラーシュ」
『クスクス……こっちは?』
「ハート型じゃねぇかふざけんなイシュタム!」
周りに注意しつつもつい怒鳴ってしまう。肝心のイシュタムは十哉の頭の上で笑う。
―――あのデュエルの後、日が開けてもイシュタムの待ち人は来なかった。そしてイシュタムは十哉に『贈り物』を与えた上で、待ち人が来るまで十哉につきまとう事にしたのだ。
その『贈り物』の内容は、精霊を見る眼。十哉が元々持っていて能力なのだが、十哉はいつどんな時でも精霊を見なかった事にしていた。
それを見なかった事に出来ないよう、能力を右目に集中させたのだ。
イシュタムはあくまで好意から行った『贈り物』なのだが、十哉からすればいい迷惑である。
「ったく……」
十哉はこの『贈り物』の応急措置として眼帯を買いに来たのだった。このままだと両目の色が違っていて目立ちすぎる上に精霊たちが生活の邪魔だ。
十哉はため息をつきつつ適当に目についたものを手に取る。
『おニちゃん、それはあの……その』
『十哉、それはどうかと思う』
『クスクスクスクス』
それはドクロマークの眼帯。骨のバツじるしも付いている、海賊が着けていそうなものだった。
十哉としては少し気に入ったのだが裏風の精霊とミドラーシュの反応があまりにも微妙なので止めておく。
「っつーか裏風の精霊とミドラーシュは宇良華になっときゃ良いんじゃねぇか? それならこっちに居られるんだろ?」
『だってアレ疲れるし』
『私が楽しめないし』
『そもそも出掛ける時おニちゃんが宇良華は来るなーって言ったんだし』
『精霊の姿でも話せるのが新鮮だし』
「あー分かった分かった」
実は宇良華はイシュタムによって裏風の精霊とミドラーシュが融合された姿だったのだ。
半ば無理矢理に作られた存在だった故に裏風の精霊とミドラーシュの仲は悪かったのだが、十哉によってこれまた無理矢理に仲直りをさせられた。
今ではこのように息ピッタリの仲良しだ。喧嘩はするが。
「私はいつでも人の姿になれるけどね」
「お前は透明になってろ」
『あら酷い』
イシュタムが一瞬、そのままの姿で実体化したが十哉に殴られそうになってすぐさま元に戻る。
十哉もそもそもの原因をボコボコにしたいし近くに居てほしくも無かったが、精霊は見えるだけで触れる事は出来ない。致し方なく、眼帯探しに戻る。
「ん? これは……」
十哉が手にしたのは赤の神が描かれた眼帯。黒丸の眼に当たる部分に金色の刺繍で渦巻く『オシリスの天空竜』が縫われていた。
『神様だ!』
『うわ……カッコいい……』
『あ、それは止めておいた方が良いわよ』
イシュタムが割と真剣に止めるが、あまのじゃくな十哉はむしろニヤリと笑う。
「ならこいつだな。値段は……ちっと高いか?」
『本当に止めておいた方が……』
「うるせぇな」
そのままさっさと買ってしまう。イシュタムはなんとも言えない顔をしていたが、まぁ苦労するのは本人だと気にしない事にした。
「さってと……」
早速眼帯を着ける。片目の視界が無くなるが、余計に見えるよりはマシだ。どういう原理か精霊は姿が見えなければその声も聞こえない。
昨日の夜からずっとうるさかったのがようやく消えて、十哉は上機嫌だ。
「んーじゃ、どうすっかな。……あそこに寄るか」
十哉は必要なものを買ってから歩き出す。今まで行けなかった場所へ。
「はぁ……くそっ。思ったより、遠かった、な」
とある山。そのふもとにまで来ていた。十哉が疲れているのはここまでの道が遠かったというのもあるが、一番は右目が使えない事に慣れていないせいだった。
遠近感が当てにならず、右後ろから接近するものに過剰反応してしまう。
「だが……着いたぜ」
途中で買った飲み物を飲みきる。ごみ箱に投げ入れ、その場所へ足を踏み入れる。
「おニちゃん、ここ……お墓?」
「うおっ。なんだ宇良華か。……そう、墓だ」
そこは寺。お線香の独特の匂いが漂い、シーズンとは離れているからか人の気配もなく、沈んだように静かだ。
十哉は桶に水を入れ、建てられている墓石の一つに近付く。コケが生えているが、まだ建てられて新しいのか綺麗に白い。
『遊城』、と彫られていた。
「……もしかして」
「あぁ。俺のじいさんの墓だ」
水をかけてタワシでコケをこする。一通り洗い終わったら、お線香に火をつける。
この間、宇良華は十哉を見続ける事しか出来なかった。
お線香を
「……」
何を思ったのだろうか。何を告げたのだろうか。十哉が再び動き出すまで、かなりの時間がたった。
「ふぅ」
「おニちゃん……どうだった?」
「さあな。何も起きなかった」
宇良華には泣きながら墓石を撫でるユベルの姿が見える。
宇良華には少し離れて腕を組むトラゴエディアの姿が見える。
宇良華には、墓石に座る
だが、十哉には伝えない。伝えても意味がない。
「……えっと」
「んじゃ、帰るぞ宇良華」
「あ、待ってよぉ!」
十哉はさっさと歩き出す。その顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「また来るよ、じいちゃん」
小さく呟いていたが、宇良華は気づかなかった。
その次の日。流石はYUSHOプロジェクトだと言うべきか大きな騒ぎにもならず、もうバイトの復帰となった。
「おはようございます凪草さん」
「ん、おはよ……誰?」
「遊城です」
「おはよー!」
「おはよー宇良華ちゃん!」
侵入者とデュエルをしたプロたちも復帰していた。闇のデュエルという訳でもなかったので外傷もない。
その意味では一度イシュタムと擬似闇のデュエルをして負けた十哉が一番ダメージが大きいだろう。なんで生きているのやら。
「おっはよー宇良華ちゃーん! って、え、なに十哉目ぇ怪我したの!?」
「あー……そういうんじゃなくて……病気っていうかなんていうか」
「もしかして、中二病」
「ちげーよ……違います」
プロの中でも十哉と―――十哉というより宇良華とだが―――特に仲の良い二人。
侵入者に倒された三人の内の二人だが、それで落ち込む事はなく次こそはと燃えている。
「まぁ、それはそれとして!」
「デッキ調整手伝って」
「……掃除中なんですけど」
「私はやるー!」
宇良華はウキウキと
と、そこに襲撃の難を逃れていたプロが通りかかる。
「やあやあファンの皆! デュエルかい? 僕も混ぜてくれよ! 」
「あ、おはようございます沢渡さん。あと雪矢さん」
「えぇおはよう十哉君」
木霊姉妹と犬猿の仲のプロ、沢渡遊治。そしてその専属コーディネーター(沢渡談)の雪矢
いつも一緒に居る二人に、何故か十哉は嫌な予感がした。
「みぃつけたぁっ!」
予感的中。イシュタムが猫か犬のように雪矢白へと襲いかかり押し倒す。余りにも速い動きで、誰も動けなかった。
「アハハハハハッ、ようやく会えたわねぇっ!」
「一昨日の侵入者!? なんで、どうやってここに!」
「沢渡! あんたも雪矢さんを助けなさいよ!」
一瞬の内に混沌とした状況になってしまう。慌ててイシュタムを捕らえようとする木霊姉妹、突然の出来事に固まってしまう沢渡。そしてどう手出ししようか悩む十哉と宇良華。
そんな中、雪矢白は。
「あら、あなた……もしかしてイシュタム?」
「えぇそうよ雪矢白! 久しぶりねぇっ!」
「えぇ、お久しぶり」
危機感をこれっぽっちも感じさせない挨拶をしていた。イシュタムは木霊姉妹の手によって引き剥がされるが全く抵抗しない。
「いやー、やっと会えたわ」
「私も、会えるとは思っても見ませんでしたわ」
「そうでしょうね。……その」
「大丈夫、許しますわ。貴女は悪くない。あの子も悪くない。ただの事故だったのよ」
「そう―――」
イシュタムは安心したように笑う。
「お、おいおい雪矢さん。その……イシュタムさん? と知り合いなのかい?」
この場を代表して沢渡が白に質問する。こう言うときに『顔』になれるのはプロ中のプロだからか。白は立ち上がり、ゆっくり頷く。
「勿論。元私のエースモンスターですから」
「……あ、彼女は精霊なのかい? リアルソリッドビジョン外で実体化してるのは初めて見るぜ! おぉ、俄然興味が湧いてきた!」
沢渡は半ば無理矢理にでもテンションを上げる。それが彼の売りであるから。
「ということでお嬢さん、俺とデュエルしませんか?」
「ごめんなさい私なよなよした人は嫌いなの」
「おぉう辛辣ぅ~!」
目を覆い空を仰ぐ。オーバーリアクションは日常茶飯事。
「こんの
「姉さん、あのうるさいだけの猿の言動は今さらでしょ? 今はともかくこのイシュタムをどうするか考えましょう」
「さ・わ・た・り・だ!」
二人がかりで押さえ付けている上にイシュタムが全然抵抗しないのでいつもの雰囲気に戻っていく。
「……あー、気はすんだかイシュタム」
だからこの雰囲気を壊すのに罪悪感を感じつつ十哉はイシュタムに声をかける。
「えぇ。グダグダになっちゃったけど、これでようやくあの子の元に戻れるわ」
イシュタムは光りながら薄くなり、やがて消えた。プロたちは驚いたようにイシュタムが居た場所を触ろうとしている。
「あ、そうそう」
「うおっ!」
消えたと思ったイシュタムがまた出てきた。―――壁から首だけだして。
「アカデミアの方は本当の犯人を仕立ててあるわ。いつでも戻れるわ」
「そ、そうかよ」
告げられた内容と顔だけの姿にドン引きする十哉。イシュタムはクスクスと笑ってまた消える。今度は発光しなかった。
ふと気付くとプロたちが三人ともこちらを見ている。とてつもなく気まずい。
「あー……そ、そろそろバイトも終わりですかね?」
とぼける十哉。プロたちは顔を見合わせる。
「試練は誰の分が残ってる?」
「分かる限りでは純香さんと沢渡さんです」
「え、マジ? 確か純香から名刺貰ったんだよな?」
「はい」
「―――実質俺だけかぁ。うーん。……まあ、良いか。小斎さんには今から俺が言いに行く」
そう言って沢渡はさっさとその場を離れてしまう。
「そっかー、なんかの冤罪で追い出されてたんだっけ」
「姉さん。行きましょう」
「うん。んじゃー最後のバイト頑張ってねー!」
木霊姉妹も移動する。なんだかあっさりと見捨てられたように、宇良華は感じた。
「かなり儲かるバイトだったんだがな。お陰で島に戻っても楽出来そうだ」
「……おニちゃん。もうここには来れないの?」
「お前は一人……二人? で来れるだろ?」
「そうじゃなくて!」
つい大きな声が出てしまう。十哉はちょっと周りを見てから続きをうながす。
「おニちゃんは……寂しくないの?」
「別に」
十哉は話を聞きながらも手は動かしている。だが決してなおざりにしている訳ではない。
「何で? だってもう会えないかもしれないんだよ? あんなに仲良くなったのに!」
「
「っ!」
なるべく何てことのないように言ったが宇良華は後悔したような顔をする。
「そんな顔すんなって。生きてんならきっとまた会える。『会えないかも』じゃなくて『会えるかも』だろ? ……それに世間は小さいしなぁ」
遊城十哉はお世辞にも英雄とは言えない。
幼き頃に闇に呑まれ、心には
現れた『NO.』は闇そのものと言っていいモンスターだし一番性に合うデッキは『バージェストマ』で十代《ヒーロー》の存在の欠片もない。
だけど。
「ほら、大丈夫だ」
涙ぐむ子供の頭を撫でて、慰める事は出来る。
「うん……」
「けっ、やっぱガキだなぁ宇良華は」
「ガキじゃないもん! 精霊だもん!」
「はいはい」
誰も彼もが英雄になれる訳ではない。
けれど、いつかきっと、誰かの英雄に。
という事で最終回でした。イイハナシダッタカナー?
ってことで少し小話を。
この小説のタイトル、『遊戯王AU-M <英雄の孫>』。
このAU-M。何か意味があると思うでしょう?
特に無いです。意味のないタイトルですまない……。
「タイトルどうすっかなー」→「主人公は英雄の孫だよな……」→「英雄……エイユウ……」→「AU!」
こんな感じで決めたんですよ。Mは孫のMです。
あとは、途中で舞台が変わっちゃったせいで上手くピックアップできなかったモブたちが沢山出てきちゃったのも痛手ですね。
天上院天馬とか遠亞とか不腐風先輩とか早野理玖とか、ブルーの恐竜使いとかイエローの主席……は計画的だけど。
一番ヤバイのは割りと内容に関わってる雪矢雪のヒロイン枠を宇良華が奪ってった所ですねぇ。
といった所で。この話、及びこの小説を、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!
投稿者の他の小説とかで会いましょう! それでは!
無事、退学を取り消された俺はアカデミアへと舞い戻る。たまに精霊たちに邪魔されるが、それでも順調に復学していった。
そんなある日宇良華に請われて俺だけが知る秘境の温泉へ。
そこで『神』に襲われる。なんでも闇をもって天使を堕天させた罰だとか。
……おいそれ俺のせいじゃねぇじゃねぇか! どうしろってんだ!
なに? 解放された『邪神』を再封印すれば許す?
なんで俺が……ちっ、仕方ねぇやってやる!
次回、遊戯王AU-D <英雄の孫と精霊世界>
『神の裁き』