春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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4年ぶりの投稿です。


第7の扉/Ⅱ.支え

「ちょ、ちょっと・・・真美、早く来なさいよ!!」

伊織が一向に鉄板を渡る素振りを見せない真美に声を荒げてそう言った。

それは仲間の無事を案じて・・・というよりは、早く次に進みたい、という気持ち。

或いは、9つ目の扉までに死者を増やせば自身の生存が危ぶまれることへの危惧か。

「真美・・・来て!大丈夫だから!」

続いて春香が真美を促す。

伊織とは対照的に、幾分か温情を纏った声色で。

「そう、大丈夫、大丈夫」

春香に呼応したのか、真美はおずおずと鉄板に立ち、鉄板を渡り始めた。

「そう、落ち着いてっ・・・」

その瞬間こそ喜んだ春香だったが、間もなく事態は収束していないことを悟った。

真美は鉄板を歩いている。足元も見ずに。ランウェイを歩くモデルのように、当たり前に。

大丈夫、大丈夫、と呟きながら、涙と涎を垂れ流して、半笑いで。

それも摺足や慎重な足運びなどではなく、信じがたい広い歩幅で。

彼女は狂ってしまった。誰もがそう思った。

真美の進行方向、対岸を目前にして歩みを滞らせている亜美以外は。

「真美・・・真美、来てるの?」

震える声で亜美が問う。あと少しなのに、思うように足が出せない。

その間にも真美はみるみる亜美との距離を縮めていく。

 

「・・・まずいの」

思わず美希が声を上げた。

あの真美の様子を見れば、亜美と真美の接触が非常に危険であると容易に想像できる。

━━━━何とかしなければ。

美希は必死に思考を巡らせる。

真美のいる地点から対岸までは7メートル…いや、6メートルに差し掛かった所だろうか。

まだ、その手を引いて導くには遠すぎる距離だ。

今、私たちが着ている衣装では、繋ぎ合わせて命綱の代わりにすることも不可能だ。

非力なうえ心身の疲弊している私たちの腕力では、落ちる仲間を引っ張り上げることもできない。

最悪、支える側までもが一緒に落ちてしまう、ということも…ありうるのだ。

「ミキ…どうすればいいの…?」

駄目だ。自分が橋に戻ったところでどうにもならない。

しかし、このままでは二人の衝突という最悪の事態は免れない。

「星井美希、貴女のその迷いは実に正しきものです」

「えっ? ・・・貴音?」

突然、鼓膜に飛び込んだ囁き。

顔を上げると、先ほど自分の肩を支えてくれた四条貴音。

「その選択を、その決断を、このわたくしに委ねてくださいまし」

その体が、背中が、いつの間にか自分の目の前にあった。

そして、ウェーブのかかった美しい銀髪を微かに靡かせ、二人の少女が残る橋へと歩いていく。

「・・・ちょっと、待ってよ、たか・・・」

「『待って』? 何を待つというのですか? 彼女達にはもう時間がないのですよ」

「っ・・・」

振り返らず言い放った貴音の言葉に、口籠る美希。

周りの者も、貴音の行動に気付き始める。

「貴音何してるんだ? 危ないぞ・・・?」

貴音と同時期に765プロに加入した響も、動揺の含みを持たせた声をかける。

「ちっ。一人でも多く減ったらまずいってのに。どうなっても知らないわよ」

伊織はそう吐き捨てると、またぎゅっと目を閉じた。

「行くのね。四条さん・・・」

ぽつりと呟いたのは千早だ。

傍らの春香も顔を青くして、貴音に聞こえるか否かの震えた声をあげる。

「貴音さん、助けに行くつもりなの? そんなの、む…」

言い切らぬうち、千早に口を塞がれた。

「春香」

唇から離したその手で春香の手を強く握り、じっと彼女の目をのぞき込む。

「それ以上は・・・言っては駄目よ」

無茶だ、とか、無意味だ、とか、そんなことは。

絶対に、もう二度と口にするな。

そう、如月千早が、その澄み切った瞳で、春香に訴えかけたから。

春香はそれ以上何も言えなかった。

 

「お姫ちん・・・!? どうして・・・」

足許に注視していた渦中の亜美も、漸く貴音の姿を捉えた。

既に泣き出しそうな亜美には何も考えられない。

何故目の前に貴音がいるのかも、なぜか只ならぬ速度で迫る背後の足音も。

すべてが亜美を焦燥させ、正常な判断力を失わせていく。

「ど、どいてよっ、このままじゃ亜美・・・」

「良いですか。私の首に腕を回してください。力を抜いて、じっとしているのですよ」

小学校の教師が児童に語り掛けるように、落ち着いた声色で。

しかし極めて張り詰めた眼差しで。

左足を右足の後ろに下げ、僅かに膝を曲げ、腰を落とし、手を伸ばして。

はっきりと、亜美にそう告げた。

「えっ、ええっ!? お姫ちん、もしかして?」

「早くなさい! 死にたいのですか!?」

「う、うぅっ・・・!」

それはまるで、叱られた子供が泣きつくようだった。

すかさず、貴音は亜美の膝下と肩に手を回し、。

「ああああっ! お、お姫ちんっ!」

亜美は悲鳴をあげ、首に回した腕に力が篭ってしまう。

横抱き━━━━俗称で言えばお姫様抱っこの形で、亜美の身体を抱き上げたのだから。

 

「ありえないの・・・そんなことしたら・・・」

息をのみ、それを見ていた美希。

いや、橋の上の三人以外の全員が同じことを考えていた。

貴音は765プロの中では長身であり、真ほどではないにしろ筋力もある。

しかし今、彼女が立っているのは安全が保障されたステージなどではない。

足の横幅がぎりぎり収まる程度の過熱した鉄板の上なのだ。

亜美にしても、年こそ最年少だが、成長期のその身体は160センチ近くある。

二人分のバランスを取るどころではないという事は、誰の目にも明らかだった。

そして何よりもまずいのは、彼女が対岸に背を向けているということだ。

向き直ろうと足を離そうものなら、たちまち均衡を崩し、刃の海に真っ逆さまだ。

「貴音さん・・・!」

春香も無事を祈るしかなかった。

・・・いったい何に祈るというのだろう。

この期に及んで、誰が私たちを見捨てずにいてくれるというのだろう。

そんな皮肉めいた言葉が浮かんだが、とにかく、ただ、必死に、祈った。

 

「大丈夫ですよ亜美。・・・それに真美も」

「ひいい・・・」

身体を強張らせながらもわなわなと震える亜美を抱えて、貴音が言った。

「・・・大丈夫」

目の前にいるのは真美だ。

先ほどとは違い、歩幅をやや小さくして、しかし着実に前へ、前へと。

それを導くように貴音は、窓を滑り落ちる雨垂れの様に、摺り足で後ろへ退いていく。

「・・・凄いぞ」

思わず、響が驚嘆を漏らす。

抱えているのが他の誰かであれば、こうはならなかっただろうと、誰もが思えるほどに。

本当に後ろにも目があるんじゃないかと、平常時であればそう茶化していたほどに。

貴音には不思議なまでの安定感があった。

「これなら行けるかも・・・貴音、こっちまで来たら支えるから!」

美希も、とっさに対岸で貴音を迎え入れる準備に入る。

伊織は入り口の傍で、ただ額の汗を鬱陶しそうに拭っている。

「真美。そのままで聞いてください。私たちは苦楽を共にした仲間です。そうですね」

「・・・うん」

「決して、仲間や妹を押し退けてでも助かろうなどとは考えていませんね?」

「妹・・・亜美」

「そうです。ここを出て家に帰ればいつもの生活が、何より家族が待っているのです」

「・・・家族」

言葉を交わして、一歩、一歩、進んでいく。

貴音が下がったぶん、真美が近づく。

同じ目的地へと、身体を運んでいく。

 

「先ほどからの様子を見るに、鬼から逃げる道中で、何かあったのですね。おそらくは・・・辛い決断を」

「・・・真美・・・ひびきんが・・・ピンチで・・・助けなきゃって・・・思って」

尋ねる貴音。

答える真美。

「真美、無理に思い出さずとも良いのですよ。口にせずとも・・・」

「うあっ、真美、愛ぴょんが、ひっ、ひびきんのこと殺そうしてたから、悪い奴だって思ったから、そ、それで、持ってたハンマーで・・・」

「・・・そう、だったのですか」

「真美・・・愛ぴょんのこと、殺しちゃったよ。人を・・・殺しちゃったんだよ」

「貴女の選択に間違いなどありません。その葛藤と後悔は、貴女が未だ正常であるという何よりの証」

「何度も何度も、動かなくなるまで、いっぱい殴ったよ? 真美が・・・殺したんだよ?」

独白する真美。

肯定する貴音。

貴音の胸の中の亜美が目を見開いて、顔を真美に向ける。

「こ、殺っ・・・う、嘘でしょ? 真美、だって・・・」

「亜美、しばしご辛抱を。今は私と真美が話をしているのです」

「で、でも・・・ううん、ごめん・・・」

「・・・真美。辛かったでしょう。苦しかったんでしょう。よく頑張りましたね」

「真美、さ、さっき、あ、あ、亜美も、邪魔だって、思っちゃったんだよ。落としてやろうって。亜美を殺しても、たすっ、助かろうとしたんだよ。真美は、真美は・・・」

「それは真美がこのような橋の上で孤独だったからです。もう独りにはさせません」

「早く行ってよぉ。じゃないと真美また、殺しちゃう。殺したくないけど、死にたくないもん。もう殺すのやだよ。早く・・・」

誰も支えてくれない橋の上で、真美はぼろぼろと、漫画のような量の涙をこぼしていた。

端正な顎のカーブから垂れ落ちた涙の粒が落ちる度、じゅう、じゅう、と鉄板を鳴らす。

泳ぎを教わる子供と母親の様に、あるいは餌を口移しする雛鳥と親鳥の様に。

緩慢に貴音に近づいていく。

気付けば、対岸はもうすぐ傍まで迫っていた。

「貴音、いい? 支えるよ」

美希はそう言って橋に片足だけ乗せ、両手で貴音の腰をしっかりと掴んだ。

そして、その言葉に応えるように、貴音はゆっくりと背後に体重を預ける。

「くっ・・・!」

貴音が、対岸に辿り着いた。

すぐさま亜美を安全な地面に降ろし、真美に手を伸ばす。

「さあ、手を。真美」

「お・・・お姫ちん・・・!」

ぐっと真美を引き寄せ、そのままの勢いで貴音は彼女を抱きしめた。

「はぁあっ・・・!!亜美、生きてるんだよね!? 真美も・・・!」

腰が抜けたようにへたり込む亜美。

そこに春香や千早、響たちも駆け寄る。

「貴音さん! よかった、無事で・・・!」

「亜美と真美も、いったんここで落ち着きましょう。焦るとさっきの二の舞よ」

「自分、落ちちゃうんじゃないかってドキドキしたけど・・・やっぱり貴音はすごいぞ!」

生還した3人へと、口々に安堵の言葉が投げ掛けられる。

しかし、先へ進む扉の前に寄りかかる伊織の表情は固いままだ。

「ねえ、仲良しごっこはいいから早くしてくれる?」

「・・・ごっこでも仲良くできないの? でこちゃんは」

伊織の皮肉に美希がかみつく。

「やめなさい、二人とも。・・・ともかく、美希。先ほどは助かりました」

「・・・足。大丈夫なの?」

口喧嘩を諫め美希へ感謝を述べる貴音に、美希はただそれだけ返した。

「絶対やけどしてるよね、それ。ずっと摺り足だったもん。やせ我慢してるのがバレバレなの」

「お見通し、という訳ですか。治す方法もなければ、気にしている余裕もないでしょう」

その靴は焼け焦げていて、見るからに痛々しい。

「あっ、お姫ちん・・・ごめん、亜美たちの為に・・・」

「良いのです。こうして無事に辿り着けたのですから」

申し訳なさそうに頭を下げる亜美。

そして真美も。

「お姫ちん。ずっと支えてくれてありがと。真美、もうだめだと思った。本当は全然大丈夫なんかじゃなかった。ずっと喋ってくれて、聞いてくれて、ありがとう」

「真美・・・ねえ真美、本当に・・・愛ぴょんのこと・・・」

心配そうに姉に尋ねる亜美を、貴音が制した。

「もう良いのです。この状況下では何が起きようとも不思議ではありませんから」

「…ゴメン。貴音」

「…美希?」

次に頭を下げたのは、美希だった。

「ミキ、貴音に酷いことたくさん言ったの。真くんの時も。鉄板の上でも。ホントは貴音、皆のコト心配してくれてるってわかってた」

貴音は無言でそれを聞き、自分の胸の前に手を当てた。

「でも、ミキの中の思いがバクハツして、止められなくて。だからごめんなさい、なの」

「いいのです。貴女の本心が聞けて良かったと、そう思っています。貴女の精神は、まこと正しきものです」

そう言って貴音は微笑んだ。

 

貴音は、ずっと考えていた。

己が体現するべき正義について。

時には美希の自己犠牲を信じ、時には伊織の自己保身を認め。

護るもの、護られるもの、そのどちらもかけがえのないものであると。

自分の命をなにより大事にしてほしい。自分の為に死ぬなんて言わないでほしい。

いや、自分ひとりの命を捧げれば全てが終わるというのなら、それもいい。

頭では解っている。

しかし、自分は未熟だ。

そのどちらにも染まることができない。

唯一出来ることは、一緒にいる仲間を支えること。

ひとりひとり違う正しさを、肯定すること。

そのためなら、身を焼かれることも、串刺しになることも、何も怖くはない。

それが、私の中の、確かな正義だから。

 

それから程なくして、次の部屋への錠が開いた。

伊織が扉を開け、その動向に警戒する8人が後に続く。

━━━━最終的に残れる者は、最大4人。

これ以上、誰一人失いたくない。

一部の者はそのことで脳内を埋め尽くされていた。

 

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