扉の向こうは、またも屋外だった。
真っ暗な夜だ。月が煌々と夜空に浮かんでいる。
等間隔で壁に設置された照明は点灯しているが、それでも目を凝らさねば危険な暗さだ。
そして相変わらず鬱蒼とした木々と聳える石壁が行く手を阻む。
「これって・・・また」
美希が恐る恐る声を上げる。
先ほどの『鬼ごっこ』のエリアと全く同じ外観。
「・・・また何か、アナウンスがあるかしら」
千早が皆に聞こえる声量で呟く。
「もう襲われるのはたくさんだぞ・・・一気に走り抜けて行っちゃおうよ」
落ち着きなく足踏みする響。
「落ち着いてください、響。前回と全く同じ仕掛けとは限りませんよ」
と、貴音。
そんなやりとりを見ていた伊織が冷淡に言い放つ。
「いいじゃない、勝手にすれば」
「それ、どういう意味・・・?」
春香が伊織に訊ねる。
「言葉通りよ。各々が動きたいように動けばいい。それで勝手に死んだらご愁傷様。私まで危うくなったらもちろんタダじゃ置かないけど。にひひっ」
「でこちゃんはどんなときでもでこちゃんなんだね。ソンケ―するの」
半ば呆れたような顔で美希が一言。
「私は、もう少しここで待つわ」
聞こえないふりをして、伊織は入口側の壁に背を預けた。
美希は露骨に不機嫌そうな顔を伊織に向ける。
それを横目で見遣り、伊織はまたも気付かないふりをした。
「じゃあ、自分は・・・行くぞ。もう、じっとしているのは嫌だから・・・」
「響、待って! 一緒に行こう」
美希が先行する響を追いかけ、行ってしまった。
亜美と真美は、手を繋いでじっと貴音の傍についている。
「・・・私は、どうすればいいんだろう」
春香はここに来て、自分の正しさに一縷の不安を抱えていた。
ここを出て欲しいという雪歩の意思。身を捨てて仲間を救おうとした真の矜持。
死んで欲しくない仲間。我が身を犠牲にしても助けるべき仲間。
死の恐怖に怯える自分。死にたくない自分━━━━。
美希は、その言動から、真と同じように仲間を救いたい気持ちで一杯のようだ。
伊織や貴音の素振りに不信感を抱いてはいるものの、自己犠牲の信念は決して曲げたくないのだろう。
要するに、美希は『悪者』になりたくないのだ。
真を救うか先に進むかという選択では、不明確な私達の生存よりも明確な一人の生存をとった。
彼女はそちらを正義と信じたからだ。
しかし、もし真を救ったとして、私達はどうなる?
同じように、もがき、苦しみ、生きたいと願い僅かな希望に向かう他者は?
単に美希が真に好意を抱いていて、伊織たちに敵意を抱いていたから、もっと言うなら敵愾心からボタンを押そうとしたのなら、それは彼女のエゴではないのか?
そう、大事なのは誰一人欠けてはならない、欠けていいものなど居ないということ。
他人は勿論、自分だってそうだ。
つまるところ、春香にはもう自分の取るべき行動が分からなかった。
自己犠牲も正しい。自分で自分を護ることも正しい。
各々の『正義』がせめぎ合って、私達はばらばらになってしまったのだ。
なんて虚しい絆なのだろう。
残った私達は、昔の様に笑い合うことはもうできないのか。
いや、気持ちを曝け出した結果こうなったのならば、元々私達は相容れない人間だったと言えるのか。
上辺だけの友情? 上辺だけの関係? 上辺だけの・・・。
「春香、大丈夫? 顔色が悪いわ」
千早が春香の肩を抱き、顔を覗き込んだ。いつも以上に真剣な眼差しだ。
相当辛そうな顔をしてたんだろうな、私。
そう思い、ちょっと疲れただけだよ、と千早の手をとって微笑んだ。
千早ちゃん。あなたは・・・いま、何を思っているのだろう。
今の私にとって、確かな『善』は、きっと・・・千早ちゃん一人だけだ。
『えー、すみません。ちょっとトイレ行っててアナウンスが遅れました。どうも私です』
設置されたスピーカーから、甲高い声が響く。
「あんたね、ふざけてんじゃないわよ! 早く次の扉の開け方を教えなさい!!」
空に向かって鬼の形相で伊織が怒鳴る。
『まぁ、ルール自体は簡単です。鬼ごっこパート2です』
「・・・っ! では、再び誰かが・・・!?」
『ええそうです。ただし、次は・・・ちょっと、難易度が上がってますよ』
「どういうことよ!?」
『この森の中の地面に、12個の鍵が散らばってます。そして、そこから反対側のドアに12個のドアがあります』
「はぁ・・・!?」
「そ、そんな・・・真っ直ぐ扉に向かえばいいんじゃないの・・・?」
『まぁ全く一緒でもつまんないですし。落ちてる鍵を拾って、鍵に書かれた番号に対応した扉に入ってください。扉の先は同じ部屋につながってます』
「こんな真っ暗なのに鍵を探せなんて・・・ムチャもいいとこだわ」
『扉の向こうはセーフティエリアです。前回と同じく鬼が扉を開けることはできません。強引に入って来ようとしたら私たちが処刑しますのでご安心ください』
全員の顔がみるみる焦りを帯びていく。
また、武器を持った者達に襲われるのか。
そして、次は誰が『鬼』なのか。
しかも、こんな足元の悪さと暗さの中、鍵などという小さな物を探せというのか。
『今回の鬼は1人でー・・・あっ、そうだ。1つの扉につき通れるのは1人だけです。他の人が開けたドアに入ろうとしないでくださいね?あんまり面白くないですから』
その説明に、すかさず貴音が口を挟む。
「それを破ると・・・どうなるのですか?」
『んー。まあいいか言っちゃっても。扉はキッチリ監視してまして、2人以上同時に入ったのを確認したら、次の部屋で毒ガス撒いて問答無用で全員ぶち殺します』
「・・・くっ」
千早は唇を噛み、ひと呼吸おいて、質問を投げかける。
「でも、扉に入る前までの集団行動や鍵を複数所持する事は、禁止されてはいないですよね?」
『あ、それは全然大丈夫です。ドア通るとき一人ならね。あとは特に禁止してません。制限時間も無いです。なんなら鬼を返り討ちにしても結構です』
「そうですか・・・」
貴音が鍵を探し出そうと歩き出した、その時。
「いやああぁぁ!!」
「うわあああっ!?」
先に出発した、美希と響の悲鳴だ。
「美希っ・・・!」
春香は声の方向へ目を凝らすが、生い茂る木々に暗さが相まって全く様子を伺い知ることができない。
『おおっと、もう始まっちゃってるようですね。まあ大事な事は言ったし、精々頑張ってくださいな。それではアスタルエゴ!!』
それを最後にアナウンスは途切れた。
「なんでスペイン語なのよ、ムカつく」
悪態をつきながら、伊織は駆け出していった。
「・・・春香、千早、私は行きます。どうかお気をつけて」
「待って、お姫ちん、亜美も行く!」
「ま、真美も・・・」
貴音と双海姉妹も足早に去っていく。
「どうする、千早ちゃん。美希たちも心配だけど、鍵を探さなきゃ。手分けしたほうがいいかな」
「うん・・・それはそうなのだけど」
「お互い離れてても連絡がとれればな・・・」
春香はハッとして自身の携帯を取り出す。
今までの環境とは違い屋外ならばもしかして電波が届くのでは、と考えたからだ。
しかし、結果は圏外。春香は申し訳なさそうに携帯を閉じた。
「まあ・・・通話は無理でも足元を照らす明かりくらいには使えるでしょうね」
「あっ、そうか」
「まあ、そうね、すぐお互いのことが分かるよう横に4、5メートルほど離れて進んでいきましょう」
「うん、分かった」
千早は微笑むと、携帯の灯りを翳して歩き出した。
春香も同じように足元を注視しながらそれに並んだ。
「だっ・・・誰ッ!?」
突如として美希の前に現れたその人物は、言葉も発することなく襲い掛かった。
その顔はフルフェイスヘルメットて隠され、表情一つ読み取ることができない。
更に、全身に纏っているのは丈夫そうな漆黒のレーシングスーツだ。ひどく汚れている。
しかし背格好はそれほど大きくはない。女性・・・?
それより、何より美希を震え上がらせているのは、その手に持っている武器だった。
駆動音を轟かせ高速回転する無骨な刃。電動丸鋸、サーキュラーソー。
しかもセーフティカバーは外され、丸鋸の半円が剥き出しになっている。
「そ、そんなのでミキを殺すつもり!? やめて! 痛いよ!」
木々の隙間をすり抜け、デタラメに逃げ回る美希。
彼女は、直前まで響と共に行動していた。
しかし、サーキュラーソーを振りかざす敵が現れ、美希は響を突き飛ばして逃がし、敵を誘い出したのだ。
仲間を身代わりにして逃げるなどという発想は、初めから美希にはなかった。
自分の手に負える相手かどうかなど、推し量るまでもない。
「鍵も見つけなきゃいけないのに・・・!」
サーキュラーソーに使い慣れていないのか、敵の追跡は決して撒けない速さではない。
一度相手の視界から外れ、再び鍵探しに専念しなければ。
どんどんサーキュラーソーの駆動音が遠ざかる。
どうやら美希を見失ったようだ。
「喋れないのかな、大きなヘルメットまでして。・・・でも、あの人・・・」
冷や汗を流しながら、美希は、暗闇の中で息を潜めた。
足元に目を落とすと、何かそこそこ大きな金属らしきものが目に入った。
「あっ・・・鍵! すごい偶然なの。・・・これは2番か」
周りに聞こえない程の小声で感想を洩らし、辿った道筋を振り向く。
「あの人はノコギリの音がするから分かりやすいの。でも・・・」
そっと立ち上がる。
ふいに、人の気配を感じた。
「・・・伊織?」
「っ!」
長い茶髪を認識し、その名前を呼ぶ。
呼ばれた少女は、怯えた顔で此方を振り向いた。
「な、何よ、驚かさないでよね・・・。ところで、あんたさっき何か叫んでたでしょ」
「うん、丸いノコギリ・・・みたいなので襲われたの」
「サーキュラソーってやつかしら。武器も猟奇的になっていくのね・・・ああ怖い」
「でも、顔はヘルメットで隠れてて、誰なのかはわからなかったの」
「どちらにせよロクな奴はここにいないわ。前と同じでどっかのアイドルだったりして」
伊織が辟易した顔を見せる。
「そういえばミキ、前の『鬼ごっこ』では誰とも会わなかったの。誰だった?」
「876プロよ、私が見たのは涼と愛だけど・・・もう一人、えっと・・・絵理もいたみたい」
「そうなんだ・・・ホントに誰が、こんな酷い事・・・」
「・・・ねぇ、私はもう行くわよ。あんたみたいにボサッとしてらんないんだから」
「あ、うん・・・」
そう言い、足下を眺めて歩き出す伊織。
それを眺める美希は、少しの躊躇の後、声を掛けた。
「・・・ねぇ」
「何よ。まだ何かあるわけ?」
苛立ちを包み隠さず美希にぶつける伊織。
構わずに、美希は続ける。
「鍵、持ってないんでしょ。これ、持ってっていいよ」
美希はついさっき見つけた鍵を、伊織の前に差し出した。
「・・・美希、それ」
伊織は予想外と言わんばかりに目を丸くする。
紛れもなく、それは鍵だった。生き残りの為の切符だ。
せっかく見つけた鍵を明け渡すなんて、流石の美希でもしないだろうと踏んでいた。
皮肉たっぷりに、伊織は言う。
「真美に続いて、あんたまでおかしくなっちゃったわけ? 黙ってそれ持って一人で行けばいいじゃない」
「ミキはね、自分だけ助かろうなんて、思ってないの。誰かさんみたいにね」
そう冷淡な口調で言い、伊織の手に鍵を握らせる。
「鍵はまた探せばいいの。じゃあね、伊織。引き止めてごめんなの。死なないでね」
そう言い、今度は美希の方から離れていく。
「・・・礼なんか言わないわよ」
離れながら、伊織が呟く。
「・・・うん」
さらに、もう一言。
「せいぜい、生き延びなさい」
伊織の姿は、美希からは完全に見えなくなった。
「今の音は、何だったのでしょうか・・・」
遠くから聞こえたエンジンの駆動音に怯え、壁沿いに歩む貴音たち。
余所見をしていると、ふいに、貴音の頬に冷たいものがぶつかった。
「い、いやっ!」
「お姫ちん!?」
「どうしたの!?」
突然の事に慌てふためき、腰を抜かしてしまう。
落ち着いて良く見ると、それは高い木の枝から顔の高さに紐で括りつけられた鍵だった。
「か、鍵・・・」
はしたなく驚いてしまったことに羞恥し、おずおずと鍵を手に入れる。
「あ、それ鍵!?」
「お姫ちんすごいよ、もう見つけちゃうなんて!」
「しかし一本だけでは…この中の一人しか次へ進めませんね」
束の間、ざざざざっ、と草木を踏む音。
誰かが、近づいてくる。
亜美真美に片手で身を低くするよう指示を出し、様木の陰に隠れる貴音。同時に、足元に落ちていた小石を幾つか拾う。
(あれが鬼・・・なるほど、まこと厄介ですね)
顔は伺えなかったが、手に持っているあの刃物は厄介だ。
どうやら、私たちの存在に感づいてはいるものの、明確な位置までは分からず探っているという様子だ。
貴音はそっと木陰から顔を出し、離れたところに小石を投げた。
こつん、がさがさ、と音が鳴る。
鬼は音に気づき、その方向に向かっていった。
(使い古された陽動も、試してみる価値はあるものですね・・・)
鬼が離れていくのを確認すると、貴音は亜美と真美の方に向き直った。
「いいですか。わたくしはこれからあの鬼の動向を追います」
「へっ? な、何言ってるの!? 危ないよ!」
「そうだよ! あんなでっかいの持ってちゃ敵いっこないよ!」
「ですが放置しておけば他の者が危険にさらされます。・・・この鍵を二人に」
「あっ・・・」
先ほど貴音が手に入れた鍵を、真美の手にしっかりと握らせる。
「くれぐれも落とさないように、しっかり握っているのですよ。」
「ほ、ホントに行くの?」
「亜美たち二人じゃ怖いよ・・・一緒に行こうよお姫ちん」
一呼吸おいて、貴音は二人と視線を合わせ、言った。
「真美、亜美。二人は強くありませんが、思っているほど弱くもありません。さあ、行きなさい」
「あっ・・・」
「お姫ちん・・・」
それだけ言い残し、貴音は一人、暗闇の森に消えていった。
「・・・行こう、亜美。きっともう一本どこかにあるよ」
「そうだね、真美・・・。きっと大丈夫だよね」
「真美たちはずっと一緒にいよ。今までも一緒だったんだもん」
「そだね。一緒に鍵さがそ。二人一緒じゃなきゃ意味ないもん」
不安を拭い去るように、言葉を交わしあって、二人も前へと歩き出した。
「あっ! これ、鍵だよね? 千早ちゃん!!」
春香が木の幹に括りつけられていた鍵を発見し、声を上げた。
そこに、千早が近づいてくる。
「良かった・・・。その鍵は春香のものだから。私に構わず、先に行っていいのよ、春香」
「うん、でも・・・」
「大丈夫、必ず私も追いつくから。さあ、鬼に見つからないように行って」
そう背中を押し、一人歩き出す千早。
ここで千早に付き添うと言えば、後押ししてくれた千早の顔に泥を塗ることになるだろう。
「分かった。絶対だよ。絶対来てね」
誓い合って、春香は千早から離れた。
「・・・春香は死なせないわ」
春香に聞こえないように、千早は小さく言った。
自分自身に誓いを立てるように。
「・・・これが、扉」
伊織は森を抜け、12の扉が並んだ壁の前に出た。
美希から受け取った鍵のタグには2番と書いてある。
左から2番目の扉に、大きく2と描かれていたので、恐らくここを開ける鍵なのだろう。
「開いてよね・・・」
慌てて鍵穴に鍵を差し込む。
かちゃり。気持ちの良い音を立てて回った。
ぐっと扉を引っ張り、転がり込む。
「ふぅ・・・これで一安心ね」
そう言って扉の奥の壁に凭れる。
ふと横に目をやると、響が三角座りで佇んでいた。
「ひっ・・・。何よ、居たのなら一言くらい言いなさいよね」
「あっ・・・ごめん伊織。疲れちゃってさ」
「というかあんた、良く鍵探して来れたわね。かなり顔色悪いけど」
皮肉混じりに伊織は訊ねる。
一切姿勢も表情も変えず響が答える。
「美希が鍵をくれたんだ」
「えっ?」
伊織は驚いた。
私に渡したものの他に、もう一本見つけていたのか。
ということは、美希は生き残りのチャンスを2度も放棄したことになる。
やはり彼女は、自身の信念を曲げるつもりは一切ないのだろう。
「・・・あのバカ。お人好しも大概にしなさいよ」
眉をひそめて、伊織が言う。
それから暫く気まずい沈黙が続き、再び伊織が言葉を紡いだ。
「響、あんた普段はうるさいくらい元気で体力もあるんだから、もうちょっと明るい顔したらどう?」
「そんなに・・・ひどい顔してる? 今の自分」
「そりゃもう。ファンが見たって響だって気づかないくらいにはね」
「美希さ・・・自分に言ったんだ。一度助けられたら、絶対生き延びなきゃダメだって」
「自分自身が死にたがってるくせに良く言うわ」
「それに、鬼ごっこの時も一番年下の真美たちに助けられちゃってさ」
「へえ・・・やるじゃない、あの生意気な二人がねえ・・・」
「皆のこと見てたら・・・なんだか自分が嫌になってさ。自分ってこんなに怖がりで臆病で、全然カンペキなんかじゃなかったんだって」
「・・・貴音や美希は頭がイッちゃってるのよ。あんたくらいが普通だわ」
「自分、守られてばっかりで。自分じゃなんにも決められなくて。真と美希に怒られた時も、自分はすごく冷たい人間なんだって・・・泣きたくなって」
「それも正しいわ。・・・いいえ、それが正しい、ね」
「自分、生きてていいのかな? このまま生き残って、またアイドルやっていいの?」
縋る様な声で伊織に問う響。
「当たり前でしょ。その為に私達は歩いて来たの。こんな状況だもの、他人の事なんか考えなくていい。それは悪い事じゃない」
「・・・伊織は、自分や他の子を犠牲にしても・・・生き残るつもりなのか?」
「・・・その時が来たら、そうするわ。少なくとも私は、美希みたいに誰かの為に死のうなんて絶対に考えない」
「伊織・・・」
「椅子取りゲームってあるでしょ。あれと同じだって考えるようにしたわ。のろまなグズの負けなのよ。私は何が何でも勝ちたいの」
「勝つか・・・負けるか」
「だからあんたも、生き残りたきゃ私を殺しなさい。その覚悟だけはしておくことね」
「・・・そっか。・・・そっか・・・」
弱々しい声で呟き、再び顔を隠してしまう響。
「・・・ふん」
再び訪れた、静寂。
その静寂を破ったのは、扉は開く音だった。
それも、二回続けて。
「やったっ! いおりんにひびきんもいるよ!」
「ほんとだ! よかった・・・でもお姫ちんはまだなんだね・・・」
三、四番目の通過者は亜美と真美だ。
「まさか亜美真美が揃ってくるなんてね・・・。あんた達、鬼は見た?」
「見たよ、見たけど・・・誰なのか全然わかんなかったよ」
「うん、それにお姫ちんが鬼を追いかけていっちゃったよ」
「貴音が? やっぱりあいつもあっち側なのね・・・大した精神力だわ」
「・・・お姫ちんの事、悪く言うのやめてよ」
「そうだよ。亜美と真美の事、一生懸命守ろうとしてくれたんだもん、ずっと」
「悪かったわよ。べつに貶した訳じゃないの。私には真似できないなって」
「なんでこんな事になっちゃったんだ・・・沖縄に帰りたいよ・・・」
「・・・ああ、そうだ。亜美真美にも言っておくわ」
「えっ、何?」
「いおりんどうしたの?」
「・・・私は、この先何が何でも生き残るわよ。美希みたいな甘っちょろい事は言わない。あんた達を見捨てても生き残るほうに賭けるわ」
「・・・わかったよ」
「・・・ねえ、いおりん」
亜美と真美はぎゅっと固く手を結び、同時に息を吸い込み、そして言った。
「私たちもそうするよ。お姫ちんが命かけて守ってくれたんだもん」
「絶対にムダにはしない。できないもん」
「ふぅん。・・・上等じゃない」
目を細めて笑い顔を作る伊織。
場違いだが、その笑顔はとてもうれしそうだ、と双海姉妹は思った。
(・・・皆、強いな)
声には出さずに、響は小さく唇を震わせた。
ここで再び、扉の開く音。
「あ、みんな・・・!」
「あら、春香。よく無事だったわね」
春香は額の汗を拭って、入ってきた扉と扉の間の壁に背中をつけて座り込んだ。
「千早はどうしたのよ」
「えっと・・・千早ちゃんは、鍵を探してるよ。途中まで一緒だったけど」
「あんたたちのことだから、仲良く一緒にくっついてくるかと思ったわ」
「あはは・・・私もそうしようとしたんだけど、鍵を見つけたら早く行けって怒られちゃって」
「でしょうね。こんな時に転ばれたりドジられたりしちゃ命に関わるもの」
「もう!流石にそれはしないよ!」
この場の空気に似合わない笑い声を上げる春香。
できるだけ気持ちを沈ませたくないという意識の顕れだ。
「ここにいないのは・・・千早ちゃんと、貴音さんと、美希か」
「やっぱり・・・というか、不安ね。その三人は」
「何が?」
「みんながみんな、互いを庇いそうじゃない」
「・・・そうかな」
「でも千早は・・・春香だけかしら、庇うの」
「そ、それってどういう・・・」
「言ってみただけよ。深く考えないで」
「うぅ・・・」
春香はここに来てからというもの、伊織の刺々しい物言いに苦手意識を覚えていた。
こんな状況だから、保身に走ること、気が荒立ってしまうことは仕方がない。
しかし、いつもの愛嬌や茶目っ気のない伊織は、どうしようもなく怖かった。
それは、貴音も同じ。美希だって・・・。
事務所内やステージであんなに愛おしく思えていた仲間に、なぜ自分はこんなに怯えているのだろう。
この場でそんな雰囲気を望んでいる自分が・・・おかしいのだろうか。
仮に今の私達が事務所に戻ったとして、前までと同じ顔をして笑い合えるのだろうか。
そんなことばかり、春香は考えていた。