一向に明ける気配のない宵闇の中。
貴音は、機を伺っていた。
鬼は今、出口の扉が視認できる距離で重量感のあるサーキュラーソーを地面に降ろし、木の幹に寄りかかってじっとしている。
待ち伏せ・・・の、つもりなのだろうか。
一人一人を追いかけるより、出口に向かう私たちを一網打尽にしようというのか。
しかし、それにはあのような大振りを余儀なくされる武器は非常に不利だ。
・・・もちろん、それはこちら側にとっては好都合この上ない。
もしかすると、鬼も私たちと同様に連れてこられてゲームを強制された被害者なのかもしれない。
仮にそうだとして、自分に相手を救う手段があるだろうか。
ないのだ。自分には、自分たち765プロの仲間しか助けられない。
だから今は、非情になれ。自分の心を鬼にしろ。
襲われたら躊躇うな。
・・・もしも、萩原雪歩や、三浦あずさや、高槻やよいや、菊地真だったら、鬼を含めた全員が無事に助かる手段を必死に考えるのだろうか。
それに千早や、春香も、きっと・・・。
(・・・このような時に、いったい何を考えているのやら・・・)
そう漏らし、貴音は自嘲笑いを浮かべた。
そして、息を殺し、足音を立てず、木陰を利用して、少しずつ近づいていく。
貴音と鬼との距離は、10メートルを切っていた。
(よし。これでもう一度陽動を・・・)
先ほどと同じ要領で貴音は遠く離れた方向に石を投げた。
がさり、と音が鳴る。
鬼がとっさにサーキュラーソーを拾い音の方向を向いた。貴音に背を向けて。
貴音は姿勢を低くし、一気に近づいた。
サーキュラソーの起動音のせいか、こちらの僅かな物音には気が付いていないようだ。
そのまま無言で鬼に飛びつく。
・・・いや、飛びつこうとした。
「はっ・・・!?」
「・・・ふっ」
短く息を吐いて、鬼が突然振り向いたのだ。
呻るサーキュラーソウが貴音の眼前に突き出される。
「ぐっ!!」
とっさに上半身を翻し、間一髪で丸鋸は宙を切った。
そのまま片手で、サーキュラーソーを持つ右手を抑えこむ。
「甘い!」
「くっ・・・そぉ・・・」
鬼が悔恨の声を漏らす。
しかしそれに気を配るほどの余裕は貴音にはない。
貴音は一瞬の猶予も許されないこの時、次の一手のみを考えていた。
鬼の顔はフルフェイスで守られている。今最も有効な攻撃は何か。
貴音は鬼の腕をつかんだまま、鬼の側面に潜り込む。
同時に、鬼の右足に自分の脚を絡ませ、体重を乗せつつ鬼の右手首を返す。
比較的単純な護身術の応用ではあるが、とりわけ武器を持つ相手には効果覿面なのだ。
「なっ・・・」
驚嘆し、そのまま仰向けに倒れ込んでしまう鬼。
同時に、どすんと、鈍い音を立てて丸ノコが地面に落ちた。
「貰った・・・!」
一瞬の隙を見逃さず、拾い上げる。
貴音には、サーキュラソーの操作方法など一切分からない。
とにかくこの武器を、鬼の手から離さなければ。
そう考え、自分の背後に向け、満身の力を込めて思い切り放り投げた。
思ったほど飛ばなかったが、それでも鬼を無力化するには十分だ。
と、貴音は確信した。
もう一度、鬼の方に向き直るまでは。
「ふん、よくもやってくれたわね」
と、鬼が言った。
「えっ?」
そこで初めて、貴音は鬼が太腿のところに何かを身に着けているのに気づいた。
一体なんだろう。腰から太腿の付け根にかけて、ベルトで固定されたバッグのようなもの。
そこから鬼が『何か』を取り出して、こちらに向けている。
・・・いや、貴音は鬼が取り出したもの、『それ』を確かに知っていた。
もっとも、彼女が一日署長の際に手にした『それ』は、本物などではなかったのだが。
知識こそないが、貴音は直感で理解した。
目の前の鬼が、サーキュラーソーに気を取られている隙にホルスターから取り出したのは。
自分に突き付けている『それ』は。
まぎれもなく、本物の。
「お返しよ」
ぱんっ。
鬼の声と、乾いた音は、ほぼ同時に貴音の耳に飛び込んだ。
「ああああっ! ぐうっ!」
同時に感じたことのないような激痛が右胸上部に走る。
どくどくと漏れ出る赤い血が地面や草葉を濡らしていく。
「はっ、あんな使えない工具だけであんたたちを止められるなんて思ってないっての」
言いながら、地面にうずくまる貴音の腹を蹴り上げる。
「ぐふっ!」
仰向けになった貴音の胸を踏み、右手に持った拳銃の銃口を頭に向けたまま言葉を続ける。
「あれは弾の節約の為に最初だけ使ってたの。どうせすぐ電池切れるだろうし」
「はあ・・・はあ・・・わたくしが奇襲を仕掛けようとしたことも・・・」
「小石の陽動には気づいてたわよ。二回とも。一回目は人数が多かったから一人ずつ片付けようと思っただけ。二回目はわざと丸ノコに注意を向けさせた」
「・・・貴女は、ただの被害者という訳でも・・・なさそうですね。目的はなんなんですか!?」
「良い事教えてあげる。残りの鍵は全部私が持ってるの。助かりたかったら私から奪うしかない。どう? 出来そう?」
「なっ・・・この・・・!」
喋りながら、貴音は不思議な感覚に陥っていた。
鬼の声。低く掠れた声だがヘルメット越しでも分かる。明らかに女性だ。
それに、どこかで聞いたような・・・。
「あなたは・・・いったい、誰なんです!?」
「それは、教える必要もないでしょ。ゲームに何も関係ないもの」
「ぐうっ・・・」
「それで・・・鍵を奪う方法は思いついた?」
貴音が受けた銃創は急所を外れてはいたものの、出血は止まらない。
意識がもうろうとしてくる。
もうさっきまでのような機敏な動きはできないだろう。
ましてこの鬼は非常に頭が回り、注意深い。ほんの数十秒の戦闘でも察することができた。
これほどの相手の虚をつくなど・・・
「・・・時間切れね。残念だけど私もあんたに構ってられる程暇じゃないのよ。まだ千早も美希もいる」
「・・・あなた、765プロのメンバーを知って・・・」
「さようなら、貴音」
ぞっとするような声色で、鬼は言う。
そして、拳銃の引き金を━━━━
「・・・誰よ」
「えっ・・・」
引かなかった。
鬼はどこか別の方向へ銃を向けたようだ。
「やめてぇっ!!」
そう叫んだのは、星井美希だった。
まっすぐ一直線に、二人の方へと走ってくる。
「なっ・・・美希!? いけません!!」
「へぇ・・・あんたから来てくれるなんて、ねっ!」
ぱん、と一発。
その弾は美希の首筋を掠めていった。
「・・・やるじゃない。私が下手なのかしらね?」
軽口を叩きつつも一切気を緩めず照準を美希に向かって定め続ける。
(美希・・・いったいどうすれば・・・?)
貴音は未だ思慮を巡らせていた。
自分ひとりではどうにもならない相手だが、美希が駆けつけた今は絶好の好機なのではないか。
自分が持てるすべての力で鬼の身体を掴み、気をそらせば。
もちろん相手は決して銃を離さないだろう。そして機を逸すれば射殺は免れない。
どこだ。隙は・・・どこだ。
「美希ィ! 貴音を殺すぞ!! いいのか!?」
「ッ!?」
あと5、6メートルといったところで、そう叫んだ鬼の言葉に、美希は足を止めた。
「いけません! 美希・・・下がるのです・・・!」
痛みを噛み殺して、貴音も叫ぶ。
それは自分の命惜しさの懇願ではない。
美希の無事を思っての一言だった。
「あ・・・ああ・・・」
美希は顔を真っ青にして立ちすくんでしまった。
無理もない。
この状況で銃を突き付けられたら誰だってそうなる。
ましてや齢十五の少女なのだ。
しかし、美希の口から発せられた次の一言は、貴音の予想に反していた。
「・・・律子?」
「は・・・?」
思いがけず、間抜けな声を上げてしまう。
「・・・チッ」
フルフェイスの鬼は何も答えない。
微動だにもせず、銃口だけは上げたまま。
「律子・・・嬢・・・?」
その名前を、もちろん、知っている。
知っているに決まっている。
765プロのアイドルグループ、竜宮小町のプロデューサー。
いや、765プロのアイドル。
何故か最初に集まった時点で居なかった、私たちの仲間。
・・・秋月律子。
「律子だよね? その声・・・どうしたの? っていうか・・・何してるの?」
震えた声で、美希が問う。
「人違いじゃないかしら。誰よ律子って・・・」
「ウソつかないで! わかるよ! どれだけ一緒にいたと思ってるの!?」
美希は声を荒げる。
対して鬼は、興を殺がれたとでも言いたげに、肩をすくめて銃口を下ろした。
「・・・律子さん、でしょ」
一言、しかしはっきりと、そういった。
「まさか、そんな・・・本当に・・・律子嬢なのですか!?」
「あんたたちの為を思ってこんなの被って暑苦しい恰好してたのに、これじゃ台無しよ」
「・・・律子・・・さん。会いたかったの」
「何笑ってんのよ。あんた今私に殺されかけたのよ。おかしくなっちゃったの?」
「律子さんも、巻き込まれちゃったんだよね。仕方なく、こんなことしてるんだよね」
「ええ、まあ、そうね」
「律子さん、ミキ、律子さんを助けたいの。どうしたらいい?」
「・・・私が助かる条件は、あんたたちの誰かが一人以上ここで死ぬこと。誰でもいいのよ。貴音でも、美希でもね」
その言葉に、美希はわずかに目を細め、再び、笑った。
「・・・! み、美希、余計なことを考えてはいけません・・・!」
呼吸を荒げ、貴音が必死に訴える。
同時に律子が貴音の傷口を強く踏みにじる。
「あぐっ・・・!」
最悪の状況だ。
この流れは非常にまずい。
もうだめかもしれない。
「律子さん。ミキね、もう疲れちゃったの。真くんも救えなかったし、この先皆を助けられる自信もない」
「ふーん。それで?」
興味なさげに相槌を打ちながらも、律子の手は再び銃を取り美希に照準を合わせていた。
「律子さんに殺されるなら、ううん、律子さんが助かるなら・・・それでいい。やって、律子さん」
ぽろぽろと、美希の目から涙が溢れる。
「笑ったかと思ったら今度は泣き出したりして・・・本当にお子様ね、美希は」
フルフェイスを被ったままで、律子の表情は伺い知れないけれど。
その口調は、どこか憐憫のような、寂寞のような、複雑な含みを持っていた。
「でも、そんな顔でお願いされちゃったら断れないわね」
「待って。最後に・・・お願い。律子さんの顔を見せて」
「断る・・・と、言いたいところだけど、最後くらい言うこと聞いてあげるわ。私もそこまで鬼じゃないし。鬼だけど」
一度ホルスターに拳銃を戻し、膝を曲げて、足元に貴音を組み伏せたまま。
自らのフルフェイスを脱いだ。
紛れもなく、秋月律子だった。
その両頬に、乾ききっていない涙の筋。
「あはっ・・・やっぱり、ミキの知ってる律子さんなの。ひさしぶりなの」
「そうね。そしてお別れよ。美希」
そう吐き捨てて、すぐさまフルフェイスを被り直し、立ち上がる。
拳銃のホルスターに手をかけた。
その直前。
ずっと地に伏して律子を見上げていた貴音が、ふと横に顔を向けて、ある事に気付いた。
(さっきわたくしが投げた丸鋸が・・・なくなっている)
いつの間に、なぜ、どうして、と考える間もなく、聞こえてきた、走る足音。
「え?」
「・・・あっ」
律子が振り返る、その刹那。
彼女の腹部に、何かが宛がわれた。
と同時に、甲高い起動音が響き始めた。
「うああああああああああ!!!!」
金切声とはこういう声を言うのだろうか。
さっきまで絶対的有利な立場に立っていた律子の腹から、夥しい血が流れだした。
サーキュラーソーの刃の回転は、ライダースーツなどものともせずに。
すぐさまその下の柔肌に触れ、彼女の臓物を切断し始めたのだから。
「ぎゃあぁっ」
堪らず貴音の横に倒れる律子。
貴音はすぐさま体を転がし、よろよろと立ち上がる。
美希はただただ、立ち尽くしていた。
「き、如月千早・・・」
「千早さん・・・やめっ」
「四条さんをやったのね! あなたが!」
「ち、ちはっ・・・待っ・・・」
「あなたが皆をっ!!」
もはや銃を構える暇もない。
一切のためらいもなく千早は鬼に馬乗りになり、その胸に丸鋸の刃を突き立てた。
「ううあうあうあうあうっ」
声にならない声を上げ、鬼の、律子の身体ががくがくと揺れた。
返り血がびちゃびちゃと降りかかっても、千早は決してその手を緩めなかった。
ゲーム開始前。
秋月律子は、この場所で目を覚ました。
自らの服のポケットを探ると、鍵が三つと、手紙。
記されていたのは、これからやってくる765プロのメンバーを一人以上殺さなければ自分が殺されること。
そして自分が生き残らなければ、765プロに関わる他の人物にも危害が及ぶかもしれない、ということ。
概ね、そのようなことが書かれていた。
律子は深く絶望した。
社長や小鳥さんをはじめとした事務員も、もちろん大切だ。
しかし、真っ先に彼女の脳裏を埋め尽くしたのはそのいずれでもなかった。
━━━━プロデューサー殿。
アイドル時代に自分のプロデューサーだった、現在では共にアイドルを育成している、彼。
秋月律子は彼の事を愛していたのだ。
その彼に危害が及ぶと考えだした途端、彼女の心は真っ黒な感情に支配されていった。
12人のアイドル達とプロデューサー。本来なら絶対に天秤にかけられる訳のない存在。
だが、彼女の天秤は、わずかに、765プロのアイドルたちを高く掲げてしまった。
ただ、それだけ。
それだけだったのだ。
律子は手紙を破り捨て、足でぐしゃぐしゃに踏みつけて。
傍にあったフルフェイスと武器を手にした。
そして、現在に至る━━━━。
「もう・・・もうよいのです! 如月千早!!」
貴音が声を張り上げたのを合図に、漸く千早が手を止めた。
「はあ、はあ・・・」
視線を落とす。
「やったわ・・・鬼は一人って言ったから、これで安心・・・」
「・・・如月千早。彼女が誰か、ご存知ですか」
「えっ? ・・・彼女?」
貴音が、傍に力なく横たわる人物のフルフェイスを震える手で外した。
千早はその、顔を見た。
「・・・っ、はっ・・・う・・・嘘」
「やはり、気づいていなかったのですね・・・」
「り、律子・・・どうして律子が・・・えっ、私・・・」
律子は、絶命した。
その姿を見て、美希が糸の切れたマリオネットの様に膝を付いてへたり込む。
「あーあ、死んじゃった。死んじゃったの。ミキ、律子さんのこと、助けてあげたかったな・・・」
その目はうつろで、律子以外、何も映してはいない。
「・・・そんな」
「千早・・・貴女の責任ではありません。今までと同じく、全員を助けることは不可能でした」
そんな貴音の一言に撃ち抜かれたように、千早の身体が弛緩する。
「・・・うぷっ、うおぇぇえ」
駄目だ。止まらない。
やよいの死に直面した時、すべて吐いたと思っていたのに。
まだ、吐き出してなかった。
私のなかに残っていた、最後のひとかけら。
それを、今、吐き出してしまった。
もう何があっても動じないと、そう思っていた。
どんな悲劇が起きようとも、決して狼狽も慟哭もしないと誓った。
人を殺すのなんて辛いに決まっている。
765プロの人間以外なら良心が痛まないかと聞かれれば、そんな訳はないと即答する。
それでも、守らなければと。
何よりも。
もし春香が襲われていたら、と考えたら。
殺さなければと、そう思ったのだ。
ところが、目の前に広がった、この光景と共に。
覚悟を決めたはずの心が、音もなく溶け始めた。
これが、最後の一線。
私が私として春香のそばに居られる、最後の一線だったのだ。
超えてしまってから、気が付くなんて。
私は、なんて愚かなんだろう。
「・・・戻れない。もう戻れないわ」
そう呟いて立ち上がった。
「そう、鍵・・・鍵は?」
その千早の言葉に、はっとして律子の、もとい、律子だったものの服を探る貴音。
「彼女が・・・残りの鍵を持っていると申していました。嘘でなければ・・・」
「嘘だといいのにね。こんなの全部・・・ぜんぶ」
立ち上がった美希がぽつりと言った。
「・・・ありました。確かに鍵が・・・3つ。これで進める」
「その傷は・・・」
「お気になさらず。春香たちが扉の向こうでわたくし達を待っているのですから」
「・・・そうね」
「美希、行きましょう。いつまでもここに残る理由はありません」
「うん、そうだね。行こっか・・・その前に」
「・・・?」
美希は既に息絶えた律子の眼鏡を拾い上げ、その瞼を閉ざした。
「律子さんの形見として、貰っていくの」
「・・・その、律子の銃は?」
誰とも目を合わさずに、千早が呟いた。
「持ってってもしょうがないの。この銃で死んでも先には進めないだろうし」
「ええ、部屋ごとに定められた規則で生死を選択しなければいけない・・・でしょうね」
「・・・じゃあ、私が持っていてもいいかしら」
と、言う間もなく銃を拾い上げる千早。
履いていたパンツと背中の隙間に拳銃を捻じ込み、シャツで隠す。
「ええ・・・構いませんよ。美希は?」
「良いと思うよ。千早さんなら使い方、間違えないだろうし」
「・・・そう」
その言葉が、たった今過ちを犯してしまった千早の胸に小さな棘になって刺さる。
もっとも美希には千早を責めるつもりなどさらさらないのだろうが。
「もし、このゲームを仕組んだ張本人が目の前に現れたら・・・その時は、これを使うわ」
はっきりと、そう言った。
その千早の決意めいた言葉に、美希も貴音も、無言で頷いた。
がちゃり。
開錠音の三重奏が、空気の張り詰めた部屋にこだました。
その異様な様相に、三人以外は息を飲んだ。
「ち、千早ちゃん!? どこかケガしたの? その血・・・!」
「貴音も、どうしたんだその傷!? なんかで刺されたのか!?」
「・・・律子さん」
「えっ?」
「鬼、律子さんだったの」
三人を除いた面々が一斉に青褪める。
「・・・は? 美希あんた何言ってんの? 律子って・・・秋月律子?」
ぼそぼそと語る美希に伊織が突っかかる。
「そうだよ。貴音が律子さんに銃で撃たれて、千早さんがそれを助けて律子さんを殺した。そうだよね」
目を見開いて春香が千早に詰め寄る。
「嘘っ・・・千早ちゃん、じゃあ、この血って」
「律子の血よ。すべて。私がこの手で、律子を殺したのよ」
それは神への、春香への、仲間達への懺悔のようだった。
「・・・貴音ぇ」
「すべて事実です、響。紛う事なき、真実です」
「・・・・・・ねえ、竜宮、どうなっちゃうの?」
亜美のこの一言から、長い沈黙が続いた。
伊織も最早何も言わなかった。
亜美も真美も、響も。
春香も。
「もういこ。貴音のケガ、じっとしてたらどんどん悪くなっちゃう」
沈黙を破って、美希がそう言って扉に向かう。
「えっ、ああ・・・そうよね」
その言葉で我に帰ったように、伊織も同行した。
「ここからまた・・・」
千早は言いかけて、口を閉ざした。
そう、ここからはまた、確実に一人一人失っていく部屋が続くのだ。
生き残れるのは、この中の四人。二分の一。
「・・・ええ。注意して進みましょう」
貴音も、そんな凡庸な一言しか返せなかった。
律子だけじゃない。
もう何人も失ってきたのだ。
真も雪歩も、あずさもやよいも。
もう帰っては来ないのだ。
そして、これからまた失うのだ。
そう胸に反芻し、八人は次の扉へと進んだ。