(うわぁ・・・狭くて息苦しい・・・)
春香が入ってから、5分が経過した。
その内部は、辛うじて胸の前に手を置けるほどの空洞しかない。
いつまでこうしていればいいのだろう。
自分が選ばれたら・・・嫌だな。
不意に扉が開いた。
「あっ」
久しぶりの光に、目が眩む。
出た途端、手をついて地面に横たわった。
「はぁ・・・苦しかった」
春香は周りを見回したが、まだ他の者は出てきていないようだ。
なぜ、自分のところだけ開いたのだろう。
そんなことを思いながら待つこと3分。
一つの扉がゆっくりと開いた。
「はっ、はっ」
苦しそうに真美がアイアンメイデンから這い出てきた。
「真美!」
駆け寄り、肩を抱く。
「苦しかったよ・・・」
「大丈夫みたいだね・・・これって、何分か刻みで扉が開くのかな?」
「・・・そうなの?」
「わからないけど・・・」
その春香の予想通り、数分後にまた別の扉が開いた。
「ひっ、ひっ・・・狭いところは怖いぞ・・・」
響だ。
「良かった、ひびきん・・・大丈夫?」
「うん、なんとか・・・」
「これで3人・・・次は・・・」
数分後、また扉が開く。
「あぁやっと開いた! 窮屈すぎよ、もう!」
ずかずかとアイアンメイデンから出る伊織。
「あら、あんた達も出てきたの?」
「うん、最初が私で、真美で、響。多分何分か置きに扉が開いていくみたい」
「そう・・・千早、出てくるといいわね」
伊織の、相変わらずの皮肉。
「えっ・・・? で、出てきて欲しくない人なんていないよ!」
「あらそう、それもそうね」
「・・・伊織ちゃんは、本当に皆が死んでもいいと思ってるの?」
春香が聞く。
「そんなわけ無いじゃない。でももう5人死んでるのよ。今更誰か死んでパニックになんかなってられないわよ」
「・・・ホントは、一人だって居なくなっちゃいけないもん。あずさお姉ちゃんが居なくなっちゃったときから、もう元の765プロじゃないもん」
真美がぼそっと呟く。
「・・・真美」
「・・・それにしても、後は美希と千早と貴音と亜美・・・出てくるのは、多分、3人」
「うん・・・」
3人は、その時を待った。
「うあっうあっ・・・ふうーーー・・・」
よろよろと双海亜美が顔を出した。
「亜美っ!」
真っ先に真美が駆け寄る。
「よかった・・・よかったよ・・・亜美・・・」
「こわかったよ・・・暗くて狭くて・・・苦しかったよ」
「よく頑張ったね、二人とも。偉いよ」
「さて、あとは3人か。誰が来るかしら」
「・・・やっと開いたの」
「美希!」
「あれ、みんな・・・」
次に出てきたのは星井美希だった。
残るは如月千早、四条貴音。
そのうちのどちらかが・・・あの中で、死ぬんだ。
「・・・千早ちゃん」
思わず、親友の名前を呟く。
「何? やっぱり貴音より千早に出てきて欲しいって?」
にやにやしている伊織。
なんで伊織はそんな顔をしていられるのだろう。
春香は内心憤りを感じていた。
「・・・やめてよ」
少し強い口調で、否定する春香。
「・・・悪いわね。私も、とことん利己主義を装ってなきゃ、自分がおかしくなっちゃいそうなのよ」
「えっ?」
「人のことを考えてたら、心がいくつあっても足りないわ。皆大好きだから、痛くなっちゃうの。壊れそうなの。それが嫌で、自分のことだけ考えてる。私、誰よりも弱い人間ね」
「伊織」
美希が思わず声を上げる。
そこで、おそらく最後の扉が開いた。
「・・・ふう」
出てきたのは、千早だった。
「良かったわね、春香」
「うるさいよ、伊織」
春香は涙を流していた。
それは、一番の親友である千早が救われた喜びの涙か。
或いは、貴音が救われなかったことへの悲しみの涙か。
或いはその両方か、どちらでもないのか。
真相は誰にも知る由はなかった。
奥の扉の錠が開く音。
「扉が開いたの。・・・行こう」
すべてを悟り、特に感情を表すこともなく美希が行く。
それに亜美真美や伊織が続く。
「貴音・・・自分、貴音の事、大好きだったぞ。ずっとずっと、友達だぞ」
涙目でそう言い残し、響もその場を去った。
「泣いているの?」
千早が春香に問う。
「うん・・・でも、何の涙かわからないんだ。おかしいよね」
涙を拭い、歩き出しつつ春香は言った。
千早は追及はせず、その横に並んで歩いた。
かつて、一人の死にざわめき、阿鼻叫喚していた私たちが。
それほど経っていないはずの今では死を達観し、仕方ないと受け止め、進んでいる。
人間の適応力というものに、恐ろしささえ覚える。
春香は心の中で、嘲るように笑った。
「・・・うっ」
真っ暗闇の中で一人苦痛を味わう貴音。
扉の穴から、細く鋭い針が飛び出してきたのだ。
貴音の満身創痍の身体に文字通り止めを刺すように、体中を針が貫通していく。
「扉から、針が・・・。やはり、私でしたか・・・」
痛いのに、なぜか笑みがこぼれてきた。不思議と恐怖心は少ない。
「ふ、ふふっ・・・わたくしでよかった・・・どうせ、この傷では・・・長くは・・・」
暗闇の中立ち尽くし、その針の苦痛に身を委ねる。
このアイアンメイデンの構造は、針が体に刺さってから、失血と衰弱、或いは脳死で死に至るまでに3日掛かる場合もあるという。
緩やかに、穏やかに、貴音の命は死に抱かれていく。
ああ、私は、結局、とっぷあいどるに、なれませんでした。
それでも、わたくしは、決して、あの方に恥じない・・・生き様を・・・。
せめて、さいご・・・くらいは・・・けだかく・・・。
ふふっ・・・おかしい・・・なんだか・・・ねむく・・・。
ああ・・・ひびき・・・ぷろ・・・でゅ・・・さ・・・。
さよ・・・なら・・・・・・・・・あい・・・して・・・。
・・・・・・。
鉄の処女は、静かに、誰に見られることもない、アイドル四条貴音の最期をその体に刻んだ。