春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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第10の扉/Ⅰ.銃

アイアンメイデンの扉を抜けた先は、地下のように長い廊下だった。

そこを歩くものも今となってはたったの人七人。

あずさややよいの死に半狂乱していた頃とは別人のように、冷たく鬼気迫る表情の千早。

不安と苦悩に顔を曇らせる春香。

疲労を苛立ちを滲ませながらも、ただ前だけを見据える伊織。

赤く腫れた目をこすり、とぼとぼと進む響。

その肩を抱き、労るように歩調を合わせる美希。

手を繋ぎ、時々お互いの表情を確かめ合いながら歩く亜美と真美。

「千早ちゃん・・・本当にケガしてないんだよね?」

「ええ、何も心配はないわ。春香こそ、体調は大丈夫なの?」

「私は・・・平気だよ」

春香は先ほどから様子の変わった千早を気にしていた。

千早のシャツに跳ねた血の染みを見つめ、ぼんやりと考えた。

この血が全て、律子さんの・・・。

千早ちゃんが、律子さんを・・・。

きっと、自分の想像も及ばないような、壮絶なことが起こったのだろう。

千早、美希、貴音、律子にしかわからない、壮絶なことが。

何にせよ、千早ちゃんを責める気は全く起きない。

口ではあんな風に冷ややかに言ってるけど、千早ちゃんはそんな子じゃない。

・・・律子さんはなぜ、鬼にされたのだろう。

私たちと同じ側でなく、敵として戦わなければならなかったのだろう。

現在はプロデューサーという立場だからだろうか。

それにしたって、こんなのはあんまりじゃないか。

人質を取られて仕方なく、といった理由でもなければ考えられない。

根拠なんてないけど、私は律子さんが犯人だとは絶対に思わない。

 

・・・プロデューサー。

その言葉を頭に思い浮かべた時。

辛くなるからと。

脆くなるからと。

今まで無意識下で考えないようにしていた、一人の面影が。

コーヒーをこぼした様に、じんわりと思考に滲んで広がり始めた。

プロデューサーさん。

私たちのプロデューサーさん。

彼がもし、この先現れるとしたら。

それは自分たちを殺す鬼だろうか。

それとも私たちを救うヒーローだろうか。

・・・もう、どっちでもいい。

会いたい。

無性に会いたい。

思いっきり抱き着いて、彼の胸で泣きじゃくりたい。

人目なんて気にせず、彼を困らせてしまうくらい、むちゃくちゃに泣きたい。

助けて、プロデューサーさん・・・。

 

「春香、あんた自分の心配でもしてなさいよ。千早の前にあんたがドジって死ぬかもしれないわよ」

春香を現実に引き戻したのは、伊織の痛烈な一言。

春香は一瞥し、言葉を返す。

「伊織だって、焦りすぎて痛い目見るかもしれないよ」

「ふふっ、この私がいつ焦ったっていうの?」

「今だよ。ずっと汗かいてるし、眉間の皺はとれないし」

「言うじゃない春香。あんただってライオンに睨まれたウサギみたいな顔してるわよ。そういう顔を死相っていうんじゃない?」

「・・・あ、扉」

春香が呟くと、伊織は一目散に扉に向かう。

直線の長い廊下の角を曲がってすぐのところに、扉があった。

「ほら、焦ってるじゃない」

「ふん、せいぜい私の揚げ足を取りなさい。私が生き残ることに変わりはないもの」

伊織がドアノブを回した。

「・・・あ」

伊織が、ぽつりと声を漏らす。

「えっ」

伊織を除く六人が伊織の背と扉の隙間から目にしたもの。

それは、何の変哲もない腰の高さほどの丸いテーブル。

そして、その上に置かれた、一丁の回転式拳銃だった。

「伊織っ!」

美希が叫び、同時に駆け出す。

それより僅かに早く、伊織も駆け出していた。

「ダメっ!!」

春香も上擦った声を上げる。

しかし、伊織は止まらなかった。

━━━━伊織が、拳銃を掴んだ。

「・・・にひひっ」

突然不気味に低い声で笑い出す伊織。

伊織には、誰一人近づこうとはしない。

彼女が、出口を背にして、腕を前に伸ばし、美希へと拳銃を構えたのだから。

「みんな下がって!!」

咄嗟に美希が全員に声をかける。

「嫌っ! やぁあぁあ!」

「うああぁあ!!」

恐怖の余り泣き喚いて、部屋の隅に飛びついて身体を抱き合う亜美と真美。

響がヒステリックな叫び声を上げ、入ってきたドアノブを回す。

しかし、一度閉まった扉は、決して開くことはなかった。

脱出を諦め、部屋の隅へと這って逃げる。

「春香っ」

千早は咄嗟に春香の前に立ち、片手で春香を牽制する。

春香は言われるがまましゃがみ込み、千早の脇の下から、美希の様子を窺った。

「・・・はぁ。掴んじゃったね、伊織」

拳銃を向けられているというのに、美希は全く動じなかった。

そして、ため息混じりに、さも残念そうに呟いた。

「あら。私、何かおかしいことしてるかしら?」

あくまでも平然に振舞う。

しかし、美希には見透かされていた。

「手、震えてるよ」

「・・・うるさいのよ」

不敵に笑いながらも声を荒げる伊織とは対照的に、美希の声は穏やかで、どこか優しげだった。

美希も表情こそ険しいものの、まるで駄々を捏ねる我が子を宥める母親のようだ。

そう、春香は思ったが、そんなことを考えている場合ではないと頭を振った。

「ま、待って伊織! この部屋の仕掛けが、それを使うものかどうかまだ分からないから・・・」

何とか場を落ち着かせようと、説得を試みる。

仲間が仲間を撃つ瞬間など見たくもないから。

或いは、自分が死にたくないから。

どちらの思いが強いかは、春香自身にも答えられないが。

「にひひっ、周り、見てみなさいよ。他に何がある? 何もないじゃない。アナウンスのスピーカーさえ」

「で、でも!」

「それにアナウンスの奴は言ってたわ。絶対1人は落ちるって。つまり、この銃で誰かが誰かを殺さなきゃ出られないのよ。そうに決まってるわ」

伊織は淡々と言い放ち、いびつな笑顔を浮かべる。

「あんた達は、自分の為に人を殺せない平和ボケした平和主義者。だから私が汚れ役を買って出てやるって言ってるのよ。さあ、誰が死んでくれる? 立候補しないなら、私が勝手に決めるわよ? ん? にひひひひっ!」

獲物を締め上げる蛇のように、命を握る者が見せる余裕の表情。

「・・・くっ」

春香を自らの陰に庇ったまま、千早は、ゆっくりと腰のあたりに右手を回していた。

(えっ・・・?)

春香は、この時初めて気が付いた。

如月千早が、シャツの下に何かを仕込んでいることに。

それが何かまでは分からなかったが。

「嫌だ、もう嫌だ・・・」

横を見れば、部屋の隅で膝を抱えて震えるばかりの響。

その足元に、黄色がかった水溜り。

亜美と真美も震える唇を噛んで互いの肩を抱き、下を向いている。

春香にはもうどんな行動も、言葉も浮かばなかった。

このまま、伊織が私を撃つのを、ただ見ているしかないのか。

そんなの・・・辛すぎる。

伊織だって、こんなこと、したくないはずなのに。

━━━━塞ぎ込んでいたり迷ったりしている人を助けてあげてください。

    貴女には、きっとそれができるはずです。

雪歩が私に、そう言ってくれたのに。

一言、私を撃て、と。

言おうとすれば、声がかすれる。

喉が震えしまう。

何故、言えないんだろう。

何を恐れているんだろう。

・・・雪歩はこうも言った。

『ここを出て』、『また元の生活に戻って』。

その言葉が、胸に引っ掛かっているからだろうか。

あるいは、このゲームを仕組んだ黒幕に相対した時。

この私の手で、仇を取りたいからなのか。

わからない。

頭が痛くなる。

胸が痛くなる。

私は・・・伊織に、何も言えなかった。

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