春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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第10の扉/Ⅱ.閃光

「・・・伊織、それを掴んだことの意味、わかる?」

美希が諭すように語りかける。

「はぁ?」

「きっと伊織の言う通り、それで誰かを撃たないと出られないんだと思うよ。だとしても、誰にもそれを取ってほしくなかった。誰も取らないって信じたかった。それはきっと、その人にとって大事なものを、失くしちゃうって事だから」

「ふぅん、あんたにしては意味深なこと言うわね。でも関係無いわ、私さえ生き残れれば」

それを聞いて、美希は、少しの間、目を瞑った。

この時、美希は小さく唇を動かして、声には出さず何かを唱えた。

一呼吸を置いて、再び伊織を見つめる。

「・・・な、何よ」

伊織は無意識に後退りした。

美希が、ゆっくりと伊織に向かって歩き出したのだ。

「そっ、そう、あんたが死んでくれるのね、そうなのね? いい? 撃つわよ?」

「ふぅん・・・伊織にミキが殺せるの?」

伊織の脅迫じみた言葉に耳も貸さず、歩み寄る美希。

「・・・美希」

千早が、その名を呼ぶ。

「やめて!来ないで!これ以上近づいたら、ホントにっ・・・」

春香は、黙々と、いや、正確には絶句してそれを見ていた。

なんということだ。

拳銃を突きつけている伊織が、泣き出しそうな顔で怯えている。

丸腰で、拳銃を奪い取ろうとするような気配もなく近寄る美希に。

「どうして・・・」

「怖いでしょ、それを人に向けるのって」

「な、何を・・・」

「きっと律子さんもそうだったはずなの。真美も、千早さんだって」

当事者の美希と伊織以外には、その光景が信じられなかった。

「・・・やっ」

伊織の身体がついに背後の壁に停止させられた。

お構いなしに、美希は伊織に手を伸ばす。」

「・・・伊織」

とても愛おしそうに伊織の名前を囁き、美希は、伊織の身体を優しく抱きしめた。

「なっ、なに・・・するの」

伊織は、撃てなかった。

拳銃を握った手を下ろし、美希の抱擁を受け入れてしまった。

「・・・撃っていいよ」

「は、はぁ・・・?ば、バッカじゃないの、あんた・・・」

これ迄の刺々しさはなく、ひたすら困惑した弱々しい罵倒。

「ミキのこと、撃って。それで伊織が幸せになれるなら」

不格好に笑って、優しい声で。

春香の位置からは、美希は背中を向けていて、その表情を窺い知る事は出来なかった。

しかし、きっと。

今、彼女は、あの時の萩原雪歩と同じ表情をしている。

死を、覚悟したのだ。

「ほら、ここだよ。しっかり狙って。ちゃんと一発で決めないと痛いもんね」

伊織の腕を掴み上げ、自らの額に銃口を向けさせる。

「い、いっ・・・言われなくたって、あんたなんか・・・」

「でもね、ひとつだけ、約束してほしいな。嘘でもいいから、誓って欲しい」

「何? 何よ・・・?」

伊織は美希から目を逸らしつつも訊ねる。

呼吸が全然整わない。

伊織には、美希の腕が、胸が、視線が、吐息が、全てが暖かくて、苦しかった。

「ミキのこと、忘れないで。大切な仲間だったってこと。一緒にアイドルやってたこと。ミキが伊織を、伊織がミキを、大好きだったってこと、全部忘れないでいて」

「な、何よ・・・・? なんなのよ、それぇ! わかんない・・・わかんないわよ・・・」

「お願い。ミキはそれだけでいい。もう伊織のこと怒らない。馬鹿にしない」

「わかったっ、分かったから・・・一度離れてっ・・・」

それを受けて美希が伊織を放すと、伊織は膝をついてへたり込んでしまった。

暫く、伊織は沈黙を保ち、場は静寂に包まれた。

そのまま、数十秒が経っただろうか。

伊織は、おもむろに拳銃を投げた。

美希の足元へと。

「・・・えっ」

「あんたが、自分で、撃ちなさい。そこまで言うんだったら」

瞼を濡らした涙を拭い、伊織は、そう言った。

「・・・い、伊織」

「水瀬さん・・・」

その言葉に呆然とする千早と春香。

双海姉妹や響も、はっと顔を上げて二人へと視線を向けた。

ただ一人、美希だけは表情を変えなかった。

・・・そればかりか、ほのかに口角を上げ、目を細めた。

「誓うわ。あんたの言葉、忘れない。絶対に忘れない。あんたのこと、嫌いじゃなかった」

「伊織・・・」

「でも、私には撃てない。あんたを殺せない。無理よ。そんなに死にたいなら、勝手に死んでちょうだい」

「・・・ありがと。でこちゃん」

感謝の言葉を述べると、足元の拳銃を拾い上げ、一切の迷いなく自分のこめかみに向けた。

「にひひっ・・・バカね。私のこと撃ち殺そうとしないなんて」

「うーん、ミキ、銃なんて撃ったことないからちゃんと当たらないって思うな。ミキの頭の方がしっかり狙えるの」

ふたりのやり取りに、他の5人は口を挟む余裕さえない。

伊織は立ち上がり、今まさに自決しようとする美希に向かい合い、その顔を見つめた。

美希は千早や春香、隅に固まる仲間たちを見渡して、今までで一番優しい顔で微笑んだ。

「これでさよならだね。春香に千早さん。ミキ、二人のこと、ジェラシー感じちゃうくらい仲良しで羨ましかったの。亜美真美、イタズラも良いけどレッスンはちゃんとマジメにやるの。響は笑った顔がうちで一番かわいいから、ずっと笑ってて欲しいの」

「・・・うん、もう、止めないよ。大好きだよ、美希」

「さよなら、美希」

「・・・ミキミキ、死んじゃ嫌・・・ううん。こんなこと言うの、ワガママだよね・・・」

「ミキミキがいたから、真美達もちょ→楽しかったよ・・・」

「美希・・・自分、ちゃんと、見てるから。目、そらさないで、見てるから」

一人一人、言葉を交わす。

出来るだけ短い言葉に、ありったけの気持ちを乗せて。

「・・・最後に、でこちゃん。ハニーをあんまり困らせちゃ、メッ、なの」

「・・・うん」

返事と共に、伊織の赤い目から堰を切って涙が溢れた。

「・・・他にもね、頑張ってとか、ごめんねとか、言いたいこと、いっぱいいっぱいあるんだけど」

引き金にしなやかな指がかかる。

大きく息を吸う。

一筋の涙が美希の目からこぼれる。

「やっぱり最後は、ありがとう、かな」

美希は、引き金を引いた。

━━━━その、瞬間。

バチン、というけたたましい異音が響き渡った。

それと同時に、美希の体が一瞬にして閃光に包まれる。

「なッ!?」

「ひぃっ!?」

「きゃぁぁぁあ!!」

「うわ゛ああああああああああ!!」

唐突な事態に、全員が訳も解らぬまま、驚愕の悲鳴を上げる。

美希の目の前に立っていた伊織は、轟音と眩しさに、一瞬五感を奪われる。

「つっ・・・美希っ」

伊織が五感を取り戻した時には、そこに伊織の知る美希の姿は無かった。

代わりに、全身から煙を上げ、黒焦げになって倒れている人型の何かがそこにあった。

その手には、拳銃だったものと思われる、黒い残骸。

黒焦げになったのは、美希だ。

即死だった。

「み、みっ・・・・・・」

四つん這いのまま駆け寄る伊織。

もちろん、美希が死ぬということ、それ自体はその場の誰もが覚悟していたことだ。

しかし、何かがおかしい。

銃で頭を撃ち抜いた自殺にしては、明らかに、異常な状態。

「えっ・・・? どう、いうこと・・・?」

「おかしいわ、なぜ、あんな・・・。まるで、雷でも落ちたような・・・」

注視していた千早たちにも瞬時には理解できなかった。

冷静を取り戻した伊織が、『それ』をもう一度見返す。

この姿は、まるで・・・。

「・・・感電?」

その銃は、引き金を引いても弾が発射されず、代わりに超高電流・高電圧がその手に流れる仕掛けになっていた。

つまり、銃口を向けられた人物ではなく、引き金を引いた者が死ぬ。

それをその場にいるすべての者たちが理解するのに、かなりの時間を要した。

しかし、信じたくなかった。

千早だけではない、春香も、亜美も、真美も。響も。

誰よりも、水瀬伊織が。

「・・・これって・・・え? 引き金引いたら感電するってこと? じゃあ、もし、私が美希を撃ってれば・・・私が死んでたって事・・・?」

あまりにもやりきれない美希の最期に、伊織は立ち上がることもできなかった。

「何よ、私、私が、撃ってれば、死なずに済んだじゃないの、あんた・・・。わ、笑っちゃうわよ・・・にっ、ひひっ・・・」

彼女の悲痛な呟きを前に、立ち尽くす春香。

「・・・い、伊織・・・」

「け、結局、おんなじって事じゃない。何が無理よ。殺せない、よ。あんな、優しすぎるくらい優しい子を・・・私殺しちゃったじゃない・・・」

黒焦げの美希の顔は、何が自分の身に起きたかすら気付く間もなく死んだことがまざまざと見て取れる、驚嘆の表情のままだった。

「・・・許せない」

彼女の死体を見て、春香の心の中に小さく点っていた怒りの炎がめらめらと燃え盛った。

一体どこまで私たちの命と心を侮辱すれば気が済むのだろう。

こんな私たちの姿を観測して、誰が得をするというのだろう。

一体何のために、こんな涙を流さなきゃならないのだろう。

どんな理由があれば、こんなくそったれな結末を受け入れられるだろう。

このゲームを支配しているマスターこそ、最も裁かれるべき人間なのだ。

「なんだよ・・・何なんだよこれぇえええ・・・!」

響が叫んだ。

「ひどいよ・・・ひどすぎるよ」

「こんなの絶対おかしいよ・・・」

亜美と真美も、慟哭を抑えきれない。

 

千早が扉に向かう。

扉を開ける。

「皆、行きましょう」

今この場で、先導できるものは千早のみ。

そんな責任を感じてか、千早は皆に声をかける。

「・・・もう少しだけ、ここにいさせて」

もう動かない美希に寄り添い、涙声で呟く伊織。

それを尻目に、双海姉妹がそっと千早の方へ歩んで行く。

「うう、漏らしちゃった・・・。怒られちゃう・・・父さんに・・・」

「響・・・うん、まず深呼吸しよう。ね。落ち着いて・・・」

呼吸は乱れ、涙が止まらない響が春香に縋る。

響の精神は耐えられる限界をとうに超え、かなり危険な状態にあるのかもしれない。

13歳の最年少である双海姉妹は心身耗弱しているものの、意外にもタフのようだ。

やはり姉と妹、互いに理解し支えとなる相手が居るからこそ、ということだろうか。

私も、千早ちゃんの存在は今、とても大きいものになっている。

でも、他人を気遣える程の余裕がある自分は、この環境に染まって、狂ってしまったのか。

そうは思いたくはない・・・。

「・・・伊織、もういいかしら」

千早は伊織を急かす。

「・・・うん。悪かったわね。じゃあね、美希」

千早の思いを察してか、事切れた美希に名残惜しそうに別れを告げると、伊織は歩き出した。

次は、なんだろう。

部屋を出る前に、春香は美希の死体をちらりと見遣る。

あんなにみんなを守ろうとしてくれていた美希も、ついに死んでしまった。

私は、次の部屋では、彼女の様に、「優しい人」になれるだろうか。

それとも、また、「守られる人」のままだろうか。

・・・でも。

・・・私は、生きたい。

生きて、これを仕組んだ奴らを・・・。

扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。

 

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