扉を潜った先の廊下は短く、次の部屋への扉にはすぐにたどり着いた。
特に会話もなく、千早が扉を開ける。
中には、6つの椅子が円形に向かい合うように並べられていた。
この椅子はまるで、萩原雪歩が座った、あの椅子のようだ。
しかし、その椅子とは違う点が1つ。
6つの椅子すべての右手側の肘掛の先端部分に、赤いボタンがついている。
「今度は何をやらされるのかしら・・・。電気椅子だけは勘弁してほしいわね」
「まあ、まずは座れということでしょうね」
千早はそう呟くと、躊躇いなく椅子に腰掛ける。
亜美と真美も、疲れ切った様子で椅子の背もたれに倒れ込むように座った。
春香は座る前に、部屋を見渡した。
この先へ行く扉の上に、電光掲示板のようなものがあり、その隣にはスピーカー。
ここでも、またアナウンスか。
続いて伊織が椅子に座る。
「響、座ろう」
「死にたく・・・死にたくないよ・・・」
「死にたくないのは全員一緒よ。座って、我那覇さん」
「う、うぐっ・・・ひぐっ・・」
千早に説得され、響はまた泣く。
春香が肩を支えて椅子に座らせた。
そして春香自身もその隣に座る。
全員が椅子に座ったその瞬間、アナウンスが入った。
『えー皆さん、まずはふくらはぎを椅子の脚に、肘から先を肘掛にピッタリくっつけてください。ちょうど手のひらが赤いボタンに乗ると思います。まだ押さないでね』
言われた通りに全員が座る。
すると、ガシャンという音と共に、足掛と肘掛から枷が飛び出した。
手首と足首を拘束され、立ち上がることは叶わない。
「ちょ、なにこれっ」
困惑する春香。
「うわ、ああ・・・も、もうやだ・・・なにするんだよぉ・・・」
既に混乱状態の響。
『結構です。では説明しましょう。今回皆さんにやって頂くのは30カウントです』
「カウント・・・」
千早と伊織はピンときたようだ。
『扉の上の電光掲示板には気づいていると思いますが、この放送が終わったら、あそこに5秒まで表示され、6秒から表示が消えます。あとは自分の感覚で秒読みし、30秒経ったと思ったところでボタンを押してください。押したタイミングが最も30秒から遠い人が脱落。簡単でしょう?』
「・・・わかりました。さあ、始めて」
なぜかアナウンスを急かす千早。
『ふふっ、ちーちゃんは見かけによらずせっかちですね。全員がボタンを押した瞬間、脱落者以外の手枷足枷が外れますからね。まぁ、やってみれば分かることですし、ノーリハのぶっつけ本番でいきましょうか。では、秒読みスタート!』
ぷつっとアナウンスの途切れる音。
そして始まる、秒読み。
電光掲示板に5秒まで表示されていた時間が、ふっと消えた。
「恨みっこなしよ。私はキッチリ30秒で押すから」
念を押すように、伊織が言う。
目を瞑り、人差し指をとん、とん、と動かして時間感覚に集中する双海姉妹。
千早は身動き一つせず、ゆったりと構えている。
時間を数えながらも、春香は、響が気がかりだった。
手の震えが尋常ではない。
あれでは、30秒前に誤ってボタンを押してしまうかもしれない。
というか、しっかり数を数えられているのかどうかさえ危うい。
「あ、あれ・・・? 今何秒? ちょ、待って! あれ? 嫌ぁっ!!」
響が叫ぶ。
恐れていた事が起こってしまった。
千早と伊織は口を開かず俯いたまま。
双海姉妹はちらりと響を見たが、すぐに視線を手元に戻した。
春香は咄嗟に叫んだ。
「落ち着いて響! 今16秒!」
「えぅ、えぅっ・・・分かんないっ! もう分かんないっ!!」
「まだ! まだ押しちゃダメ! あと・・・」
「あぁぁあああ!!」
バンッ、と、鈍い音。
「・・・はぁ、あっ・・・」
響の血の気が引いていく。
響が、ボタンを押してしまった。
「響っ・・・!」
春香は絶望した。
明らかに、まだ20秒ほどしか経っていない。
これでは響の脱落が確実ではないか。
30秒には全員がボタンを押して響が・・・。
そこまで考えて、春香の頭に稲妻のような閃光が走った。
違う。そうだ、救える。自分は響を救える。
この30カウントのルールは、押した時点で最も30秒から遠かった者が脱落するのだ。
それなら、自分が、響が押した時間より遠い・・・40秒以上押さなければ、響を救って自分が残ることができる。
突如脳裏を過った究極の二択。
響を救うか。自分を救うか。
春香に、悩んでいる時間などなかった。
私は━━━━響を、
「春香!!押してっ!!!」
「・・・えっ」
叫んだのは、千早だった。
その声に揺すられたように、春香の右手に、微かに力が入った。
「あ・・・」
春香は、ボタンを、押していた。
その横で、双海姉妹もボタンを叩いていた。
恐らく、30秒からの誤差は良くて3秒程度だろう。
壊れた機械のように緩慢な動作で、春香が首を横に向けた。
千早が、安堵の表情を見せている。
「な・・・んで」
春香は訳が分からなかった。
今、確かに私は響を救おうとした。
でも、私はボタンを押した。
救えなかった。
真美を。
そう実感し、心の底から叫んでしまった。
「なんで・・・どうして邪魔したの千早ちゃん!!」
「邪魔・・・ですって?」
「せっかく・・・私にも、誰かを救えるチャンスが来たと思ったのに!」
「そう、春香・・・やっぱり響を助けようとしたのね。ボタンを押す気は、無かったのね・・・」
千早は、なぜか背もたれに頭をつけて、ふう、と一息を吐いた。
「千早ちゃん、何でそんなに落ち着いてるの? 私、こんなに・・・」
「・・・二人は間違ってないわよ」
伊織が、静かに言う。
「この状況で、生き残りたいって思うこと。それは、絶対に悪くなんかない。その逆も」
「伊織・・・」
その言葉に引っ掛かりを感じ、春香が伊織の方を向く。
そして、はっとした。
「伊織、まさか・・・!」
少なくとも、響は押した。双海姉妹もボタンを叩いた。千早ちゃんも押したはずだ。
しかし、伊織がボタンを押した所は確認していない。
そして30秒の時点で全員が押したならば、既に響以外の者が解放されていてもおかしくはない。
・・・押してない。
伊織は、ボタンを、押していない。