春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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第4の扉/Ⅱ.穴

それは、一瞬の出来事だった。

真は丁度美希と向かい合う角に立っていた。

春香達が振り向いた次の瞬間、その足元に闇が広がった。

人一人分がすっぽりと納まる程度の穴が開き、その四方の床が開いた穴に対しく斜めに沈んだのだ。

其処に真が落ちていった。

それはウスバカゲロウの幼虫が作る蟻地獄さながらの光景だった。

死へ誘われた者が抗い脱け出そうとする事を決して許さない、地獄の門のようだ。

「うわああっ・・・!」

「まこ━━━━」

抜け出そうと必死に淵を掴もうとする真。

しかし、只でさえバランスを崩している上に傾斜がある為、彼女の指は何の引っ掛りも捉えられず空しく地を這った。

春香達が救出に向かう暇も無い。

悲鳴と共に、真の身体は須臾にしてその漆黒に飲み込まれていった。

どれ程の深さかは計り知れないが、僅かに草を掻き分けるような、ざざざっ、という音が聞き取れた。

真の体が完全に消えたと認識した時には、沈んでいた床は迫り上がり、元に戻っていた。

穴が塞がると、真の絶叫も聞こえなくなった。

何事も無かった様に。

 

「あ・・・あ・・・真君っ!!」

「真・・・・」

美希も、春香も、響達も、只々驚嘆の音を上げるしかなかった。

春香は辿々しく穴があった場所に向かい、床を幾度となく調べたが、そこは今や確りと埋まっており、自力で開ける事は不可能だった。

要するに、この床を踏んだら作動する落とし穴だったのだ。

余りにあっと言う間だった。

しかし、確かな事があった。

本当に、居なくなってしまった。

失ってしまった。

此処まで、他の誰より絶え間無く全員に声を掛け、叱咤し、励まし続けて来た勇敢な仲間。

菊地真を。

「私が・・・私が向こうに行っていれば・・・」

「春香・・・」

春香は後悔した。

また、『偶然にも』自分が生き延びてしまった。

勇気有る彼女を差し置いて。

 

慟哭の中、貴音が先立って正面の扉の確認に向かった。

その扉は、貴音の思惑通りに開いた。

「・・・貴音さん」

しかし春香は低い声で貴音の背中に呟いた。

ショックを受けるでもなく、まず進路の確保に動くなんて、あまりに真に対して薄情ではないか。

春香はそう考えた。

貴音もそんな春香の想いを読み取ったらしく、言葉を返した。

「・・・文字通り、彼女が身を挺して開けた扉です。早急にこの場を離れる事こそ、彼女の覚悟をふいにしない唯一の行動だとは思いませんか」

思わず口籠る春香。

「・・・そうだけど」

「それが全てなのです。或いは、春香は菊地真の思いを裏切るおつもりですか」

貴音らしい、的を射た意見だった。

「わたくしを冷酷な人間だと仰るのなら、それも構いません。ただ、わたくしは常に大切な仲間の身を案じているつもりです」

顔だけ皆の方を向き、貴音は微笑を浮かべた。

その表情からは、真を欠いた事に対する痛哭や寂寞がはっきりと見て取れた。

今の言葉に嘘は無いと感じ、さっきの勘繰りを反省した春香は、真に詫びた。

「・・・ごめんなさい。貴音さんの言う通りだ。こうなっちゃったからこそ、先に行かなきゃいけないんだよね。ありがとう、貴音さん」

「・・・ふふっ、斯様な状況です。誰も責めなど致しませんよ」

相変わらずな貴音に、春香は笑みを返した。

棘が有るものの、貴音がとても心強い存在である事もまた事実だ。

 

「・・・った」

「・・・響?」

響の口から漏れた、微かな呟き。

それに反応した、美希。

「響、今なんて言ったの?もう一回言ってみてよ」

「美希?・・・自分、何も言ってないぞ・・・」

「『良かった』って言ったよね?」

「・・・言ってない」

「真君がいなくなって、自分が助かって・・・『良かった』んだ?」

響に詰め寄る美希。

その表情からは、はっきりと怒りの感情が見て取れる。

「ち、違う!自分は・・・自分が落ちればよかった、って・・・」

「ふうん・・・そうなの・・・へえ」

「うっ、うぅ・・・」

響に侮蔑の眼差しを向ける美希。

後ろめたそうに視線を泳がせる響。

「あぁもう、さっきがらグチグチ煩いわね。私は帰りたいの。さっさと出るわよ」

出口の傍で、もたついている面々に対する苛立ちを露にする伊織。

それを、おろおろと見ているしかない双海姉妹。

「もう、やめてよ。なんでこんな所で喧嘩しなきゃいけないの・・・?」

堪らず、春香が割って入る。

「その通りです。このような不協和こそ、犯人の思う壺だということが未だ分かりませんか」

強い口調で叱咤する貴音。

その言葉に観念したか、美希は漸く響から離れ出口に向かった。

「自分・・・ホントに、嘘なんて、ついてないもん・・・ひぐっ、えぐっ」

響は溢れ出る涙を拭い、たどたどしく美希に続いた。

 

「・・・う、ん」

「っ、千早ちゃんっ!」

「千早さん!」

この時機に、千早が目を醒ました。

上半身を上げ、気分が悪そうに頭をぐらぐらさせている。

すかさず、春香がその肩を両手で支える。

美希や貴音達も心配そうに集まって来た。

「千早ちゃん、大丈夫、気分はどう?」

「うん・・・、なんとか歩けそう。それより、ここはどこかしら?・・・助かったの?」

気絶してからの事の経緯を知らない千早は、希望を持って春香に尋ねた。

「・・・いや、まだ助かってはいないよ。でも、もうすぐ終わりだから」

それを聞き、辺りを見回した後、状況の変化に気が付いたらしく、再び尋ねた。

「・・やよいは、やっぱり、だめだったのね。・・・でも、真は?」

「うん、真は・・・自分を犠牲にしてこの部屋の扉を開けてくれたんだ。だから、先に行かなきゃ」

「・・・そう」

事態を察したらしく、千早は小さく頷き、よろめきつつも立ち上がった。

「さあ、行こう。きっともう直ぐ出られるよ」

「うん」

千早が同意する。

それを見て、貴音がゆっくりと扉を潜った。

貴音の後に続き、春香は扉の奥へと向かった。

それに引っ張られる様に、傍観者達も立ち上がり、ぞろぞろと続いた。

 

暗い廊下を進むものは、今では8人となった。

春香や貴音が震える声で皆に声をかける。美希たちがそれに応える。

「大丈夫、もう少しで終わる。全部終わるから」

「・・・うん」

そんな、不毛なやりとりだけが続く。

それでも、春香は虚しく反響する励ましの言葉を絶やさない。

口を閉ざしていると、不安に胸が押しつぶされそうになるからだ。

漸く廊下の終わりが見えてきた。

春香は、思わず息を呑んだ。

貴音も、目を丸くしてそれを凝視する。

そこにあったのは、今まで見てきた鉄扉とは明らかに異なる扉。

傍には上向きの矢印が描かれたボタンが付いている。

エレベーターだ。

「みんな見て!エレベーターだよ、この扉」

どよめくアイドル達。

「えっ!?っていうことは・・・ここから出られるかもしれないってこと!?」

響が、ここで顔を合わせてから初めて彼女らしい溌剌とした声を上げた。

「ちょ・・・はやく開けて!こんな場所1分1秒たりとも居たくないわ!」

興奮気味の伊織が早口に捲し立てる。

「わ、わかってる!もう押したよ!」

ボタンを押した春香は、胸の高鳴りを抑えられない。

扉の向こうで、微かに機械の駆動音がする。

ピンポーン、と軽快な音が鳴り、扉が開いた。

その内部は貨物用エレベーターのような、広々とした作りになっていた。

「どいてっ!」

伊織は鬼の様な形相で、仲間達を押し退け我先にとエレベーターの奥へと進入する。

「みんなも早く!」

つられるように、春香も焦りを含んだ口調で誘導する。

エレベーター内の扉を見ると、ボタンはふたつだけだった。

ひとつは『地下』、その上にあるボタンには『地上』とだけ書かれている。

春香は迷うことなく『地上』のボタンを押した。

重々しく閉まる扉。上昇する感覚。

春香は壁に凭れ掛かり、深い溜息を一つだけつく。

 

「これで・・・出られるの?外に・・・」

「ええ・・・そう信じましょう」

貴音が春香に微笑む。

彼女は美しい銀髪を掻き分けて、額の汗を拭う。

その顔はやはり不安を隠しきれていなかった。

「ハム蔵・・・みんな・・・お腹空かしてないといいけど・・・」

飼っているペットへの心配を口にする響。

自分自身が置かれている状況に対する不安を誤魔化そうとしているようだ。

「もう、はやくはやくはやく・・・開いて、お願いよ・・・」

先程から伊織は全く落ち着き無く独り言を呟いている。

「だいじょうぶだよ真美、きっと・・・」

「うん・・・亜美、助かるよ、もうすぐ・・・」

亜美と真美はお互いの体を抱き合い、涙目で震えている。

千早は口を閉ざしたまま、春香の左手をそっと握り、俯き目を伏せている。

美希は眉間に皺を寄せ、いずれ開くであろう扉に意識を集中している。

そんな8人を乗せたエレベーターは、やがて緩やかに減速を始め、そして、止まった。

 

「早く!早く開けて!出しなさいよ!」

咄嗟にドアにしがみつき、どんどんと荒々しく叩く伊織。

そして、全員を焦らすようにドアは非常にゆっくりと開いていく。

途端に、なにやら土の匂いと風の音がした。

「風!?これ、直接外に繋がってたのか!?」

響が期待に満ちた声を洩らす。

「やった・・・やっと出られる・・・家に帰れるのね!?」

言いながら、伊織はドアの隙間から、身を捩りくぐり抜けていってしまった。

「ま、待って伊織ちゃん!」

「単独行動は危険です!」

何とかドアの隙間を抜け、エレベーターの外に出る。

先に抜け出たはずの伊織は、ドアのすぐ正面に茫然と立ち尽くしていた。

久々に思える外界の光景に、春香たちは絶句した。

 

「・・・さながら、刑務所ですね・・・」

そこは、四方を高さ15メートルほどの混凝土の壁に囲まれた広大な空間だった。

天井はなく、不気味なほど静まり返った夜空が見える。

そして、その地面からは、まるで森林のように草木が生い茂っていた。

壁には申し訳程度にライトが備え付けられていて、ギリギリ足元が確認できる程度だった。

「この暗い中を行けって言うのか・・・?凶暴な生き物とかいないよな・・・?」

響が、恐る恐る呟く。

春香はすかさず、フォローを入れようと呟いた。

「大丈夫だよ、足元に気をつけて歩いて行けば、いつか普通の場所に辿りつくはず・・・」

この春香の発言を遮る様に、突然『あーあー、テステス』という異様な音声が響いた。

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