「それじゃあ、この部屋を使ってくれ」
衛宮邸で士郎に案内された部屋は、畳のいい匂いのする和室だった。
彼の性格を反映しているのか、あまり物は置かれていない。
けれど、ムーンセルの聖杯戦争で用意されていた
「もし何かあったら、俺かセイバーに言ってくれ。
さっきの部屋にいるから」
言って士郎は踵を返した。
表情には、少しだけ疲労の色があった。
夜も遅いし、彼も早く眠りたいのだろう。
「色々とありがとう、士郎。
おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
襖が閉められ、士郎の姿が消えた。
廊下を去って行く足音が、わたしの耳に届く。
ふわっ、と小さなあくびが漏れた。
「……まったく。
そなた、あの士郎とかいう小僧に気を許し過ぎだぞ!
敵の本拠地の真っただ中で、寝込みでも襲われたらどうするのだ!」
士郎が立ち去るなり、セイバーが実体化して不満をぶちまけた。
端正な貌が朱に染まっている。
ここまでの道中で大分機嫌も直ったと思っていたが、どうやら気のせいだったらしい。
「士郎が今戦う気だったなら、屋上で決着はついてた。
寝込みを襲うなんてする必要ないじゃない」
それに、この人が住んでいて温かみがある畳の部屋は、わたしにはありがたい。
あのまま暗くて寒々とした夜の学校にいると、何か得体の知れない
想像してみて、少しだけ身震いする。
「……奏者よ、まさか忘れてはおるまいな?
我らとヤツらは敵同士だという事を」
ジト目でセイバーが尋ねて来た。
根はかなり深いようだ。
……どういうワケか、セイバーはずいぶん士郎に対抗意識を燃やしているらしい。
実際の所、わたしもそこまで士郎を信用しているワケではない。
というよりも、マスター同士ならそれは有り得てはいけないと思う。
心を通わせた相手であっても、他のマスターは聖杯をめぐる競争相手なのだ。
――前回の聖杯戦争の、準決勝で戦った相手を思い出す。
「今はセイバーの傷を治す事が大事だ。
いずれ敵になるって分かってても、セイバーが回復できるなら、少しの間手を組む」
マスター同士が、共同戦線を張る事はある。
利用し利用されるのは、聖杯戦争において正しい信頼関係だ。
そして戦う刻が来れば、相手が誰であっても全力で戦う。
勝者は敗者の願いを踏みにじった分、絶対に勝ち続けなければならないのだ。
「わたしが本当に信じてるのは、セイバーだけだよ」
それはもちろん、士郎とも同じ。
今は、休む所を提供して貰った。
今後情報を交換し合って、協力する事もできるだろう。
だが、戦いの刻が来れば――
「衛宮士郎とも、最後には必ず戦う事になる。
戦って、必ず勝つ」
戦った相手に、失礼のないように。
全力で戦い、相手を倒す。
それが天上でも地上でも変わる事のない、わたし達マスターとしてのスタンスだろう。
「……そうか、ならば良い。
うむ、悪くない!
むしろ良い!
考えてみれば、そなたの言う通りだ!
あの士郎とかいうヤツの事は気にするな。
そなたはこれまで通り、自分自身と私を信じていれば良い」
なぜか唐突に機嫌が直ったらしく、セイバーが同意してくれた。
満足げにウンウンと頷いていた。
……士郎の事を気にしてたのはセイバーだと思う、とか突っ込んではいけないだろうか。
「けど、参ったな。士郎の説明だと、わたし達ってすごく不利じゃない?」
セイバーと二人きりになれたので、声を低くして本題に入る。
その結果、もともとわたし達は深刻な状態だと考えていたのが、実はさらに深刻な状況に置かれていた事に気付いたのだ。