「それじゃあ、いただきます」
手を合わせた後、料理を口に運ぶ。
口の中にじゅっと、甘辛い鰤の味が広がった。
「――――!
美味しいっ!」
鰤は温かいご飯にとてもよく合っていて、どんどん箸が進む。
油揚げの味噌汁も絶品だ。
狐耳の少女が一緒だったら、すごく喜んだに違いない。
「桜、お代わりをお願いします」
と、お茶碗を差し出す士郎のセイバー。
わたしはまだ半分も食べ終えてないのに、早くも茶碗を空にしていた。
「はい。
たくさん食べてくださいね」
ご飯をよそっているリボンの少女は、
この少女の姿も赤い少女『遠坂凛』と同じく、わたしの記憶にある。
記憶にある『間桐桜』は、ムーンセルの聖杯戦争の運営用に作られた
多分、目の前にいるこの少女が、月海原学園の保健室にいた『間桐桜』の元になった人物なのだろう。
間桐桜はご飯を山盛りにして、士郎のセイバーに手渡している。
金髪の少女はこくこく頷きながらペースを落とさず食べているが、二杯目なのにあんな量を食べきれるのだろうか?
「岸波のセイバーは、本当に朝飯食わないのか?」
士郎が尋ねて来た。
さきほどから随分勧めてくれているのだが、霊体化しているセイバーは頑として首を縦に振らない。
「……せっかく用意してくれたのに、ごめん。
生前のトラウマがあるらしくて、わたしも強くは言えないんだ」
言い訳だが、まったくデタラメなわけでもない。
マスターであっても、踏み込めない領域と言うものはあるのだ。
『奏者よ、余は少し席を外すぞ』
霊体化したまま、セイバーが唐突に言って来た。
「どうかしたの?」
ついさっきまでわたしが敵の用意した食事を食べる事を反対していたはずなのに、どうしたんだろう?
『うむ、少しばかり確かめたい事ができた。
そなたはこのまま食事を続けているがよい』
言ってセイバーの気配が消えた。
「セイバー?」
小声で呼びかけるが、応える声はない。
霊体化したままどこかに行ってしまったのだ。
「……不用心ですね」
紫の長髪の女性が呟いた。
眼鏡の奥にある寒気がするほど綺麗な瞳が、セイバーが出て行ったであろう方角を見ている。
「本当にね。
マスターもサーヴァントも、緊張感がないわね」
遠坂凛が同意している。
二人とも、セイバーがわたしを置いてどこかに行った事に気付いているようだ。
わたしの知る赤い少女は優秀なマスターだったが、この凛も見ているだけで卓越したマスターだと分かる。
士郎もわたしより格上のマスターだが、彼女の場合は桁が一つ二つ違いそうだ。
紫の長髪の女性はライダーと呼ばれているし、わたしでも感じと取れる圧倒的な存在感はサーヴァントで間違いない。
青い槍兵の姿はないし、彼女がこの凛のサーヴァントなのだろうか?
「って、あれ?」
――そう言えば、おかしいな。
てっきり間桐桜がこの家にいる『一般人』だと思っていたのだが、二人は彼女の前で平然と、マスターとかサーヴァントとかの話をしている。
「士郎、一般人って桜の事じゃなかったの?」
小声で士郎に尋ねてみる。
「いや、桜はライダーのマスターなんだ。
一般人は、もうそろそろ来ると思うけど……」
士郎が言い終わる前に、ドタドタと玄関のほうから足音が近づいて来た。
「イリヤちゃん、ヒドい!
朝ご飯には間に合うように起こしてねって、お小遣いまであげてたのに~!」
「ちゃんと起こしたわよ!
なのにタイガが、『むにゃむにゃ。キミが生き残るか、わたしが食い倒れるか勝負~』とかワケの分からない寝事言って、地獄車をかけてきたのが悪いんじゃない!
おかげでもう少しで二人とも、『格安地獄巡りツアー! ヴァルハラ温泉・
……地獄巡りなのに
一泊二泊ではすみそうにないが、永眠しかけたという意味か?
とてつもなくシュールな会話が聞えるが、遅くなると言っていた人達だろうか。
「みんな、おっはよ~~う!
いやぁ、寝坊しちゃったよぅ!」
「ああッ!
タイガがいつまでも起きないから、もう食べ始めちゃってるじゃないッ!」
襖が開き、二人の女性が現れる。
一人はどっかで見たような、月にある学校で先生とかやってそうなお姉さん。
一人はそれこそ妖精のような、白銀の髪を持った十歳前後くらいの少女。
「おはよう。
藤ねえもイリヤも、早く座れよ」
「おはようございます。
藤村先生もイリヤも、今朝は遅かったんですね」
「おはようございます。
藤村先生、イリヤさん。
ご飯はどのくらいにしましょう?」
「おはようございます。
大河、イリヤスフィール。
桜、お代わりをお願いします」
「おはようございます。
タイガ、イリヤスフィール。
お先に頂いています」
「おはようございます」
慣れた風にみんなが挨拶しているので、わたしもつられて挨拶をする。
イリヤと呼ばれた少女がわたしを見て怪訝そうな顔をした。
「…………?」
間桐桜から山盛りのご飯を乗っけたお茶碗を受け取ってから、首を傾げる藤村先生。
何かおかしいのだが、何がおかしいのかが分からないといった感じだ。
「――――」
考え込みながら、まにょまにょとご飯を食べ始める藤村先生。
「……あれ?
そう言えばあなた、誰だっけ?」
きっかり一杯目のご飯を食べ終えてから、
「ああ。
セイバーの知り合いで、昨日からここに下宿する事になってる岸波だ」
そしてわたしを紹介する士郎。
……昨夜殺し合いをやらかしたのだから、士郎のセイバーと知り合いだと言えなくもない、のか?
「初めまして、岸波白野と言います。
しばらくこの家に滞在させてもらいますので、よろしくお願いします」
わたしもできるだけ丁寧に挨拶しておく。
第一印象は重要である。
「あー、そっか。
セイバーちゃんのお客さんだったんだ。
それで、士郎の家に滞在すると」
ふむふむと頷く藤村先生。
物分かりのいい人で助かった。
ムーンセルにいた『
きっと聖杯がキャラクターの個性をヘンに強調してみて、やり過ぎたのだろう。
そっかーまた下宿かー、と藤村先生はもにゅもにゅご飯を頬張る。
二杯目を食べ終えて、お茶碗を差し出しかけた所で手が止まった。
「…………?
――――。
…………!」
その体勢で固まっている藤村先生。
何故か凛やライダーがお皿を持ちあげて、テーブルから離れていた。
「って、またこのパターンか――ッッッ!?」
がっしゃあん、とテーブルをひっくり返す音と虎の咆哮が、朝の衛宮邸に響き渡った。
――訂正しよう。
ムーンセルの『藤村先生』は、あれでもあまりトラブルを起こさないように調整されてたんだな……。