暗い校舎の中を歩く。
人の気配がしない、前回の聖杯戦争の最後を思い出させる静けさ。
生きているのが自分達だけになってしまったかのような世界。
それでもあの時は監督役が最後まで残っていたし、何より傍らには彼女達がいた。
「何とも殺風景で、華のない景観よな」
セイバーが不機嫌そうに唸った。
装飾華美を愛する彼女としては、舞台が暗くて静かな夜の学校と言うのが不満なのだろう。
わたしの隣を歩く少女は、人間ではない。
いや、正確に言えば、かつて人間であったものだ。
過去・未来・現在の時間を問わず、世界と契約して人の身で届かない偉業を成し遂げた英雄は、死後に世界を守る英霊となる。
聖杯戦争では彼らは聖杯に呼ばれ、
サーヴァントはそれぞれ
この他にもイレギュラーなクラスで現界するサーヴァントもいるが、クラスごとに得意分野が違い、大抵は生前の有名な逸話などからそのクラスを決定される。
……まぁ、わたしのサーヴァントは少し違うような気がするのだけれど……。
基本的にセイバー・ランサー・アーチャーのクラスは三騎士クラスと呼ばれ、高い性能を持っていると言われている。
中でもセイバーは最優のサーヴァントと呼ばれ、過去の聖杯戦争においても最後の戦いまで残っていたらしい。
……わたしのセイバーを見ていると疑問に思うけれど……。
「――そなた、さっきから何を一人でブツブツ言っておるのだ?」
セイバーの訝しげな声で、思考の海から這い上がった。
「見たところ前回と同じく学舎のようだが、全く同じ場所というわけではないな。
他のマスターやサーヴァントの気配も感じぬし、ここ以外の場所での戦闘もありそうだ」
セイバーの指摘する通り、現在わたし達がいる場所は、前回の戦場だった月海原学園ではない。
保健室でのセイバーとの会話を思い出す。
■
「周辺を探索しに行くぞ。
余も召喚されたばかりで、てんで状況が掴めぬ」
目覚めのすぐ後に、妙にきっぱりとした口調で、わたしの頼りになる筈のサーヴァントは告げた。
「……掴めぬって。
聖杯戦争が始まったって言ったのは、セイバーだよね?」
「うむ。
もちろん聖杯戦争が起きていることは分かるぞ。
何せ『サーヴァントを倒さなければならぬ』という衝動が湧いてくるからな」
何故か得意気に返された。
「この地で行われた聖杯戦争はバトルロイヤルだったようだし、
早めにルールの詳細も確認しておかねば、今後の戦闘に支障が出るぞ」
……確かに。
見たところ保健室には、状況説明をしてくれる親切な
現状把握は自らの足でしなければならない、か。
聖杯戦争が始まったのならば、わたしのするべき事は、勝つ事・生き残る事だ。
そこに迷いの入る余地などない。
■
「そう言えばサーヴァントって、その世界の知識とか持ってるんでしょ?」
歩きながらセイバーに問いかける。
サーヴァントはあらゆる時代に呼び出され、その時代に適応する為の知識が聖杯から与えられていた筈だ。
「ここが何処かとか分からない?
ムーンセルの中じゃない事だけは分かるんだけど」
ここが地上だという事は、何となく分かった。
多くの魔術師が聖杯を求めて、肉体と共に置き捨てたモノ。
多くのマスターが帰る事を欲して、遂に帰る事のなかった大地。
彼女達が帰って行った場所だった。
――――?
今、何か違和感があったような――
「――うむ。
我らが参加した聖杯戦争があった時よりも何十年か過去の、日本の
季節は冬のようだ」
セイバーの返事で我に返る。
日本と言えば、あの黒髪の少女が話していた国だ。
戦いが終われば行ってみたい、と彼女は話していた。
もしかしたら彼女に会う事ができるかもしれな――ちょっと待て。
「セイバー、今何て言った?」
「……?
我らの聖杯戦争から何十年か過去の、冬木市という場所だ。
何度も言わすでない」
……何十年前?
いきなり見知らぬ場所で目覚めて、何十年も過去の世界?
「ふむ、少し前にここでも聖杯戦争があったらしいな。
二百年間で五度に及ぶ戦いの末、結局勝者を出す事なく聖杯は破壊された――か。
うむ、良いぞ!
大規模で派手な浪費は、余の好むところだ!」
よく分からない所でセイバーは頷いていた。
「……聖杯が壊れてるのなら、セイバーが呼び出された意味ないんじゃない?
勝っても賞品ないんでしょ」
「何を言うか!
聖杯戦争は聖杯があるからこそ起こるのだ。
この地の聖杯が破壊されていたとしても、聖杯戦争が起こっている以上、聖杯は必ず在る!」
赤い従者は断言した。
セイバーの言葉はきっと正しいのだろう。
サーヴァントなのだから、聖杯の異常にはきっと敏感な筈だ。
――けれど、わたしの望みは生き残る事だった筈だ。
聖杯がない方が、戦いそのものに巻き込まれずに済む。
情けなくても、戦わずにすむのならそれに越した事はない筈だ。
そんな事を考えながら、再び歩き足を踏み出し――
「――む?
待て、サーヴァントの気配だ!」
セイバーの警告で、頭が緊張を取り戻した。
「……屋上にいるな。
敵も我らに気付いているようだ。
はじめよう、マスター!」
赤い剣士が戦いの始まりを告げ、思考が戦士のものに切り替わる。
マスター同士が出会ったなら、戦いを避けるという選択肢などない。
聖杯戦争の勝者は一人。
自分達以外のマスターとサーヴァントは敵だ。
セイバーに先導させて、わたしは敵のいる場所を目指して走った。