「――――ッ!」
手に持った籠など盾にもならない。
今のわたし達にできる事は、目の前の主従による蹂躙を受け入れるだけ。
悪夢としか思えない。
目の前にいるマスターは、そもそも生きている筈なんてないのに――!
「そんなに警戒しなくても、大丈夫ですよ。
こちらに
穏やかな笑みのまま、レオ・B・ハーウェイは言った。
そこには一かけらの気負いもなく、自然と王者の余裕がにじみでている。
本当に、当時のまま。
記憶の中と同じ姿で、少年王は存在していた。
「――何、で」
わたしは知らない場所にいる。
知らないマスターに知らない舞台、そして知らない時代。
そこまではいい。
覚えのない場所での戦いなんて、聖杯戦争なら不思議でも何でもない。
「……何でっ」
だが、目の前の人物はいてはならない異物だった。
わたし達の聖杯戦争では、生き残って地上に帰れるマスターはただ一人。
敗者は電脳死するのが絶対のルールだった筈だ。
ならばわたしが生きている以上、彼は生きていてはならない筈ではなかったか。
「ッッ、ぁ」
いや、もしかしたらわたしが知らなかっただけで、脱落したマスター達は電脳死などせずに、地上に戻っただけだったんじゃないのか?
電脳死なんて最初からなくて、ムーンセルから
「……あっ」
ああ、ならば確かめる方法なんてわたしにはないし、知らなかったのも無理はない。
きっとそうだ、そうに違いない。
――だってそもそも、わたしは地上にいた事なんてなかっ――
「――――ッ!
痛、ぁ」
混乱しすぎて頭痛がした。
「奏者よ、どうした!
大丈夫か!」
「白野さん?
気分がすぐれないのですか?」
わたしの異変に気付いたのか、慌ててセイバーが駆け寄って来た。
レオも心配そうにこちらを見ている。
「……大丈夫。
ちょっと昨日の負けを思い出しただけ」
落ち着け、思考を切りかえろ。
今肝心なのは目の前に敵マスターがいる事だ。
セイバーに笑いかけて、レオの方に向き直る。
「それで、レオ。
今、ここで戦う気はないって思っていいの?」
「はい、こちらにはこちらのルールがあります。
ムーンセルでも、月海原学園内で戦いをしかけるマスターにはペナルティがあったでしょう?
一般人の目に触れる所で戦うと、魔術協会や聖堂教会が黙ってはいないでしょうし」
……『魔術協会』や『聖堂教会』とやらは分からないけど、多分ムーンセルで
言う『
こちらでも聖杯戦争を運営している者達がいるのか。
正直助かった。
今のセイバーにあの最強のサーヴァントと戦えるような戦闘力はないし、わたしも、今は丸腰に近い。
『守り刀』や『破邪刀』といった敵を攻撃できる礼装を持って来たかったが、『そんな物騒な刃物持って街中歩いたら、警察に連れて行かれるぞ』と士郎に止められて、身につけていなかったのだ。
何でも、冬木市の聖杯戦争には『銃刀法違反』とか言うよく分からないルールがあるらしい。
「とりあえず、外に出ませんか?
店員にも迷惑がかかりますし」
並んでわたし達はコンビニを出る。
買い物の支払いは、レオがしてくれた。
彼もわたしと同じ時代から来た筈だが、こちらの紙幣を持っていたのは突っ込むべき所だろうか……。
「地上でお会いするのは、初めてでしたね。
思っていたより、早く会えました。
この地には100人以上のマスターがいるそうなので、なかなか会えないかと思っていたのですが」
穏やかな顔でわたし達に笑いかけるレオ。
士郎から聞いた話では、この地にいるマスターは10人程度だった筈だ。
わたしやレオと同じく、ムーンセルから時代を越えてこの地に来たマスター達がいるという事か。
「我らに会いたかった、か。
ムーンセルでの戦いの復讐に来たと言うわけか?
王の卵よ」
挑発するようにセイバーが言う。
彼女も彼らの実力は知っている筈だが、だからといって自重する気はないらしい。
「随分な物言いですが、主に対する無礼を許すつもりはありませんよ?
『バビロンの妖婦』」
一瞬、レオの一歩後ろを歩く白騎士の目に殺気が浮かんだ。
優しげな顔の内面には、レオに対する鉄の忠誠心がある事をわたしは知っている。
「……わたし達を気にかけるよりも、あなた達が気にするべきマスターは他にいるでしょ?
昨日も一戦やらかしたけど、完敗したばっかりなんだよ」
言い返そうとするセイバーを制止して、レオに予防線を張る。
彼らは最強の主従なのだから、狙うべき相手はわたし達ではなく、もっと強い人にするべきだ。
「そう謙遜する必要はありませんよ。
僕達はムーンセルであなた達に敗れた。
ムーンセルでの聖杯戦争を制したのは、あなた達だ」
朗らかに笑うレオの笑顔は、太陽を思わせる。
憧れる事はあっても、近づける事はない。
「今度は僕達が挑戦者と言う事ですね。
兄さんもきっと、あなた達と会いたがっていると思います」
背中に嫌な汗が流れた。
あのユリウスも、この地に来ているだって?
ムーンセルにいた時より状況は悪い。
最強のマスターは、最初からわたしに狙いを定めてしまっている。
この上更に、あの暗殺者にも狙われなければならないのか?
「……冬木のマスターは、わたしなんかよりもずっと強い。
昨日戦ったマスターなんか、あなたよりも強いかもしれないよ」
挑発して他のマスターと戦わせるしかない。
士郎とあのセイバーが強いのは確かだ。
わたし達ではどうする事もできずにただやられるだけだが、あの二人ならばレオ達を消耗させる事も不可能ではない筈だ。
「それは楽しみです。
あなた達に勝って聖杯戦争を勝ち残っていけば、その人達とも会う事になりますね」
あっさり返される。
わたしの浅はかな考えなど、彼にはお見通しだったのだろう。
そしてレオ自身が勝者だと言った、わたし達より強い士郎達を恐れてもいない。
「それでは、僕達はこれで。
行きますよ、ガウェイン」
「御意」
気付けば、歩きながらかなり長い時間話していたらしい。
最強の好敵手は、わたし達に別れを告げた。
戦うのならば相応しい場所と時間に、と言う事か。
「またお会いしましょう、白野さん。
あなた達と戦えるのを楽しみにしています」
去っていく少年王と太陽の騎士を、呆然と見送る。
白昼夢は消え、後には立ち尽くすわたしとセイバーだけが残された。