地上の冬の夜は、わたしが想像していたよりも暖かい。
昨日は特に気にも留めてなかったが、冬と言えば吹き荒ぶブリザードをイメージしていた。
「士郎、冬木市に雪は降らないの?」
傍らを歩く衛宮士郎に尋ねてみた。
地上の雪は見た事がないが、冬に降ってくる綺麗なモノだというのは知っている。
「降らないって事はないぞ。
けど、冬木の冬は結構暖かいんだ」
ならば、他の所なら雪を見る事もできたのだろうか。
少しだけ残念な気分になる。
『奏者よ、余は寒いのは苦手だ。
雪を見るなら暖房の効いている部屋、贅をこらした最高級のロイヤルスイートという奴が良い』
霊体化しているセイバーが耳打ちして来る。
わたしも、そんな所でセイバーと幻想的な夜景を見たいとは思うが、あいにく現在一文無しである。
……と言うか彼女が寒いのが苦手なのは、男装と言い張っている割に露出の多い服装のせいなんじゃなかろうか。
■
「わたし達も、一緒に巡回に行ってもいい?」
昨日と同じように巡回に出かけようとする士郎と彼のサーヴァントを呼びとめて、わたしは言った。
「ちょっ、待てマスター!
確かにこやつらとの同盟を認めざるを得ぬとは言ったが、行動まで共にするとは言ってないぞ!」
セイバーがあわてて実体化して止めて来る。
彼女はどうしても士郎達が気に入らないらしい。
「岸波。
夜にはタチの悪いマスターも出るって聞くし、止めといたほうがいい。
ここならライダーがいるし、屋敷の結界もあるから安全だと思う。
第一、女の子達が夜出歩いて、何かあったら困るだろ?」
靴を履きながら士郎も言ってきた。
――ずっと気になっているのだが、彼はわたしを聖杯戦争の競争相手として見てない節があるように思う。
「……待て、そこの赤毛。
貴様、今、余を『女の子』と言いおったのか?」
不意に、わたしを制止しようと頑張っていたセイバーの動きが止まり、ぎろりと士郎を睨みつけた。
今の士郎の言葉が、逆鱗に触れたらしい。
「え?
……あっ、いや、今のはおまえが女だから侮ってるってワケじゃなくて――」
それに気が付いた士郎は、必死にフォローを入れようとしている。
今にも爆発して炎上しそうなセイバーを鎮めるべく言葉を探し――
「――そうだ!
子供が出歩く時間じゃないだろ、今」
――水のつもりで火事の現場にガソリンをぶっかけた。
「奏者よ!
今すぐ出陣の用意を!
余を子供扱いしおったこのたわけに思い知らせてくれる!」
「何でさ!」
士郎のトドメでバックドラフトよろしく、セイバーが爆発した。
……彼女は日頃から『男でも女でもイケる』と豪語している英霊である。
つまり女扱いされた事ではなく、子供扱いされた事を怒っていたのに……。
■
激怒したセイバーが行くと言い出したら、神様でも止める事などできまい。
士郎は心配そうに何か言っていたが、わたし達も聖杯戦争の参加者だ。
協力はしても、彼にわたし達の行動を制限する権利はない。
結果、3人と霊体化したセイバーとで夜の街をテクテク歩いている。
「そう言えば、士郎のセイバーは霊体化しなくていいの?
サーヴァントが隣を歩いてたら、士郎がマスターだって丸分かりじゃない?」
昨日から気になっている事を青いサーヴァントに問いかけてみる。
それは、わたしがマスターだと敵にバレてしまうからだけではなく、外見でセイバーの真名に気付かれる可能性もあるからだ。
聖杯戦争は情報戦。
隠せるモノは隠しておきたいのがマスターだと思う。
――そういった意味でも、レオ達は特例だろう。
サーヴァントの真名すらも隠さず、如何なる敵をも真っ向から迎え撃って叩き潰してきたのだ。
「白野。
この巡回の目的は、好戦的なマスターを発見する事です。
シロウや貴女がマスターである事がはっきり分かるほうが、戦いを仕掛けられやすい。
それに実体化していた方が、いきなり襲われた時に対処しやすいでしょう」
淀みのない青い騎士の返答に、思わず感心してしまう。
わたしはこの巡回を、アリーナ探索のような情報収集と鍛錬のためだけだと思っていたが、自身を撒き餌にして敵を釣り上げる作戦だったらしい。
考えてみれば、こちらの聖杯戦争に決まった決戦日などないのだ。
自身を囮にする方法は危険が大きい筈だが、士郎のセイバーには気負いが見えない。
彼女もきっとあの『太陽の騎士』と同じく、どんな敵が相手でも勝てるという自信を持っているのだろう。
夜の坂道を登っていく。
この道には、見覚えがあった。
昨夜の学校に行ける道だ。
わたし達とのドタバタのせいで、士郎達は昨夜、この辺りをしっかり見て回る事ができなかったのだ。
「――待て。
何か変だ」
士郎の声で足を止める。
彼は眉根を寄せて、坂の上にある穂群原学園を見つめていた。
「士郎?」
「何かおかしい。
この辺り、昨日とまるで空気が違う」
士郎にならってわたしも周囲を見回すが、何も感じない。
……わたしだって、ムーンセルでの聖杯戦争を勝ち抜いたマスターだ。
周囲の様子がおかしければ、気付くと思う。
「それ、何かの間違いじゃな――」
――言いかけた瞬間、魔力が奔り、周囲の空気が一変した。
「っ!
これ、まさか――固有結界か!」
切迫した士郎の声がする。
彼のサーヴァントが、瞬時に臨戦態勢に入ったのが分かる。
――知っている。
この固有結界を知っている。
かつて天上世界で見た、あの少女達の遊び場――
「奏者よ!
ヤツらだ!」
実体化したセイバーが叫ぶ。
彼女は今、脳裏にわたしと同じ風景を描いている。
対戦相手にとって、恐るべき処刑場だったあの場所――
「『名無しの森』っ!」
――穏やかな