「――――ッ!」
金糸のような髪が数本、夜の戦場に舞い落ちる。
巨人の右腕は流木の如く廊下を破壊し、ソレにとって小さすぎる獲物を削った。
「ああああッ!」
頭部を掠めた凶器など意にも介さず、セイバーは巨人の伸びきった右腕に剣を叩き込む。
鋼のような腕を斬り落とす事こそできなかったものの、巨人の右腕の動きが明らかに鈍った。
巨人にとって廊下は狭く、小さすぎた。
四足歩行の獣のように前傾姿勢になって腕を振り回すも、壁面に遮られてセイバーを捉えきれない。
セイバーは、自身の小柄な体躯と小回りを生かし、限られた空間で巨人と正面から渡り合う。
「ハァアッ!」
巨人の攻撃を躱し、いなし、弾き。
間隙をついてセイバーは巨人に肉薄する。
全身をバネにして振るわれる剣が、巨人の左脇腹を斬り上げた。
「――ッ!」
苦悶の声と共に巨人の両腕が振り下ろされる。
地を蹴る脚力とスキル『魔力放出』による推進力で、セイバーは、刹那に遥か後方へ跳ぶ。
豪腕は廊下を陥没させ、セイバーは10メートルほど離れた場所に着地した。
体格差のある
第五次で死闘を繰り広げた狂戦士など、その巨体から繰り出す局地災害のような破壊力でセイバーを追い詰めた。
ギリシャの大英雄とも、真正面から打ち合って来たセイバーである。
目の前の怪物に、後れを取るつもりなどない。
セイバーと巨人の戦いは、激しさを増していく。
士郎は少し離れた所に身を置き、周囲に気を巡らしていた。
サーヴァントの近接戦闘に、士郎の入っていく余地はない。
下手に手を出そうものなら、逆に己のサーヴァントの足枷になってしまう。
何より、彼は騎士王に絶対の信頼を置いている。
飛び道具を使わない戦闘において、最優たるセイバーが打ち負ける相手はほとんどいない。
故に、士郎が気にかけているのはマスターの存在。
巨人の操り手の不在である。
セイバーが感知したサーヴァントは、四階にいる。
階段前に陣取っている怪物が門番ならば、学校にいるであろう二組のマスターは手を組んでいる可能性がある。
白野達は、三対二の不利な状況にあるのかもしれない。
「岸波達が危ない」
遠坂凛の話では、白野は
柳洞寺のマスターのような驚異的な戦闘力も持たない、一般人に近い存在だ。
赤い剣士がサーヴァントを止められても、白野に二人のマスターを相手にできるような力はない。
一刻も早くこの場を押し通り、白野達に加勢しなければならない。
■
一階廊下での攻防の音は校庭にまで響き、夜の静寂を乱している。
夜の穂群原学園は、今や平和な外界から隔離された戦場になっていた。
その異界に足を踏み入れる、一つの影。
視線が校庭から校舎内を探り、四階廊下で止まる。
軽く頷くと、影は跳躍した。
重力が
◇
――同ジジャナクナッタ?
仲間ジャナクナッタ?
「何、を」
言っているのか……は、分かっている。
理由は簡単。
わたし達が同じ
地上で死んでしまい、彷徨っていた幼い少女。
自分と同じ、
だからわたしと遊びたがった。
だからわたしに見つけて欲しがった。
――だってわたしも、もともと
「しっかりするのだ
敵の戯言に心を乱すな!」
セイバーの叱咤で、動揺しかけた心を押し殺す。
わたしは今、敵マスターと対峙しているのだ。
「……ありす、わたしはわたしだよ。
わたしは聖杯によって元の
だからきみ達の事も覚えているし、だから聖杯戦争に参加している」
言いながら、自分の言葉に違和感を感じる。
何か、おかしな、所が、ある、ような――
「でも、違うの。
おんなじだと思ってたのに。
仲間だと思ってたのに!」
「もう、お姉ちゃんもいらない。
幼い少女達の悲痛な訴え。
何かを裏切ってしまっているかように、奇妙に居心地が悪い。
対峙したまま刃を交える事もできず、時間だけが流れて行き――
「――――っ!」
突如、私達の周囲の空気が変わった。
固有結界などのスキルの行使ではなく、突き刺さる冷気のような殺意によって。
「っ!
この感じっ!」
知っている。
この心臓が凍りつくような殺気を知っている。
振り向くわたしの視界に、黒いコートが映る。
「しまった!
すでに――」
防御体勢に入ろうとするも、遅すぎた。
セイバーは、最後まで言いきる事ができなかった。
「っがッ!」
「セイバーッッ!」
セイバーの身体が、殴打を受けたかのようにブレた。
そのまま片膝をつき、苦しげな貌で虚空を睨む。
「っ!
アサシ――」
「きゃああぁッ!」
わたしの叫びは、アリスの悲鳴に掻き消された。
黒い小さな体が地面から離れ、そのまま壁に激突した。
「えっ?
どうしたの、
きょとんとした顔で、白い
半身たる黒い
「……やはりあの結界を破ったのは、おまえ達だったか」
かつん、かつんと死神が近づいて来る。
冷たい、感情のない声は、以前と変わらない。
「久しぶりだな、岸波……」
ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。
黒いコートの暗殺者は、再びわたしの前に立ち塞がった。