セイバーの雷光のような斬撃が繰り出されるより疾く、敵サーヴァントは大きく後方に跳び退いた。
地に伏す赤い暴君と黒い童女の側を駆け抜け、狭い廊下を訓練された猟犬のように、セイバーは偉丈夫を猛追していく。
開け放たれた野外とは違い、校内は閉鎖された空間である。
またたく間に退路をなくし、敵サーヴァントをマスターのすぐ前まで追い詰めていた。
「ハアァッ!」
閃光のように迫るセイバー。
後方にいるマスター諸共、叩きふせる勢いで地を駆ける。
ふ、と相手サーヴァントの顔に笑みが浮かんだ。
「――暫し、気を収めるか」
「――――ッ!
なッ」
虚を吐かれた表情で、セイバーの動きが鈍った。
距離を詰めようとした脚が止まり、鼻先に迫っていた目標の変化を凝視する。
敵の、サーヴァント特有の圧倒的な存在感が薄れていく。
周囲と同化するように、身体が透けていくのだ。
「――霊体、化?」
困惑した呟きがセイバーの口から漏れた。
敵サーヴァントは今や完全に姿を消し、セイバーの目の前数メートル先には、敵マスターであろう男が立っている。
それも、無防備に姿を晒したままで。
――あのサーヴァントは、己がマスターを放って逃げる気なのか――?
「たわけ!
霊体化ではないっ!」
セイバーの後方から、赤い暴君の怒声が飛んだ。
同時に、『直感』が迫る危険を察知する。
――敵サーヴァントは逃げたのではない!
攻撃の態勢に入ったのだ!
『何か』が来る。
数秒後に倒れる自分のイメージ。
咄嗟に魔力を鎧に集中させ、セイバーは防御の構えを取った。
「――ぐぅッ!」
鉄を打つ鈍い音と苦痛の声。
衝撃が背中から胸部を突き抜け、セイバーの口元から鮮血が流れ落ちた。
「っあッ!
あぁあぁッ――!」
体勢を崩しながらも敵の位置を推測し、セイバーは背後に大きく剣を振るった。
不可視の剣は壁面を抉り、廊下に一文字の傷痕が深く刻まれた。
――敵を斬った感触はない。
セイバーの剣は、届いていない。
「呵呵呵呵、儂の一撃をモノともせぬとは!
おぬしは神仙の知己か?
あらかじめ、我が拳が『来る』事を予期しておったな?」
姿を消したサーヴァントが大笑した。
セイバーは苦しげに息を吐き、暗い廊下を睨みつける。
「――今のは、拳?
しかも、『気配遮断』……か?」
剣を構え直し、全感覚を研ぎ澄ませて相手の位置を探る。
廊下は狭く、限られた空間。
敵を見逃す事などありえない。
「おうさ。
そう云うおぬしの得物は、剣か槍か。
徒手空拳でない事は確かなようだが。
……ふむ、なるほど。
全貌が視えぬとは、厄介だな。
儂と拳を交えた者は、皆このような感覚を味わっていたのか」
饒舌なのか、見えないサーヴァントは親し気に話しかけてきている。
それなのに、セイバーの視覚は相手を捉えていない。
声は届いていても、その発信場所が特定できない。
「いや、愉快愉快!
セイバーと死合うために来て、またこれほどの強敵と巡り合えるとは!
我が拳脚が貴様の鎧を砕くが早いか、貴様の刃が儂を捉えるが早いか!」
――また、あの攻撃が来る!
セイバーは防御を固め、どこから来るか分からない一撃に備えた。
「暫し、戯れるとしよう!」
◇
喉は掠れている。
目は霞んでいる。
思考は千切れている。
言わなくてはいけない事。
聞かなくてはいけない事。
たくさんあるのに、出て来ない。
目の前の背中をただただ見つめ、何で、と。
それ以外の言葉が、浮かんでくれない。
何故今、彼らがここにいる?
ジャバウォックと戦ったんじゃなかったのか?
どうして今、わたし達の戦いに割り込んで来た?
剣を投げたであろうアーチャーは?
何で今、わたしを庇うようにユリウス達と戦っている?
マスターは全員、敵同士だろう?
――否、そんな事よりも。
そもそも、どうして今、わたしは。
彼らの姿を見ただけで。
一瞬前までの死の恐怖すら吹き飛んでしまうくらいに。
頭の中がグチャグチャになってしまってるんだ――
「ッ!
セイバーッ!」
士郎の声で、わたしの脳が網膜の捉えていた映像を認識した。
見るとわたし達とユリウスの中間あたりで、青い剣士の身体がグラついている。
セイバーやアリスと同じく、背後からアサシンの視えない拳を受けたのだ。
端整な貌が苦痛に歪む。
ダメージを無視し、士郎のセイバーは虚空に反撃の剣を振るった。
「……無理だ」
アサシンの姿も彼女の剣も、わたしには視えない。
それでも、その表情と周囲に気を巡らしている様子から、彼女の攻撃が当たらなかった事は分かる。
――ユリウスのアサシンのスキル、『圏境』。
その正体は、完全な体術による気配遮断だ。
気を使い、周囲の状況を感知し、また、自らの存在を消失させる技法。
極めたものは天地と合一し、その姿を自然に透けこませる事すら可能となるという。
セイバーとアリスがアサシンの接近に気付けなかったのも、このスキルのせいだ。
士郎のセイバーは何らかのスキルでアサシンの不意打ちに対処したようだが、ほとんどの場合、出会い頭の一撃で勝負はついてしまう。
青い騎士は不可視の一撃を受けても、ひるむ事なくアサシンと対峙している。
士郎のセイバーは、思った以上に強力なサーヴァントだ。
それでも、アサシンは相手が悪い。
凛の『
「『圏境』を破らない限り……」
士郎のセイバーも、遠からず地に伏す結果に終わる。
「……
冬木市側のマスターか?」
冷たい、刃物のような声が、廊下の向こう側からかけられる。
ユリウスの視線は冷たく鋭く、自身を阻んだ
「ああ、そうだ」
ユリウスの眼光を真正面から受けとめて、士郎は返した。
わたしとありすを背に、ユリウスの殺気から守っているかのように。
「ここでも味方を手に入れたのか、岸波」
ユリウスの声色に、変化が生じる。
どんな感情がこめられているのか、わたしには窺い知る事はできない。
だが、彼の霊子虚構世界での敗北の大きな原因の一つに、わたしに味方してくれた少女達の存在がある。
ならば、ユリウスがわたしに協力する士郎を許す筈もなく――
「……遠坂凛やラニ=Ⅷと合流される前に。
協力者諸共、この場で始末する」
――ただ、排除すべき障害として認識した。
ユリウスの右手が士郎のセイバーに向けられ、姿の視えないアサシンに命令が下る。
「――仕留めろ、アサシン」
声と同時に響く打撃音。
苦悶の呻きと共に、再び士郎のセイバーの身体がグラついた――
一応、この青セイバーvs書文先生あたりまではにじファンで書いていた筈。